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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第一章 異世界へと
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第一章 35 〇夜の一族の翼

助ける、そう約束したから。


俺の身体はティアの身に危機が訪れるたび、無意識に動かされていた。

だが、今は違う。今は自分の意志で崖へと走り出していた。俺自身の甘さが、すぐにヴェイシャズにとどめを刺さない俺自身が弱かったから、この事態を招いた。俺のせいで誰かを死なせるわけにはいかなかった。

だからなのかもしれない。

気付けばナイフを投げ捨て、全力で崖から跳びだしていた。全身を襲う浮遊感。夜明けの冷たい風が妙に心地いい。そして、体をゆっくりと加速させる重力が襲い掛かる。


「助ける、そう誓ったんだ!」


この状況から何ができるというわけでもない。だから、迷いはあった。それでも、躊躇いはなかった。自分を奮い立たせるために叫び、気づいた時にはすぐ近くにいるティアとミクハを抱き寄せて、今まで生きてきた中で一番考えた。何ができるかを必死に思考した。だが、何もできない。

それでも、立ち尽くしたままでいるよりは遥かにいいと思えた。


「凪紗君!」「ティア!?」


吸血鬼のティアが落下する中で出てきた。

「何で今来たんだこのバカ!」


「助けに来たからに決まってんだろ!」

「どうやって!?」


 プランBとか叫んでもよかったが、それが通じるとも思えない。だから素直に言った。


「ない」

「ばか! ほんっとうにばか!」


 言葉の応酬の途中でももがき、わずかに振れた指先に力を込めて二人を引き寄せる。


「血だ、僕の血を吸ってくれ‼」


 この状況で何を言っているのか、理解はできなかった。それでも、無我夢中でティアに触れる。すると、ティアの思考が一瞬にして流れ込んできた。


『親和性の高い凪紗君なら、一時的に吸血鬼としての力を譲渡できる。混血のこの子の身体じゃ無理だったけど、君なら』


その直接脳内に響く声によって、迷いすら消える。

そして露出したティアの細い首筋に自らの犬歯を容赦なく突き立てた。

皮膚は歯ごたえのあるウィンナーよりも固く、肉は煮込んだように柔らかかった。その上、血液が飛び出し、口の中を金臭い液体が支配する。

間もなく、〝ティア〟が俺の中へと入りこんできた。脳髄の奥まで支配しようと吸血鬼の強力な意志の濁流に飲み込まれえそうになる。しかし、ティアの言う親和性の高さゆえなのか、鬼種の血が体になじみ、心地よさすら感じる。

一瞬だけ意識が飛び、ふと気づけば地面はすぐそこに迫っていた。


「お、おお。おおおおおぉぉォォオオオオオオオオオオオオオッ!」


無我夢中だった。自分に起きた変化など理解できていなかった。

骨を変質させ、肉を貫き、皮膚を食い破り、何かが背中から這い出てくるのを激痛と共に感じた。

服を引き裂き、背中から出てきたのは翼。

天使のような白い羽毛に包まれたものはない。真っ黒で蝙蝠のような被膜に覆われた翼。骨を皮だけで覆った禍々しい、夜の一族に相応しい翼。


「飛べ、飛ぶんだっ。飛べよおおオオオオオオッ!!」


人間に備え付けられていない翼の動かし方は身体に馴染んだ吸血鬼の血が補った。力強く空を掴み、体を押し上げる。重力が弱まり、落下が止まる。

分かる。この翼の使い方が。教えてくれたのはティアの血から流れ込んだ吸血鬼の記憶だ。

一瞬の静止を味わった後、急激な浮遊感と共に崖の上へと急上昇を開始した。抱える二人を落とさないようにしっかりと抱え込み、矢のように一直線に空を目指す。

ティアとミクハの驚きの声が聞こえるが、気にしている暇も余裕もなかった。


 (まずい)


背中越しに見た翼は、被膜に穴が開いていた。太陽の光が吸血鬼の力を浄化させようとしている。徐々に翼が灼き払われていく。過剰なまでの熱が、翼から伝わって身体へと流れ込む。灼熱の溶岩が体内を暴れまっているようだった。もがき苦しみ、地面をのたうち回れた方が楽だったかもしれない。だが、俺はこの翼で飛ばないといけない。


(クソ、俺の身体の中の血液まで灼き尽くすか! あと少し。たった数メートル。頼む、頼むよっ。本当にあと少しなんだ! 持ってくれっ)


速度が落ち始め、翼の被膜が太陽に焼かれるよりも先に、張力に耐えられなくなって、裂けはじめる。

そして骨が露出し、その骨すらも炭になりボロボロに崩れ落ちたとき、右手が崖の端を掴んだ。


「た、足りないっ。力がっ!?」


自分の体重だけなら支えられた。それにティアの体重も支えることができただろう。だが、ミクハを含めた三人分の体重を支えるには不十分すぎた。


「チクショウ、ここで、終わるのかよっ。助けるって、約束したのに――」


体内を暴れまわる灼熱の痛みに耐え続けながら、片手で耐えるのは不可能だ。

そして、崖から手が離れる。

もう一度、重力が殺意となり襲い掛かってきた。

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