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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第一章 異世界へと
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第一章 31 〇偽ること、憧れること

取り囲まれるまでに数十秒。兵士の迅速な判断に風月は舌を巻いた。風月はそれでもただ歩み続ける。取り囲む武器なんて目に入っていない。その妙な気迫に押されてゆっくりと道を開けた。ようやくヴェイシャズと同じ地面に立ちはだかる。


「ハハハハァ! 地獄に叩き落とすゥ? 言ってろ、貴様には何もできないィイヒヒヒヒ」


気持ちの悪い哄笑とともにヴェイシャズの左手の指輪の一つが光を放つ。


「貴様を私が地獄に落としてやろォ、光栄に思えェ」


さらに笑みを引き裂いて、左手を空に掲げる。すると氷が急激に溶けるような、あるいは、液体窒素にプラスチックを浸したようなパキパキという音が響く。次第にその数と音の大きさは増していき、気づけば半径五メートルほどの、鉱石の塊のような角柱がいくつも飛び出した宝石のクラスターのような形の氷塊ができていた。透明度はほとんどなく、朝日を浴びても光は透過しない。それどころか凸凹した表面が鏡のように反射し、ミラーボールを彷彿とさせるようにキラキラと光を散らせた。


「分かっちゃいないな」


いつ落ちてきてもおかしくない氷塊の真下で風月は思わず笑った。

氷塊の規模も、魔法もすごかった。だが、それでも恐怖するには足りない。風月の顔から笑みを切り取るには不十分だった。

ティアを下し、後ろ手に庇いながら、右手をヴェイシャズに見せた。


「コイツ、何かわかるか?」


それは痛々しく残った古傷。いな、古傷に見えるだけでこの傷は実に一日前に刻まれたものだ。しかし、ヴェイシャズは毛ほども興味を示さない。

あーあ。ここで気づけたならまだ、勝てたかもしれないのに。

ため息をつきつつ額に手をあてがった。気づかないことなど分かりきっていた。


「なあ、お前らはいったい誰に刃を向けているんだ?」


兵士たちは歯を食いしばったり、目を逸らす者がいた。だが武器を下すものは誰一人としていない。


「今、おろせば死なずに済むぞ? 最後通告だ」


風月の言葉を噛んで含んで飲み込んで。それでも兵士たちは武器を下さない。下ろせない。


「そんなことを貴様にできるのかァ?」

「できるんだな、これが」


煽りの言葉に平然と返す風月。

ヴェイシャズにはそれが気に入らなかった。

怯えて、無様に平伏せばいい。そういう感情が表情にむき出しになっている。しかし、逆上せずにヴェイシャズは冷静を気取る。


「買ったんだろォ? 年端もいかないがなかなかに美麗じゃァないかァ」


最初に反応したのは兵士だった。ティアを見て何を言っているのか理解していた。目の前が途端に許せなくなるも、だんだんと自身の手から力が抜けていった。


「髪はどうだったァ? ドラクルの血統の髪は柔らかかっただろうォ?」


次に反応したのはミラタリオとアルトだった。始め会ったミラタリオすら理解していた。

ティアが信頼している風月の姿がその生き様を物語っている。兵士は勘違いしたようだが、この二人は風月という男の本質を見抜いていた。


「体も肌も柔らかかっただろォ? 幼くて抵抗もままならない体を蹂躙しつくした気持ちはどうなんだァ? 本来なら私が試したかったんだがなァ」


だが、風月は未だ反応を示さない。変化といえば張り付いていた笑みが消えたくらいか。


「まァ、ミクハの方はァ、なかなかに楽しめたぞォ?」


ギュッと風月のズボンを掴むティア。

ヴェイシャズは風月の苦悶に歪む顔が見たくて必死に言葉を並べた。唾が飛び散るほどにたった一人だけが叫んでいた。


「なに、死ぬまで二人まとめて使い潰してやるよォ!」


何も感じなかった。下卑た笑みと共に吐き出される言葉に何も感じなかった。怒りもなければ、憂いも湧き上がってこない。なんだかんだで死ぬ寸前までただただ笑っていた。

そんなふうに。


(ああ、そんなふうに。あの『男』のように生きられたらなら、どれだけ素晴らしいだろうか。)


笑いながら、自分の中の正義に従って誰かを救い続けたあの男のように在れたらどれだけ誇らしかっただろうか。

俺はそうなりたかった。いつでも笑って、それでも足掻き続けて、それでも救われない人に手を差し伸べた『男』のように生きていきたかった。

だけど、俺はあまりにも未熟だ。何度も自分を偽るための笑みは剥がれた。あの『男』は自分の感情を一度たりとも、あの笑顔の中に紛れ込ませたことはなかったのに。

怒りで、恐怖で、悔しさで。

何度も笑みは剥がれた。その度に情けなく思ったりもした。

今、俺は必死に自分を偽ろうとしていた。必死に笑おうとしてもその下の怒りがそれを赦してくれなかった。上がった口角によって余計にむき出しにされる犬歯。眉間に刻み込まれる皺。手に籠る力はそのまま指の骨を折るんじゃないかと錯覚するほどだ。

俺は俺自身を偽りきれなくなり始めていた。


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