第一章 30 ◇兵士
衛兵たちの行動は早かった。迅速に負傷者を救出し、手当と領地の安全確認を行った。できる限りの最高の動きを熟した兵士たちの働きは称賛に値する。
そんな中でも、やはりミラタリオとアルトの戦闘は目を引いた。神域に踏み込んだ者同士の戦いはそうお目に掛かれるものではない。
そして、夜が明けようとする最中、新領主が前領主の娘を人質に取っていた。心情としてはヴェイシャズに斬りかかって助けたかっただろう。前領主は信頼も厚く、長年雇われていた者たちもいた。だが、その領主をヴェイシャズは殺し、あまつさえ気に食わない兵士を見せしめにとミラタリオに処刑を命じた。
実際のところはミラタリオは処刑を行いたがらず、逃がしていたが、それでも斬りかかった兵士はその場で処刑された。
本当はヴェイシャズに切っ先を突きつけたかった。
だが、兵士としての立場と、見せつけられた恐怖のせいで足が竦んで動かない。ただただそのことが情けなかった。守るべき領主を殺され、反旗を翻すこともできずに震えている兵士たちは、自分自身が情けなかった。
そんなとき、一人の男が現れた。
捕まえた一人の兵士はその男の顔を見て、牢屋に入れた男だと気づいただろう。金を渡すから牢屋に入れてくれと不思議なことを言っていた男だ。街中で暴れたという話をでっち上げ、牢屋の中にいた男。
夜が来るまで薄く笑い続けていた男はこう名乗った。
「俺の名前は風月凪紗」
誰もが手を止めた。神域の騎士クラスの実力を持つ者達の戦い以上に、風月と名乗る男に轢きつけられた。
「テメェを地獄に叩き落とす男の名前だ、憶えておけ」
その言葉が痛快に響いた。最初はポカンとしていたが、気づいたら笑っていた。
とても、悔しそうに笑っていた。
この男に力を貸せればどれだけよかったか。力を貸せばその後でどうなるのか。失敗した時のことが頭をよぎり、手を貸せなかった。
いまさら力を貸すなんて都合がよすぎる。何もしてこなかったのにこんな時に反旗を翻すなんて。
プライドの問題ではなく、斬り込んで行った仲間たちに申し訳が立たなかった。
悔しかった。辛かった。無念だった。
そんな感情が渦巻いて気づけば槍を持つ手に、柄を握る指に力が入った。
この男に力を貸したい。恥も外聞も投げ捨てて。
今まで力を振るわなかった者が何を言っているんだ。
二つの気持ちに板挟みにされ、気づけば不思議な男に武器を向けて取り囲んでいた。悔しそうな、辛そうな顔をして。




