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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第一章 異世界へと
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第一章 28 ☆登場


蒼紅が廃城を駆け巡り破壊をまき散らす。轟音が夜空を駆け抜け、静寂という静寂を力任せに引き裂いていく。やがて街からも野次馬が集まりだした。


「――やりにくいっ」


常人には瞬きすら許さぬ高速戦闘でアルトは息を切らすこともなく言い切った。しかしながら、訓練で身に着けたポーカーフェイスは剥がれおちていた。


(なんだあの血液の刃と鎧は? 一撃ごとに姿かたちやリーチを変えやがってっ。決定打が叩き込めない!)


人間とは心臓が動き、血液が酸素を脳にいきわたらせれば死ぬことはない。ミラタリオの自由自在に動く血液が切り離された首を血液のバイパスを作り存命させたのだ。そして、血液をさらに精密に操り老化を防ぐだけでは飽き足らず、若返り始めていることをアルトはすでに看破していた。

この老人は心臓を内側から破裂させようとも生き続けるだろう。


「ほほほ! 儂と若造では年季が違うのじゃ。若輩に負けはせんよ」

「首を落とされておいてよくもベラベラ減らず口を叩くね」


毒づくが状況は追い込まれていた。

力も早さも、『ベイルサード』という名が示す技量でさえもアルトが上回っている。どこをどう取ろうともミラタリオに勝ち目はないはずだった。

とある一点を除いては。


「経験が、違いすぎるっ」


空中で、地上で、壁で。ありとあらゆる場所で肉薄しては離れ、交差する赤と蒼。その中で会話すらしてのけるアルトにミラタリオは告げる。


「当たり前じゃ。何年神域の騎士をやっていたと思っておる? 最も長く神域の騎士の役職に就き、唯一生きたまま役職を終えた。それは誰よりも戦い、経験してきたことを意味しておる。この儂にすべてで勝とうとも、経験では絶対に勝てぬ。貴様程度の男など三人は屠ったわ」


老人、だったはずの男は喜々として語る。


「『不死のミラタリオ』その名にウソ偽りはない、そういうことか」

「儂のこの姿を見てもなお、化け物呼ばわりすらせぬか」

「なに、そんなお前みたいな騎士を退けて見せた本物の化け物を知っているから、ねっ」


一際大きくぶつかり、互いに跳ね飛ばされる。


「血液を操る魔術から『ブラッド』と呼ばれる家があると聞いたことがある。もしかしてそこの出身か?」

「やはり、傲慢さを捨てた勤勉な騎士は嫌いじゃよ。その名は捨てた。儂の名はミラタリオ・ミースじゃ」


言葉と共に繰り出される剣の応報はとうとう、城の八割を破壊しつくした。


「短い戦い、と言いたかったのう。楽しすぎて時がたつのを忘れていたわい」

「ああ、そうだな。月が消えてた。もうじき太陽が顔を出す」


崖の上の廃城は喧噪を増して、夜を終えた。今は朝と夜の境の時間。朝とも夜ともつかぬ月も太陽もない不思議な時間帯。

気付けばアルトとミラタリオは足を止め、振るう剣の動きすらも静止させていた。たが、構えた剣は今も相手の命を奪わんと殺気を放っていた。


「いい戦いだったのう」

「俺としてはゴキブリよりもしつこい生命力のあなたに心が折れそうだ」

「なに、一撃入れたではないか」

「たった一撃」

「されど一撃」


ミラタリオがアルトの言葉をねじ伏せて褒め称えた。


「技術、力、速さ。持てるすべてを持ってこの姿の儂の鎧をほんの一撃分だけ凌駕したのう」


ミラタリオの鎧の向こう側、生身の部分に大きな斬撃痕が残っていた。先の剣戟で新たにつけられたもので、生々しく血液を噴き出していた。だが、それも数秒。傷口はすぐに塞がり、顔についた血を舌で舐めとる。


「儂はおまえさんに一撃も入れられんかった。だがのう、儂にもプライドがあろうて」


若い老人は左手に剣を作り出す。

互いが互いを評価し合い、殺しあう。不思議な時間だった。


「儂はおまえさんに一撃、叩き込めればそれで満足だ。それで終わる」


とうとう声すらも若返り、口調すらも若々しくなった。


「俺はおまえさんを殺すまで帰れない」

「奇遇だな。俺もだよ」


ただの会話。初めて会ってから一三時間ほど。それだけの人間相手に母親よりも多くの言葉を交わしたように感じる。

間違いなく目の前の男は宿敵だった。

さあ、殺させてもらうよ、ミラタリオ。今の『ベイルサード』の一撃を見せてやる。

だが、その宿敵と戦う時間も終わりを告げる。一人の男によって。


「動くなァ!」

「この粘つくような声は……」


心底嫌気がさした。


「――っ、ヴェイシャズ」


ヴェイシャズの腕の中にはミクハがいた。蛇にからめ捕られたネズミのようにもがいているが、彼女が隠し持っていたナイフはヴェイシャズの手にあり、身動きが取れていない。


「クソ、最悪の事態だ……」

「ミラタリオォ、そこの騎士を殺せェ」

「……いやだ」その場にいた誰もが驚いた。「俺が真正面から殺す、コイツは譲れない」

「ミィラァタァリィオォ? 誰が貴様を家から出してやったと思っているんだァ? 誰に向かってそんな口をきいているゥ?」


苦虫を噛み潰したような顔で逡巡したが、やがて剣の切っ先をアルトに向けた。


「……、分かった。悪く思わないでくれ、騎士よ」

(クソ、クソっ。なにか、何かないのか!)


必死に思考するが、どうあがこうとも抜け道はない。

事態は考えうる限り最悪な状況へと向かっている。


「申し訳ない、お前さんには本当にそう思っている。今代の『ベイルサード』は俺よりも強かった」

「心まで若返って自棄に素直になったね。なんか気持ち悪い……」

「言ってろ」


ミクハ嬢を見捨てるのは簡単だ。でも、それはできない。俺の騎士道がよしとしない。ギリィ、悔しさに歯を食いしばり、唇が裂けて血液が口の端を伝う。

ミラタリオは剣を振りかぶる。そして剣は振り――下ろされなかった。

確かに見た。小さな石が跳んできたのを。ミラタリオは視界の外からのそれを、無意識に、ともすれば反射的ともいえるほど自然に剣で弾き飛ばしていた。

石の出どころは上。塔へと上る半壊の螺旋階段のかなり低い場所まで下りてきた男が投げたものだ。影で顔は見えないが、誰なのかしっかりと理解した。

男の腕には吸血鬼ではないティアがすっぽりとお姫様抱っこされていて、男の服を掴んだままヴェイシャズを見下ろしていた。


「な、なんでいる?」


アルト声は距離からしておそらく聞こえていなかった。

だが、男は答えた。


「勝つためにここに来た。お前らがドンパチしている最中にミクハ奪還して終わるはずだったのにな、いろいろ予定が狂っちまって」

「お姉ちゃんを返して!」


理由になどなっていない。『勝つための才能』その言葉を聞いたときアルトは半信半疑どころかまともに相手にしていなかった。

だが、今この瞬間において、その考えを改めていた。

そして、風月とティアは案外いい組み合わせだと、思わず笑っていた。

本当に、持っているね、風月は。いいや、風月たちは。

男が螺旋階段から飛び降り、地面に着地する。二メートルほどの段差に誰かを抱えていることを忘れさせるほど軽やかに着地した。


「ほォほォ。名前は知らないが君のよォだねェ。ティアを買ったのは」

「そういうアンタは顔を見りゃ分かるほどのクソッたれだな」


やがて、地平線のはるか向こうで太陽が姿を現し始めて顔が照らされた。


(ああまたこの男の笑った顔を見ることになるとは……)


正直相討ちも覚悟していた中で、複雑な心境だった。そして、何の力もないただの男が頼もしく見える。

「俺の名前は風月凪紗。テメェを地獄に叩き落とす男の名前だ、憶えておけ」

夜明けの廃城にて、主人公と悪役が対峙する。

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