第一章 24 ●騎士団長は成長を見る
太陽が消え、月が照らす廃城の中。
一対の銀色の閃光がぶつかりあい、火花を散らす。
その度に衝撃波がまき散らされ、まともな人間は近づくことすら許されない。そして、その衝撃の中心にアルトはいた。
周りの地面は見事なまでの円を描き無傷。衝撃波をすべて外側へと逃がしているのだ。無論、一秒間に三〇という手数の中でそれを丁寧にやってのけることなど常人には不可能だ。だが、神域へ踏み込んだ者はそれをやすやすとやってのけているのだ。むしろ、一秒間に八度しか返せないほど読みあいに持ち込んだ森神のほうが異常だ。それに比べたら速いだけの攻防などアルトにとって児戯に等しい。
逆に、二歩踏み出せばバランスを保つのが困難なほどに地面は砕かれていた。
「ほほほ、動くことすらままならぬか。あそこまで見事な啖呵を切っておいて! その様では引退を三年は引き延ばすべきじゃったかのう!」
(どこがだっつーの! とっと老衰した方が僕のためだ)
吸血鬼のティアは内心毒づいた。
夜故にヴァンパイア本来の力を取戻し、今は一五才ほどの見た目へと変化していた。ペタンと座り込んでいる彼女が背にしている壁は、頭頂部より上の部分が見事に消し飛んでいた。もしも転んでいなかったなら、立ったままならば、上半身は今頃消し飛んでいた筈だ。
(ったく、もう一人の『僕』はトンデモナイところで入れ替わったものだねっ。凪紗君からの指示も無視して先に行ってしまうんだから)
ティアはテーブルクロス引きをアルトに頼んだ隙に吸血鬼の力を使って部屋から逃げ出していた。
風月からの指示ではない。
ティアにとって最も安全な場所は神域の騎士のそば、つまり、アルトのそばなのだ。風月がそうやすやすとティアを危険にさらすようなことはしない。
「さて、早めにもう一人の『僕』の姉君を迎えに行こうじゃないか」
剣戟が響く中、衝撃波によって飛んでくる小石を避けるように四つん這いでせっせと城の最上階へと向かう。
こんな屈辱を味あわせてくれたアルトにはいつかお仕置きをしてやるっ。
そう心に誓いつつ、衝撃波のこない場所まで行く。立ち上がって衝撃波で石が跳んでこないことを確認すると駆け出した。
この荒城となってしまった城は、本来の機能をほとんど果たさなくなっていた。
兵士は大半が存命しているものの、この緊急事態に当たるために全員が駆り出されていた。そのために城内は足音が前から後ろからせわしなく響く。
「くそっ、足場が悪すぎてまともにけが人の探索もできないぞ!」
「こっちに一人足が潰されている奴がいる、手を貸してくれ!」
「ヴェイシャズさえ来なければっ」
そこかしこから声が鮮明に聞こえるほど肉薄をしていた。気づけば壁一枚隔てた向こうで誰かが死に、また助けるために動いていた。
「どうやら、ヴェイシャズは良政を敷いていないとみた。この分なら時間さえかければ城と領地の人間だけは何とかなったかも、といったところかな」
その時だった。
「う……、誰かいるの……、か?」
足もと。瓦礫の山の下から声が聞こえた。一瞬、心臓が止まりかけたがすぐさま冷静さを取り戻す。
「た、たすけ、てくれ」
瓦礫の山は見ただけでも相当なもので、極めつけに長い木製の柱がど真ん中に突き立てられていた。そのサイズを考えれば無傷でいるとは考えられなかった。
「な、ま、待っているんだ! すぐに助けを」
「わたしじゃないっ」
その声は力強く、ティアは驚きに肩を震わせた。
「ミクハ、様……を。ティア様は、守れなかった。ミナハ様もテレーズ様も守れなかった。こんどはミクハ様も守れなかった。だからせめて、助けてくれ」
テレーズとミナハ。それはティアの両親の名前だ。クーデターの際、前の領主がどうなるかなど想像に難くない。
(僕はこの声を聴いたことがあるぞ! この声、まさか)
「だ、団長かい?」
血まみれの震える手が瓦礫の下から伸びてきた。
助かるためではなく、助けてほしい人のために男はすがった。
「たの、む」
その手を掴んだのはとても小さな手だった。それこそ、八才や六才といった子供の手。血まみれの手に触れることも厭わずしっかりと握った。『僕』の主導権を奪い取って身体と人格が入れ替わる。
「だい、じょうぶ。お姉ちゃんは、私が助けるっ」
「ああ。その声は……」
「大丈夫だからっ。このりょうちも、みんなも私が、助けるから!」
記憶にある団長はとても優しかった。よくお菓子をくれて、忙しいのに遊びにも付き合ってくれた。そして、ずっと守ってくれた。
「今まで、ありがとうっ。今度は、私が、守る!」
「――、行ってらっしゃいませ、ティア様」
行かせるべきかどうか迷った末に、団長はティアを送り出した。
「ここにけが人がいるぞ!」
叫んだあと全力で走り去った。その時にはヴァンパイアとしての姿だった。
それを見た団長は静かに呟いた。
「ご成長、されましたな……」




