第一章 21 ☆夜会
日は没し、月は城の真上へきた。豪華絢爛な食事が並ぶ晩餐の場。
そこでヴェイシャズは待ち構えていた。
相変わらず趣味の悪い金色の飾りや指輪をジャラジャラ言わせ、そばにはひげを蓄えた老人が地面に座っていた。
二人にはそれぞれの苛立ちがあった。
あの二人が城に入ったという報告は受けた。さあァ、早く来い。私は待ちくたびれたぞ。そう言いたげに扉を睨み付けているミラタリオ。
「報告です、街で暴れていた男を一人、牢屋へ拘留しました」
「ああァ? んな報告いちいちいらなァいんだよ?」
衛兵の言葉に不満を隠しもせずヴェイシャズは言う。
「君たちはァ、そんな些末事を報告しろと言われたのかい?」
「い、いえ。ですがその罪人が脱そうし」
「黙れ」
その一言で衛兵は本当に黙らなければならなかった。
「そんなに命が惜しくないのかァいィ?」
「い、いや! も、申し訳ありません……」
「下がっていィよ」
衛兵がカーテンの裏にある扉の奥へと下がる。するとそばに控えていたミラタリオに手を振るヴェイシャズ。それだけで理解したミラタリオは腰の剣を抜いて衛兵が下がって行った扉へと消えていった。
数秒でものが倒れるような音がしてミラタリオが出てくる。
「腕は相変わらずのようだね」
「いえいえ、少々しくじりましての。自慢の髭に返り血が数滴」
顎髭を撫でるミラタリオの手には確かに血がついていた。量が多くない、微かに数滴程度の血液が付着していた。
「ククク、君の持論からすると珍しじゃァないか。確か、『一秒前の自分よりも最盛期であり続ける』だったかなァ?」
「ほほほ、お恥ずかしい限りで。儂は大器晩成型というだけの話じゃよ。だから儂は一秒前の儂に負けるわけにはいかんのですよ」
神域の騎士であったときよりも強い。そうさらりと言ってのけるミラタリオが末恐ろしかった。
「それでェ? 君の経歴に泥をつけた愚か者二人は、どうするのかなァ?」
「…………語るに、及ばず。という奴ですな」
老人に似つかわしくない眼光がさらにギラつく。
「頼もしいねェ。でも、それを証明する時間がきたみたいだァねェ」
その言葉によって二人の視線は扉へと向いた。
入ってきたのはアルトと水色の髪の幼女、ティア。こうして並ぶと家族のようにすら見える。
「ようこそ、最後の晩餐へ」
皮肉をたっぷりと込めて告げる。
パン、と手を叩いた。
「さあ、食事を始めようじゃァないか」
かくして食事は始まった。だがアルトとティアは一向に手を付けようとしない。
ただ静かにこちらを睨み付けていた。
「どしたのかねェ? 毒なんかァ盛ってはいないんだがね」
「ッは。どうだかな。信頼に足る人間じゃないのはわかりきったことだ」
アルトの傲慢にも映る態度にヴェイシャズはあからさまに舌打ちをする。
(食えない男だァ。神域の騎士一の堅物という話は間違いないようだァ)
肉やスープを汚く頬張りながらアルトを睨むヴェイシャズ。
「そろそろ本題に入ろうじゃァないかァ」
指輪のついた手でティアを指さす。
「そもそも、ティア・ドラクルとは何者なのかァ。なぜ追放されるに至ったのかァ。聞いてはいるんだろォ?」
薄汚い笑みにアルトは額に青筋を走らせる。
「その上で今一度問おォ。私は間違っているかねェ?」
「ああ、間違っている」
(こ、コイツ――)
ヴェイシャズの表情が引きつる。
「今の状況がァ、理解できていないのかァ? それとも騙されているのかァ?」
「ヴェイシャズ、どうやら貴殿は私が何の剣を授けられた騎士なのか忘れているようだな?」
アルトが剣を抜き去る。細部まで施された緻密な装飾は魔術の力を宿している。
「断罪の剣を掌るベイルサードの名を引き継いでいるんだぞ? そこにいる臆病者から聞いていないのか?」
あからさまな侮蔑の言葉と共にミラタリオへと切っ先を向けた。
ギチッ、ギチッ、と顔の皮膚を鳴らしているミラタリオにヴェイシャズの方が恐怖心を覚えていた。
(こ、このクズが! この男が今も生きている意味を知っていればそんなことはァ言えないはずなんだがなァ)
隠せないいら立ちが指輪と指輪が忙しなくぶつかりたてる音となって響く。
空間そのものが冷え込み吐く息が白くなっているようにヴェイシャズは感じた。
「私がこの剣で確かめない、そう思っていたのか?」
ギヂヂッ、年老いて水分のなくなった皮膚が収縮し嫌な音を立てる。
「ありえないねェ。君ほどの堅物なら脅威をすべて取り除くと思っていたんだがァ?」
「脅威?」アルトがヴェイシャズの言葉に眉をひそめる。「いったい何を言っているんだ?」
「――っ?」
「……?」
沈黙が数秒支配する。
何かがおかしい。情報に明確な食い違いがあることに今気づいた。
「ま、まちたまえ待ちたまえェ。君は知っていたんじゃないのかァ!?」
「だから、ティア嬢の父親の賄賂の話じゃないのか? だからこそ貴様が出張ってきたんじゃないのか?」
ヴェイシャズは違いすぎる情報にあっけにとられた。
(そ、そんな馬鹿な……。もしも賄賂なんてあったら私がこの地に組みいるのがどれだけ簡単になっていたことかァ。それができないから必死に情報をかき集めたというのだからなァ。少なくとも、賄賂の話を逃すわけがなァい)
賄賂と汚い手でのし上がってきたヴェイシャズに賄賂は記憶になかった。もしもあれば交易の中心地という稼ぎやすい土地はとっとと接収しているはずなのだから。
「な、何を言っているゥ? そこの小娘は、ティア・ドラクルは吸血鬼なんだぞォ!」




