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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第一章 異世界へと
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第一章 19 ☆ヴェイシャズとの邂逅


アルトは一人、敵の本拠地である城へと乗り込んでいた。


「よくもまあ、堂々と顔を出せたものだ」


アルトが目の前の男を許すことは生涯ないだろう。


「長老院――ヴェイシャズ・ライルヴァスッ!」


国家の政治を操る事実上のトップである長老院の一人。賄賂と汚職を繰り返し今代だけで長老院までのし上がってきた狡猾な男だ。アルトもこれまでに何度も煮え湯を飲まされ、証拠がないという理由で裁くことができなかった男でもある。


「そォう力まないで貰いたいなァ。いくら僕でも神域の騎士に睨まれては震えあがってしまうよ」


横に裸に剥いた女を侍らせ、ジャラジャラと悪趣味なまでに金品で飾り付けた顔が醜く歪む。それは笑っているということは分かるが、あまりにも悪意まみれの顔は汚れすぎていて、笑顔とは間違っても呼べる代物ではない。


「首謀者は貴様だな?」

「なァんのかな?」

「とぼけるなよ。ティア・ドラクルはこちらで保護した」

「お、ほォほォう。そォれで?」


ヴェイシャズは一瞬だけ興味がわいたように眼球だけを動かして睨んできた。

あまりにも堂々たる態度に思わず表情を固めるアルト。


(どういうことだ? なんでコイツはこの言葉を聞いて平然としていられる?)


考えられる可能性は二つ。

全てのやるべきことが済んでいるいるのか。あるいは平然としていられるだけの大義名分がそろっているということか。

想像以上に裁くのが厄介な状況を何度も作り上げるヴェイシャズの手腕には舌を巻いた。だが、それ以上に内心で毒づいた。


「脅すようで悪いが、こっちには貴族の救出という大義名分で貴様を殺すことも可能だぞ? おとなしく吐け。何が目的で、なぜ実行した」

「――っく、ふふふはははははははは! なぜだって? 馬鹿かね君はァ!? 国のためだよ。そうしなくてはならなかったのさァ」


それはそれは面白そうに笑う。

ニチャリとしたしゃべり方に醜い顔が見事にマッチしていて、嫌悪感を隠しもせず顔に出すアルト。


「真実を話しても神域の騎士で一番の堅物である君はァ信じないだろ? あの小娘も自分から話すはずがァない。だから仕切りなおそうじゃァないか。ティア・ドラクルを連れて今夜、月がこの城の真上に来た時に僕と食事をしよう。証拠も用意しておこうじゃァないか」


本人を前にして話すと提示するヴェイシャズの下心は見え透いていた。だが、その下心に乗る以外に正当な交渉手段はない。準備をしている相手に、正式な手順を無視すればそれだけ事がややこしくなる。


「そんな見え見えの罠を踏むと思っているのか?」


アルトは腰の剣の柄へと手を掛ける。

わざわざ、下衆の極みのような人間に正当な手段を踏む必要もない。

一息。吸った空気を吐くだけの間にヴェイシャズを殺せる。奴が、瞬きをした瞬間に首を落とせる。だが、それを知っているはずのヴェイシャズはその醜い笑みを消さなかった。それが寒気を誘った。

まるで、話を聞かない相手に、罠を踏まざるを得ない状況へと持ち込める算段がある様に。事実、あるからこその態度なのだろう。


「くわばら、くわばら。怖くて何もできないねェ」


あまりにも白々しい演技に柄を握る手に思わず力がこもる。無意識のうちに鞘走りかける剣を押さえつけようとするたびにチンッ、チンッ、と高い音が鳴る。


「だから、お引き取り願おうじゃァないかァ」


パンッ、と手の平を打ち付け音を鳴らす。

刹那、アルトは何かが起こる前に剣を抜いた、はずだった。


「血気盛んなのはよろしい。じゃが、ちと荒すぎやせんかの。若造?」


左目の下から顎までを覆う大きな傷のある老人の手が柄頭を抑え、抜刀を許さなかった。


(この俺が気づかなかった、だと? この老人は今、どこから出てきた? いや、この老人はまさか……っ!)

「『不死』のミラタリオ」

「ふぉふぉふぉ、さすがにバレるかのう」


小人族よりも小さな身であっても、そこに可愛らしさなど微塵もない。纏うおどろおどろしい風格が焦りにも近い感情を抱かせる。

顎に蓄えた白い髭を撫でながらミラタリオはのらりくらりとした調子で話す。


「まあ、先代の『ベイルサード』、同じ名を継いだお主は知っていて当然じゃろうて」


ギリリ、と歯を食いしばる音が響いた。

ミラタリオこそがヴェイシャズの用意した秘策。存在そのものが神域の騎士への抑止力となる存在。


「なる、ほど。死なずに神域の騎士の職務を全うした唯一の男がいたとなっては引かざるを得ないようだ。戦ったらただじゃすまなさそうだ」


お互いに、という意味ではない。

アルトとミラタリオが全力で殺しあえば城は全壊し、街も半壊で済めばいい方だ。それでもなお、二人とも健在という可能性すら残っている。

おとなしく剣の柄から手を離す。


「ティア・ドラクルに伝えておくんだねェ。お前の姉、ミクハ・ドラクルが会いたがっているとね」

「なんだと!?」


こんどこそ、焦りを禁じ得なかった。


「ほら、ここにいるじゃァないか」


そう言って近くに侍らせた女の背中をたたいた。

全裸に剥かれ羞恥と屈辱に涙を浮かべて怯えた青い髪の女性だ。


「ククク、二人ともまとめて可愛がってやりたかったがなァ」

(こ、のやろうっ)


剣を抜くに抜けず。憤怒のあまり思わず床を踏み抜いた。周囲の床が陥没し、地割れのようなヒビがフロア全体に広がる。


「ロクな死に方しねぇぞ、ヴェイシャズ」


親の仇を見るように睨み付けるがヴェイシャズに堪えた様子はない。


「御託はいんだよ。お前はとっととドラクルのご息女を連れてくればいィ。このアマが逃がそうとしなければ奴隷になることもなかったんだ。そんな哀れな末路をたどらせたのはァ誰だったかな。ミィクゥハァ?」

「っ」

「ハハハハハハハハハハハァ!」


裸に剥かれたミクハが目を逸らす。唇をキュッと噛んで、血が滴る。

その様を見てヴェイシャズは哄笑を上げる。ひとしきり笑い終わると、今度はアルトに視線を戻した。


「なあ、貴族と分からずともドラクルの令嬢は売られたんだろう? いったいどこの誰に売られたんだァい? どんな奴に何をされたァ? 因縁の深いレイギルの一族なんかに買われていたのならまた一興だったんだがな」


ブッチリと頭の中で血管が切れる音がした。それと同時に死ぬ寸前でも笑っていた風月を思い出し、全身の血管に液体窒素を着けたかのように急激に頭が冷えていくのが分かる。

心臓の芯まで凍りつき、それと同時に潰えない闘志が滾りだした。


「……ああ、確かに買った奴はいた」


ヴェイシャズは醜悪に口角を上げる。まってましたと言わんばかりに口を開けて息を荒くした。


「それでェ?」

「魔の山で『血縛の契り』をあろうことかその首魁と結んだバカがな」

「なんだと!?」


吐き捨てるように告げる言葉に声を荒げたのはミラタリオだ。


「貴様としては信じがたいだろうな。一〇年前、森神を前にして〝逃げ延びた騎士〟ミラタリオ!」


ギチギチ、老人の表情筋が収縮し、コードをねじるような音が響く。怒りによって顔面の皮膚が極限まで絞られているのだ。

唯一、職務を全うした神域の騎士。

その称号は神域の騎士という役職を最後まで辞めずに成し遂げたという意味では断じてない。八〇という年まで幾多の戦場を越えて、生き残って役職を全うしたという意味だ。

そして、ミラタリオは一〇年前の征伐で唯一森神と戦い合って生き残った神域の騎士でもある。


「クハハ」


今度は俺が笑う番だ、クソ野郎ども!


「交易のための陸路開拓を飲ませた。神域の騎士三人と二万もの兵士が成し遂げられなかったことをたった一人、それも数時間で成し遂げてしまったよ」


皮肉を込めて、最高の笑みで高らかに言い返す。

醜悪な人間に向けて気高く見えた男を語るのだ。それこそ、記憶に深く刻み付けなくてはならない。


「テメェ等ごときが一生かかってもなし得ないことをやってのける男だよ。女ひとりを剥いて喜んでいる下衆のテメェと比べることすら烏滸がましい!」


その言葉にヴェイシャズは怒りをあらわにし、ミラタリオは憤怒を纏って肩を震わせた。そして、ミクハが苦虫を一〇〇匹ほど噛み潰した顔で視線をさらに俯かせた。

そんな彼らを尻目に扉を蹴り開けて部屋を出る。

その直後、苛立ったミラタリオの憤怒の声と共に、背後の部屋から破壊音が響く。


「ざまあみろ」


アルトはそう吐き捨てて城を後にした。



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