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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第一章 異世界へと
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第一章 14 〇吸血鬼

森神が生やした大樹の上。折角の異世界だ。楽しまないと損だ。厚かましくも森神にその期の上まで運ばせて、ここで星空を見ながら眠ることにした。下の方で、森神とアルトは一〇年前の征伐について話している。ティアは俺の隣で一緒に空を見上げていたが、上手く寝付けないようで話をせがまれて、白雪姫の話をしていた。

白雪姫といえば不思議な鏡に『世界で一番美しいのは誰?』という有名なフレーズが俺の印象だった。毒りんごで死んでしまったにもかかわらず王子様のキスで目覚めるというロマンチックなシーンでティアは期待を裏切らない反応をしてくれた。

間違っても赤い靴を履かせるグリム童話の原作ではない。

あんな猟奇的なもの聞かせては子供が寝付く寝付かない以前に泣き出す。話しているはずの俺も後味が悪すぎてこっちが悪夢を見そうだ。


「そろそろ眠るかな。明日も早いつってたしな」


話しと途中だったが、ティアはぐっすりと寝付いてしまった。この小さな体であれだけのことがあったんだから、無理もないとは思うが、この景色を楽しまないのはもったいないとも思う。

日本どころか、世界中の都市部で見ることが無くなった夜空。

天の川なんて日本にいるとまず見ない。風の音に鳥の声が乗らない。耳が痛くなるほどの静寂の中で、どんな夜景よりも美しい光景を見上げていた。心を奪われて、しばらくすると目蓋が重くなり始めた。

俺は欠伸をしつつ瞼を閉じ、世界が闇に包まれた。



「――い。……え」


それから幾ばくかの時間が過ぎ去った。


「な……ぼす――か?」


うるさいな。静かにしてくれよ。


「僕が話し……ぞ。眼をあけ――え」

「――っ、うるさい」

「な!? 凪紗君が寝ているからだろう! それに起こしている人間に煩いなどと、お母さんはそんなふうに育てた覚えはありません」

「あと五分……」


 そんなふうに育てられた記憶はない。


「いい加減に起きたまえ! できないのならせめて瞼を上げたまえ。貴族たる僕を待たせるとはいいご身分じゃないか!」


 んん!?


「――っ!?」


唐突に覚醒した風月はバッ、と体を跳ねあがらせて話している女性を見た。すると、彼の腹の上に跨っていた髪の長い女性はバランスを崩して転がり落ちる。


「イテテ……、何をするんだ!」

「だ、だれだ……」


腰のあたりをさすりながら見下す女に目を丸くする風月。

あまりのことに何が起こっているのか理解が追い付いていなかった。

透けている薄い赤のネグリジェを身に纏い、一握りの水色の長い髪が左腕に巻きついていた。嫁入り前(と思われる)の白い肌を隠すにはあまりにも防御力が低すぎる格好だ。

その姿に思わず目を逸す風月。空を見ていると吐息が顔にかかった。とうとう誘惑に負けて目を向けると月明かりでその端正な顔がよく見えるようになる。間近で熱っぽい視線が風月の肌を撫でた。


「……ねぇ、凪紗君。君はいったいどこから来たんだい?」

「――っな!?」


いきなりのセリフに風月は絶句した。今まで、異世界から来た事実に気付いた者はいない。

目の前のこの女は誰だ? なんで俺の名前を、俺のことをどこまで知っている?

辛い料理を頬張ったときのように体中が発汗、緊張し嫌な汗が滲んできた。


「これは僕の勘だが、まともに行き来できないところから来たんじゃないかい? 君はこの国の住人じゃないと言っていたけど、そもそもこの世界とは違うところの住人みたいじゃないか。君は無知すぎるのに、あまりにも賢い」


目の前の女性の異常性から目が離せなかった。直感的に目の前の女性は人間とはかけ離れていると感じ取っていた。

美しい女性は体重を次第に風月に預ける。ゆったりと重い毛布でも掛けられたかのように風月の動きを制約していく。


「黒い瞳に黒い髪。こんな服の生地だって見たこともない」

「そ、それは遠いところから旅してきたから」


分けもかわからず、ただ無性に異世界から来たという事実を隠さなければいけないという気になった。おそらく、それはこの女性だけが風月のことを理解していたからだろう。明言こそしてはいないが、異世界という異常性を唯一口に出した人物でもあるからだ。警戒するのも無理はないだろう。


「ふふ、嘘はよくないな。長旅にもかかわらず毎日湯船に浸かって髪の手入れをしていたのかい? 痛んでいる髪を見つけるのが大変そうなほどに状態も質もいいじゃないか」


目の前の女性は俺の中の何かを暴いていく。糸のほつれを一つずつ手入れしていくように丁寧に。このままいけば俺の秘密は過去から未来まで全てを明るみに出されるんじゃないかというほどに鮮やかな言葉だった。

その状況に抱いたのは危機感。


「……おッ、お前は誰なんだ!?」

「しー。声は大きくなくても聞こえるよ」俺の口に人差し指を当てる。「それに、あの子が起きてしまうだろう?」


その瞬間、俺の中の危機感も焦りもすべてが消え去った。それと同時に全く別の危機感が津波の如く押し寄せた。


「ティア……? って――ティア!?」


ティアはどこに行った!? さっきまで俺の上で寝ていた筈なのに!

女性に動きを制約された中で視線をせわしなく移動させる。だが、どこにもティアの姿はない。寝るために外されたティアラと腕輪が嫌な予感を余計に掻き立てた。やがて女性の方がくすぐったそうに肩を竦めて妖しく笑い出した。


「ふふふふ、そう何度も名前を呼ばないでくれ。すこしくすぐったいじゃないか?」


女性は自らの唇に触れ、それから風月の唇に触れた。


「ふふ、僕がティア。ティア・ドラクルさ」


「……、……?」

「ふふん、どうだ。驚いたかい?」


ない胸を張る自称ティアに俺は呆気にとられた。本当に何を言っているのか理解できなくて、気づけばバカバカしくて言葉も出てこなかった。

何言っているんだ、コイツは? 俺はそんな視線を送ることしかできなかった。

ティアは齢六とか八の幼女だ。それに対し目の前の女性は髪の色や胸こそ同じであれティアと一致する特徴はほとんどない。

この妖しい空間を乗り切れるほど風月は男として成熟していない。故に、風月はボケた。


「……ねぇな」

「何を言って――」


自称ティアは風月の目線が顔よりも下にあることに気付いた。


「顔より下に目が行って、ない……と。……どこ見て言ったゴルァ‼」

「いや、なんも言ってないです。胸なんて見てないから胸ぐら掴むのやめて」

「見てるじゃないか!」

「ハハハ、面白い冗談だ。このちんちくりんがあの美幼女だって?」

「ハハハ、面白い冗談ね。誰がちんちくりんだこのヤロウっ!」


ゴッ、ドガッ。鈍い音が竜車に木霊した。


「はぁ、はぁ、いい? 次口したらその頬が腫れ上がるまで叩き続けるからなっ」


睨み付けるティアが二回腕を振り上げただけで息切らしている。痛みで手を見えないところでプラプラさせているのが三割増しで微笑ましく見える。こちら全く痛くないという点で、かわいさがさらに三割増しだった。

当然というべきかあの未熟な風月には辛い空間はすでに消え去っていた。


「その貧弱さじゃ一万発殴っても無理だぞ、ちんちくりん」

「むううう!」


リンゴのように紅い膨れっ面で腕を振り上げるティア。その手を簡単にとると、そのまま女性の指を撫でる。


「っっっ」

「やっぱり。いや、あんな程度で拳痛めるとは思ってなかったけど」

「悪かったな貧弱で!」


涙目のティアの頭にペシン、とチョップを落とす。


「強がってる暇があるなら痛んだ場所を冷やせ馬鹿」

「誰のせいだと思っているんだい!?」


胸のないお前の、そう言いかけて口をつぐんだ。目の前の女性が誰か分からない以上、アルトに助けを求めるのが最善。ティアの姿も見えない状況だ。一刻も早くこの打開しなくてはならない。今はからかっている時間はない。


「これ以上話を脱線させると痣がひどくなるな。とっとと冷やせよ。木を下りないとダメだな」


刹那。身体が氷漬けにされたように体が動かなくなった。


「そんなことよりも、僕にはやるべきことがある」


なぜか、体が動かなかった。呼吸もできるし、鼓動の音も感じ取れる。だが、脳が信号を送っても体が従ってくれない。


「それは君にも関係あるんだぞ?」


俺は、この感覚を知っている。今日だけで二度、それでいて異世界に来るまで一度たりとも味わったことのない感覚。

体が無意識に動かされるこの感覚を。


「―――っ」


遅かった。あまりにも不用心すぎた。俺は今自分の立ち位置を理解した。俺の後ろにいるこの女は俺の意志に関わらず、俺自身を絶命させられる。


「理解は、してくれたようだね。風月君、君は本当に聡い子だ。だけど、それじゃあ困るんだよ」


ティアはその細く冷たい手を俺の首へ回す。手の甲にできた薄らと赤い痣はどういう理屈か、すでに治癒されていた。その手で学ランの詰襟を引き寄せてうなじを露出させられる。


「最初からこうしておけばよかった」


首筋に吐息がかかっていることから、今、何をしようとしているのか理解できた。


「フェチなのか? 人の首筋ばっかり見やがってっ」

「なんだ、まだ喋れたんだ? なら、もっとはやくこうしておくべきだったな」


カプリ。

柔らかい音の直後、襲ってきたのは生暖かい感覚。唇と、舌が首筋に張り付いて未知の感覚が背筋を抜けた。

次に襲ってきたのは皮膚を引き裂いて鋭い犬歯が潜り込む感触。つまるところ、焼けた鉄を押し当てられたような激痛だ。


「があっ!?」


ガクンと膝をついてその場に倒れ伏しそうになるのを、自らの身体は赦してくれない。いや、体を強制的に動かされて、耐える羽目になった。

ゴクリ、ゴクリ。ティアを名乗る女が水を飲むように音を立てて血を啜る。


「――っぷは」


真夏の暑い日に飲み下すビールを連想させるほど、美味そうに余韻を楽しんだ。だが、恍惚とした顔に、口の端から滴る鮮血を見て、背筋が凍った。

エリザベート・バートリーやヴラド・ツェペシュを連想させるその姿はまさしく吸血鬼。

女性は口を離し、息を大きく吸い込むと、もう一度傷口に唇をくっつける。今度は傷口を穿り返すように舌がうねり、傷を広げていく。


「――ッ、――ッ!?」


その度に激痛が走り目の前が白黒する。唇を思うように動かせないせいで、先ほどとは違い声がほとんど出なかった。


「うふふ、美味しぃ……。やっぱり親和性が高い人間の血はいいものだね」

「ドラ、キュラ……」


血を啜り、夜のみを生きる不死の怪物。それが痛みを堪え、悶えながら出した結論だった。


「やはりか。やはり僕の正体にたどり着きうる存在だったね」

「誰、だ。お前は何者なんだ!?」


強引に唇を動かして声を上げる。息が冷たく、体には血が通っていないかのように固かった。


「僕は東の地の貴族。憎き神にこんな体に閉じ込められた哀れな吸血鬼(ドラキュラ)。名前をティア・ドラクル!」


うれしそうに笑いながら風月を解放する。


「ぼくと共に堕ちてくれないか? 地獄の底まで」


妖しい言葉が風月の脳を浸蝕し、有無を言わさず意識を奪っていった。


「かつて君と旅をした男に見せてやろうじゃないか」


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