第一章 13 〇最初の晩餐 遅すぎる夜ご飯は夜食ともいう
魔獣たちは獣臭さに馴れれば可愛いものだった。
ある程度は人語が理解できるようで木を取ってこいと言ったら集めてきて、石を取ってこいと言えばきっちり集めてくる。一家に一匹欲しいくらい賢い。月明かりを頼りに、働かないアルトを横目に火の準備をする。森神は興味深そうにのぞいてきて、すぐに影を作るから結構邪魔だった。ティアは魔獣に跨って夜の山を駆け回っている。
「あんまり遠くに行くんじゃありませんよ」
声が届いているのか分からなかったが、満月が雲に隠されていないならギリギリ見える範囲だった。
風月は馬車の残骸からいろいろなものを集めた。ガラスに釘に、布。昼間ならこれだけで簡単に火が起こせるのに、今は圃場に手間だった。馬車の車輪や基礎の部分から金属が出るかと思えば、きっちり鍍金が施されていて、火花を散らすこともできない。不思議なことに金属部品は非常に少なかった。理由はサスペンションなどの揺れを防止する仕組みが馬車に施されていないことだと判明したが、それも謎を呼んだ。八〇キロを超える速度で走っているにもかかわらず尻を木のうえにそのままおいても痛まないあたり、すごい工夫が熟されていると思っていた。しかしそんなものはなかった。魔術とかいうモノが関わっているらしい。
懐中電灯でもあればそれはそれで何とかできるが、この暗さでは石に金属が含まれているかどうかの確認も不可能だった。
「アルト、手伝ってくれ」
木を星形焚火として組みながら声を掛ける。
「何をすればいい?」
「魔法使って。なんかやってただろこう、ずばっと」
「魔法は使えない」
森神の木を生やすのを見ていて非常に期待していただけに落胆した。仕方ないから太い気と細い気を一本ずつ投げ渡した。
「それを適当に火がつくまで擦りまくれ」
「そういうのって弓とか使うんじゃないのか?」
「あるように見えるか? 蔓も見つけられないんだ。無理。というか神域の騎士とか御大層な名前持ってるし、擦るくらいやれよ。できるだろ」
「…………」
声として出力はしなかったが、不服そうに喉を鳴らすアルト。その間に俺は木を擦ってささくれを集める。夜になって焚きつけが湿ってしまった以上、比較的乾いている馬車の砕けた木から採取するしかない。
「そういえばアルトには聞きたいことがあったんだ。ティアを連れて離脱だけするってことはできたんじゃないのか? というか、罪は罪とか言ってたろ」
アルトが少し俯いて考え始めての手が止まる。
「こすれ」「……」
再び手を動かし始めるアルト。
「東の領主一族、ドラクルの現当主の次女に確かにティアという名前が存在していた。本物かどうかはこの際どうでもいい。本物であると仮定して動かないと行けない事情ができた。城の名簿にはティア・ドラクルという名は貴族のまま登録されている。だが、一〇年前にこの山で戦死した前当主の妻にしてティア嬢母親であるミナハ・ドラクルはここ二〇日以内に死亡していた」
「……名簿でそんなことまでわかんのか」
「貴族は全員登録されている。当主争いによる一族全滅を避けるためだ」
そういう事を聞きたいわけじゃなかった。どうして分かるのかを知りたかったのに、底は当然だから省いても問題ないよねみたいなノリで話されている。どうせ魔術が関わっているんだろうと勝手に納得するしかなかった。
「なるほど? つまり?」
「奴隷堕ちもその書類に記載されるものだ。されてなかった以上、ドラクルの領地に何かがあったのは明白だ。たとえ今あそこで走り回っているティア嬢が本物じゃなかったとしても、領主の死が唐突過ぎる。二〇日以上前にもかかわらず報告が一切なかったことも妙だ。奴隷として正式に購入したことが功を奏したな。カギを破壊していないという奴隷商の言葉もお前を生かす方向へ後押しした」
「それがどう関係あるんだ?」
「ティア嬢が今の事態に関わりがあるというのなら、それが解決するまで沙汰を下せない。もしもティア嬢が本物で、当主の座に付くような事態になったときのことを騎士として考えないといけなくなった」
「えっと、つまり?」
俺にはこの辺りの貴族のいざこざとか全く理解できない。
アルトは面倒臭そうにため息をついた。それでも表情を変化させないのはもはや何かしらのこだわりがあるのかもしれない。
「その場合は無罪放免になる。その時に処刑でもしてみろ。どこに火の粉が飛ぶかわからない。しかも場所が王都だ。王族にまで影響が及びかねない事態だと判断しただけだ。それを回避するためにはお前に生きていてもらわないと危険だったんだ」
それに、とアルトは珍しく顔に後悔を滲ませながら続ける
「前にも似た現象があった。その時は連座で一族が消滅した。それは避けないとならない」
「ふーん。良くわからないが、安全ってことね。あとお前って呼ぶな。風月凪沙って名前があるんだよ」
「おい、煙が出たぞ」
集めた焚きつけに火の粉を落とす。そこに優しく息を吹きかけて火種を大きくする。それを星形に組んだ焚火の基礎へ差し込み火を着けた。そうして大きな木の皮に火がつけばしばらくは安心だった。
肌寒い夜を温めてくれる。
『器用なものじゃな。言えば火くらい魔術で出してやったのに』
「先に言えよ。まあいいや。やっちゃったもんは仕方ない。近くに川はあるか? 魚取ってくる。あと毒のない気のみとかない?」
俺の言葉を聞いて魔獣たちが走りだした。どうやら集めてくれるらしい。そのうちの一匹は後ろに素早く回ってまた下に潜り込むと俺を乗せてそのまま走りだした。馬車よりよっぽど尻が痛かったが、かなり離れた場所に川があり、徒歩で来るには時間がかかりすぎる場所だった。
「本当に気が利くな。なんでこれができるのに争うのか」
靴と靴下を脱いで、制服のスラックスの裾を膝までめくり上げる。川は近くから湧き出ており、時間も季節も関係なく冷たく、新鮮な水が手に入る。手を付けてその冷たさに指先を振るわせつつ手杓で水を救って喉の奥へ流し込んだ。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
水を飲むと体から一気に力が抜けて疲労感が襲ってきた。この一日いろんなことに追われることが懐かしい。それでも食事はしたかったかもうひと踏ん張りだと、自分を鼓舞する。
スマホを取り出して、ライトをつけて水面を照らす。
岩場の影には川魚がいた。昼間なら横着せずに罠を作って魚を確保するが、今は眠りについて動きが緩慢になる時間帯だ。これを逃す手はない。
冷たさに耐えながら、川にはいる。魚を驚かせないようにゆっくりと岩に近づき、手を突っ込んで、そのまま捕獲する。自ら出す前に首をキュッと絞めて骨を外して活け締めにする。ほんとうならナイフで腹を開いてエラを引き千切り内臓まで取り出すところだが、この山は人の手が入らず毒素も溜まっていなさそうだったので、栄養補給も兼ねてそのままいただくことにした。
四匹ほど捕まえて、それを学ランで包み、再び魔獣に跨る。焚火へ戻る頃には木の実がたくさん集まっていた。
「本当に優秀だな。お前等にも魚が取れればよかったんだが、もう少しだけ我慢してくれよ」
枝を魚にさして火にかける。こんがり焼き目がつけば慣性。塩があればまた味が一段上になっただろうし、ヒレも焦げ付かなかったはずだ。きっちり火を通してしまうと、どうしてもヒレは真っ黒になってしまう。
そんな感じの魚、詳しくはないがおそらくはヤマメ。そして名前のわからない謎の木の実。
最初の晩餐である。ティアを呼び戻し、たき火を囲みながら各々食事を始める。ティアは何やら長い祈りを、アルトは何も言わずに魚にかじりついた。それらを横目に手を合わせる。
「いただきます」
たい焼きは頭から、魚はお腹から齧りつく。柔らかい腹に歯を立てて、パリッとした皮を突き破ってその下のホクホクの白身を齧って内臓ごといただく。塩味が足りないことが、淡白な川魚の味をさらに味気なくしていた。焦げが多い魚の皮に苦みが多いのは当然だが、内臓も苦みが強く、お世辞にもおいしいとは言えなかった。
ティアも渋い顔をして、無理して食べている。アルトは愛も変わらず無表情でバクバク齧っていた。それに対して木の実は素晴らしかった。
見たこともないものだったが、サクランボサイズで、リンゴの味がするのにレモンのようにすっぱかったりする謎の実がお気に入りになった。ほかにも硬い茄子の触感で、青臭い木の実もあった。これは火を通してみると中がトロットロになった。素揚げが上手いだろうなぁと、青臭い木の実を齧る。
こんな最初の晩餐だった。




