第四章 41 〇果ての森の結末
事の全体像が見えてこない。
それは族長となったアリアの純粋な気持ちだった。それもそのはず、灰病も、CRISIS4も、麒麟ですらも、今回の事態の核心と言えるべきものに触れられなかったのだ。女王という立場にいるのなら、どうにかできていたはずだ。
しかし、そうはならなかった。
判断が遅かった。自体を変化させるだけの力もなかった。あったのは権威だけ。それすらも今となっては邪魔なだけの飾りのようにアリアは感じていた。
話は全て聞いた。
CRISIS4、灰病、それを隠し持つエルフの老害、麒麟、それらすべてを解決した風月凪沙。だが、そこまで知ってもなお事件の全体像が見えないのだ。
だから、それを問い詰めるためにアリアは一人、族長の前に立った。
「何も言わなくて結構です。言いたいことは分かっていますから」
バツが悪そうに眼を逸らしながら口を開く族長。いつもこういたずらを叱られる幼女のようにしおらしくしていれば見た目相応に見えたはずだ。
「なら答えて」
「……」
珍しく眉をハの字に寄せて本当に困っていた。
結論は分からない、だ。
「義母様と『戦人』が脱走した経緯を!」
全ての流れを聞いても今の事態に帰結しない異常事態に頭を悩ませていた。
「分からないのです。本当に。今日の朝には二人とも出ていき、責任の所在が消えました。このままだと私たちの立場が危ないですよ」
「どうせ立場なんて興味ないだろ……。私も、族長も」
「ええ。ですが生きることには執着があります。いえ、それ以前に私がそれを知っていて止めないとでも? 契約で多少の知識は得たはずです。クォリディアと違いアリアは純正品の後継者ですから」
「未来視の魔眼」
それ自体はありふれたものだ。特に戦士にとって戦いの数秒先を見て有利にバトルメイクするものだ。だが、族長の者は特別製。たった一人の対象を取り、一定の期間の在りうる未来をいくつか覗き見るのだ。
そういうふうにチューンアップしたのが星を浮かべたようなあの眼。あの瞳は覗き込んだものの分来た未来の数だけ星を浮かべる。
「全ての未来でこんな結末はありませんでした。私の魔眼は魔力ではなく運命を比較して大きければ大きいほど、相手の未来を見ることができます。人ならざる者へと変化することで運命を強化しましたが……」
それでもなお見逃した。
「クォリディアを救い、麒麟を説得する。その可能性があった唯一の未来、のはずだったのですがどうやら違ったみたいです。私はあそこで風月凪沙が死ぬ未来を見ていました。あの砂漠を生き残れるはずがなかったのです」
「この森の未来を予見し、自治権を勝ち取ったあなたの力でも見えないものが?」
「珍しいことではありません。未来自体は無限です。アリア、あなたの辿る未来を全て見れるわけではありません。最も進む確率の高い未来から順番に見ています。そこに森のすべての情報を合わせてどれをたどるのかおおよそ検討はつきます。例えばあなたがアルバと結婚するとか」
「ふっ!?」
盛大にせき込むアリア。
分からないとでも思いましたか? そう言いたげに未来を見通す目がアリアを見つめる。
「脅してまで、手に入れたいものがありました。そうした力を使っても未来はコントロールできませんでした」
「今どこに?」
「私が知る未来にこの行動はありません。そして、森の外です。つまり私には追えません」
「ここをまとめるのはしばらく手を貸すよ」
そういって入ってきたの質屋。
「過ぎたことは仕方ない、前を向こう。まだ一人では力不足というのなら僕が手を貸す。この森はもう『停滞』を選んではいけないよ」
「……」
「どうしたんだい不服そうに」
「その姿で威厳がないから戸惑っているのでしょう。それで、話があるのでしょう?」
「うん、神域の騎士がお目見えだ」
その言葉と共に赤い髪の柔らかい雰囲気のある男、オレウスが踏み入る。
「お初にお目にかかります、果ての森の女王、麒麟、族長」
アリアの前で片膝を突き礼を尽くす。神域の騎士の動作にアリアは面食らった。いままでは出会いが最悪過ぎてまともな経過などなかった。神域の騎士はしょっぱなから電撃をばら撒いたり(レルキュリア)過去の因縁を優先してどつき合ったり(グレイ)基本無口で何も語らない(タイン)ような奴ばかりだと思っていたのだ。
あの中に貴族がタインしかいなく、タインは仕事には寡黙に取り組むせいで無口と勘違いされることも多いために、アリアのその感情も間違ってはいない。
「一人、ツレもいるのですがそちらの礼は省かせていただきます、おそらくは聞き及んでいるでしょうから」
遅れて入ってきたのは氷の仮面で市場を一切捨て去った眼をしているアルト。
東の地の貴族から歴代最年少で神域の騎士になったアルトは東では王であるオルガノンよりも名が通る場所があるくらいには人気がある。
この森にも特徴は幾度となく噂として流れ込み、一目でそうと確信できるほどだ。
「この緊張感の抜けた空気を感じ取るに、全てが解決しましたか。では、騎士団の派遣はいりませんね?」
「はい、要りません」
「あなたには聞いていない」
オレウスは族長に見向きもせずに口を開く。
「あなたはありとあらゆる情報を秘匿した――いや、しすぎました。結果としてこの国が壊滅しかねないほどの事態に発展したとも聞き及んでいます」
レルキュリアが火炎を咀嚼しなければ事実としてそうなっていた。
「その時の最善を判断しかねますが、決断した以上責任は取ってもらいます」
きつい言葉だが、これは質屋の仕込みだった。この時点でこれだけの言葉で糾弾するほどの資格がオレウスにはないのだ。
族長に対してウィンクで知らせる質屋。これですべてがつながった。
神域の騎士、それも前王の撫でこの事態は広まり族長の持つ権力は解体されるだろう。それは族長も望むところではあるし、麒麟のいなくなった後の森のためにもなる。
「エルフクイーン、自治権を持つあなたが決断してください。クラリシアからの助力は必要ですか?」
「……いりません」
決断のために自然と背筋が伸びた。ここから誰もが変わらなくてはならない。初めから甘えるわけにはいかなかった。
そしてその選択にオレウスは微笑みで返したのだった。
「……っ」
だが、目が笑っていない。
この局面にきて唐突にオレウスの目が見開荒れた。
「アルト……」
鉄仮面のように変化しない表情。その眼はじっと質屋を睨みつけていた。そして殺気が漏れ出ている。
「僕に何か用かな?」
「お前からは何も感じない。本当に四獣か?」
「……これは、また。なんとも」
答えにくいことを。
そんな声が聞こえたような気がした。
「ありとあらゆるものに噛みつき当たり散らすほどの凶暴性。国家に対して数百年単位で策を巡らせる怪物。そして限られた条件下で手を尽くして喉笛に噛みつこうとする計算高さ」
それぞれ四獣を現す言葉。唯一来たの銀狼だけがいないのは人前に姿を現すことがないほど孤高な存在だからだ。
「勝てないと分かっていながら死地に足を運ぶほどの狂気もない」
質屋の、麒麟の中でその言葉が表す影が重なった。
風月凪沙と森神。
「お前は何を持っている?」
「弱さだ」
その言葉に一瞬だけアルトの毒気が抜かれた。
「僕ら四獣は感情や在り方を切り分けて生み出された。森神は真摯、或いは堅実さ。眠りを忠実に守り、最後は自らを殺す役目としてヴァーヴェルグに設置された。オルガはそのまま憧れだ。ヴァーヴェルグが欲しかった強さ、憧れ、それが暴走しああも南をにぎわせている。そして僕はヴァーヴェルグが負けた原因となった弱さそのものだ」
情、或いは優しさ。
守りたいものがあり、それに固執してヴァーヴェルグは封印されるに至った。
「君は僕に何を持っていてほしいんだい?」
「壁。強くなるために超えるべき壁」
「女王の前ですよ」
静止したのはほかでもない族長だった。
あの瞳が見開かれ、まさにアルトと麒麟の未来を見ていた。
いくつも、いくつも、いくつも……。
それは僅か数時間の間に発生しうる未来。だがそのほとんどでアルトは死んだ。だが、麒麟がそのうちの半数で刺し違えた。無傷で生き残る未来は一つも見ない。麒麟の運命は定命の者を超越するほどに強大だが、族長が見れる範囲でこんな未来を見せてきたのはアルトが初めてだった。
そんな馬鹿な。
そう漏らさなかったのは年の賜物だろうか。ここで戦わせることだけは避けなければならなかった。
だが、そんな焦りを他所に未来は急に収束し、戦うヴィジョンが見えなくなった。
「アルト、久しぶり」
「風月!」
腕を包帯でぐるぐるに縛り、その大部分が緑色に染まりシップにも似たいようなにおいを漂わせていた。この匂いが鼻につき風月は寝不足だった。
「大丈夫なのか」
「何とかな。だけど寝不足で死にそうだ……」
左右に頭を振っているその男が、全てを肩つけた。
ふと、アリアが視線お泳がせた途端、その整った顔立ちがこわばる。族長が眉間に皺を寄せて、あろうことか犬歯すら見せて敵意を露わにしていたからだ。
理由は単純で風月凪沙の未来が見えなくなっていたのだ。そして風月の近くにいるアルトやレウスたちの未来も複雑に分岐し全く異なる未来をたどり始め族長には追いきれなくなる。
この先何をしでかすかわからない相手を最大限に警戒しているのだ。
それをアリアは知る由もない。
「起きていたのか。フレイとクォリディアが何処に行ったのか知らないかい?」
「悪いけど知らない」
「うそ、ですね」
「手引きはしたけど、俺は何処に行ったかなんて知りもしないよ」
オレウスがため息をついた。
何を言いたいのか分かった風月は次の言葉が吐き出される前に言葉を紡ぐ。
「大丈夫、償いに来るさ」
「……」
オレウスの目は半信半疑だ。しかし、アルトはそれがどういう意味なのかよく理解していた。
「ヴァーヴェルグ」
「ああ、そうだ。アレの前に絶対に王都に戻ってくる」
核心をもってそう語った。
同じ時刻、扉の外で耳をそばだてていたのはレルキュリアだ。
武器が変化した。
幾何学模様を立体に斬り抜き組み上げたかのような鎚。それは重厚で不思議な感覚をもたらす。これで武器を打ったのは一度。ヘイズの曲刀を打ち直したのみだ。
できには満足したが、今のレルキュリア自身が自信を持っているかと問われればそうではない。むしろ自信を持てないでいた。本当にいいものが作れるのか不安で仕方がないほどに。
それでも、挑戦したかった。
だからそれを頼みに来たのだ。しかし、部屋の中の空気は風月が比較的明るく話す一方で、シリアスに冷え切っている。
とてもじゃないが踏み入れなかった。
『契約は?』
『そんなものはいらない。契約がなかった約束も果たせないのか?』
オレウスの言葉に対するのは屁理屈であって明確な答えではない。
『私も反対です。今すぐに呼び戻すべきです。団結が無ければこの森は――』
『敵を作って団結させる? ばかばかしいな。お前は脅しで俺を無理に従わせたじゃないか。そして何も見ちゃいない。ばらばらになっていても、足掻いていたじゃないか。団結はあるよ。少なくともお前が望む形じゃないだけだ族長』
ぐうの音も出ないほどの正論。
『それに敵ならいる。もう一年もたたずに奴は猛威を奮い始める。責任だの、賠償打の歯そのあとだ』
コツコツと足音が聞こえる。
お、とレルキュリアが反応し出てくる相手を扉越しに伺う。
『何処に行く?』
『帰る。こんなところでちんたらしてられない。やることが山積みなんだよ』
風月が扉に近づいていることを確信して扉に手をかけた瞬間、さらに言葉が聞こえた。
『レルキュリアに武器頼んで、山の装備して、傷直して……』
「ふっ」
レルキュリアの息がつまる。
告白しようとしたら先に相手が断る気がないのを知ってしまったようなうれしさと心苦しさが同居するような状態だった。
『頼みたくないって話じゃなかったか?』
『CRISISに飲まれていても覚えているもんさ。あんな戦い方見たら、頼みたくなった』
扉が開かれたときにはレルキュリアはいなくなっていた。うれしさと気恥ずかしさと好奇心が同居して、心臓が高鳴っていた。そして感情が高まり風月の顔を見れない気がしてその場から逃げ出していた。
今からどんな武器を造るのか、そしてどんなふうに仕上げるのか。それを考え、同時に言いようのない感情に口許を少しだけ綻ばせていたのだった。




