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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第四章 その嘶きは雷鳴に、打ち鳴らす蹄は雷轟に。
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第四章 34 〇――CRISIS4――覚醒


立ち昇った炎の柱。

それを語るには何があったのかを語らなくてはならない。


「何やってんだよ」


風月の問いかけに答えられないフレイ。


「優しいよ。でもそれだけだ。本当に大切なら、殴ってでも止めるべきだ」

「私はどうすればよかったんだ?」


涙でフレイの頬が濡れる。

そこに混じったすべての感情を推し量ることは、風月にはできない。

気を失ったクォリディアに目を落とし、小さく呻く声が聞こえた。覚醒までそう長い時間があるわけではない。


「族長が俺にこいつを助けろだとよ」


それを聞いた瞬間にカクン、と力なくうなだれるフレイ。そこに混じる感情を、風月は即座に理解した。

安堵、安心。

それが風月には面白くない。


「悔しくないの?」


それだけをぶつけた。

フレイも、その言葉はストンと胸に落ちて、受け入れた。そして、胸の内で安堵や安心をかき消して、それで覆い隠そうとしていた感情をむき出しにした。


「どうしろというんだ……」


やるせなさ、不甲斐なさ。自らの力不足と、その立場、そして在り方を嘆き、そのすべてが混沌とした胸中で埋めき、とうとう表面へと噴き出した


「私は『戦人』だ。仲間を導かなくてはならないっ。やるだけはやったんだっ。これ以上どうしろというんだっ!」


聞きたいのは『そこ』ではない。

ただ返答を待つ。

うなだれて、鼻をすする音が聞こえた。


「悔しい、悔しいよ。助けたいんだ、でも、もう……」

「本当に面白くない。助けたいなら助けろよ。立場も、これまでの関係も、何もかも敵に回してでも助けろよ」


風月凪沙は本気で言っている。

元より、狂った人間だ。旅のために腕一本程度何の躊躇もなく犠牲にしようとしてアリアと戦う人間だ。

それを知らずとも、言葉の持つ重みはフレイに伝わった。


「この森で起きていることを手っ取り早く終わらす方法は二つ。クライシスの武器を何とかするか、ヘイズを潰すか。どちらにしろしばらく時間が稼げる」

「……いいのか、そんなことをしても」

「俺の『旅』の行く先は俺が決める。お前の『旅』だ、お前が決めろ」


風月凪沙は視線をクォリディアにおとす。


「呼吸が変わった、起きたんだろ?」


パチリと瞼が上がり、大きな胸をはだけて今にも見えてしまいそうな胸を両手で隠すクォリディア。


「そんな視線で見ても抱かれてなんてあげないわよ」

「ふぐっ」


あまりにも予想外の言葉に言葉が詰まる。


「ないないっ、そんなつもりじゃないっ」

「お前……」


背後からのフレイの声と視線が痛い。


「俺が欲しいのは情報だ。灰病でつながってんだろ。『核』は何処にある?」

「言わないわ」

「今、どっちが上かわからないわけじゃないよな?」

「揺らぐような覚悟は持ち合わせていないの」


空気が冷え、張りつめる。

そのストレスにさらされながらも風月は口を開く。


「灰病は次のフェイズへと進んだ。複数の場所でヘイズが確認されたことから俺はそう睨んでいる。にもかかわらずお前はそうはならない。お前が増えたほうがはるかに怠い結果になるにかかわらずな。お前、できないんじゃないのか?」

「だとしたら?」

「フレイ、炙りだされた連中のほとんどがエルフか?」


唐突に声をかけられて耳が跳ねたフレイが頷く。


「やっぱりな。もうわかった。『核』はお前だ」

「……は?」

「というかエルフだ。一族の何人かで隠しながら内輪で灰病を飼いならしていたんだ。じゃなけりゃ、どこでお前は感染した? 能力も知らずに族長の目に一度も引っかからずにヘイズがこの森で暗躍できるか? 何よりも、この戦いが始まった時にヘイズはサンクチュアリに現れなかった。お前があの場に来て、死角を共有しないなんてありえない。だが、お前が一方的に吸い上げているだけならすべて通る」


何処でヘイズと合流したかはわからない。

だが、もう十分だ。


「お前が退けない理由、ほかにあるのなら言ってみろ」

「本当にずけずけと。もう引けないのよ。真実がどうであれ、それを追求する意味はないの。どうあっても私は変わらないの」


その時、クォリディアの姿がブレる、人間の輪郭をボロボロと崩し始めた。

それが灰病を制御するための魔術具が破壊された影響だと知るのは、ほかでもないクォリディア一人だけ。

そして、大気が震え、木々がざわめき、大地が痙攣を始めた。それはこの森に深く根を張った菌糸であり、エルフがかくまい続けたそれが無秩序に暴れだし始めたことを意味する。


『なぜ福音を拒む?』


低く、仄暗い声が闇から聞こえる。福音とは程遠い怨嗟にまみれた声。それが拡大と縮小を繰り返すように響きながら耳まで届き、そのころには出どころすらわからない。或いは、この振るえる大気が音の出どころなのかもしれないと錯覚するほどだった。


『やはり、お前かっ。なぜ見抜く? お前には何が見えている?』


言葉が明確に風月へと向いた。


『なぜ福音が響かない? なぜ『お前は誰だ『痛い、苦し……』『保てないっ』なぜ俺が選ばれ『お前を『許さない』『殺す』』どうしても』なぜおまえだけがっ』『お前を』


次第にざわめきは大きくなり風となって迫る。


「見つけた」


先ほどまでの圧が嘘のように消えて、乾いた声が聞こえた。それは真横。禍々しい曲刀を逆手に振りかぶったヘイズ。小さな灰病が形を成して今、目の前に現れた。もはや反射の領域でフレイが蹴り上げるが、体に痛みを抱え、満足に動けない体では技のキレにかけた。それではヘイズを消し飛ばすことはできず、頭も胸もえぐられた状態で、肩だけを動かして風月の心臓をめがけて凶刃が振るわれる。

それを剣気を纏った右手でとっさに防ぐが、剣気の練度が足りなかった。そのまま腕を貫通し、動きを減速させて、それでも止まらない刃を左手で握りこみ動きを止める。


「なければ、新たに造ればいい」


狙いは風月凪沙。本当ならアリアに感染させるつもりだったが、それが魔術によって難しくなったなら、次に狙うのはヘイズが狙えて、その中で最も強い人間だ。



ドクン。



胎動があった。風月の右腕がひとりでに振動し、何かの鼓動を伝える。


「すべてはお前から始まった。何もかも、お前がこの森に足を踏み入れてからだ」

「……」


風月は動けない。

それは痛みでも驚愕でもなく、恐怖。動きが止まり、喉の奥が干上がる。その隙を見逃さずクォリディアがタイムルーラーを発動し、距離を取った。そのまま弓を番え風月を威嚇した。

痛みで我に返り、押さえつけていた恐怖が顔をのぞかせる。

ヘイズや灰病を恐れたのかといえばそうではない。



同時刻、ヘイズやクォリディアをはじめとした灰病に冒された者は確かに感じた。人が闇を恐れるかのような根源的な恐怖を。

全てのクライシスは繋がり、その性質を使って判別、あるいは捜索をすることが可能となる。レギオンが武器を通してクライシスの活性を感じたように、地下墳墓の霊装が動き出したように。

クライシスの性質は繋がりにある。灰病がその最たる例だ。禁止によってつながり、この森を余すところなく侵食した。人が感染しなかったのはある種、悟られないように制御していたからだ。

そしていま、新たなつながりを得た。

CRISIS4に気に入られた風月を、灰病が侵食する。



そう、CRISIS4と繋がっている灰病が侵食するのだ。


この瞬間、風月が感じた恐怖とは灰病の向こう側にいるCRISIS4であり、同じくつながりを得た者たちもその感覚を覚えた。

そして声を聴いた。ヘイズが『福音』と呼んだクライシスによってもたらされた者とは異なる声。風月にはそれが一日の終わりを告げる『晩鐘』に聞こえた。


『コレハオレノダ』


声だったのか、あるいは音すらない意志を感じ取りそう解釈しただけなのか。

僅か数秒。

駆け付けたレルキュリアだけが事態を悟った。『星砕』の中で炎熱剣を格納していたはずが、消えたのだ。その感触を知った瞬間にレルキュリアは強化した視力で捉えて風月の下へ走った。

わかることはただ一つ。炎熱剣が『転移』した。

そして風月の下へと駆け付けたときには、彼の右腕が脈動する瞬間を見たのだ。

刹那、太陽を直視したかのような錯覚――いや、文字通りに太陽を直視した。風月の右腕が発行し、太陽の輝きを放つ。

同時に熱による衝撃波が一帯を吹き飛ばし、フレイや近くにいたクォリディアたちが吹き飛ばされる。

クォリディアとフレイだけが受けを取れずに地面に転がる。そして体勢を立て直す間もなく再び発行が始まった。

誰もが身構え、あるいは防御の姿勢を取るが、肩透かしのように何も起こらない。太陽のような輝きすら失せた。それは風月の剣気によって押さえつけられていた。今にも内から突き破って暴れだそうとする『何か』を剣気で強引に押さえつけ、その輝きすらも封じ込めようとしている。


「何が、起きているの?」

「分からない……」


ここで体を蝕む痛みに耐えかねてフレイが倒れ、それをレルキュリアが支える。


「転移しやがった。炎熱剣が、自らの意思をもって」

「どこに?」

「見りゃ分かんだろ。あいつの右腕にだ」


そんな力があることを誰も知らなかった。世界で初の現象。それでも、目の前の事象が信じられなかった。もう、何を空手をつけていいのかもわからない。


「状況が見えんな」

「まったくだ。おいボウズ、生きてんのか?」

「なん……とか」


駆け付けた第十席と第一席。その二人が顔をしかめた。第一席は例外的だが、この二人は長く神域の騎士を務めている。過去に寄生という言葉が最も似あうクライシスとも殺し合ってきたが、まさしくその『それ』だ。

すでに腕は黒ずみ、炭のようになり始めていた。皮膚は少しずつ剥がれ、その炭化した肉のさらに下からは、溶岩のようなものが絶えず流動していた。何よりも、そこから炎が薄く噴き出ているのだ。人間の体で本来起こりえないことがクライシスの兆候。

苦悶の声を漏らしながらも、風月は剣気でクライシスを押さえつけながら、移動している。

それを、第一席、グレイは冷たい目で見ていた。


「そうなったやつはたいてい助からない。押しお前がクライシスになるのなら、あるいはその可能性があるのなら排除すべきだ」


それはレルキュリアも薄々気づいていた。ただ、口に出せないのは迷っていたからだ。神域の騎士として受けた仕事で、最低限もこなせず護衛対象を死なすことになる。


「だから、自分でケリをつけられないのなら――」


俺が殺す。

その言葉をタインが止めた。

剣気に集中するあまり、声すら出せない。痛みで浮かぶ汗すら熱で蒸発していた。


「……ふっ、ふっ」


呼吸も定まらないが、その眼だけは前を向いていた。

タインやグレイがその姿に思い浮かべた言葉は〝精神力〟だ。気力だけで今、痛みをこらえ、剣気を使い、灼ける肉体を引きずっている。

そして、その姿に誰よりも心を打たれたのはフレイだった。


「レルキュリア、魔術を解け」

「……できないわ」

「悔しいんだ」


まっすぐ見つめた先。


「この森を消し飛ばせるほどの力が暴走しかかっている。にもかかわらず森は静寂を保っている。なんであれを止められる場所に、私たちはいないんだ?」


全身を蝕む痛み。動くことすらままならないフレイ。それに対し、もはや形容することすら忌避されるような状態でも前へと進もうとする風月。

いったいどこでこんな差がついたのか。


「どうしてこの森の人間が静観しているんだっ」


戦人とクイーン。立場は違うが同じ森を導く指導者。その立場であの場所にいないことがひたすらに悔しかった。対してクォリディアにはすでにそんな責任はない。


「私はもうクイーンではないわ。外のエルフと結婚したし、女王の魔術も使えない。そして契約が履行された今、私の役目は終わり。本当の意味でこの森の者ではなくなったの」


フレイの中で天秤が崩れた。

今までは戦人として対等だと思っていた。それでも眩しく届かない存在のように見えていたクォリディアの姿。結婚氏っと期には妬ましくもあった。同時に祝福したい気持ちもあったことは間違いない。いつも、先へ進むその姿に憧れがあった。

自分では追いつけないとどこかで思い込んでいた。

それが、この瞬間に変わった。

言葉や立場ではなく、弱り切って今にも泣きだしそうな顔を見てフレイの中の天秤が傾いた。


(こんなにも、か弱いじゃないか……)


何処から勘違いが始まったのか。フレイの中で大きくなったクォリディアの存在は、気づけばこけおどしで、その大きな側の中で泣いているようにすら見えた。

手を伸ばせば届く距離にいて、気づけばその長い髪を手で梳くようにして頭の裏へと腕を回し優しく抱きしめていた。


「大丈夫。私が守る」


身体の痛みがほどけるように消えていく。この一言がずっと言えなかった。そうなるために強くなりたかったのに。


「本当に守ってくれる?」

「ああ、約束する」


今になって風月の言っていたことを理解した。

そして痛みが消えた体には力がこもる。ゆっくりとクォリディアから離れる。ようやく、神域の騎士たちに並び立った。

本当に簡単なことだった。それに気づいたフレイはもう迷わない。

だが、その裏で、神域の騎士たちは困惑していた。


「ボウズ、今なんて言った?」


グレイが聞き返す。タインもレルキュリアも風月の言葉の意味を理解できなかった。

聞き間違いじゃないのなら。


「おもしろい……?」


事実、風月凪沙は笑っていた。凄絶な笑みを、あるいは恐怖すら覚える笑みを浮かべながらそう言った。


「あの野郎! まだがぐしでやっだなっ!!」


言葉すらまともに発音できない状況で、それでも風月は叫ぶ。

それは族長に向けてだった。

その意図に気づいているのは風月と、族長。そしてヘイズだ。

幽鬼のようないでたちで風月の目の前に現れた。だg、その眼に戦意はなく、すでに体が消えかかっていた。そして至るところから出血し、腕もなく胸と腹に至っては穴が開いていた。もう生きるということを保てない。これがヘイズの本体であり、死ぬ直前の状態を灰病によって保たれ続けた姿だった。

この二人が対峙すると、どちらが死にかけているのか見分けもつかないほどだったが、片方は絶望し、もう片方は笑っている。


「なんでお前が、福音を……」

「ヴァーヴェルグを殺すためだ」


先ほどまでとは打って変わって透き通った声が響く。それは夜ケタ喉が回復していることを示していた。そして福音という言葉。


「お前、まさかっ」


元より、転移などというものがなければ風月は灰病を宿していたはずなのだ。そして、剣気で炎熱剣を抑え込みその間に灰病をその身に宿した。

二つのクライシスを身に宿し、焼却と回復を繰り返す。先ほどまで立ち上がれなかった体は灰病により小康状態を手に入れ、動けるほどにまで回復した。それでもなお体を蝕む痛みをこらえながら歩き始めた風月は異常だ。

対して、立っていたヘイズが地面に倒れる。


「レルキュリアァ! 砂漠へ向かうぞ!」


未だに風月だけが諦めていない。まだこの森を全て何とかする気でいる。歯を食いしばラ、灼熱の中で笑みを浮かべながら前へと進む。

ヘイズの死体を踏み越えて。


だが、誰も気づかなかった。


風月は、灰病はエルフが隠してきたことを知った。ヘイズは100年も前に死亡。いったいどこで灰病に出会い、それまでどうやって生き永らえたのか。


「……かぃ   ざぁ」


消えそうな声が響く。

同時に灰病、CRISIS4以外のもう一つのクライシスが風月の胸を貫いた。


「あ、え?」


膝をつくと同時に、青い剣気が霧散し、CRISIS4がその枷から解き放たれる。

それは天へと昇る柱となり、大気圏と真空のはざまで空を明るく照らし出す炎の天候へと姿を変えた。

風月凪沙の姿は顔の右半分までが炎上し、一瞬で炭化したと思いきや、ひび割れたその隙間からマグマのような流体が顔をのぞかせる。



「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッぁぁぁぁああああアアアアアアアアアアアアアっ‼‼‼」



今、世界を滅ぼしかけた危機が再来する。

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