第四章 25 §地下墳墓の魔術具
夜の王都。
ヴァーヴェルグが我が物顔で城に戻ってきて渋い――ように見える――顔でレタスのような野菜をまる齧りしていた。それで城の中を闊歩していたが、安易を思い立ったのか口に野菜を加えたまま、貸し与えられた自分の居室へ全力疾走していった。
これが今の城の日常で、メイドたちとも意外と仲良くやっていた。あの野菜もコックがこっそりと分けたものだろう。
そんな様子を見ていた、同じく城の中を闊歩していた現クラリシア女王、 オルガノンは非常に怪訝な顔をしていた。
「浮かない顔をしているね」
「オレウス兄様」
赤い髪を持つオルガノンと同じ色の髪を持つオレウスが声をかける。
「ヴァーヴェルグは本当にこの世界を滅ぼすつもりなのでしょうか?」
「さあ、どうかな。でも無差別に敵意をばら撒いてしまうんだから、敵はいくらでもいる。実を持っているつもり滅ぼさずにはいられないんじゃないかな。そして敵が増えれば増えるほど強くなる。悲しい呪いだ」
「それさえなければ戦わずに済むと、お兄様は思いますか?」
「どうかな。それはヴァーヴェルグに聞いてみないと分からない。でもね、オルガノン。今は解呪のことを考える時ではないよ。処刑騒動を忘れたのかい?」
「う……」
風月凪沙を処刑しようとしてヴァーヴェルグが力を開放した。状況をよく理解もせずに動いたことが原因であり、推し進めた長老院とオルガノンにすべての責任がある。オレウスも背中を押したが、それがどういう結果になってもよかったのだ。未熟な女王を育成するためならいくらでも責任は取るつもりだった。
だが、風月凪沙とヴァーヴェルグのやり取りで責任の所在がうやむやになった。
「何が言いたいのか、わかるね?」
「勝手に動くとロクな結果にならない」
「その通り。それに解呪はたぶん無理だ。一応デミシェリアと、呪いに造詣が深いクロウドラクマから使者が来ることになっているが、王宮魔術師と茜が解析できないと言った。多分糸口をつかむこともできないだろうね……」
「それは一年という間だけの話ですよね?」
「うん。その通りだ。でも僕たちが考えるべきはヴァーヴェルグを討伐した後の世界だよ。どう立ち回って、この国を守っていくのか。今までにもあった国難の一つさ」
そういわれても納得いかなかった。
オルガノンが知っている国難はクライシスとか、カイザーとかあのあたりのろくでもない奴だけだった。それア、ヴァーヴェルグは町を視察したり、ご飯を食べたりと、戦闘においては怪物であっても、見た目以外は人間と変わっているように見えない。
「割り切りなさい。どうあがいても受け入れられないこともある」
「……」
オレウスの言葉は主肩。かつての王の死後、兄弟たちを処刑台まで運んだのは実質的にオレウスだ。神域の騎士であったオルガノンだけが生き残り、ほかはすべて殺したようなものだ。早々に騎士になって政治や家族から離れたオルガノンに家族として接してくれたのはオレウスだけであり、それ以外は父親ですら家族ちう認識は薄いが、聞いた話によればオレウスとその弟二人は仲が良かったらしい。
「分かったらこんなところで油打ってないで仕事をしなさい」
「お兄様にだけは言われたくないです」
苦笑して早々に踵を返した。すでに退散の構えを見せている。
「そうだ、執務室にレギオンを通しておいた。神域の騎士として急ぎの用があるらしい」
「急ぎ?」
「用件は聞いてない」
絶対にわざとだ、オルガノンは確信している。オレウスはきほんてきに厄介ごとに首を突っ込みたがらない。そういう気配を察知することには人一倍長けている。今回もその匂いをかぎ取ったはずだ。
「王として命令します。来なさい」
「……王命はそういうふうに使うものではないよ?」
「あら、王命を王を止めるために使ったのはどこの誰だったかしら?」
オレウスにはもう反論できない。
先を進むオルガノンに続くオレウスはひっそりとため息をこぼす。執務室につくと、椅子にだらしなく腰かけていた銀色の髪の男が待っていた。神域の騎士、第二席レギオン・ローゼス・ジーギレンだ。
「いつになく殊勝だな」
「随分と翁に絞られたか?」
ただの礼儀だけでこの言われようがいつものレギオンの態度を物語っている。むすっとして目をそっぽに逸らすあたり、翁と呼ばれる第十席には嫌というほどマナーを叩き込まれたらしい。
「もう足の調子はいいのか?」
「杖なしで歩ける程度には。走れないけどね」
ひと月くらい前にヴァーヴェルグと戦い足を自らの筋肉と剣気で内側から破裂させて立てないほどに負傷していた。それが魔術と剣気による回復でだいぶ回復していた。
「そうか」
オルガノンは机を回って机に臨む椅子に腰かける。
「それで、何のようだ?」
「これを」
取り出したのは世界でも屈指の魔剣。代々第二席が受け継いで来た武器、『スカー』だ。『CRISIS8:歴史に横たわる怪物(The Another History)』と呼ばれた怪物の素材を鍛えた武器だ。レルキュリアが打ち直した逸品でもある。
美しく、そして今にも折れてしまいそうなほど細い。つけられた傷が治らなくなる力がある。だが、
「どうかしたのか?」
「分からない、か。ならもって見てほしい」
一応この件がもたらした神域の騎士すら殺したあの惨状を知っているからこそ、一瞬だけ躊躇ったが、すぐに鞘に納められたそれを握るオルガノン。途端に、悲鳴が聞こえた。
思わず放り投げたそれをとっさにキャッチするレギオン。
「どうかしたのかい?」
「オレウス兄様は聞こえなかったのですか?」
「聞こえる、何がだい?」
「クライシスだ。過去に80番台のクライシスと戦った時も同じ現象が起きた」
オレウスの疑問を無視してレギオンがしゃべりだす。
「クライシスは繋がっている。デミシェリアの研究だとそういう結果が出ていたと記憶している」
「……」
「地下墳墓の魔術具の使用許可」
オレウスとオルガノンは渋い顔をして、見合わせた。
確かに城の地下には山にあった空洞を利用した巨大な空間があり、そこを王族の墓として利用している。
「デミシェリアから寄贈された魔術具の事を言っているのかい?」
「ほかに何かあるのか?」
「あそこは立ち入り禁止だ。行くとしてもオルガノンと私だけが見ることになる」
デミシェリアが寄贈した魔術具は重要な宝物として地下墳墓に安置されている。事実、あれがなければ乗り切れなかった国難すらあった。
「……わかった。私が行く」
「確認するだけならタダだからね。でも君は行かせないよ」
「立ち入り禁止だからでしょ?」
「違う」
当然だから気にしないといった態度のレギオンを切り捨てたオレウス。
「その足で戦いにはいかせない。強さを求めることは止めはしない。でも死にに行くのはだめだ。特に、今は」
一年しないうちにクライシスとは比べ物にならない怪物と戦うことになる。ここで戦力を失わせるつもりは毛頭ない。
「言っていたね。80台ですら対峙するまでこうはならなかったって。それがどんな感覚なのかわかりかねる。だけど、この近くで目撃掏らないほどなのに、そうなった以上相手は80よりはるか上だ。その足で勝てるのかい?」
「やってみればわかる」
「止めるよ?」
「……」
神域の騎士にとってオレウスは未知なところが非常に多い。神域の騎士になったもののその戦う姿を見た者はかなり少ない。それこそ、口を開かない第八席と人前に姿を現さない第五席くらいだ。
それでも、強さはレギオンにも解る。その他の候補を打ち負かして第七席を継いだのは伊達ではない。
「大丈夫、その足を直しさえすれば戦う場所はいくらでも作るよ」
レギオンはそこで留飲を下げ、その様子を見てオレウスは頷いた。
「じゃあ、確認しに行こうか」
そういってオルガノンと共に部屋を出たオレウスたちを、レギオンは静かに見送った。
地下墳墓へは兵の詰め所の地下にある牢屋とはまた別に階段を下る必要がある。裏切った神域の騎士など、物理的に牢屋に閉じ込めておけないような怪物を閉じ込めておく特殊な牢が存在している。光も届かない遥か地下、そこへは玉座の間にある秘密の通路を使う。王族登録のある者にしか通ることができない道だ。
薄暗く、しかし魔術的に浄化された空間に黴臭さはなく、それがまた不気味だった。
過去に、オレウスやオルガノンの兄弟が捕らえられていた場所を通り過ぎ、さらに地下へ。
「此処はやっぱり、あんまり来たくないですね」
「そうだね。だから早く出よう。ほら」
さらに進み続けると、そこにあったのは王族を埋葬してきた墓。
弟を失い、一人質素な暮らしをしていた初代王、ヴァーミリオンは豪奢暮らしを好まずに、その墓は酷く質素だ。小高い丘の中心にヴァーミリオンの墓があり、その周りを囲むように歴代の王族が埋葬されている。
その多くが差異はあれど、ヴァーミリオンに倣い墓は質素だ。同時に、目を引くのは周囲に山積みにされた金貨や武器などだ。歴史的な価値のある者がごみの要否掘ったら買冴えてもいるが、これはこの国での形式だった。死んだときの私財のおよそ一割がここに運び込まれるのだ。
中には墓を守るための魔術の兵士など、今でも使われる魔術具が存在している。その使われる魔術具の中にデミシェリアから寄贈された巨大な魔術具があった。
巨大な円盤の周りを九つの輪が囲む魔術具こそがデミシェリアより寄贈されたものだ。一つの輪の幅が1メートルほどもあり、そこには各10個の色の異なる石が嵌められていた。
「ほう……こんなところが」
唐突に響く精悍でありながらやや低い声が響き、オレウスと取るがノンが飛び退いて振り返る。驚いたのは当然で、今残っている王族はオレウスとオルガノンだけだ。
だが、振り返ってみれば、その姿に納得せざるを得なかった。
「ヴァーヴェルグ」
「魔力の流れが唐突に出てきたから気になってな……」
「エルフでも魔術師でもないのにそんなことまでわかるのか」
「俺に対する敬語はやめたのか?」
オルガノンはドキリとする。
ヴァーヴェルグがここには入れてしまった以上、王族であることはもう間違いない。そして、王位継承など諸々を考えると――、というより考えるまでもなく初代王の血を分けた兄弟という時点で実際の権威はオルガノンとほぼ同等と言っていい。
間違いなく歴史を作った先人であり、そこに敬意を掻くのは一国の王として決してよろしいことではない。
なんて言い訳をすべきかとっさに巡り、オレウスが口を開こうとしたときにヴァーヴェルグは、そんな内心を見透かしたように言った。
「その方が良い。やがて殺し合う」
その言葉だけで空気は引き締まり、オレウスは威圧されて下がった。
「して、ここは?」
「王族の地下墳墓」
「ヴァーミリオンは?」
「あの真ん中に」
「……」
息を呑む音が聞こえた。
「今は手向ける花も向ける顔もなく、かつての言い訳もできそうにない。また、ここを訪れてもいいか?」
「好きにしろ」
なんだかんだ礼節をわきまえているヴァーヴェルグ。死生観や生き様については何かと相手を尊重する傾向にあり、ここでもめ事を起こす気はないと判断するには十分な材料があった。
「あれは?」
次に視線が移ったのはひときわ大きな魔術具、デミシェリアから寄贈された例のものだ。
「クライシス、と言ってもわからないか……」
「知っている。何のために市井をうろついていると思っている?」
1000年という時間は短くない。それだけあれば常識どころか、環境そのものが変化する。ヴァーヴェルグにとってこの時代が生きにくいであろうことは想像に難くない。そのために情報を収集している。
「あれはクライシスを特定するための魔術具だ。クライシスは大まかに0から9の属性に分けられる。あれは宝石の一つ一つがその属性を現し、外側に向かうにつれて番号が増加、つまり弱くなっている」
「対応したリングの宝石が光ってその強さを、回転し、止まった方角によってその強さを表しています」
オルガノンの言葉をオレウスが引き継ぐ。
「そうですね、あなたの生きていた時代でいうのなら『CRISIS 8:歴史に横たわる怪物(The Another History)』、時間を司る怪物がまだ跋扈していた時でしょう」
「アイツか……」
「反応があればここに映るということです」
「どこがゼロだ?」
「あのくすんだ灰色が―――」
ピタリと言葉が止んだのは、指さした宝玉の4つ隣が輝きだしたからだ。色はガーネットのような鮮やかな赤。
「『CRISIS4:代替え品の太陽(The Alternative Sun)』」
レルキュリアから武器の情報は届いている。だが、今までこんな反応はなかった。
「これは、まずいことになったね」
ゴゴゴゴゴ、石臼を引くような音共に中心の円盤が回転を始めて、光が東を指示す。
「なぜここに来た? これが偶然だとは思えないが」
「その通りです。四番目のクライシスの武器が東にあり、どういう訳か輝き始めた。考えたくはないが、活性化を始めた」
「まだ、僥倖なほうだ。今をかみしめた方が良いな」
オレウスがオルガノンの発言を嗜める様に視線をやるが、動じた様子はない。
「東には奴が『向かっている』」
事態は急速に動き出す。




