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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第四章 その嘶きは雷鳴に、打ち鳴らす蹄は雷轟に。
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第四章 23 Σ奇襲と強襲


族長は風月を見逃した。レルキュリアが移動を始めてその行方を追うのに夢中になっていたからだ。決して過失とは言えないが、見失ったことに気づいたときには、フレイの神経を逆なでする結果となった。


「ええ、申し訳ありませんと何度も申しています」

「……ふんっ、何も言ってない」

「目は雄弁に私を非難していましたので」


自覚があったフレイはそれ以上の反論をしなかった。しかし、そのいら立ちは耳と尻尾に現れていた。


「それで?」

「それで、とは?」

「本当にやりかねないのか?」

「どちらの事ですか?」

「神域の騎士」


戦力的に最も警戒すべきはレルキュリアであることは間違いない。しかし、真に危険なのは何をやらかすかわからない風月だと知っている。だから族長は不満な感情を薄っぺらな表情の下に隠したまま言う。


「すでに果ての森を抜けています。まず間違いなく巨人たちを引っ張ってエルフたちのところへ行くでしょう」


ただでさえ気迫のある表情の眉間に皺が寄った。それから踵を返すその背中に族長が声をかける。


「どこへ?」

「この足と、武器なら間に合う」

「何にですか? 風月凪沙の奇襲にですか? それともレルキュリアのクライシスを引き連れての進行ですか? 何に間に合うにしろ、あなたが動いては、獣人が進行することと同義です」


フレイは口を閉ざした。


「あなたにこれを伝えたのは、風月凪沙を止めてもらうためです」

「あの男?」

「『アレ』は私たちの常識とはかけ離れた場所で生きてきた『何か』です」

「買っているんだな」

「あなたはヴァーヴェルグを知らないからです」


唐突な名前に眉を顰める。

フレイは麒麟が消えてから外の情報をほとんど聞いていない。ヴァーヴェルグの噂も耳にしていない状況で、困惑していた。


「その名、出ていたな」

「巨竜を撃墜し、一年しないうちにこの国、クラリシアとたった一人で戦争を起こします。それまでの間に倒せる見込みがないからこの国はその猶予に応じて戦いの準備をしています」


ほぼ独立しているような国家である果ての森の住人にとって、クラリシアという国家の国民であるという意識は薄い。それはフレイや族長であっても例外ではない。


「クライシス、じゃないな」

「はい。この国の創成にかかわった強い存在です。かつて、あなたが仕掛けた第一席の座を巡る戦いで勝ったアインスティークが先の戦いの余波で行方不明になっています」

「本当か?」


フレイの声色が変化した。族長が何よりも警戒した理由を口にする。


「巨竜の生死を巡って起きたその小競り合いは第二席、第四席、第九席も参戦し、勝ったのは風月凪沙です」

「そんな器か?」

「一勝をあんな弱さでもぎ取ったのは事実です。王の意向とヴァーヴェルグの意向が重なる形になりましたが、それでも、神域の騎士たちは敗北し、風月凪沙はヴァーヴェルグの片腕を討ち取りました」

「……にわかには信じがたい」


フレイの目から見ても風月凪沙は強くない。片手間で屠れる程度の強さでしかない。『あの』アインスティークでもってしても倒せなかった相手をやれるとは思えなかった。


「いや、信じる信じないじゃない。詳しいな」

「さすがに気付きますよね。ええ、実は神域の騎士の第九席とはそこそこの親交があります。外の情報は実はそこから得ています。風月凪沙には黙っているので」


白く細い人差し指だけを立てると口許に中てて「しーっ」と息を吐いてその意図を伝える。


「いろいろ秘密が多そうだな。族長、尊敬はしているがすべてを肯定してやれるほど信頼していない、断る」

「あなたの背負っているものはあなただけのものではありません」

「――ふんっ、知っている。それでも、今しかないんだ」


初めてフレイの本音が漏れた。


「この機会を逃せば、もうクォリディアとの決着はつけられなくなる」

「いつでもつけられます。混乱を理由にしないで下さい。あなたの双肩にかかっているのは一族の命運ですよ?」

「だからどうしたんだ? それが嫌で一度は一族を抜けて神域の騎士を志した。この命は私のもので、私だけが使うことを許されている」

「どいつもこいつも……。――っ!?」


パキンッ、と小枝を圧し折るような音と共に族長の目が見開かれた。


「どうやら、間に合わなかったみたいですね」

「どっちだ?」

「あなたには失望しました」


フレイはすぐに部屋から消えた。残されたのは鏡に映る族長だけ。

先に動いたのはレルキュリアでも風月凪沙でもない第三の選択肢。『視えない敵』だ。誰も彼も、どっしりと構えていようとしない。それが族長には我慢ならなかった。

再び目を閉じ、クォリディアを注視する。




クォリディアの目の前には黒いローブの男。その体格すら覆い隠し、声意外に性別の判断ができるものがない。


「失敗したようだね」

「邪魔さえいなければ」

「……風月凪沙。どこへ行ってもこの名前が邪魔をする。東の貴族が弱った時に子供を奴隷商に売りつけましたが、失敗しました。この地でも動きが著しく制限され始めている」


潮時、そんな言葉が漏れたとき、クォリディアがその衣服を脱いだ。ストンと落ちて一糸まとわぬその肢体が外気へとさらされる。

だが、異質なのは乳房の間にある遺物。昼間は観測できなかった場所に異質な鉱石が生えていた。


「『菌核』の調子はいかがかな?」

「そこそこ。でも、あの武器を使った時は苦しかったわ」

「相性が悪いことは分かっていた」

「なぜあの武器を?」

「エルフは弓の扱いに長けていても扱えないだろう?」


思わず自らの腕に目を落とすクォリディア。あまりにもきゃしゃで、頼りないほど白く細い。生まれてこの方切り傷すら作ったことのない掌は、CRISIS4の武器を持っていたことすら異質だった。


「そういう意味ではないのですけれど……」

「分かっているさ。でもそれをここで口にするわけにはいかない。ほら、その美しい肢体も『視られている』のだから……」


その時、魔術で見ている族長と、フードをかぶった男の目が合った。刹那、解き放たれる魔術に族長の視界は、針で眼窩の奥を突き刺されるような鋭く短い痛みと共に引き戻された。


「――っ」


つつつ。

右目から滴る熱は反射で出てきた涙ではなく、血液。手で拭わないのは、気と一体化しているために、思うように動けないからだ。


「エルフとは、魔術に長けた種族。かつての長たる私に魔術戦を仕掛けますか」


逆探知されたことは驚きだった。だが、それだけ。族長がこの体になって幾百年。それだけの時間を何の研鑽にも当てずにいるほど、甘くはない。

もう一度、『潜る』族長。

木の根を伝い、意識を駆け巡らせる。もう一度、クォリディアの居室へと。

族長はもはや人間ではない。アインスティークやヴァーヴェルグのように人間であることを止めた。ゆえに、扱う魔術は通常の人間とは異なる。この遠視もその一つだ。他にもひとたび発動すれば養分として相手の血を吸いつくすような凶悪なものも存在する。だが、そんな人智を超越した魔術を発動するよりも早く、それは起きた。

疾風を感じるほどの速さでもりを駆け巡りクォリディアの寝室まで視線を巡らせると、そこには一人増えていた。

女性の、それも女王の寝室に男二人という光景はいかがなものか。しかも、怪しさ満点のローブの男に、もう片方は族長がイカれていると評した風月凪沙だ。

はためくマントの動きから、上から落ちてきたのだとすぐさま理解した。枯れた木の城は風月の剣気には耐えられず、ボロボロと音もなく崩れだし、道を作ってしまった。

――早すぎる。

それが族長の認識で、事実、隠れて移動してきたにしては早すぎて、強行突破したにしては静かすぎる。

族長だけがその光景を冷静に分析し、ほかは驚愕の表情を浮かべていた。マントが地面につくよりも早く、風月が動き出す。わずかな明かりを照り返す銀色の刃が迷わずローブの男を狙う。

速い。

族長の反応は、風月ではなく、ローブで姿を隠した男だ。風月が一歩踏み込む間に、二歩下がり、魔術の光と共に武器が握られる。

勝負は火を見るよりも明らかで、菫色の剣気が漏れ出し、ローブの男の刃が一瞬の躊躇もなく風月の首を撥ねる軌道で振るわれる。刹那、風月の剣気が右足だけ一気に漏れ出した。そのまま右手のナイフの柄を手ごと蹴り上げて剣の軌道に滑り込ませる。

重撃はその通りの音を響かせ、風月を壁際まで吹き飛ばす。そ個からの追撃を警戒したが、着地したときには、ローブの男の足に木が巻き付いていた。

青い剣気が漏れ出し、今度はクォリディアと風月も目が合った。標的を変えた。


「此処で削らせてもらう」


一瞬で彼我の距離を詰めるが、それ以上の速さで、樹木を引きちぎりローブの男が間に割り込んだ。


「それだ」


こうした小手先のだましが風月凪沙の強みだ。再び剣気を爆発させて、強引に軌道を変えると、ナイフと剣が打ち合うと同時に、対応しきれなかった風月の左手が男のローブを引き裂く。腕力ではなく剣気の浸食によって、隠すものを奪われた。

弾かれるままに風月は体重を移動し、二人から距離を取る。


「なるほど、それがお前の顔か」

「どうやってここへ?」


柔らかいが、声色に焦りがある。


「チビ助の後を追って邪魔な奴は殴って気絶。アリアがいたら使えなかった」


黒く長い髪をした男は、右目に傷があり、額は風月の剣気に触れたのが、皮膚が少し赤みを帯びていた。


「ばれてしまった。いや、もう少し隠れていられると思っていたんだけどね。仕方ない、君だけはここで殺す」

「無理無理。どうせすぐに来る」


窓の外、チビ助と呼んでいた小さい魔獣がしっぽを振っていた。族長がそれを認識した刹那。

ゴバッ。

爆発というより、濁流が壁を突き破って流れ込むような情景がフラッシュバックした。容赦ない破壊が室内を蹂躙し、さっきまで目の前にいた『戦人』がその姿を現す。


「クォリディア、決着をつけに来た」


破壊から逃れたクォリディアは衣服をまとい、その体を隠す。同時に、がれきの中から姿を現した男。


「悪いけど、まだ準備が整っていない。させませんよ」


そこで、がれきの直撃を受けた風月がもともといた場所からだいぶ離れた場所から、立ち上がった。がれきを落としながらも、服やマントは襤褸のようにズタズタで、皮膚も着れたり、傷ついたりで、服越しに少しだけ血がにじんでいる。


「やれるんだな?」

「またその質問か」

「本当に、やれるんだな?」


語気強めに風月が言うとフレイが頷く。


「なら俺が相手だ」


手にしたナイフを向けた先はあの男。剣気も纏わずに、奇襲をものともしなかった男に対して、風月はとっさに剣気を纏ったにもかかわらず血がにじむほどのダメージを追っている。それがそのまま実力の差だ。

漏れ出した青の剣気が薄く、薄く、風月の体にまとわりつくように消えていく。否、内側に内包されていく。神域の騎士たちの剣気の使い方。風月が使用できるのはたったの30秒。


「出せよ、クォリディア」


風月たちの横で、同時に対峙する一対の影。フレイは待っている。剣気を突破するほどの業物。太陽を内包する武器。クォリディアが無言のままに魔術でそれを取り出せ、一瞬にして額に汗が浮かび、周りの細かな破片が炎上しだした。フレイの傷跡もうずきだす。

そして、にらみ合いの中、焼けた破片によって、瓦礫が音を立てて崩れ落ち、それが合図となって戦いの火蓋は切って落とされた。


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