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異世界に飛ばされた俺は旅をした(*リメイクします)  作者: 糸月名
第四章 その嘶きは雷鳴に、打ち鳴らす蹄は雷轟に。
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第四章 20 〇逃走と逃避


誰もが風月凪沙の意図を測りかねた。


「お前、飲んでみろよ」


困惑と焦燥感の入り混じった空間は静寂を生み出し、風月の声だけが冷徹に響く。あろうことか、言葉を向けていた侍女の姿などに一切目もくれず、フレイとクォリディアをにらみつけていた。


「飲み物には手を付けるな。どんな小さなことでも争いの火種になる」

「風月、やめろ。ここだと守り切れない」


レルキュリアの静止を振り切るように剣気を纏う風月。その行動こそが全面戦争に発展しかねない状況なのだが、躊躇いはない。


「飲めば、その矛を収めていただけますか?」

「……飲めるのなら、やってみろ」

「飲みなさい」


クォリディアも冷たい視線を侍女に向けて命令を下す。その行為にフレイが最も驚いていた。この状況で糾弾されるべきは風月であり、侍女に疑いを向けるということそのものが場違いだった。


「……はい」


侍女の細い指がカップの持ち手に絡み、紅茶を口許へと運ぶ。揺れる水面がふちからこぼれないように細心の注意を払いながら口許へと運ぶ。

レルキュリアも、質屋も、フレイすらも、風月の横暴が通ったことに驚きを隠せず、その行く末を見守る。


「……」


侍女の喉が生唾を嚥下し、カップのふちに唇をつける。口に液体が含まれるその刹那、動いたのは三人。

最初に動き出したのは確実に何かが混入していると『知っていた』クォリディア。この状況にどうしようもできなくなり、ある意味追い詰められて動き出す以外の選択がなかったとも言えるだろう。

次に動いたのは、全員の注目が集まるこの瞬間を『狙いすました』風月。この状況ですべきことを完全に絞り完璧なタイミングで動き出した。クォリディアとの動作の差はコンマ一秒ほどだ。

そして風月の動きに『反応した』フレイだ。しかしリアクションでは風月にどうしても一歩で遅れた。

かざしたクオリディアの掌を中心に展開される立体的な魔方陣が机を貫通し、紫色の光を漏らす。樹木を貫通する陽光すら陰って見えるほどの光に、込められた魔力量が伺えた。それと同時に、風月は侍女をぶん投げる。結果を見れば目隠しに盾。複数の役割を持つ一手だったが、クォリディアの躊躇ない法人の展開に、まとめて灼くつもりであったことは想像に難くない。

ここで、フレイが動き出した。深い藍色の剣気は鎮静を意味するほど乱れがない。だが、フレイを占めているのは激情。机に飛び出し風月にとびかかろうとしたときには、侍女が投げられていて、思わずそれを受け止めていた。

動けなかったはずの風月の虚を突いた一瞬の動作。神域の騎士に匹敵するほどの実力をもつフレイが遅れたことを誰も責められない。さらに一瞬遅れて気づいたのは、武器だ。


(手に持っていたナイフが、ない)


そのナイフの行方を追えたのは風月の側にいたレルキュリアだけだ。折れたナイフの代替え品の『ではない』ほうのナイフ。つまり夜な夜な、気絶するまで魔力を込め続けたナイフだ。ヴァーヴェルグのための切り札として使うつもりだったそれを攻撃に使うなどレルキュリアにも想像できなかった。

そのナイフが投げ飛ばされた侍女の影に張り付くように投げられていた。

狙いはクォリディアだ。

エルフとは魔力に長けた種族であり、ゆえに森すべてを監視するという族長の荒業が可能だった。それは魔力に理解があり、感知にも長けていることに他ならない。

改めて言おう。今投げたナイフは2週間もの間、狂気ともいえる魔力の込め方をされた尋常ならざる逸品だ。長く続けば死に至りかねないほどの魔力低下状態に夜な夜な陥り続けるまで魔力を込め続けた。


「――っ」


クォリディアの表情が曇った、のはナイフを見つけたからではなく、魔力の塊が飛んできたからだ。刹那の内に魔方陣が反転し、青色の光を放ち、眼前に氷壁を張る。

警戒して守りに入ったとき、氷壁越しにクォリディアは見た。ナイフはそのまま弾かれ、宙を舞ったのを。

もしも、クォリディアがアリアくらいの戦士であったのなら、ナイフには何も刻まれておらず、魔方陣が付与されていないことも見極められたかもしれない。まさか、そこまでの魔力を込められた品をブラフに使うとは思わなかったのだ。

クォリディアの表情が驚愕に染まるころ、フレイは歯噛みしていた。侍女に怪我無いよう受け止めてその勢いを殺しきった時、風月は眼前まで肉薄していた。風月程度ならフレイは無傷でいられるが、侍女を狙われれば守るしかない。そしてレルキュリアも動き出し始めていた。守りながら勝てるほど、神域の騎士は温くない。

クォリディアとフレイは同じ瞬間に覚悟していた。さらに同じタイミングで肩透かしを食らうことになる。クォリディアはナイフがそのまま弾かれ宙を舞うことで。フレイは風月が真横をすり抜けてクォリディアまで肉薄したことで。

違うことに覚悟し、その覚悟を異なることで踏みにじられ、最後は全く同じ焦燥感を覚えた。

宙に舞ったナイフをキャッチして氷壁の裏に回り込んで、クォリディアの喉にナイフを突きつける。


「動くな」


フレイもレルキュリアも風月のバトルメイクの上手さに舌を巻いた。


「どういうつもりだ?」

「フレイだっけ、そりゃ、アンタはそう言うよな。でも、戦士のアンタ遅れたのに、俺よりも早く動き出した奴がいるじゃないか。つまり、俺がこう動くことを予想できた奴がいるんだよ」

「……クォリディア?」

「ええ、予想はできていたわ」


つまり、紅茶に何かが盛られていることを確信していた。


「別の事でも予想できていたな?」

「クライシスの事かしら。ええ、それも知っていたわ」


風月は表情と視線からそこまでを予想していた。そこから建てられた仮説から、どうしてもクォリディアとフレイを分断しておきたかったのだ。


「でも、詰めが甘い」


パキリ。

氷壁に亀裂が入ったと気づいたのもつかの間、内側から膨れ上がったそれに風月は目を覆うのとクォリディアの方にナイフを突き立てる二つの動作を一息で行う。

ゴバッ、弾けた氷壁の破片は風月の皮膚で剣気にさえぎられて、すべて宙を舞う。その最中、確かに見た。砕けた氷が魔方陣を描いているのを。そのままクォリディアの体が光の粒子となって砕け散り、風月のナイフは空を切る。氷が地面に散らばるころ、フレイの隣にクォリディアがいた。


「ふんっ。転移の腕はなまってないか」

「ええ、こうして背中合わせも懐かしいわね」


会話のさなかにもかかわらずレルキュリアが走り出し、戦鎚を取り出し奮う。赤錆色の剣気を纏った一撃が冷酷無比にフレイの脳天を狙う。


「離れろォ!」


風月の渾身の叫び声が響き、同時にフレイの脚がレルキュリアの一撃を受け止める。金属と金属が重質量でぶつかり合うその音は鼓膜を叩いた後に、腹の底にぐっと残るような余韻を残す。乗っていた机を砕き、地面を裂いた。挙句レルキュリアは何メートルも後方へ下がらされた。

アルトも側にいれば神域の騎士との戦いでも守り切れると豪語していたくらいだ、抱えている侍女にダメージを与えないよう衝撃を逃がす術をフレイも身に着けているのかもしれない。

レルキュリアが何よりも驚愕したのはその速さと鋭さ。

一瞬で、漆黒の鎧を足に纏った。身に着けていたデニム似の記事を内側から引き裂き、腰から足先まで要所を覆う漆黒のブーツ。

ダークブーツと呼ばれるフレイの武器だ。

だが、誰一人として風月の意図に気づいていなかった。

離れろ。

その言葉はレルキュリアに向けられたものではない。フレイに授けたものだ。

風月の言葉の意図をフレイは理解したわけではないし、誰にかけられたものかも理解できていないだろうが、うっすらと割れた、褐色の腹筋を貫かれたのは理解できた。赤熱した刃が背中から突き刺さり、それは侍女の心臓も貫通していた。

風月の位置からだけはクォリディアが武器を取り出すのが見えていた。優れた武器は剣気を貫通する。それは周知の事実だった。風月が立てた仮説はクライシスを知っていながら何もしていない場合、その混乱に乗じて獣人を襲うのではないかというものだ。

まさにこの状況を説明していた。


「クォリディア……?」

「あなた『には』分からないわ。陰で知らない憎しみを吹き込まれた人たちの恨みは同じではない。そういったはず。私は歴史の陰であった憎しみを、屈辱を全て知っている。悪いけど、最初からこうするつもりだったの」


手順は狂ったけれど、と付け加える。

神域の騎士の剣気を貫く武器。それがこの地に齎された二振りの内の一つであると理解するのにそう時間はかからない。紅い砂漠を生み出した、『CRISIS4:代替え品の太陽(The Alternative Sun)』の残骸。消えたはずの素材で生み出された土方爪の先ほどまでしかない武器。ひどくちっぽけに見えるが、それには神域の騎士を殺すほどの力が込められている。

今も肉の焼ける匂いが、風月の鼻についた。同時に、笑みが消えた。全てをコントロールできると思っていたわけではない。だが、今の状況が心底面白くない。


「麒麟の生み出した仮初の平穏はその陰で憎しみを育てた。悪いのは麒麟、そしてフレイ、あなたよ」

「……」

「何も、聞こえないわ」


フレイが膝をつく頃、拳を握りこんだ時には走り出していた風月と一歩引いて構えたクォリディアの視線が激突した。

太陽の化身から作られた短剣をフレイから引き抜いた時、剣気を纏った風月は振りかぶった拳をクォリディアの眼前まで近づけていた。同時にフレイのギリギリで保っていた体が崩れだす。

クォリディアはこの局面に至ってもなお剣気を纏っていない。つまり、使えないのだ。そんな者に剣気を纏った拳を振り抜くということは、殺すということだ。風月はそれだけの覚悟をもって臨んだ。だが、風月は自らの目でしかと見た。砕けた氷で描いた魔方陣と同じものを纏うクォリディアを。


(――消える)


ブォン、拳が空を叩く音。

ヒュン、刃が空を裂く音。

驚きに眼を見開いたのはクォリディアだ。直前まで風月には魔方陣すら見えていなかった。にもかかわらず、背後に回ったクォリディアに反応した。

拳振り抜いたのに空を切る感覚は、階段を踏み外したそれによく似ている。しかし、直前でそうなると『知った』風月はそのまま体重を前へと倒し、踏み込んだ足で、安定を欠いたまま体重を乗せ切った。そのまま体を倒して横なぎに風月の肉体を剣気ごと斬り裂く一撃を避けた。マントが灼き斬れ、その熱を感じる。

振り浮いた拳は地面を舐めるような軌道で跳ねあがりクォリディアの顎を狙う。

今度は異なる魔方陣が浮かび上がった。それはポピュラー極まりない強化魔術だ。身体能力を底上げして半歩下がって風月の一撃を避けたはずだった。ガクンッ、縫い付けられるような衝撃に気づかされた時には、風月の手がクォリディアの服の肩の部分の布地をつかんでいた。

不安定な状態で瞬間移動を使える相手と殴り合うほど風月は迂闊ではない。そのまま体制を立て直すと左手のナイフをクォリディアの喉めがけて振り抜いた。


「後ろだろ」


魔術を展開した瞬間、クォリディアは確かに聞いた。風月の予言を。設定した転移先を完璧に先読みされた。そして一度発動した魔術は解除できない。

前へ走り、この後転移するクォリディアから距離をとる。コンマ二秒も走れば、短剣の範囲から逃れるには十分。靴底が地面を削り、そくどぉ殺しながら振り返るとクォリディアが、やはりそこにいた。


「なぜわかったのかしら?」

「読む方法なんて一つしかないだろ」


魔方陣を展開し魔力を流すことで魔術は発動する。魔方陣は魔術の設計図であり、動力が魔力だ。極論、魔方陣さえ読み解くことさえできれば、発動する魔術を統べて理解することが可能となる。


「あんたのそれと、俺のやりたいことは似通った部分があるな」


すなわち転移。

夜な夜な気絶するまで魔術を込め続けるのは『魔術』を発動するためだ。そのためには魔力だけでごり押しするには、あまりにも魔力そのものが足りない。乾電池で車を動かすようなんのだ。

そのためには適切に管理された回路、増幅させる装置が必要になる。それが魔方陣だ。


「勉強になるよ」


一カ月に満たない程度でそこまで理解できたのは、ひとえに風月の才能と目的が似通ったゆえだ。勝つために努力ができる才能。命をすり減らすような努力がここにきて実を結びだした。気が遠くなるほど地道に練り上げた魔方陣の設計がここにきて実を結ぶ。


「常に後ろ。対象の座標を利用して移動する魔方陣。俺のには使えないが、配置については俺の魔方陣の『甘さ』を浮き彫りにしてくれるよ」


その時、風月の肩をレルキュリアが叩く。


「エルフたちが駆け付けてきている。退くぞ」


質屋はすでに撤退を始めていてこの部屋にもいない。

風月はクォリディアから目を離さずに口を開く。


「殿は任せる」「ああ」


もはや言葉を重ねるまでもない。頼めば快く請け負ってくれる。それは旅で培った信頼と、風月の放っておけなさが関わっている。


「さて、お目にかかったことない素材を堪能させてもらおうか」


レルキュリアは戦鎚を振り回して破片を食わせ、火力を増している。その背後で風月はフレイの腕に首を通して肩を貸した。


「立てる?」

「何とかな」

「焼けたからか血は止まってる。治療は後だ。とにかくここを出るぞ」


フレイの体は見た目とは裏腹に華奢で、意外にも細い。にもかかわらず無駄なものを引き絞った肢体は重い。


「うひゅっ。腰に触れるな。傷口が痛む」

「変な声出すな、でもって無茶言うな。こうでもしないと運べないんだよ」

「……一人で歩ける」

「だろうな」


それでも風月は手を貸し続けた。

フレイの傷だけ見ればおそらくは動くことはできるはずだ。血も止まっていて、魔術で治療すれば傷跡は残ってもやけどの跡は残らないはずだ。

だが、フレイの膝は震え続けていた。体の傷ではなく、裏切られたことによる心の傷が想像以上に深い。それを指摘しないのは風月のやさしさだった。


「ふんっ、この借りは返す……」

「クォリディアと引き離すことができなかったから、気にしなくていい」


だが、思うように動けない風月たちは駆け付けたエルフたちにいともたやすく囲まれた。


「置いていってもいい――ぎゅぷっ」


声が辺にもれたのは風月が腰を強く抱き寄せて意図的に傷口を刺激したからだ。思いっきり睨まれたが置いていくつもりはない。ここでフレイに死なれるのは、困るのだ。恩は最大限に売っておきたい。


「問題ねえよ」


風月の言葉と同時に目の前を火球が通り過ぎた。一撃で壁を粉砕し、外までの移動経路を作り出す。それは偶然ではなくレルキュリアが気を利かせてくれたものだ。実際のところ、だいぶ余裕がある。


「道ができただけでほかにもいるぞ。どう抜けるつもりだ?」

「ハイトラァ!」


いきなりの怒声にフレイのケモミミがぺたんと閉じる。よっぽど気に食わなかったのか眉がハの字に寄せられて風月を見ってくる。その視線に耐えられなくなる前に、ハイトラの巨体が突っ込んできた。


「魔獣!」

「なぜこんなところに!?」


エルフたちが混乱している間にハイトラの背へ飛び乗る。その衝撃でフレイから苦悶の声が漏れたがそんなものを考慮している時間はない。ハイトラの背中を叩くと踵を返して外へと駆けだす。


「レルキュリア、退くぞ!」

「もう来てる」


戦鎚を魔術で収納したレルキュリアはハイトラの背に飛び乗ると、それを合図にハイトラはさらに速度を上げた。

同時にフレイがずり落ちかけて風月が腕を回して必死につかんだ。


「這い上がれよ!」


だが、フレイは力を抜いたまま、遠ざかるエルフの本拠地を見つめていた。正確には破壊された壁の向こうに見えるクォリディアの姿だ。届きもしないのに手を伸ばす。それはかつての絆ゆえだ。


「……戦えるのか?」


それは傷の具合を意味しないことぐらいすぐに理解した。


「傷の借りは返す。私は『戦人』だからな……」


力ない声に説得力は微塵もなかった。


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