第四章 19 〇駆け引き
果ての森で行われるに種族間の講和の裏では、水面下で事態が進行していた。両者を争わせたい何者か。それらをあぶりだすためにはちょうどいいイベントだった。
が、問題は何の準備もできていないこと。
なんのしたくもなく風月、質屋、レルキュリアの三人は控室にいた。エルフの領地で行われる講和にて、風月たち第三者は証人として呼ばれた。それも、レルキュリアの役目であり、風月は完全にお荷物だ。動けないせいもあって二つの意味で。
「話、聞いてきたよ」
そういって入ってきたのは質屋。
「この講和は『戦人』と呼ばれる役職の、獣人における実質的なトップが電撃的に仕掛けたことに端を発している。それも武装して乗り込んだらしい」
「たった一人で?」
レルキュリアの言葉に質屋はうなずく。「これで確定的になったね」続いて風月がその内容を再確認した。
「移動中に行っていたあれか。個人の意思でこれを仕掛けたら戦人は浮き彫りにすべき敵ではない、と」
「うん、それだ。どう考えても敵の利がなさすぎる。一歩間違えて講和なんてしてしまったら成そうと準備してきたことが一瞬で水の泡と消えてしまうからね」
「エルフたちに殺させようとしたとも考えられるけどな」
「麒麟を殺すために何者かが準備してきたように、力を持つものを消すには準備が必要ようなものさ」
「あ、あああぁ……。めっちゃ分かる」
かくいう風月もヴァーヴェルグを殺すために麒麟を味方に引き込もうとしている。それに風月のいた世界では、戦争には大義名分が必要であり、そのために何年もかけるなんて話もあった気がする。
「戦いは見据える敵が大きければ大きいほど無用な駆け引きは避けないといけない」
何かを懐かしむように質屋は言った。
そしてレルキュリアも思うところがあったらしく視線を伏せた。戦うべき敵が国家という強大だったがために家族が命を落としたレルキュリアにとって、準備とはさせてすらもらえなかったことだ。
三人が三人とも過去と今とこれからに思いを馳せてしまうと、自然と口数が減る。
そうなってしまうと空気が重くなりさらに口が堅くなる。風月はそんな空気の中では周りに視線を配る。
相変わらず外から見るよりも広い室内はエルフの住処という認識が強くなってきた。ここは物置のようで、風月たちのような客が通されていることから一応の調度品はあるものの、それ以上に獣人たちのものが目についた。
牙と爪で造られた首飾りや、毛皮などだ。おそらくは贈られたもので、緊張が高まって女王の側には飾れなくなってしまったものたちだろう。どれ一つとっても霞んでしまうような粗悪な品はない。むしろ客間の絨毯や木製の調度品よりはるかにいいものが飾られていた。こんな窓の小さい部屋で日にも当たらず、誰にも愛でられることもなく、ほこりをかぶっている。それがもったいない気がした。
古さが物の価値を押し上げるとは思わない。しかし、そこに刻まれた歴史には充分な価値があって、それが物として品格を底上げしている。首飾りの骨は時間に磨かれて、かつては白亜であったであろうその色は黄ばんでいたが、不思議と衰えて見えないほどの美しさがあった。
がん。
乾いた音が風月の物情に浸る思考を遮られる。
誰かが入ってきたことだけは分かった。そして、真っ先に反応したのはレルキュリアだ。あろうことか戦鎚を取り出し全力で警戒に入っていた。
遅れて風月も気づく。チリチリと頬を焼くような殺気が空間に満ちたことを。振り返れば、褐色の肌を持つ獣人の女性が立っていた。デニム生地にも似た分厚い布地の服が革製のベルトで引っ掛けられている。そして露出した肩や胸元に刻まれた刺青は嫌でも『とある騎士』を連想させる。立ち姿だけでも粗野な一面が見えているのに、それに似つかわしくないほどの美しい銀色の髪が目を引いた。
しかし、それ以上に目立っているのは眼帯の代わりだろうか、片目を隠すように巻かれた布だ。
「まさか、君がお出ましとはね。ちょうどその話をしていたところだよ」
「質屋。神域の騎士は何処だ?」
「そこで君の殺気に中てられている人がそうだよ」
獣人の女性は風月とレルキュリアを品定めするように睨めつけると、やがてレルキュリアのほうを向いた。
「お前、何席だ? 私の知る神域の騎士はもっと強かった」
「第六席、レルキュリア・アストス・セスタリス」
「それなら納得だ。お前は弱そうだからな」
「……っ」
神域の騎士に向かって明らかに侮辱する言葉だが、レルキュリアが何も言い返さないのはそれが事実だからだ。
「『戦人』フレイ・ウォークリア。君にそんなことを言われた形なしだよ。元神域の騎士候補だったんだから、もっと手加減してあげないと」
エルフの本拠地にいる獣人だから何となく予想はしていた。だが、神域の騎士に匹敵するほどの力を持っているというのは初耳だった。
「これが見届け人とは、我々も舐められたものだな」
冷徹な声だった。もとより、目的の相手じゃないと知ってひどく落胆しているようにも見えた。
「俺は見届けに来たわけじゃない」
ダラリと腕を下げているのは気怠さからだが、それとは別に余裕を感じる。もとより、警戒という言葉は捨てている。ついでに言うのなら旅の途中何度か助けられた手前、フレイの言葉にカチンと来ていた風月。
「麒麟を探しに来たんだ。だから、見届け人になったつもりはない。正式なのはそこのいけ好かない野郎だけだ」
「ふんっ、ほかのことには興味がなさそうだな」
「そんなことない。あんたに聞きたいこともいっぱいあるし、やるべきこともこれから増える。でも、それ以上にこの部屋の物のほうが価値がある」
「……お前、名前は?」
真っ当な風月の感性はそのままフレイの琴線に触れた。
もともとお前の事なんて眼中にないという真実を交えた意趣返しのつもりだったが、予想外の反応に風月は少しだけ戸惑う。
「風月凪沙」
「ふづき、なぎさ」
かみしめ確かめるように復唱した後再び口を開く。
「お前は何を感じた?」
「歴史だ」
一切の間もなく即答した。それだけ素晴らしいと感じたのだ。風月の持つ量産品とは全く異なる芸術。
「骨だろうが、革だろうが、一切の手抜きが感じられない。陶器の表面のように丹念に磨かれた牙の装飾、薄黄色に色がついてもなおその艶は消えてない。長らく日にも当たっていないにも関わらず、カビも生えないほどしっかりと処理された革紐。職人の粋がある。金具一つとっても、王都の店で見たものとはまた一線を画す。鋳造じゃなく手仕事によって仕上げられたものだ」
「ふんっ、自尊心をくすぐるのがうまいな。そして、質屋よりは物の価値が分かる男だ」
風月が思わず質屋を見る。本来、この場にいる誰よりも物の価値を理解していなければならないのは、物を扱う質屋だ。
「僕は物の相場を見るから。高値が付くなら見極められるよ。獣人の民芸品は戦った戦士の逸話と合わせて高値が付くからね」
「はぁ……」
この男とはとことん反りが合わない。
「舐めを名乗りもしない男より、お前のほうが信頼できる。撤回しよう。いい目を持った男に、いい腕を持った鍛冶師よ。お前たちが見届け人でよかった」
一番納得いかない顔をしていたのはレルキュリアだ。名乗りはしたが鍛冶師であるとは言っていないし、そうした腕を見せ付けた覚えもなかったからだ。それを感じ取ったフレイは頭の上の耳をぴょこぴょこと動かしてから言った。
「セスタリスとはそう言う名だ。そして、神域の騎士が持つ武器もまたその手によって作られる。いい武器だ」
「あんたも、相手の自尊心をくすぐるのがうまいな。まっすぐに褒められたのは久しぶりだ。つい最近は特に褒められなかったからな」
「ふんっ。種族柄、言葉で飾れないだけだ」
なおのこと褒められて上機嫌になったレルキュリアは、ふふん、と風月を見る。武器を造らせないと言われた手前、見返したいという気持ちがあるのだろう。風月も腕前を認めていないわけではないが、やはりほかの誰かから言葉を聞くと、その実力は他の追随を許さないのだと再認識に至る。
ついでに、意趣返しの言葉で褒められてなおのことバツが悪かった。あとで見えないところで謝罪をしようと心に決める風月。
「さて、そろそろ時間かな」
お互いに、真意を話さないまま時が来た。質屋の声と共に部屋に入ってきた侍女エルフの案内のもと、広間へ案内された。当然のようにレルキュリアに担がれかけるが、その前にいつまでも立ち上がらない風月を怪訝に思ったフレイは、すらりと長い腕で風月の胸倉をつかむとそのまま持ち上げる。風月も風月で慣れ切った猫のように成されるがままだらんと脱力していた。
「怪我しているのか」
「まあね。お願いだから急に持ち上げないで……」
抵抗もできないが、めまいを起こしているのは本当だ。血液が足りなければ、血圧が下がる。当然頭へ運ばれる血液も減るのだ。急に立ち上がればそういった感覚にも襲われる。
「フレイ様、こちらへ」
「ふんっ、すぐに行く。だが、その前に―――」
フレイはレルキュリアを見る。それは風月に手を伸ばした瞬間からそうだった。レルキュリアはフレイの手首をがっしりと掴んでいた。止められなかった時点で実力差は嫌というほどわからされたが、それでも護衛の任を放棄していない。
「――その手を放せ」
「お前が離せ」
感情の薄いフレイの視線と、敵意を剥き出しにしたレルキュリアの眼光が激突する。空気が張り詰め、一触即発の雰囲気を感じ取る風月だったが、意外なことにフレイのほうが引いた。そのまま風月を椅子に下ろすと、それからようやくレルキュリアの手を払う。
その褐色の肌にくっきりと手の形に痣ができていた。
「……なるほど、そういう役割か。命拾いしたな風月凪沙。そんなものじゃ私は殺せん」
「急に持ち上げるものだからさ、体が勝手に」
抜き身のナイフが風月の手にはあった。垂れ下がった腕は、背筋が伸びたときにはナイフの柄に伸びる位置にあった。それをマントが覆い隠していたのだ。抜け目なさにはさすがのフレイも舌を巻き、レルキュリアはその無謀さ加減に相手を選べと内心で毒づく。その無言の応酬の中で唯一質屋だけは気づくことができなかった。
「そんなものを持ち出さなければ怪我もさせない」
「悪かったよ。いろいろと」
「……」
「……」
「ふんっ、気にするな」
風月の言いたいことを何かも理解したフレイはそのまま踵を返すと、侍女が案内する広間へと先に向かった。
「馬鹿野郎……」
「本当にごめんなさい」
なじられて素直に謝る風月。というのも今回のは偶然ではないにしろ事故だ。レルキュリアよりも強い相手にあんな訳の分からないことをするつもりは一切なかったのだ。体が思うように動かない以上、ナイフと腕の位置関係は常に意識していた。この講和が始まると知ってからはなおさらなだ。
つかみ上げられたのは不意打ちだったにしろナイフをつかんでしまったのは完全に風月の過失であり、レルキュリアは冷や汗を浮かべることとなった。
風月を持ち上げてから、一度下ろすレルキュリア。
「どうしたの?」
「いや、公的な場で荷物みたいに持ち上げるのはまずい。品位を疑われる」
「ひん、い?」
レルキュリアからそんな言葉が出てきたことに驚いていると、質屋が口を開く。
「肩を貸せばいい。もしくは腕を組むか」
「「肩で」」
見事に二人の意見が一致すると、レルキュリアに肩を貸されてフレイの後を追う。部屋を出てから、燭台の証明に照らされた薄暗い廊下を歩んでいくと、その先には光差す空間があった。広間というより玉座と表現した方が良いのかもしれない。エルフの女王の謁見の間だ。風月は思わずこんな服装でいいのかとも思ったが、哀しいことに身だしなみを直している余裕も、体力もない。
ふっ、と。
風月の口から空気が漏れた。日差しの温かみの中に、時間を切り取ったかのような荘厳な空間があった。魔術で拡張された広大な空間。そこに一つだけ踏み込むのも躊躇うような場所が存在した。
無意識のうちに動きづらくなるような拘束感、しかし閉塞とは感じない特有な状況。
「うわっ」
次に漏れたのは声だ。金色の髪を日差しで反射し、金色の葦に包まれているかのような印象を受ける。長いまつげに、整った顔立ち。そして、碧眼だ。物憂げな瞳が風月を見据える。それだけなのに、あまりの美しさに風月は気恥ずかしさにも似た感情を覚えて、思わず視線を逸らしたくなる。
「質屋、彼らが見届け人かしら?」
「そうですよ、クイーン、クォリディア・セレーネ」
「久しぶりだな、クォリディア」
「フレイもお元気そうで何よりです」
何もかもが対照的だった。並ぶと一層際立つ。
白い肌に、流れるような金髪。対して、褐色肌に、獣のような銀髪。ともすれば筋肉質な肉体に対して、女性らしさを前面に押し出した堪らない肢体だ。それを飾るような衣装を比べれば、動きやすい戦装束。唯一その豊満な胸だけは、男の視線を奪っていく。
「どうぞ、おかけになってください」
レルキュリアはこういう場に限らず、けが人の介抱がめっぽううまいと風月は感じていた。米俵のように抱えられていることは抜きにして、風月はほとんど振動を感じなかったし、こういう場でも気を使ってしっかり体重を支えてくれる。
「立会人の方は名誉の負傷でしょうか?」
「いいや、ただの怪我」
「……そう」
果ての森のツートップは風月を見るなり怪訝な表情をしていた。その意図を聞きたかったが、場の雰囲気がそれを許さない。
椅子に腰かけた風月は二人が同じ卓に就くのを見守る。
校長先生の話とかをじっと聞いてられずに、ぐっすりと眠っていた風月だったが、この場では眠気を覚えるほど太くはなかった。むしろ魅入られていた。
控室はアンティークが映える、シックな空間だったが、ここは贅の限りを尽くした調和の空間。張りつめた空気感の中で、卓のふち一つとっても気取った、言い換えるのならお高く留まった彫刻がシンクロしていた。控室が気取らないでいられる空間なら、ここはいくらでも格好つけてもいい、そんな度量の広さを感じる不思議な場所だ。
高い天井には不安を覚えるのは鳴れていないからなのか、背筋にむずがゆさを感じて、自然と胸を張って背骨が伸びる。
風月が空気を楽しんでいるうちに、フレイとクォリディアは講和会議を始める。
「急に押しかけてすまなかったな」
「気になんてしていません。あなたと私の仲です」
「ふんっ、そうか」
心なしかフレイは嬉しそうに見える。クォリディアもフレイといるのは楽しいようで、口許を綻ばせていた。
「いろいろ考えたんだが、これが一番早い。教えてくれ、どれほどの憎しみなんだ?」
「分からないわ。一緒に育った私たちと、陰で知らない憎しみを吹き込まれた人たちの恨みは同じではないもの」
「これ以上の憎しみを容認しない」
「私もよ。でも、どうしたらいいのか……」
「何者かが暗躍している」
フレイがバッサリと言葉を切った。
「他の陣営の奴らも呑み込んで、ずっと表に出てこない奴らがいる」
「……質屋の事でしょう」
風月以外の二人が内心で毒づいた。第三陣営の立場ははっきり言って微妙だ。なぜなら、浮き彫りにしたい敵から見て、どのような立場かわかっていないからだ。気づかれていないのか、泳がされているのか、はたまた何か手を打っているのか。何もわかっていないというのが最も正しい。
「私の子供がずっと黙っているのだもの。そのくらいわかるわ」
「アリア……」
第三陣営を実質的に引っ張っているアリアは、時期女王であり、当然クォリディアの養子だ。血縁関係がることは、髪と瞳から連想できることではあったが、言葉にして突き付けられると、第三陣営の立場はさらに微妙なものとなる。
「私の娘を拐かしたことを説明してくださる?」
露骨な舌打ちが風月を挟んでレルキュリアまで聞こえてきた。こうなると実際にどうかということは関係ない。いかに口説き伏せるかが重要になる。
「僕は、そのようなことは」
「してたよ」
「――っ!?」
風月がさらりと認めた。質屋は冷や汗が止まらずレルキュリアもぎょっと目を剥いていた。
「と、言っているようですが、申し開きは?」
「それを聞きたいのはむしろこっちだ」
風月は先ほどからクォリディアと目を合わせない。余裕な笑みを張り付け、周りを見回している。そんな状態で重ねる言葉に信頼はなくても、信じたくなるような魔性があった。それは風月に言わせれば技術なのだが、傍から見ているレルキュリアには怪しく映った。
「暗躍せざるを得なかったのは危機にさらされているにもかかわらずそれを今まで放置していたからだ。それがどういう了見だったのか、聞かせてくれよ」
「武器の事かしら?」
「なんで神域の騎士がここにいると思ってんだよ。そんなあるかどうかもわからねえ噂で出張るわけねえだろ。役職に直結した危機に心当たりはねえのか?」
あまりにも無礼な物言いに胃をキリキリと締め付けられる思いの質屋。この語の展開が読めないのはレルキュリアも同じだが、冷静でいられたのはひとえに風月の狂気だ。
「クライシス。知らねえとは言わせねえぞ」
ここでようやく風月はクォリディアに視線を合わせた。虚実を見極めるために。
「……」
レルキュリアは風月の表情から一瞬だけ笑みが消えたことに気づく。
「初耳です」
「どういうことだ?」
フレイもクライシスと聞いては黙っていられなかった。
「質屋が発言力のあるやつに声をかけるのは当然だろ。止めるためには仲間がいるからだ」
「そんなことは聞いてない」
「お前らがいがみ合っているお前らには話せなかったんだよ。仲良しこよし、仲良く敵を打ち倒しましょう、が成り立たないことくらいわかっててもらいたいもんだよ。 どこかで後ろから矢が飛んでくるからな、わかるだろ?」
「……」
よくも口から出まかせがこうもべらべらと出てくるものだと感心するレルキュリア。とっさではなく、講和の話を聞いてからずっと考えていたのだ。
風月の言葉を届かせるためには手っ取り早く相手の疑いを肯定しつつ嘘に本当を混ぜて話せばいい。その結果がこれだ。
「それで?」
――お前らが何も手を打たなかった理由は?
無言のままに語り掛ける。フレイもクォリディアも答えることができずに沈黙を守った。知らなかったのだから無理もない、そんなところへ風月は容赦なくつけこむ。
「答えられないのなら、何も言う権利はない。少なくとも、アリアはお前らじゃなくて、神域の騎士に助けを求めた。その意味をよく考えろ」
質屋はこの森の怖さをよく理解しているがゆえに、生きた心地がしなかった。
「そうですね。仕切り直しましょう。フレイ、話の腰を追ってごめんなさい」
「ふんっ、気にするな」
質屋もレルキュリアも風月の手腕に舌を巻いた。
相手にある程度の信頼を抱かせつつも近づき過ぎず、それでいて情報を探り、相手は風月の真意を測りかねたという事態。これを一連の会話の中でやってのけたのだ。
「どうぞ、紅茶です」
侍女が風月たちへ差し出してきた。レルキュリアの前に置かれたそれは甘美な香りのある紅茶――、というには風月が知る物よりも赤みが強い気がした。
そして風月の前に差し出された、
目の前に伸びた白い手にはティーカップが乗っており、向けられた手首は何とも無防備だった。そこを一切のためらいもなく風月はつかみ、同時にティーカップがことりと音を立てて机の上に鎮座し、こぼれるギリギリで水面が揺れている。
同時にフレイの眼がぎょろりと動き風月を見据えた。
「風月、凪沙ァ!」
叫びが木霊する。
風月の手にはナイフが握られていた。




