第四章 17 ∮流された武器
ペースを無視し、体調を少し悪くしながら行軍し続けたレルキュリアは一日かけて不可視の砦までたどり着いた。そこで目の前の状況に困惑したのも無理はない。
「……」
絶句という言葉以外にいい表現が見つからない。感情のブレンド比率でいうのなら驚き3、呆れ3、疲れ4といった具合だ。
それも仕方のないことで、心配して冒険した末に探していた風月が魔獣の地面で寝息を立てているのだから。魔獣の腕を枕に、小さいほうが風月の腹の上に上半身を載せていた。
レルキュリアには知る由もないがエルフと獣人たちの介抱によってノミは取り除かれ、
風月がチビ助と呼んだ魔獣の子供のべたついていた毛並みは少しふさふさに戻っており、布団にできるくらい柔らかくなっている。
何よりも暖かい。寒気を覚えるような秋でもぐっすりだ。
夜だが叩き起こしてやろうかという気になった時、「もう少し寝かせておいてあげよう」そんな声が聞こえた。
「誰だ?」
「質屋って呼ばれている。そこで寝ている彼を連れていこうとしたら君を待つっていうから。僕はここでこうして待っていたんだ」
質屋と呼ばれた男は近くの大木に背を預けていた。手には魔術で小さな光が生み出され、真っ暗な森の中で足元だけを照らしていた。
「にしてもはや買ってね。もしかして獣人の住処を突っ切ってきたのかい?」
「こういう時には便利なんだよ」
レルキュリアは普段していない銀色の籠手を見せつけた。それは神域の騎士の証であり、多くの場所で使える通行券のようなものでもあった。この時代においては繊細過ぎる彫金はまず再現は無理だ。所持しているだけで存在証明ができる。
神域の騎士を押そうなんて度胸のあるやつはなりふり構っていられない第三陣営だけだ。
「本当にここで戦争は起こるのか?」
「どういう意味代?」
「お前が知ってそうだから聞くんだ。エルフであるアリアや族長ではなく、獣人でもないお前にだから聞く」
その言葉の意味が分からないほど質屋は愚かじゃない。
「獣人たちはみんな怯えていた。あんな状態で戦争は起こりえるのか?」
「なるほど、神域の騎士は辺境の調査を任されると聞くが、それだけの能力はあるのか。それの応えは『だからこそ』と言っておこう。君が第六席であることは聞き及んでいるよ。そのうえで言わせてもらう。歴代最高の鍛冶師を越えるつもりはあるかい?」
「どういうことだ?」
「へイズ・アケイオス・セスタリスという名に心当たりは?」
「アルト……」
と言いかけてやめる。町の中の人間はかかわりの薄い神域の騎士を知らないことがままあるからだ。
「あー、第三席みたいに全員を網羅しているわけじゃないからな。だが、一時代を築いた鍛冶師であることは間違いない。セスタリスとはそういう名だ。でもって私の先祖でもないな」
「第六席はほとんど一族経営だったね。そのヘイズが作った武器がエルフと獣人が持っている。お互いにそれを恐れているんだ」
「素材は?」
人の名前は覚えられずとも武器はすべて目録のようにして覚えている。素材の名前を聞けばいつ時代の人間かも思い出せる。
「『灰病の核』」
「……」
知らないわけではない。しかし、レルキュリアは反応できなかった。
灰病とはわかりやすい言葉でいうのならば人体発火現象であり、その原因はウィルスということも判明している。この世界ではすでに撲滅された病であり、樹木に寄生した菌核が肥大化したものが『灰病の核』だ。樹木が感染するとそれが新たな発生源となりウィルスをばら撒く凶悪な兵器となる。
そんなものを武器として運用するなど正気の沙汰ではない。いや、レルキュリアにとってそれ以上に理解できないことがあった。
「『灰病の核』はだいぶ前に失われたはずだぞ? それこそクライシスという概念がうたわれる以前の話だ」
「封印措置の過程で確かに失われている。けれど、ある時に期せずして掘り起こされる事態がある。エルフたちが持つ一振りの素材が関わっている」
「ああ、いい、いい。その話はしなくていい。こっちはもうそれどころじゃない。王都に連絡をかけるぞ。そんなものが出てきた時点で私の手に負える事態じゃない」
ため息をこぼすレルキュリアに質屋はむしろ驚いた顔をした。
「てっきりそんなものを隠していたことを怒られるかと……」
「後で接収してほぼ使えない状態で再び封印措置が取られるだろうな。だが、ここで、しかもお前に何を言った手も変わんねえし、難しい話は私じゃなく七席か十席にしろ。それに調べたいこともできた」
「ヘイズの在任期間とか?」
「……」
今度はレルキュリアのほうが驚いた。
「別に、心を呼んだわけじゃない。多くの鍛冶師たちがあの素材があれば自分は何を作るという話をよくしている者だから。素材さえわかれば造られた武器の年代から素材が割だ冴えると思っただけさ。『灰病の核』は失われて久しいし、造られた年代も定かではない。それも、もう一振りのほうを聞けば判明するさ」
「掘り起こされたとか言っていたな。どこで発掘されたんだ?」
「もう見てきたじゃないか」
「見てきた?」
レルキュリアに心当たりはない。代わりに質屋が口を開き言葉を重ねる。
「言ってきただろう? ここに来てから」
「……砂漠?」
質屋が頷きレルキュリアはヘイズがいつの時代の人間かを確信する。砂漠で封印措置が取られた遺物が掘り起こされるような事態なんて一つしかない。
「いや、待て。それをエルフが持っているのか!? だとしたら『灰病の核』どころの騒ぎじゃないぞ」
「事態を理解したかな? 君にはそこで寝ている奴を止めてほしい。この二つが衝突する前に敵を外側に見つけて争いを止めるといっていたが、不可能だ。行き過ぎた力は新たな争いを生む」
「……それはどの程度の武器だ?」
「さあ、私は鍛冶屋でも戦士でもないから。見ただけでは何とも」
「なんでそんなものがここに……」
思わず頭を抱えるレルキュリア。
「流れ着いたのはここ最近だ。誰かがこの地にもたらして戦乱を煽っている」
「どういうことだ?」
「もっと前に存在していたら、戦争なってとっくに起きていた。ドラクル領の平定と同時にこの地域も国土になったんだからね。独立するために戦ったとしてもおかしくはないさ」
「およそ400年前か。そしてヘイズは100年前くらいの神域の騎士だな?」
「その通りだよ」
「『CRISIS4:代替え品の太陽(The Alternative Sun)』か」
飛躍な大地を赤い砂漠へと変化させるほどにまで強大になった存在。砂漠に封印されたのが700年前。そして本来封印されていた場所にあるはずの素材が消えてたことが確認されたのが100年前。
ヘイズは恐らく結晶から発掘される前の『代替え品の太陽』を引きずり出したのだ。そして 大規模な結晶がその量を減らすにつれて加速度的に砂へと戻っていき、その下に眠っていた『灰病の核』をも手に入れたのだ。
「疑問だらけだが、一つ聞きたい。ヘイズの腕はどうだった?」
レルキュリアのこの質問にはすべてが詰まっているといっても過言ではない。特に素材が生物由来であるときは特にだ。
神域の騎士と言えど、基準が剣気を扱えるかどうかに依存している以上鍛冶の腕はピンからキリまで勢ぞろいだ。レルキュリアのように純粋な素材のみで造った場合に完全な力を引き出せるような能力でもなければそのほとんどが凡俗だ。ゆえに生物由来の素材で作られた武器はそのほとんどが武器に宿る意志と、本来の力を引き出せるだけの武器にする鍛冶師の腕による。
ヘイズの力量が凡俗であるならば、その武器が衝突しても被害は少なくなるという読みだった。
「何度も言うけど僕は質屋だ。その問いの答えは『分からない』だ」
それおを聞いたレルキュリアは踵を返して不可視の砦へと歩みだすが、質屋がそれを止める。
「ちょっと待って。どこか行く前に返事を聞きたい。そこで寝ている彼を説得してくれるかい?」
「その返事は、説得はするが不可能だ。そいつは死ぬために旅をしている。どれだけ言おうが、やり方を変えようなんて風月自身が言いだそうが、最終的には望んでいる方向へもっていくことになるぞ。私よりももっと説得がうまいやつに頼むんだな。まあ、やるだけやる。代わりに手伝え」
「うん?」
「むしろ武器を流した奴のほうが問題だろうが」
「そうなのかい?」
危機感のない質屋に思わずため息が漏れるレルキュリア。
「私も一応は騎士のはしくれだ。そんな目立つようなことをしている場合、たいていは裏があることくらい学ぶ」
「つまりあんな武器を流したことが揺動だと? なら族長に――」
「言うな」
「理由を聞いても?」
レルキュリアは質屋が警戒しだしたことに気づく。同時に無理もないとも思った。
第三陣営はただでさえ内部分裂が起こりやすい状況なのに、トップとも連絡を絶たれ、そのうえで新たに行動を起こそうとしているのだ。それは下手をすれば組織を内部から真っ二つにしかねないほどの行為だ。
「族長を白だと断定できない。私が保証できるのはそこで寝ている奴だけだ」
「むしろそっちの彼の方が怪しいと思うけど?」
「ただのいざこざのために腕を切り落とされる覚悟をする奴が? 今後この地で何かを起こすのなら、王都に送還されるようなことは避けるだろ」
「族長を信頼できない理由は?」
「私にその武器の情報をもたらさなかったことだ」
「……」
思いっきりため息をつく質屋。それは何かを諦めたようでもあり覚悟を示したようでもあった。表情から飄々とした軽薄さが抜けて、少し重い雰囲気を纏う。
「もう一度聞かせてくれ。本当にそこの彼は信用できるのかい?」
「できる」
レルキュリアは風月凪沙の揺らがない信念を何よりも買っている。旅をしたい男がそんな暗躍にかかわるとは思えない。何よりもアリアに殺される程度の実力しか持たない男が、たった一人で旅をして生き残れるとは思わない。もともと果ての森へも一人で行くつもりだったようだし、それを考えると風月凪沙は暗躍する前に死ぬことになる。
だからこそレルキュリアは断言した。
その返答を聞いた質屋は重い口を開ける。
「……確かに内通者がいる。それも本人が気づかない形でもぐりこまされている公算が高いんだね。ここは大丈夫だが、別のところでの会話はすべて筒抜けになっていると思った方が良い。明日私の家に彼と来るんだ。そこですべて話す。それまでこの話を漏らさないように」
それだけ一方的に言うと質屋はどこかへ歩いていった。おそらくは自分の店へと。
「レルキュリア」
「起きていたのか?」
「お前らがしゃべる度にハイトラの耳と髭がぴくぴく動いでくすぐったいんだよ。寝てられん」
「そうか。それで?」
どうする? という文言を口にしないままに聞いてきた。
「話は聞くだけ聞く」
「意外だな。てっきり一人でいろいろ探ってると思ったんだけど。それこそ予測を立てられるくらい」
「今の話で全部覆った。それと、族長は白だ。内通者は別にいる」
「わかったのか?」
「いいや、まさか。でも、実質この森を監視しているのは族長だ。その族長が何もせずに暗躍を黙認しているとは思えない。何よりも第三陣営が蜂起させたのは族長だ。戦争を望む者たちにとって最も利のない行動だと思わないか?」
「確かにな」
「ほかにもいろいろ思うところはあるけど、今はそれでいいと思う。それよりも、あの質屋時う男、気を付けた方が良い」
「なぜ?」
風月はその質問に答えられない。理由は直感だからで、その直感に理由をつけられないでいる。今のところ、あの質屋という男は誠実にふるまっているし、それでいて一般程度には疑り深く、変なところは見受けられないというのが風月の印象でもあった。
ゆえに、おかしなところは何もないのだ。
「わかった、お前が私が車で待っていたのならそういうことなんだろ。直感は極力拾って吟味するべきだ」
「いいのか? ただのノイズになるかもしれないのに?」
「頭脳労働はお前の分野だ。私はただ警戒しておけばいいだけだからな。ほらさっさと寝るぞ。私は一日中歩き回って眠いんだ」
大きくあくびをして背筋をピンと伸ばして伸びをする。胸が大きく上下して空気をいっぱい取り込むとそのままハイトラに背中を預けた。
いきなりのことで、それが気に入らなかったハイトラは目を覚まして微妙な顔をしていた。害意がないことだけが分かるとハイトラは再び瞼を閉じて、みんな眠りにつくのだった。




