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幸福の印


 青く澄み渡る空が、窓の外に広がっていた。

 太陽も燦々と輝き、まるで二人の式を祝福しているようだった。だが、結印式自体には天気は関係がない。関係あるとしたら結印式の後の祝祭くらいだろうか。

 結印式は「聖処」で執り行われる。

 聖処は各国に存在する魔力に満ちた洞穴にあるが、その規模は国によって異なっている。聖処には歴代の王族の魂である「聖魂」の粒子が漂っているらしい。セレン鉱石の真下が入り口になっているが、そこは魔術の鍵で閉ざされいてる。百年前からずっと。


「聖処か……学院では習っていたけど、単語しか聞いたことがなかったな……」

「ああ。これくらい詳しく知るのは王族くらいのものだからな」

「そっか……それよりさ、ラゼル」

「何だ?」


 椅子に腰掛け首を傾げる婚約者を見てルカは苛立ち塗れに言った。


「何だじゃないよ! 今、私は結印式のドレスを選んでる真っ最中なんですけど!?」


 広間に幾つも展示されたドレスを指さしてルカは言う。けれど全くラゼルは気にする様子もない


「知っている」

「知ってるなら、出て行ってよ。ほらほら、お仕事してきなさい」

「グラムに任せた」

「……最近グラムに任せすぎじゃない? いくらグラムが優秀とは言えラゼルじゃないんだから過労で死ぬよ?」

「あいつは体力があるから大丈夫だ」


 完全にここから離れる気がないらしい。王室専属のデザイナーや侍女たちも苦笑する。


「それでルカ。どれを着るつもりなんだ?」

「どれって……うーん、どれも素敵だから悩むよね……」


 周囲を見渡す。どれも色は伝統的な白なのだが、デザインが違う。正直こんな綺麗なドレスが果たして自分に似合うのかとルカは悩む。どれも素敵なドレスとはいえ、自分には不釣り合いのように思えて萎縮してしまう。

 ルカは眉根を寄せて、唸りながらドレスを見ていく。やっぱりどれも素敵だ。マーメイドラインもあればベルライン、プリンセスラインのものもあり、多様多種だ。聖処という神聖な場所であまり派手なドレスは駄目だ。駄目だと分かっているからこそデザイナーも清楚なドレスをチョイスしている。だからこそ尚更厄介だ。


「とりあえず何か着てみたらどうだ?」

「……そうするべきなんだけど……」


 ラゼルの前で試着して、情けない結果に終わるのが恥ずかしい。

 でもこれ以上時間をかけていたら周囲の人たちにも迷惑をかけてしまう。うんうん再び悩みながらルカがドレスを選んでいると、ラゼルが椅子から立ち上がり、ルカの隣に立った。

 

「決めかねているのなら、俺が選ぶ」

「え!? ちょ、ちょっと待って……」


 すたすたと歩きながらルラゼルはドレスを吟味していく。それは困る。ラゼルが選んでくれたドレスが似合わなかったら、あまりにも申し訳ない。


「大丈夫、ラゼル。自分で選ぶ。ほら、これとかどうかな?」


 自棄になって適当にドレスをあててみるが、ラゼルはじーっと見た後「駄目だ」と却下する。どうやらルカが適当に選んだことに気付いたらしい。何という観察眼だと思っていると、不意にラゼルが立ち止まった。見詰めた先のドレスをルカも見る。

 すらりとした細身でシンプルな、スレンダーラインのドレスだった。ハイウエストで下半身に飾り気がない分、清楚な刺繍やレースがデコルテを飾っている。肩を出すスタイルだが、雪のような白さと華美すぎないデザインで清らかな印象を与える。

 赤い瞳でそのドレスを見詰め続けている。

 確かに、ルカもそのドレスが一番に気になっていた。だが、スタイルの良い人しか着こなせない気がして、わざと目を逸らしていたのだ。ラゼルはそれを手に取ると、ルカへと突き出した。


「これだ」


 確信に満ちたラゼルの声に、ルカは嬉しいような絶望したような気分になる。どうしてラゼルはこうもルカの好みが分かるのだろう。


「……確かにすごく好きだけどさ……私みたいな体型には合わないよ」

「いいえ、ルカ様。ルカ様は長身ですらりとしているので、スレンダーラインはぴったりなのですよ。安心して下さい。もし体型に合わなければ採寸してお直ししますので」


 後押しするように王室専属の女性デザイナーが笑顔で言う。お世辞ではなさそうだ。だが、こんなにも期待値を上げられると、試着してガッカリな結果に終わった時、ルカはこの場からきっと逃げ出すだろう。いや、実際は逃げ出せないのだが。


「……分かりました。これを試着させて下さい」

「かしこまりました。それでは失礼致します」


 そう言うとデザイナーはラゼルからドレスを受け取り、広間に続く着衣室へと向かう。


「ルカ様は細いので、このタイプのドレスにコルセットは必要ありませんね」


 有り難い。ただ胸のサイズは平均的なので、そこが一番の心配だ。侍女たちにお人形みたいに着せ替えされて、髪もうなじが見えるように緩く結われる。化粧は薄めで、薄紅色のリップが引かれる。宝石はこれまでの結印式で代々使われてきた、小さな蒼い輝きを灯す宝石のネックレスを付けられた。


「できましたよ」


 デザイナーの言葉と共に立ち上がって大きな姿見の前に立てば、きゃあと侍女たちは嬉しそうな声を上げる。


「お直しをする必要はないようですね。とても綺麗ですよ、ルカ様」

「ルカ様……っ、本当に、本当に綺麗です……!」

 

 侍女のリューシカが興奮気味に言う。

 ルカは「ありがとう、みんな」と言うと改めて鏡の向こうの自分を見た。

 真っ白な美しいドレス、神秘的に輝く蒼のネックレス、それから綺麗に施された化粧。

 

 ──ラゼルは何て言うだろう。


 我ながら、良い、とは思うんだけれどルカは心配になる。

 デザイナーたちは嬉々としてルカの背を押し、着衣室から広間へと戻る。緊張で心臓が破けてしまいそうだった。


「ラゼル」


 そう呼べば、窓辺に立っていたラゼルが振り返る。その赤い瞳が見開かれた。ラゼルは足早にルカの前に立つと、じっとルカを見詰めた。やっぱり変だったのだろうか。綺麗な赤い瞳に見詰められたまま、ルカは逃げ出したい気分になった。


「やっぱり、変、かな」

「…………」


 無言のままのラゼルが一体何を考えているのか分からなくてルカが立ち尽くしていると、急にラゼルに手を引かれて抱きしめられる。ラゼルが、ルカの耳元で囁く。


「……綺麗だ」


 その甘い声に胸が苦しくなる。見ていた周囲はラゼルの行為に完全に心を射止められたようだった。デザイナーですら顔を赤くしている。ルカはそんな人達の視線に気付き、ラゼルを引き離そうと胸を押すが、ラゼルはより一層強く抱きしめてくる。


「こんなにも美しいお前が、俺のものなのか……」

「そ、そんなことないよ……大袈裟だなぁ」


 ルカは恥ずかしさを誤魔化そうと笑う。ラゼルは僅かに身体を離すと、ルカの額や頬、首筋にキスを落としていく。このままだと駄目だ。ルカは強くラゼルを引き離すと、小声で「ここ人前でしょ!」と諫める。ラゼルは不満げだったが、仕方ないと言うように溜息を吐いた。


「結印式でこれほど美しかったら、結婚式はどうなってしまうんだろうな……」

「変な心配しないでよ。でも、これで決まって良かった。……あと褒めてくれてありがとう。お世辞でも嬉しい」

「世辞だと思うなら、ここでお前を押し倒すが?」


 意地悪く微かに笑むラゼルに、ルカは溜息と共に「いい加減にしなさい」と言う。


「というか、ラゼルは何着るの?」

「いつもとそれほど変わらない。正装だ」

「そっか。ちゃんとエスコートしてね、王子様」

「……そう言われると王子から王太子になるのは惜しいな」

「? 何で?」

「気にするな」


 変なことを気にするな、とルカは思いながら「それじゃあ着替えてくるね」と言って着衣室へと戻った。いつものAラインのカジュアルなドレスに着替え直すと、何だかどっと疲れたような気がした。広間に戻ると待っていたラゼルと共に、そこを後にする。


「楽しみだなぁ、結印式」

「ああ、そうだな」


 廊下の窓から差し込んだ日差しを受けながら、ルカは思わず笑ってしまう。


「何故笑う」

「だって本当の結婚式みたいだなって思って」

「……早くお前と結婚式をしたいな」


 そう言ったラゼルがちょっと照れくさそうにしていて、ルカは頷く。


「うん。でもさ、婚約してから1年後からしか結婚できないんでしょう?」

「この国ではそうだな。東の方の国だとすぐに結婚できるようだが」

「うわぁ、それは羨ましい」


 でも、とルカは続ける。


「ラゼルが守るこの国が一番、私は好きだけどね。さてと。私はまた薬術部に引きこもりますので、ラゼルはグラムを解放してあげてね?」

「折角お前と過ごせる時間ができると思ったんだが……仕方ない。通常通り執務室に俺も引きこもるとしよう」

「お互いがんばろうね。余裕があれば一緒にディナーをとろう?」

「ああ。そうだな」

 

 そう言うとラゼルはルカの頬にキスをして、執務室へと戻っていった。

 キスされた頬を触りながら、ルカは歩く。全く、溺愛しろと言ってから、最近はどこでも構わずキスをしてくる。悪い傾向なのだが、嬉しいとも思ってしまう。我ながら単純だ。ルカは窓の外に広がる青空と太陽に向かって、祈るように思った。


 どうか良い式になりますように、と。






 結印式が行われるという国からの一報は、国中を驚かせ賑わせた。


 日取りが決まると各商店が祝祭に備えて食材を用意し、また花屋は色とりどりの花を揃えた。

 各新聞には「百年ぶりの結印式!」といった文字が躍り、国中が沸き立っていた。

 

 だが盛大な言葉とは裏腹に結印式は、表舞台に立つようなものではない。


 聖なる儀式に立ち会えるのは、王族と婚約者である女性だけだ。

 ただ、その儀式の様子をクリスタルに刻み込み、魔術によって祝祭の時に人々に見せるのだ。

 100年前に行われていた儀式。

 それがルカとラゼルの間で結ばれるのだ。







 結印式の日は、清々しい晴れの日だった。

 化粧を施し純白のドレスを身に纏い、蒼いネックレスをつけたルカは真白いヴェールつけて、王宮の地下から続くセレン鉱石へと向かっていた。そこで待っていたのは──白い正装を纏ったラゼルで、見慣れぬその美しさにルカはドキリとする。


「ルカ」


 名前を呼ばれ、手を差し出され、ルカはその手を取ってセレン鉱石の真下に立つ。

 ラゼルが微かに微笑むと、魔術言語を呟く。

 詠唱を終えた途端に、とぷんと足先から水のような場所に浸かっていった。蒼いそれはゆっくりとルカとラゼルの全身を包み、やがて飲み込んだ。ラゼルがルカを引き寄せて抱きしめる。苦しくは無かった。不思議な感覚だった。むしろ心地よいとさえ感じた。


 目を開いた時、辿り着いたのは、延々と続くかのような螺旋階段だった。


「行くぞ」


 ルカは頷き、秘匿された「聖処」へと向かって下りていく。あたりに壁らしい壁はなく暗闇に沈んでいた。だがその代わりに輝く光の粒子が浮遊し、まるで星空に沈んでいくみたいだった。階段も一つ下りる度に光が跳ね、まるで輝く水面を踏んでいるようだ。ルカの手を取って先を行っていたラゼルがルカの方へと振り返る。


「大丈夫か」

「……落ちないか怖いけど、大丈夫」

「安心しろ。魔術で決して落ちないようになっている。……しかし、矢張り今日のお前は、一際、綺麗だな」


 赤い目が優しく細められ、ラゼルは微かに微笑む。

 ルカはそんな甘い言葉に顔を赤らながら言った。


「ラゼルこそ……ずるいよ。正装って言ってたけど、いつもと全然違う」

「俺にとって正装は全て同じようなものだ」


 そう言ったラゼルはいつもの黒と正反対の純白の正装を身に纏っていた。羽織ったサーコートは銀色の釦で止められ、さりげなく銀色の刺繍があしらわれている。黒ばかり身につけていたラゼルだが、こうして真白い衣服を着るとより一層、神秘的な美しさが際立つようだ。


「……何だ?」

「ラゼルも、すごい格好いいなって思って」


 ルカがそう言って笑えば、ラゼルは顔を背けて「行くぞ」と言って、ルカの手を引く。その歩調はルカに合わせたままだったが、その耳の端がほんのり赤くなっているのを見て、ルカはくすりと笑う。


「笑うな」

「だって本当に格好いいんだもん。こんな人が私の婚約者で良いのかって改めて思っちゃった」

「それは俺も同じだ」


 お互いに笑いながら輝く階段を降りていく。

 不意にラゼルの足が止まる。振り返ったラゼルの瞳は真剣だった。


「本当に良いのか?」


 その問いに対して、とうにルカの中で覚悟はできていた。


「うん。良いよ」


 ルカの言葉を受けると、ラゼルは昏く見えない地面に降り立った。どうやら最下部についたらしい。ルカもそれに続く。


 見上げると満天の星が散りばめられているみたいで、きれい、とルカは息を吐く。ラゼルは魔術言語を口にし、地面に手を触れる。するとラゼルの手を中心に蒼い光が描かれていく。複雑に描かれた魔方陣が広がっていったのを見ると、ラゼルは立ち上がった。


 作り上げた魔方陣から白く細かい、粉雪のような光がゆっくりと上昇する。

 澄み切った空気。

 聖なる静けさ。

 光の粒子が肌を撫でる。

 

 ラゼルが、ルカの白いヴェールを優しく取る。


「……ルカ。誓えるか? 俺への永遠の愛を」

「大丈夫。誓うよ。ラゼルへの永遠の愛を」


 静謐が落ちる中で、二人だけの声が響く。

 ルカとラゼルの視線が交わる。ルカは微笑み、頷く。


 ラゼルはルカの無言の答えに、すべて受け入れたようだった。

 すっとラゼルは息を吸い込み、その手でルカの胸元に触れて、言った。 


「私、ラゼル・アクアフィールは、ルカ・フォン・ランケに印を刻む。ルカ・フォン・ランケ、其方の心に迷いはないな?」


 ラゼルの声が響く。

 その赤い瞳をしっかり見据えて、ルカは言った。


「はい。私、ルカ・フォン・ランケはラゼル・アクアフィールに印を刻まれることを、心から望みます」


 ルカの声を聞き届けたラゼルは目を瞑ったあと、告げた。



「アクアフィールの名によって──結印を施す」



 ラゼルの手から蒼白い光が零れ、すっとラゼルの指先からルカの体内へと入っていく。

 不思議と痛みはかった。ただ身体の内側の奥底、それこそ魂に直接触れられているような、ぞくぞくとした甘い感覚が走る。まるで愛撫のようにラゼルの指先が、ルカの魂に印を刻んでいく。その感覚が酷く甘美で、酔いそうになる。立っているので精一杯だった。 

 そんなルカの身体をラゼルは支え、結印の儀を続ける。



 あつい。


 いたい。


 もどかしい。


 くるしい。


 いとおしい。



 様々な感情が入り乱れて、おかしくなってしまいそうだった。

 

 けれど。

 



 ああ、この人に、あいされている。

 そして、たまらなく──この人をあいしている。




 愛しているという、息も詰まるような切なさが溢れて、ルカは涙を浮かべる。

 その感情が限界まで高ぶった瞬間、目の前が白く弾けて、完全にラゼルに身を委ねる形になってしまう。

 

 ラゼルはそんなルカの中から、ゆっくりと優しく、手を引いていく。ぞくぞくとした感覚に妙な声を上げてしまいそうになる。けれどラゼルの指先が蒼白い光と共に引き抜かれれば、高まっていた感情が波のように引いていって消えた。乱れてしまっていた息を整え、ラゼルにしがみつく。

 いつの間にか目を閉じてしまっていたルカが目を開くと、ラゼルが唇を寄せて、優しい口づけを交わす。

 とくん、と甘く心臓が鼓動する。


 結印の儀を終えたことを示すように、開いていた魔方陣が静かにゆっくりと消えていく。

 その魔方陣から産まれていった光の粒子たちがラゼルの手に集まり、輝くクリスタルを生成する。

 

「ルカ」


 クリスタルを手渡され、ルカはそのクリスタルに投影された結印式を見る。

 なんて、綺麗なんだろう。

 そして──なんて、愛おしいんだろう。

 ルカはクリスタルを胸に抱き、ラゼルに笑って言う。


「これ、皆に見せるんでしょう? なんか嫌だなぁ」

「恥ずかしいか?」

「勿論それもあるけど……独占したい、というか」

「安心しろ。母体であるそれはそのままだ。これを依り代にして欠片を作り、散布する。あとは勝手に魔術が求める人へと届ける」

「そっか……良かった。2人の記念品だもんね」


 へへ、と嬉しくて顔が緩んでしまう。ラゼルは微かに笑みと溜息を吐き出した。


「とても結印式を終えた花嫁とは思えないな。お前、俺に永遠の愛を誓わせたんだぞ」

「うん。だから嬉しいよ」


 ルカはラゼルの手が入っていた箇所に触れながら、笑顔を浮かべる。


「これで重要な思い出が一つ、増えたわけからね。嬉しいに決まっている」

「……お前がそう思ってくれるなら、俺も嬉しい」


 ラゼルはルカの手を取って、今度は上り始める。ステップを踏む度に弾ける蒼い輝き。


「ねぇ、『王太子』様?」


 ふ、と笑う声が前方を行くラゼルから聞こえる。


「なんだ、『王太子妃』」


 ルカはつい声を上げて笑ってしまう。


「すごいなぁ、私、本当に王太子妃なんだ。しかも百年ぶりの」

「そうだな。俺も百年ぶりの王太子だ」

「祝祭では報道陣に色々聞かれるかなぁ」

「ああ……俺もお前も、うんざりするくらい質問がくるぞ」

「2人の馴れ初めとか?」

「俺の部下が出しゃばって、お前と喧嘩になった時に出会った……とかだろうな?」


 ラゼルの答えに思わず噴き出して笑ってしまう。


「それだと私が豪胆な女みたいじゃん」

「実際そうだろう」


 階段を上る度に、記憶が巻き戻っていく。

 

 出会い。

 そして仮の婚約。

 マダムコルトンによるレッスン。

 多忙なラゼル。その合間に教えてくれたグリナ語。

 

 思えばラゼルと同じく、我ながら隙間のない生活を送っていたなとルカは苦笑する。

 もしかしたらラゼルのハードワーカーが移ってしまったのかもしれない。効率は断然ラゼルの方が良いが。

 

 それから──前世という過去との決別。

 ラゼルが打ち明けてくれた過去。

 祝霊祭で遊んだこと。ラゼルが倒れ、また自分は毒によって倒れたこと。


 心配かけたなぁ、と思いながらルカはラゼルの手をぎゅっと握る。

 ふとラゼルが口を開く。


「今、お前とのことを色々と考えていた」


 予想外の言葉に、ルカはきょとんとしたあと笑った。


「奇遇だね。私も同じことを考えていた」


 ルカの声に、ラゼルは足を止めて振り返った。その赤い瞳の眼差しは、いつになく真剣だった。


「……必ず幸せにする」

「うん。私もラゼルを幸せにする」


 互いに笑い合う。握りあった手は、お互い離れないという意味も込められていた。

 ラゼルと再び昇り始める。長いようで短い階段。ようやく辿り着いた先は、円陣が組まれた場所だった。来る時も思ったが海みたいだ。

 ラゼルは握りあっていた手を、移動させてルカの肩を抱く。 

 その赤い瞳が少し楽しげに言う。


「さて、ルカ。これから起きる事に対して覚悟しておけよ」

「うん? よく分からないけどわかった────っ!?」


 言った瞬間、急激に身体が浮遊する。慌てるルカがラゼルを見れば、楽しそうだった。それに文句を言おうとした瞬間、魔方陣を描いていたセレン鉱石の下へと戻ってくる。


 そして戻った途端、四方八方からカラフルな花びらがまき散らされる。

 王宮内の全ての人が二人を見て、喜びで騒ぎ立てている。



「王太子様ーッ! 王太子妃様ーッ! おめでとうございます!!」


 

 色んな場所からそんな声が聞こえてきて、あまりの歓迎っぷりにルカは嬉しいと思いながらも萎縮してしまう


「覚悟しろと言っただろう?」


 余裕綽々といったラゼルに、ルカは何か言ってやりたくなったが──ぐるりと見渡すと祝福してくれる人ばかりで。

 それが嬉しくて、ルカはその場の勢いを借りて叫んだ。


「ありがとう────っ!!!!」


 高らかに叫んだら、より一層盛り上がる。

 そんなルカを珍妙な生き物を見るかのようにラゼルが小さく苦笑する。


「お前は……本当に、予想外だな」

「それはどうも。祝祭はいつから始まるの?」

「この後すぐだ」

「そっか、真昼で晴れてよかった。それじゃあ、行こうか? エスコート致しましょうか、王太子様?」

「……エスコートするのは俺だ。王太子妃様」


 そう言うとラゼルはルカの手を取る。

 長い廊下を歩くと、もう準備はできているのだろう。正装を纏ったフットマンを両脇に控えた扉の先は半円状のバービカンだ。少し緊張してきた。それを察し取ったのだろう。ラゼルはルカへと言う。


「安心しろ。俺がいる」


 その声と眼差しで、心が安らいでいく。ルカはラゼルの「王太子妃」としてしっかりと、国民たちの前に出た。外に出ると民衆達があちこちで花を舞い上げたり、ルカやラゼルを呼んでいた。あらゆる祝福が降り注いできて、ルカはその気持ちが嬉しくてしかたなかった。


 ラゼルが一歩前に出ると、民衆たちはラゼルの言葉を待つように、声をひそめた。

 青い空、海が広がり、遠くには草原、それから賑わう街と人々が見える。

 その喜びの静寂の中で、ラゼルは国民に向けて告げる。


「たった今、結印の儀は執り行われた。これよりルカ・フォン・ランケを王太子妃とし、私ラゼル・アクアフィールは王太子とする。そして秘匿の議である結印式を映したクリスタルを、これより皆に贈呈する。願うものに届くようにクリスタルの欠片に魔術を施してある。愛する我がアクアフィールの国民よ、百年越しの神秘を届けよう」


 そう言うとラゼルは執事のロイから受け取ったクリスタルを置き、魔術言語を呟きその手を翳す。

 その瞬間、クリスタルから蒼白い光が弾け、クリスタルの欠片が舞い上がった


 一回り小さなクリスタルが、まるで輝く雪のようにささやかに人々の手に渡っていく。それを手にした人々は、クリスタルの中に描き出された結印式の美しさに見とれ、やがてその感動は拍手となって返ってきた。きらきらと、降り注ぐそれは太陽の光を浴びて、アクアフィールをきらめかせていた。

 ラゼルはクリスタルの母体を下げさせると、ルカの腰を抱いた。それだけで周囲は騒ぎ立って、ルカは顔を赤らめる。


「ルカ」

「もしかして……キス?」


 お互いに小声で秘密事を喋るとうに言う。


「嫌か?」

「恥ずかしい……けど、今日は大歓迎、かも」


 言うなりラゼルがルカへと深くキスをする。

 色んな場所で黄色い悲鳴が上がる。

 そのキスを国民に見られていると思うと恥ずかしくて、けれど、たまらなく幸せだった。


 だって、この人は私のことを、こんなにも愛しているんだって言っているようで。


 唇を離すと、お互いに熱っぽい視線が交錯する。

 けれどこんな公の場所で、これ以上は駄目だ。ルカは小さく「駄目だよ」と言うと、「分かっている」と苦笑を滲ませた小声が返ってくる。

 そうしてお互い幸福の言葉を浴びせられながら、バービカンから立ち去ると、背後で窓が閉まる。

 

 ふう、と息を吐けばラゼルが「疲れたか?」と尋ねてくる。

 ルカは首を振る。


「ただこんなに私たちを祝福してくるなんて、嬉しいなーって思った。私も頑張って王太子妃らしくいないとね!」

「お前はお前のままでいい」


 ただ、とルカの胸元をとんとんと指先で叩く。


「ずっと俺の傍にいろ。ルカ」

「勿論。ラゼルもね」


 微かに笑うラゼルに、ルカは目を細めて微笑む。

 そういえば、出会った時より、ラゼルは笑ってくれるようになった。本当に、微かだけど。



 幸せだ。


 その笑顔が自分の影響なら──本当に、幸せだ。


  




ここまでお読み下さってありがとうございました。

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