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褒美を授けて

※残酷表現(暴力表現)があります。私はあまり残酷に感じないのですが、血とか苦手な方は絶対無理なのでご注意下さい!


 見付けたメアリーの背後には、複雑に組み込まれた硝子製の生成器、両際の棚には多くの薬剤が収納されていた。それから、メアリーの足元には例のセックスドラッグの瓶が大量に詰め込まれた箱があった。


 ラゼルとルカが室内に足を踏み入れる。けれどメアリーは不気味なくらいに冷静だった。最初からラゼルとルカがここに来ることも想定していたような、余裕に満ちあふれた表情だった。そんなメアリーにラゼルは鋭い視線で問う。


「随分と早い出立だな。今度は何処を自分の『研究所』にするつもりだ?」


 メアリーはラゼルの静かな怒りなど全く気にせずに答えた。


「どこでもいいわ。ああでも、2ブロック先に丁度良さそうな家があるから、そこにしようかしら」

「……どうしてこんなことをしたの? お金のため? それとも」

「お金のため? アハハ、バッカじゃないの? 研究の為に決まってるでしょ。お金はその研究のための材料みたいなもんよ」


 楽しげに笑うメアリーに、ラゼルはわざと溜息を吐き出して挑発する。


「貴様にできる研究など、大したものじゃないだろう。何を作るか知らないが所詮は落ちこぼれだ」

「落ちこぼれ? あんた、本気で言ってるの? このあたしに向かって?」


 そう言うとメアリーは眉を吊り上げて、不愉快そうに言い放った。


「言っておくけど私はそこらへんにいる馬鹿と違う。天才よ! そんな私が、毒に恋をしたの。毒は色んな死を私に見せてくれるんだから。少しずつ少しずつ脳みそから腐っていく姿を想像するだけでゾクゾクしちゃう」

「……あなたの目的は毒殺魔になること?」

 

 ルカは軽蔑したような眼差しで問う。


「毒殺魔……? まぁ合っているけど、正しく言うなら『制裁』だわ。神に逆らった人間に罰を与えるのは当然のことでしょう? だからね、私は私の素敵な人生をぶっ壊した孤児院を、同じようにぶっ壊してしまおうと思ったの。奴らが大切に大切にしている孤児を使ってね」


 制裁、と呆然としたルカが呟く。それが面白かったのか、饒舌にメアリーはまくしたてた。


「セックスドラッグは、手っ取り早い資金集めよ。キモチヨクなれるのはみーんな好きでしょ? でも資金は十分集まりつつあるし、第一段階はクリアしたから、そろそろ実験を第二段階に移そうと思ったのよ。ようやく硫化クロロフリムが手に入ったからね。それでお馬鹿さんのあんたたちに教えてあげるとね、あたしは愛する孤児院に毒ガスドラッグを贈ってあげようと思うの。ドラック漬けになった孤児を孤児院にプレゼントするのよ。でも、カワイソーなことにその子達はせいぜい三ヶ月しか生きられない。私特製のドラッグをパンパンに詰め込んで死んだ子どもはね。で、そんな子どもって、孤児院内の墓地に土葬されるのよ。……ここまで言えば馬鹿なあんたたちでも想像はつくでしょう」


 酷く興奮したように言うメアリーの言葉に、ラゼルの中で薬術部から提出された成分の理由が繋がる。


「……そうか。だから限界まで腐敗ガスを抑えるノイサイドと、その限界を迎えて弾けるようにガスを一気に噴出させるヘルチウムを含ませたのか。そしてフェノオールのタンパク合成によって液体から気体に……いや、毒ガスに変化させたものを、強烈な腐敗ガスの噴出の勢いを借りて一気に外へと出すつもりだった。そうだろう?」

「あら! 流石殿下! よくお分かりになって。歴代で一番頭の良い王子様ってカンジ。でも、あたしのほうがずっと斬新。なにせ孤児院で大量殺戮を考えちゃう訳だから」


 心から自分を万能だと思っているのだろう。神とすら思っているのかもしれない。そしてその自称神である彼女が愛するのは人ではなく、薬物だ。それも人がもだえ死ぬような毒に魅せられている。


「あなたの言う殺戮って……」


 怒りに震える声でルカが問う。けれどメアリーは笑ったままだった。


「つーまーりー、子どもって形をとった時限式の毒ガス弾。笑えるしょ? これが私の孤児院への愛をこめたギフト! 子どもが大好きな人たちなんだから、子ども型の毒ガス弾で死ねたらサイコーでしょ? いい気分~!」


 狂っている。

 自己中心的で、良心の呵責に欠ける、そして誇大的な自己価値観。

 毒殺魔のサイコパスとしての要素全てを、目の前にいるメアリー・ジェーンは備えていた。


 もしかしたら、これまで気づきかなかっただけで彼女が毒を盛って殺してきた人間は、他にもいるかもいしれない。そんな人物がアクアフィールにいる事に危惧と自責感を覚える。


「……そこまで話して私たちがあなたを逃がすと思っているの?」

「んー……国内で一番賢い王子様の婚約者さんは、やっぱり馬鹿みたいねぇ」


 そう言うと歪に唇を歪め、メアリーは言った。


「あんたたちは此処で死ぬの。アクアフィールの心優しい王子様は、国民を殺さないって噂、本当でしょ? それにそっちにいる子リスちゃんみたいなガキは、いい足手まといじゃない。愛する二人が心中……明日の新聞記事は賑わいそうね」


 くすくすと笑うメアリーはそう言うとガスマスクを手に取った。マスクを手にしたメアリーは勝利を確信して笑う。


「もうお話はお終いよ。死んで」


 途端に部屋の四方八方から煙が噴出された。

 ラゼルは咄嗟に防御壁を作ってその煙を逃れ、更に魔術で煙を噴出する機材を一斉に壊していく。

 こんなに容易く自分の毒ガスがかき消されると思わなかったのだろう。メアリーに初めて焦りの表情が浮かぶ。他に脅威がないか確認してから、ラゼルは通信で軍事部に応援を要請する。

 ぎり、とメアリーが歯を食いしばる。


「こんな……こんな私の素晴らしい薬たちが、魔術なんかに一瞬で壊されるなんて……! 許せないッ! ……ああ、でも魔術に…治癒はないんでしょう!? だったらッ!」


 そうメアリーが叫んだ瞬間、隠し持っていたであろうナイフがルカへと向けられる。明らかに殺意が込められたその刃は、はっきりとルカの身体の中心を捉えていた。攻撃すべきだ。ラゼルはすぐさま魔術を使おうとしたが──



「──ラゼル。こんな奴に魔術を使わなくていい」



 ルカがそう言った瞬間、ルカの細い剣が凄まじい速さで抜刀され、ナイフを持った手ごとメアリーのナイフを斬り上げた。

 ごろり、とメアリーの手がナイフごと地面に落ちて転がる。手首から先を失ったメアリーは呆然とした後、噴き出した鮮血と共に絶叫した。がくん、と膝から落ちて座り込む。


「ああっ、あ、い、いたいッ、あたしの、手、ああ、あ、あっ痛い、ひ、ぁ」


 錯乱状態に陥るメアリーを無視して、ルカは血に濡れた刃をそのまま研究機材へと向けた。まさか、とメアリーは震える声で大きく目を見開く。


「やめて、それだけは、やめて。お願いだから。お願い」

「……貴様はそう言ってきた子どもらに、何をした」


 それだけ言うとルカは艶やかとも言える動きで、研究機材を次々と破壊していった。メアリーにとって「子どものように大切なもの」が次々と砕けて壊れていく。メアリーはぐしゃぐしゃに濡れた顔で泣きわめき、ルカの足に縋り付いたが、その手をルカは蹴り飛ばした。

 その衝撃で壁にぶつかったメアリーは手首を切り落とされた痛みと、機材を完全に壊された憤怒で、醜く顔を歪めてルカを睨みあげた。だが、その顔も一瞬で凍り付く。


 冷たい刃の切っ先が、メアリーの右の眼球に突きつけられたからだ。あと数ミリ動かせば、刺さるほど近くに。

 ルカは凍てついた表情をしていた。そこには冷たい殺意以外ない。慈悲の欠片もない青い瞳が、メアリーを見ていた。ルカの唇が動く。


「馬鹿は貴様だ、メアリー・ジェーン」


 断罪するようにルカの言葉が続く。


「仮に殿下が国民に手を下さない方だとしても、生憎、私はそうではない」


 つう、と右目から鼻先、左目へ鋭利な刃の切っ先が動く。その度にメアリーは小さく震える。完全に、絶望的なまでの恐怖に陥っていた。そんなメアリーへとルカは残虐としかいえない声音で告げる。


「貴様のような非道な者など、殿下のお許しがあればこの場で首を刎ねていた。殿下の寛大な心に感謝するんだな。……だが、今私がこの場で手を下さずとも極刑は免れんだろう。その時は貴様の末路を楽しんで観覧させて貰おう」


 そうルカが言った瞬間。

 一斉に軍事部の軍兵が室内に押し入ってきた。


 メアリーは取り押さえられ、薬品は次々と押収されていく。その光景を呆然とメアリーは見詰め、手錠をかけられる。手錠をかけられふらふらと立ち上がったメアリーは「護送車に入れろ!」という怒声と共に歩き出す。そんなメアリーにすれ違いざまにルカは声をかける。


「メアリー・ジェーン。もう一つ最後に教えてやろう」


 まだその瞳の奥に憎悪を宿らせたメアリーに、嗜虐的な笑みを浮かべてルカが言い放った。


「貴様が必死で入手した硫化クロロフリムは死後、体内にある酵素によって自己融解し、細胞が分解され軟化する。風船に例えるなら張り詰めるのではなく、萎んでしまうということだ。よって、毒ガスが腐敗ガスによって噴出することはない。最新の薬術誌や医術誌には掲載されていることだぞ。貴様の考えた毒ガス爆弾など、机上の空論に過ぎなかった訳だ。笑えるな、本当に馬鹿なのは貴様だったな」


 それを聞いた瞬間、大きくメアリー・ジェーンの瞳は見開かれ、今度こそプライドが砕け散ったのだろう。

 がくりと頭を垂らして、両際から軍事兵に取り押さえられながら無様にその場から立ち去った。


 ルカは血の抜いた刃を振って血を落とし鞘に戻した。

 ふう、と息を吐き出したルカはいつものルカだった。


「……ルカ」

「ん? なに?」


 さっきまでのことなんて無かったかのように振る舞うルカに、ラゼルはどんな反応をしていいか分からなかった。あの容赦のなさ、無慈悲さをルカが持ち合わせていると思わなかった。さっきだって、ラゼルが守らねば、ルカが刺される──と思っていた。それなのにルカは軍人さながらの動きで俊敏に抜刀して、何の躊躇いも無く斬ったのだ。

 普通の令嬢だったら人間の手首を斬るどころか血を見ただけで倒れてしまうだろう。


「その…………なんだ…………」


 言いたいことや問いたいことはあるのに、どれから口にすればいいのか分からない。それを察し取ったようにルカは苦笑した。


「あー……ごめんね。びっくりした、というか引いたでしょ? 自分でもやり過ぎちゃったなって思ってるし、流石に婚約破棄しても──」

「しない。婚約破棄は絶対しない。ただ……お前、とてつもなく容赦がないな。見ていた俺も恐怖したくらいだ。普通の女は手首なんて斬れないぞ」

「あれは正当防衛。正直気が進まなかったけど、ナイフだけ弾く技術がなかったんだよね。それに……何より、許せなかった。弱い者を簡単に捻り潰すような考えを持つ、あの女が」


 まだ怒りが収まらないのだろう。青い瞳には静かな怒りが揺らいでいる。この空間が、そうさせるのかもしれない。ラゼルはルカの手をとる。


「……そうだな。後は法に基づいて罰するべきだろう。もう外に出るぞ」


 そうして邸宅から出るとあの甘ったるい匂いから解放され、清々しい空気が肺に入ってきた。ルカもそうなのだろう。あの室内にいた時よりも随分、怒りの色は収まってきているようだった。ルカ自身、自分が冷静になってくるのを実感したのだろう。深呼吸したあとルカは言う。


「空気がおいしく感じる」

「そうだな」


 お互いに目を合わせて苦笑する。この事件で、思った以上に疲労が溜まっていたらしい。二人で停めてあった馬車に乗り込むと、席についたルカが、んん、と身体を伸ばした。疲れたねぇ、と言って、それからラゼルを見た。

 その青い瞳にはもう、穏やかな色しかない。それに安堵していると。



「……ラゼル。よく、頑張ったね」



 その言葉にラゼルは目を見開く。ルカは頬をかきながら苦笑した。


「私だったらきっと、魔術であいつを殺していたよ。それなのにラゼルは違った。怒りだって堪えて……尊敬する。私、すぐカッとなっちゃうからさ」

「……別に大したことじゃない。ただ俺は……アクアフィールの王子としてそうあるべきだと思っただけだ。俺の我が儘、とも言えるがな」


 本当に我が儘で子どもじみている、と思ったら思わず苦笑が漏れる。

 するとルカがとん、とラゼルの額を突っついてきた。見上げればルカは仕方ないなぁと言うように笑顔を浮かべていた。


「あのさ。それは我が儘じゃなくて、信念って言うんだよ」


 その言葉に目を瞬かせたあと、ラゼルは言い聞かせるように繰り返した。


「信念、か……悪くないな」

「そうでしょ? ラゼルは立派だよ。冷酷無比なさっきの私と比べてさ」

「確かにさっきのお前は凄まじかったが……今回のお前の活躍には、驚かされてばかりだった」


 ラゼルはルカの剣捌きを思い出しながら言う。


「しかしお前、あの剣の扱いは尋常じゃなかったぞ」

「グラムに稽古つけてもらったって言ったじゃん。実は抜刀の速さはグラムにも褒められているんだ」

「……本当に何故お前が軍事部に志願しなかったのか謎だな……」

「だから面倒だったんだって」


 ルカは心底どうでもよさそうに言う。なぜ2年間も遊んでいたのか。そもそもなぜ総合学院なのか。そこまで考えて、更に気になったことがあってラゼルは再び口を開く。


「それと最後に言っていた硫化クロロフリムに関する死後の自己融解についてだが……何故そんなことを知っていた? 俺も知らなかったことだぞ」

「そりゃあラゼルは知らないよ。今回の薬術誌も医術誌も色々な発見がされていた所為で、かなり分厚かったからね。激務の中であんなページ数のものを読んでる暇なんてないよ」

「…………何故お前は」

「薬術学院か医術学院にいなかった、って話でしょう? だから言ったじゃん。面倒だからって。勉強嫌いだし」

「嫌いなのに何故知識を得ようとする」

「学院でする授業は堅苦しいからさぁ。やる気も出ないんだよ。でもさ、今回私かなり活躍したんじゃない? やり過ぎた所は多々あるけど」


 馬車の中で揺られながらルカは言う。その顔は何か期待するよう色を浮かべていた。ラゼルはそれを見て言う。


「何か欲しいものでもあるのか?」

「うん」


 そう言うと対面に座ったルカが、ラゼルの方へと近寄る。その手をラゼルの顔の横について、甘い顔で微笑む。


「ほら、ご褒美ください。殿下?」


 ルカの唇がゆるく弧を描く。その青い瞳が期待したように、じっとラゼルを見て待っている。ラゼルは小さく溜息を吐き出したあと、ルカの頬に触れた。



「よくやった。褒美を授けよう──」


 ラゼルはルカの唇に、唇を合わせる。

 そのキスをしてようやく、幸福な日常に戻ってきたような心地がした。






わ~~~本当にここまでお読み下さってありがとうございました!!!

めちゃくちゃ長くなってしまってすみません……恋愛小説とは……となりました。

よろしければブクマ、高評価頂けると安心します……!!!


あとツイッタやってるのでお友達募集です~

@matsuri_jiji


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