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ドラッグのカルテ


 メアリー・ジェン。27歳。配偶者なし。中心街のオルティス銀行本店の窓口担当。

 6才の時に孤児院に入所。入所後すぐに他の児童たちへの暴行。8才で有毒性のあるサインの根を使い、児童の殺害未遂から少年院へ移送。

 そこから模範囚になり10歳で孤児院に戻り、それからは人が変わったように周囲とうまくやり、勤勉になる。

 13才で推薦状付きで薬術学院への編入試験を受け、合格する。

 しかし高等部で厳重保管された劇薬を盗もうとし、退学処分を受ける。勉強熱心だったメアリーだからこそ、学院から被害届は出ず、その代わりに退学処分が出た訳で賞罰はない。




 ダン・スティーブン。19歳。配偶者なし。中心部から2ブロック先にあるアルカイア製紙工場薬術部門勤務。

 5才の時に入所。1つ年下の児童の飲み物にアルコールを混入させようとする。

 その後6才、7才と暴力行為が激しさを増していく。気に入らない児童や施設員までも殴る蹴るの暴行を繰り返し、遂には病院送りにする。少年院へ移送後、最初こそ虚脱状態だったが次第に力を取り戻すものの、暴力では無く学業に向かい、熱心に学ぶようになる。メリーと同じく編入試験を受け薬術学院へ。また退学理由も全く同じで処分も同じ。




「……なるほど。サイコパス的な行動が多いね。それで最初はメアリーさんの所に行くのね」


 馬車に揺られながら中心街のオルティス銀行へと向かう。

 

「そうだ。彼らについては同僚からの証言も受け、情報は把握している。これから俺たちがするのは幾つかの質問と確認だ」

「なるほど。あれ、じゃあもしかして私の仕事はない?」

「十分にある。むしろお前の方が重要だ」

「ほう……お聞かせ願えますか……?」


 ラゼルの回答を待っているルカがいつになく意気込んでいる。それが愛らしくて、ついラゼルは顔を綻ばせる。どうやら任務が大きいほど燃えるタイプらしい。本当に総合学院にどうして通ったのか謎だ。楽だから、という答えは非常にルカらしくはあるのだけれど。


「なにニヤついてるの? 早く教えてよ!」


 駄々をこねるように言うルカに、ラゼルはわざと勿体ぶって答えた。


「お前にちゃんとできるか?」

「できる! ……多分。それで、本当に何なの?」




「馬鹿で間抜けな女を装うことだ」

 






 空白が、馬車の中に落ちた。

 





 わくわくしていたルカの表情が一転して不満顔になる


「え…………それって普段の私じゃん……」


 気の抜けたような声にラゼルは微かに笑いながら答えた。


「それがいいんだ。いや、それよりもっと間抜けでいい。事情聴取では悪い軍事官と良い軍事官の役を担う。今回の場合、俺が悪い軍事官役だ。厳しく詰問し、相手を追い詰めていく。一方のお前は穏やかでとても軍事官とは思えない……いや、空気の読めない馬鹿者のほうがいいだろう。そうすると相手はお前の方に油断する。油断してもいいと思える相手だ。しかも俺は王子、お前は婚約者。婚約者のお前が犯罪について知識を持っているなど思わないだろう?」

「あー、なるほど。それは良い手だね。演技も楽しそうだし。勿論、真面目な演技」


 どうやって騙してやろうかなぁ、とルカは笑う。


「真剣にやらないとね。頑張ろうか」

「そうだな」


 馬車が止まり、ラゼルの手をとってルカは下りる。


「……思っていたんだが、その格好は何だ? それにまた帯刀して……」


 馬車に乗る前からずっと思っていたことをラゼルが口にすれば、察しの良いルカは自慢げに笑う。


「良いでしょう? 私の新衣装。こっそり仕立屋さんにお願いしていたんだ。ドレスは動きにくいしね。剣は護身用」


 その場で軽く、くるりと回ったルカの姿はまさに男装の麗人だった。髪は短く見えるよう纏められ、全身黒と白をベースにしたパンツスタイルだ。黒いロングコートを纏い、足元はかっちりとしたブーツだ。ドレス姿とも白衣姿とも、全く違う姿のルカをラゼルはじっと見詰める。


 良い。


 そんなことを思っていると、いつものように心配になったのか「変かな?」と可愛らしい婚約者は尋ねてくる。つい心で思って自己完結しがちなラゼルは、どう褒めようか悩みつつ口を開く。


「とても……良い、と思う」


 相変わらず、我ながら酷い感想だと思う。普通の令嬢だったら、「それだけ?」と憤慨するだろう。けれどルカはほっとしたように笑った。


「良かったー。ありがとう。嬉しい」

「……そうか」


 素っ気ないような言葉にもルカは気にした様子はまるでないようだった。思えばルカは着飾った言葉を求めることは無い。プライベートではラゼルの口数が少ないことも気にしない。ラゼルが黙っていれば好き勝手行動し、気になることがあれば声をかける。自由奔放な女だ。

 そんなところも、好きだ。

 

「ラゼル?」

「何だ」

「いや、まさかとは思うけど、これから仕事以外のこと考えちゃ駄目だよ」

「…………分かっている」


 心を見透かされた気がして、ラゼルは内心恥ずかしく思った。


 銀行へと入ると、すぐに銀行長が応接間へとラゼルたちを通した。応接間には既に女性がおり、眼鏡をつけた優しい面差しをしている。少し細身の女性は銀行員らしくきっちりブラウンの髪は纏められていた。年相応の外見だ。

 ラゼルたちを見ると女性、メアリー・ジェーンは恭しくラゼルとルカに向かって礼をした。流石接客業といった感じだ。メアリーはラゼル達に席を勧めた。対面に座ったメアリーは穏やかな声音で言う。


「この度はご足労頂きありがとうございます。殿下だけじゃなく婚約者のルカ様までお越し頂いて恐縮です」

「いや、気にしなくていい。時期尚早で悪いが早速本題に入りたい。既にどのような件で私が此処に来たのか部下から報告はされているだろう?」


 そう問えばメアリーは神妙に頷く。


「ええ。記憶喪失の孤児たちの件なら存じております。私のお答えできる限りなら、お答え致します」

「まず1つ。孤児院で殺人未遂をしたそうだが、その時の記憶はあるか? 当時8歳とあったから忘れないだろうが」


 まずは1つ。水面に石を投げ込んでみる。メアリーは苦しそうに、かつ申し訳なさそうに答えた。 


「ええ……覚えております。孤児院にいた頃の私は捨て子というだけあって不安定で……あの時は、カッとなって衝動的に……」

「えーでも、それまでも他の子に暴力ばっかしてたんでしょー? マジちょっとやり過ぎ~。あっでも流石に我が子を捨てることはないよねー。少なくとも今じゃ後悔してると思うよ~。こんなに素敵なレディになったんだもの!」


 早速ルカが話題に入ってくる。相当馬鹿で品がないが、悪くない。


「ルカ。失礼のないよう話せ」

「えーだって、メアリーさんって全然イイ人に見えるしー。って考えるとこんな美人でしっかり者のひとなら、昔ちょっと間違ったことしちゃってもしょうがないよね!」

「お気遣い頂き有り難うございます。ルカ様。私も過去の事は悔いています。今このようにまっとうな生活ができている事が幸福です」

「そっかー、良かった!」


 無邪気にルカは笑う。ラゼルはそんな二人の雰囲気を割るように二つ目の問いを投げかけた。


「2つ目だが、改心の理由だ。幼いとはいえ他人に暴力を振るい人を殺めようとしたのは、あまりに加虐的な行為だ。残酷ともいえた君が何故突然、少年院に入った途端人が変わったように善良になったのか」

「えーラゼル~、それはいいじゃん。さっきもメアリーさんが言ったように昔のことは反省しているっていうし。その反省のあらわれでしょ?」

「……ルカ。少し黙っていてくれないか」


 微かに怒気を孕んだふうを装ってルカに言えば、メアリーがすぐに声を上げる。


「殿下、どうかルカ様をお責めにならないで下さい。ルカ様はただ私の過去を憐れんでお心遣いして下さっただけです。そして殿下、私が改心した理由というのは、少年院にいた少女たちとの交流が理由です。あの場所には私のように、行き場のない感情を抱えた子どもたちが多く、その中で私は知ったのです。自分のようにやり場のない感情を抱える子や、そういった感情を共有できる子がいて、私はようやく安心することができたのす。それから次第に私のなかで暴れ狂っていた感情が平穏を取り戻し、まっとうな人間になろうと思ったのです」

「納得がいかないな」


 ラゼルはすぐさまメアリーの言葉を否定する。


「少年院に入っている少女たちは孤児院とは違う。悪意を持った少女たちだ。社会不適合者の少女たちと分かち合って善人になるなど、信じがたい。それまで人に暴力を振るっていた君が、急に善人になったのは演技じゃないのか? 私に嘘を吐いているのではないか?」

「そんな、嘘だなんて……! 殿下、私は神に誓って真実をお話ししております」


 鋭いラゼルの視線に恐縮したメアリーは慌てふためき、許しを乞おうとする。だがラゼルはそれを許さない。

 

「今の姿さえ私には演技に見える。神に誓うというのなら、その経緯を事細かに話せ」

「ちょっとラゼルー! さっきからメアリーさんをせめすぎてひどい! メアリーさんは本当のことを話してるよ。メアリーさん、ラゼルはこんなことを言ってるけど私は信じてるから。ね、ラゼル? もうこの話は問題なしってことにしちゃおうよ~」


 ルカはラゼルの腕にすり寄って、甘えるようにラゼルを見上げる。

 可愛い、と思ってしまう。同時にその笑顔の裏に「今の私最高に馬鹿っぽいでしょう?」と言うような台詞があって、一瞬、演技を忘れそうになるが、すぐに気を取り直す。

 ラゼルは仕方ないというように演技して「……お前が言うなら」と溜息を吐き出す。


「分かった。この件については私の婚約者の言葉を信じるとしよう」

「ありがとうございます……! 本当にルカ様も殿下もお優しい方で……」

「いーのいーの、気にしないで。ラゼルはこんな性格だけど、悪いひとじゃないの。許してね?」

「いいえ、殿下の寛大さは存じております」


 そう言うメアリーの瞳は微かに潤んでいた。だがラゼルは問いを止めない。


「三つ目だが、薬術学院で劇薬を盗もうとしたのは何故だ? 学院が被害届を出していたら刑務所行きだったぞ」

「それは……いけない事だとは分かっていました。けれど授業で習った時に使用した薬剤を、もう一度、復習の為に使いたくて……」

「それなら教諭に頼めば良い話だろう。学院での君は勤勉だったと聞く。教諭も許可を出しただろう。だが君はそれをせず、盗みを働いた。その理由は何だ?」

「……殿下の仰る通り教諭に頼んでみるべきでした。けれど当時の私はそんな事を思いつかず、知的好奇心に負けてしまって……」

「それで盗みに働いた、と。だがそれだと先程の話と食い違うな。君は少年院で改心したのではなかったのか?」

 

 厳しく問い詰めるラゼルに、メアリーは「それは……」と今にも泣き出しそうな顔をして、声を詰まらせた。

 そこに助け船を出すようにルカがわざと空気を読まずにラゼルに言う。


「ラゼル~。さっきから意地悪してひどいよー。誰だって好奇心に勝てないときはあるでしょ~。メアリーさんは単に真面目すぎたせいで、盗む、ってカタチになっちゃったわけ。それを今、こんなに悔いているんだよぉ。ほら、今にも泣いちゃいそうじゃん! さすがに酷いよ! メアリーさんはただもっと勉強したかったから、盗むつもりはなくてぇ~ちょっと借りるつもりだった、みたいな? こんな感じでしょ? だからメアリーさん、自分をそんなに責めなくていいよ~」


 ルカは能天気な馬鹿を装う。しかも婚約者のラゼルに甘えれば、すぐに自分の言うことをきいてくれると思っている自己中心的な女であるふうに。一見すると、理知の欠片もない女。実際は違うのだが。

 けれどメアリーはそれに気付いているのか、いないのか。いずれにせよ、ルカの言葉に有り難いと言わんばかりに涙をこぼした。


「ルカ様……このような罪を犯した私に、こんなにも温かい言葉を下さって……感謝しきれません」

「うんうん、メアリーさんが良い人なのは分かったよ。ね、ラゼル?」


 腕を組んだままルカはまた笑顔で見上げてくる。可愛い。


「……お前には敵わないな……」


 演技でもあったし本心でもあった。単純な自分にラゼルは溜息を吐く。

 それを都合良く、エアリーは許しだと思ったのだろう。ラゼルにも何やら感謝の言葉をつらつらと述べていた。

 だが、まだ終わってはいない。ラゼルは鋭利な視線を向ける。


「最後の質問だ。なぜ薬術学院を目指した?」

「これまでの悪行に懺悔する意味も込めて、人を救うことのできる薬術を選んだのです」

「なぜ医術じゃなかった。人を救う点に於いては同じだろう?」


 ラゼルの問いに苦々しくメアリーは笑う。


「医術学院は薬術学院より入るのか難しくて……」

「いいや。君は幼少期、サインの根で児童を毒殺しようとした。その時の快感が忘れられずに、薬術にのめり込んだのでは? そして新しい薬を誰かに試したくなった。そこで君は追い出された孤児院に復讐と言わんばかりに子どもをドラッグ漬けにして捨てた」

「そんな……っそんな恐ろしいこと、できません……っ」


 顔を真っ青にして首を振るメアリーに、ルカが能天気さを装って会話に入る。


「そうだよねー。分かる分かる! とりあえずさ、メアリーさんの潔白は今証明されたとして~」

「ルカ。まだ話は終わってない」

「終わったの! 私の人を見る目が信頼できない? できるでしょ? メアリーさんだって自分はやってないって言っているし!」


 ぎゅっと更に腕に縋り付いてくるルカは、じっとラゼルを見ていた。それこそキスできそうな距離だ。こんな生殺しにあうと思わなかった。ラゼルはぐっと己の精神を律しながら、婚約者の我が儘に付き合わせされたかのように溜息をつく。


「……分かった、ルカ。確かにお前の言う通りだ。憶測で言ってしまった」

「でうでしょ? それでメアリーさんは全然事件とは無関係として~、その上で意見を聞かせてほしいんだけど、いいかなぁ?」


 漸くラゼルの詰問から解放されたことに安堵したのだろう。ぱっとメアリーは明るい表情をして答えた。


「ええ、なんでも仰ってください」

「それじゃあ~メアリーさん的に、今回の事件についてどう思います~?」


 するとメアリーは瞳を陰らせて答えた。


「惨い事件だと思います……罪もない子どもたちにあんなに酷いことをして……。私も孤児院にはお世話になったので、正直憤りを感じます」

「うんうん、ほんっとに酷い事件だよねぇ。私、難しいことはよくわからないけど、どうして子どもにセックスドラッグなんて与えたのかなぁ。あれって、えっちなことする薬でしょ? 薬術習ったメアリー的には犯人はどうしてそんなことをしたと思う?」

「そうですね……生計を立てる為じゃないでしょうか?」

「へー、お金目的なんて案外しょぼい犯人なんだね。孤児院の前に捨てるのは、ちょっとした罪悪感の表れ、みたいな? どっちにせよ小物だよねー、早く捕まえちゃいたい。というか、生活の為なんて馬鹿げた理由ならもうすぐ捕まるか!」


 良かった良かったと無邪気に笑うルカに、メアリーは苦笑を浮かべる。


「ルカ様。もしかしたら、お金目的だけじゃないかもしれませんよ。もっと犯人には崇高な狙いがあるかもしれません」

「え~、他に目的ある? 私、ぜんぜん思いつかないー」


 無理を装ってルカが言えば、メアリーは答える。


「例えばそうですね……本当に作りたいものは別にあって、セックスドラッグは資金集めの為、とか。ドラッグを作ることができるなら薬術師なのでしょう? もしかしたら誰も考えつかなかった、神秘の薬を作りたいのかもしれません」

「あっ、そっか~。考えてなかった。でも犯人カワイソー。惨めなくらい研究バカじゃん。きっと友だちとかいないんだろね。まぁ、辛気くさい話はこれくらいにして、別の質問していい?」

「ええ、もちろん」


 メアリーが頷くのを見てから満面の笑みでルカが尋ねた。


「それじゃ~好きな動物っていますかー? 私は猫ちゃんなんですけどぉ」


 思いがけないその問いにはラゼルもメリーも固まった。


「え? あの、どうしてそれを……?」


 メアリーは事件とはかけ離れた話題に戸惑う。

 だがラゼルもまた同じだった。本当にどうしてそれなんだ。

 二人の戸惑いをよそに、ルカはちょっと落ち込んだふうに言う。


「いやですか? もしかして動物はきらいですか? あんなにかわいいのに~、飼う予定はないですか?」


 決してこの話題から逸らすまいとするルカに、メアリーは少し考えたあと、答えた。


「そうですね……私も猫が好きですよ。可愛いですよね」

「そうなんですね! でも王宮では猫ちゃんは飼えなくてー、残念です~」


 ぶすっと唇を尖らせたルカは、ひどいですよねぇ、と言いながら次の質問を投げかけた。


「あ! あとあと、結婚の予定は~? メアリーさんくらい美人なひとだったら、いっぱい素敵な男のひとがアピールしにきそうじゃないですかぁ?」

「結婚の予定は、残念ながらありませんね。理想が高いのかもしれません」

「えー恋人は? 流石にいますよねー?」

「お恥ずかしいのですが、恋人もいません」

「見る目無いなぁ~、でも好きな人くらいいるでしょ?」

「いえ……」


 ちょっと困りだしたメアリーにルカは「あっ、ごめんなさい」とわざとらしく声を上げる。


「ついつい恋バナできると思っちゃって~、今日はありがとう! がんばって犯人捕まえるね!」

「はい。少しでもお力になれたのなら良いのですが……見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありませんでした」

「別にいい。もうここに用はない。行くぞ、ルカ」

「はーい。それじゃあ失礼しまーす」


 そう言ってルカが立ち上がった時。

 ぱさり、とカプセル型の錠剤が落ちた。ラゼルが何かと思って拾おうとしたが、気付いたメアリーがすぐにそれを拾って、ルカへと手渡す。


「ルカ様。こちら落とされましたよ」

「あっ、スミマセン~。ひろってくれてありがとうございますー、たすかりました!」

「いえいえ。どんな薬なんですか? 初めて見ました」


 穏やかさを取り戻したメアリーはルカに尋ねる。ルカは「何だっけ」というように難しい顔をする。


「ん~名前は知らないんですけど、王宮にいる薬術師さんにもらったんです」

「どこか悪いんでしょうか?」


 心配そうにするメアリーに、ルカは苦笑する。


「あたし、こう見えて繊細で~。胃のお薬飲んでるです。でも副作用が」

「副作用ですか……どんな副作用ですか?」

「泥酔したみたいに眠くなっちゃうんですぅ」

「……記憶が飛んだりは?」

「あははは、さすがにそこまでしませんよぉ。ヘンなおクスリじゃないんですから~」


 声を上げて笑ってからルカは覗き込むようにメアリーーを見る。


「でも流石ですね、メアリーさん。お薬のこと聞くの楽しそう!」

「薬術学院にいましたからね。知らない薬を見ると、つい気になっちゃって」


 困ったように眉尻を下げるエリーに「そうなんだー」とルカは無邪気に笑う。


「ルカ。早く行くぞ」

「はいはい~、今度こそ失礼しました~」






 そう言って銀行を後にし、馬車に乗った途端。


 ルカは長い長い溜息を吐き出した。






「あー……つかれた。楽しいけどつかれた……流石にやり過ぎたかも……」

「いや、清々しいくらい馬鹿女だった。だが……」

「だが? 何?」

「…………あまり触れるな」


 その言葉でしんと馬車の中が静まり返る。ルカを見遣ればしゅんとしていた。


「ごめん……流石にやり過ぎたよね……次は触れないように気を付け」

「いや、違う。そうじゃなくて……」

「どういうこと? 触れられたくないんでしょう?」


 疑問顔でこちらを見るルカに、ラゼルは迷う。何も言わないでいるか、本当のことを言うべきか。けれど本当のことを言わないと、ルカは触れすぎたということで誤解し、きっと自責してしまうだろう。

 ルカの曇った表情は見たくない。

 ラゼルは恥辱を押し殺して言った。


「……お前に触れられて、あんなふうに見られると……演技が、できなくなる。つい、口元が緩みそうに……」


 そう告げればきょとんとしたあと、ルカはぱっと明るい表情を浮かべる。


「なんだ、よかった。私はあんな状況だけど、存分にラゼルに甘えられたから、ちょっと幸せだったなぁ。でもラゼルが照れちゃうなんで、やっぱり可愛い」

「……可愛いのは」

「お前のほうだ? ……だとしたら嬉しいな~」


 ニヤニヤと笑うルカに、ラゼルは目を逸らす。明らかにこんなのは認めているようなものだ。わざとらしく咳払いしてラゼルは尋ねる。


「ところでさっき落とした薬は何だ? 具合が悪いのか?」

「ああ、あの薬? ただのカプセルだよ。砂糖しか入ってないけど、カプセルの外観だけは今までにない色」

「それで、どう思った?」


 ルカはすらりとした足を組み、ふむと考え込んだ。その姿は本当に、女さえも惚れそうな男装の麗人で、正直言って誰にも見せたくない。いや、どんな姿のルカであってもラゼルだけのものであってほしい。そんな酷い独占欲を抱いている自分にうんざりする。政務だったら冷静に物事を対処できるのに、ルカといると途端に「王子」ではなく「ただの男」になる。

 考え込むルカについ見とれていると、ルカが口を開く。



「男の方を調べる必要なんてない。メアリー・ジェーン。彼女が──黒」



 ラゼルはそのルカの意見に「そうだな」と頷く。

 示し合わせたように、ラゼルもルカと同じ意見だった。意見が合致した二人は、視線を合わせて二人は互いに笑う。そのルカの笑顔に、唇に、目が離せなくなる。ラゼルは馬車の中でルカの背面に手をついて近づくと口づけをする。けれど更に口づけを続けようとすると、またストップというように唇に指があてられる。


「この事件が終わるまで我慢……って、ラゼル、っ」


 指をどかしてラゼルは再びルカへとキスをする。


「嫌だ。もう少し、お前が欲しい」


 その言葉にみるみる内にルカの顔が赤くそまっていく。その頬に手を添えて、ラゼルはルカの唇を食む。柔らかいその唇から濡れた口内へと舌を滑らせていけば、ルカの瞳がとろりと蕩ける。深いキスの合間に、らぜる、と名前が呼ばれるが、それが却ってラゼルの欲を煽っていく。唇が離れると、ルカは息を整えて潤んだ瞳でラゼルを見ていた。睨んでいるつもりなのだろうが、蕩けたままの瞳では全く迫力がない。むしろそそられる。その衝動に突き動かされるように、再びルカの唇へと口づけしようとした──が。



「殿下。本日は予定通りこのままダン・スティーブンの元へ行っても構わないでしょう…………か…………」



 御者の青年がノックもせずに馬車の扉を開いてしまった。

 ルカは顔を真っ赤にし、ラゼルは硬直していた。明らかにいかがわしい事をしようとしていたと分かる光景に、御者の青年はさあっと青ざめてすぐに頭を下げる。


「申し訳ございません。ノックをしてからお話しすべきでした……!」

「………………構わない。それから予定は変更し、今からB地区に向かって欲しい。いいな?」

「かしこまりました! それでは失礼致します」


 慌てた様子で御者の青年は扉を閉める。

 馬車の中でラゼルは溜息を吐き出し、ルカの対面へと座り直す。ルカは落ち着かないのかそわそわしている様子だった。それが愛らしくてラゼルは声をかける。


「どうした?」

「ど、どうしたじゃないよ!? なんでラゼルはそんなに冷静なの!? あーもうやだ、めちゃくちゃ恥ずかしい……」


 顔を覆うルカにくすりとラゼルは笑う。

 

「悪かった」

「……少しも悪かったと思ってないでしょう?」

「意趣返しのようなものだ。許せ」

「何か私悪いことした……?」

「ああ」


 ラゼルは再びルカへと近寄る。その青い瞳には、どんなふうに自分が写っているのだろう。

 ラゼルは微かに笑って言った。


「いつもお前は俺を翻弄する」


 そう言ってまた、愛しい婚約者へとキスをした。







長くなってすみません……!

ここまでお読み下さってありがとうございました。

よければブクマ、高評価頂けると嬉しいです!


Twitter→@matsuri_jiji


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