深まる謎
ラゼルたちが孤児院を訪問してから数日後。現場検証と調査を終えた法務部と軍事部から各1人ずつ、ラゼルのもとに諸々の調査結果を報告をしに訪れた。
軍服を纏った軍事部の青年が報告を述べる。
「殿下、例のドラッグの犯人についてなのですが本日、男3人を容疑者として確保しました。ですが、奴らの拠点としていた場所は、ドラッグはあったもののそれを作る生成器は見つかりませんでした」
「なるほど。作る場所と売る場所は別だったという訳か」
「おそらく、そうかと思われます」
ドラッグが売られていた場所は以前、ルカが拉致された場所に近い場所で、アクアフィールの中でも問題視されている区画だった。治安がいいか悪いかといえば、悪いほうなのだろう。けれど問題なく生活している人々もいると考えると、なかなか手を出しにくい場所でもあった。理由は単純だ。犯罪は何も貧民層だけで起きるわけではない。むしろ利用される場合が多い。それが彼らの収入源となっている場合もあるからだ。
ラゼルは内心小さく溜息を吐く。何故、整備するべき場所が後回しになってしまっているのか。自分の不出来さに嫌気が差した。
「殿下?」
「いや、すまない。続けてくれ」
軍事部の代わりに法務部の女性職員が言う。
「例の孤児院出身で少年院在所経験有りかつ、薬術学院へ編入しているという条件で該当したのは4名でした」
机の上に顔写真付きで4名分の資料が置かれる。ラゼルが手に取る。4人の内1人が70を超えた老人、あとは27の女性、 21と19の青年だった。老人は痴呆症を患い既に施設へと入所しているらしい。27才の女性は金融機関に勤めており配偶者はなし。19才の青年は町工場の薬術部門で勤務。唯一21歳の男だけが定職に就かず日雇いの仕事をし、賭場に出入りして生計を立てているという。
老人の可能性は無いと考えると、残りは3人。この中にドラッグの製造者がいる。女か、男二人のどちらか。経歴だけ見たら賭場に出入りする男が怪しい、と思うかもしれないが、学院に一時でも在籍していたのだから知能犯には違いない。
「これから軍事部と連携して老人を除く3名に事情聴取しに参ります。何か新たな情報が分かり次第、すぐに報告致します」
「頼んだ。私の方でも考えてみる」
「承知しました。失礼致します」
例をして法務部の児童課と国内軍事部の副隊長が執務室を後にする。
次にノックされて、どの管轄だろうと思っていると入ってきたのは婚約者のルカだった。ルカは白衣を纏ったまま、書類を手に眉根を寄せる。
「ルカ?」
「言っておくべきだと思って」
ルカはそう言うとラゼルの机に数枚の資料を置き、対面の椅子に座った。
「薬術部長のリオンと話していて気になったんだけど、摘発されたドラッグを押収したじゃん? その中にドラッグとは明らかに無関係の成分が入っていたんだよね。これなんだけど……」
机に置いた資料をルカの指さす。そこ見れば、ラゼルは見知った単語に眉根を寄せる。
「ノイサイド……葬儀社が使う腐敗ガスを抑える薬剤だが、これが含まれていたと?」
「そう、数ミリリットルだけ。それとこれ。正反対の成分」
「……ヘルチウム」
「そう、これも主に葬儀社が使うガスを抜く薬剤」
「どちらも手に入れるのは難しくないものだな。そもそも薬術学院出身なら、自生の薬草などから成分を抽出し、似たようなものを作る事は可能だろう」
「そうだね。どちらも中等部から高等部くらいの知識があれば作れそうな成分構成。その中から今一番、気になるのは塩化ソシウム、エスチラーゼ、フェノキオール。押収した薬剤の一つ一つ、どれも成分割合が違っていたんだ。……つまり、まだ【実験中】なんだろうね」
不愉快そうに顔をしかめるルカを前に、ふむとラゼルは見詰める。
「どれも市販で買えるものだな。ただ、塩化ソシウムとエスチラーゼは合成するが、フェノオールによって遊離する。それと……凝固剤?」
「うん。どうしてか凝固剤も入っているやつもあって……ちなみにフェノオールって……?」
流石にそこまでの知識はなかったのだろう。尋ねてくるルカに答える。
「フェノオールは毒だ。遅効性でポリシアンといタンパク合成することで液体から気体に変化する。東方の国でこの毒が使用され、被害者は30名。合成にはそれなりの感性が必要だと言われている」
「ポリシアンってえーっと、エネルギー代謝の活性化に使われる酵素、だよね?」
「ああ。そうだ。けれどそれを使用する意味は何だ……?」
謎に謎。二人で資料を照らし合わせてラゼルは溜息を吐く。
「セックスドラッグに腐敗ガス、それから遅効性の、液体から気体に変化する毒……全く犯人の意図が分からないな」
「ドラッグに何かの効果を付与して完璧にしたいのか、それとも別の薬を作りたいのか……だとしたら何でセックスドラッグ……? それとも毒薬とセックスドラッグとか色々作って売りさばきたいのか…………ああもう犯人は何がしたいの!?」
頭をかきむしりそうなルカにの気持ちは良く分かった。もどかしい。法務部と軍事部の報告では、捕まった男たちは「金稼ぎがしたかった」「作ったやつの顔も名前も知らねぇ」「売り上げの一部を入金すると運び屋が持ってくる」「入金先は毎回変わっていた」と言っていた。
現在その運び屋も探しているのだが、運び屋は毎度変わって、子どもから老人、男女問わずという異質なものだった。
不意に机にあった老人を省いた容疑者3人の資料に気付いたのだろう。ルカがじっと見詰める。
「これ、ちょっと見ていい?」
「ああ。好きにしろ」
「ありがとう」
書類を手にしたルカは真剣な表情で一通り目を通すと、机に置いた。
「なにか分かったのか?」
「1人は違うってことは分かった」
「誰だ」
「この人」
ルカが指さしたのは賭場に出入りする男だった。ラゼルも違うだろうと除外していた男だった。
「何故そう思った」
「資金に余裕がないから。研究するということは、ある程度お金が必要になる。けれどこの人は日雇い労働で安定せず、賭場への出入りも頻繁って書いてある。生活がとても余裕があるように思えない。そしておそらくこの人はギャンブルジャンキー。むしろ中毒者の方」
「俺と同じ考えだな。つまり、残りは2人となる」
「この2人かー……難しいね」
睨むように資料を見るルカにラゼルは言う。
「年収や労働時間で考えてみる手もあったが、残念ながら2人の労働時間も賃金もほぼ同じ。伴侶はなく一人暮らしだ。そして退学理由も全く同じ。学院の劇薬保管庫にある薬を盗もうとした。どちらも研究熱心だったという」
「共犯の可能性は?」
「ある。だが知能犯のサイコパスとなると集団行動より単独行動を好むとされている。勿論、どちらかがサイコパスで、どちらかがその主犯格であるサイコパスに隷属しているただの悪人……という可能性も捨てがたいがな」
「確かに……犯罪史の中にもそういう例はよく見るね」
そう言うとルカはまた考え込んで、難しい顔をして口を開いた。
「絶ッ対に断れると思うんだけど……2人で容疑者たちに会ってみない?」
「…………」
「すみません。調子に乗りすぎました」
「いや、構わない。視察だけだからな。それにお前の意見は貴重だ。俺より警戒されないのもある」
「意外な展開だけどありがとう。いつぐらいなら行けそう?」
「急を要するからな。夕刻には出よう」
そうラゼルが告げると、執務室の扉がノックされる。入れ、というと現れたのは薬術部長のリオンだった。
「失礼します、殿下。例の孤児の件でお伝えしておこうと思ったことがありまして……」
「どういった用件だ?」
「例のドラッグを生成するには、生成器が複雑かつ大きなものになるので、通常の家ではなかなか無理かと」
「一人暮らしの家では難しいか?」
「ええ。それは無理ですね。せめて爵位を持つ邸宅くらいのダイニングスペースが必要かと……」
そのリオンの報告によって更に、この事件が混迷していく。リオンはそれだけ言うと、また薬術室へと戻っていった。ラゼルとルカは視線を合わせる。考えていることは同じだったらしく、とうとうルカは頭を抱えた。
「ちょっと待って……容疑者二人とも一人暮らしで年収も高くないじゃん。そんな人たちの家がどう考えても広いとは思えないよ。だって爵位を持つような邸宅だよ? というか爵位持ちだったらよっぽどの事がない限り孤児にならないし……」
「そうだな。資料でも二人が爵位を持つ家に引き取られた等という報告はない。一般的な労働階級だ」
「もう今まで考えてきたこと全てが破綻してしまった気がするよ……」
ぼんやりと虚空を眺めるルカは意気消沈気味だった。きっと昨日も色々とルカなりに調べたのだろう。ラゼルはそんなルカに休むよう言おうとしたが、ルカはバット立ち上がると、気を取り直すように言った。
「駄目だ、やっぱり会ってみないと分からない! 夕方に一緒に尋ねよう」
「そうだな。二人の務める会社には連絡を入れるよう指示しておこう。俺は執務が残っているから夕刻までに処理しておく」
「わかった。私は今日は薬術の研究はやめて、犯罪史やプロファイリングについて考えるよ。それじゃあ……って、そうだ」
何かと思うと、さらりと黒髪が流れ落ちて、ラゼルの頬に柔らかいルカの唇が触れる。控えめなそのキスに少し頬を染めたルカは、嬉しそうに笑って「お仕事頑張って」と言って部屋を去ろうとした。
だが、衝動的にラゼルはルカの腕を取って、引き寄せてキスをする。あわさった唇が離れる。こんなものじゃ、足りない。こんな事を考えている場合じゃないのに、ルカに触れられると、途端に頭がルカのことばかりになってしまう。
もっと深く口づけしたくて唇を寄せようとするが、ルカの指がラゼルの唇を止めた。
「だめ」
「……何故」
むすっとしてラゼルが問えば、ルカが言い聞かせるように言う。
「これ以上触れ合ったら、お互い歯止めがきかなくなるでしょう? だからこの一件が終わるまで我慢」
「………………嫌だ」
すんなりと出てしまった本音に、ルカはくすくすと笑ったあとラゼルの頭を撫でた。
「いつから仕事人間だったラゼルはこんなに甘えん坊になったのかなぁ。可愛いから好きだけど」
そう言うとルカはもう一度ラゼルの頬にキスをして、「今度こそ頑張ってね」と言って笑顔で去って行った。
残されたラゼルは深い深い溜息を吐いた。胸がとくとくと鼓動している。何だか久しぶりに婚約者らしいことをしたような気がした。けれど、どうにも最近はルカに甘やかされてばかりな気がして、男としての矜持が揺らいでいた。
「……もっと俺がリードしないとな」
ぽつりとラゼルは呟き、キスされた頬をなぞった。
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