空の青、澄んだ幸福
窓から差し込んだ朝日が、ベッドを照らしてルカは目覚めた。遅れて涼やかなベルが報せる。うーんと身体を伸ばしてルカは覚醒すると、カーテンをシャッと景気よく開いた。広い窓から見下ろすと美しいアクアフィールの町並みが眼下に見えた。空の青は水彩画を広げたように綺麗で、遠く見える青い海もまた朝日で輝き、美しかった。良い日だ。ルカは侍女のリューシカが来るより早く身支度を整える。今日はいつもより清楚に見えるようなドレスを選んだ。清潔さ、というか。真面目さ、というか。そういう印象が与えられる身なりにしようと意気込んで、化粧や髪の手入れをして身支度を終えると、ルカは廊下へと出る。
朝の清涼な空気の中、軽い足取りでルカはラゼルの部屋に向かう。手には、渡された合鍵がある。握りしめて、つい顔がにやける。渡されたのは少し前からだけど、でもいつになってもこの鍵の感触が嬉しくて仕方ない。
ラゼルの部屋の前に立って、大切な合鍵でかちゃりと開ける。念の為、そっと開く。小さい声で「ラゼル?」と声をかける。けれど薄暗い室内から返事はない。やっぱり今日もまだ寝ているようだ。ルカは部屋に入ると、安らかに眠るラゼルのベッドの傍にしゃがんで、黒髪を撫でながら言う。
「おはようラゼル。起きて」
「…………」
「ほらほら、起きないと。寝てて欲しいけどさ」
「…………るか?」
たどたどしい、どこか幼さを感じさせる声音で言うラゼルに、くすりとルカは微笑む。
「そうだよー、私だよー。あなたの婚約者のルカ」
「……そうか……」
そう言うなりまた眠りに落ちようとするラゼルに、ルカはやれやれと息を吐き出す。このままカーテンを開けて容赦なく眩い朝日で叩き起こしてしまえばいいのは分かっている。けれど普段あんな激務をこなしているのだ。もっとラゼルには眠って欲しいという自分も否めなかった。
そもそもの発端はラゼルが、ルカに朝起こしにきてほしいという願いからだった。何故と首を傾げると、ラゼルは視線を逸らして「何となくだ」と答えた。けれど、おそらくそれがラゼルなりの甘え方なのだろう。
正直、撫で回したいくらいに嬉しい。
けれど──いざ、こうして起こすとなると、ルカはいつも葛藤する。
このまま執務中とは違う、あどけない寝顔を見ていたいという気持ちと、きちんと起こして何の支障もなく執務に集中して欲しいという気持ち。どう考えたって後者を選ぶべきだし、今までも心を鬼にして起こしてきた。だから今日もまたルカは心を鬼にしなければならないようだ。
溜息をひとつ吐いて、立ち上がってカーテンを開けようとする。だがそれを阻むように手首をつかまれ、強い引き寄せられた。わっ、と声を上げてベッドに転がるとラゼルがぎゅっと抱きしめてくる。ラゼルを見ると赤い瞳はしっかり開いていた。まさか、と思ってルカは眉根を寄せて言う。
「ラゼル……寝たフリだね?」
「ああ」
「ああ、じゃないよ! あーもう、今日はラゼルのお父さんに会うって言うから、ちゃんと髪をセットしたのに!」
すっかり解けたルカの黒髪を、ラゼルは長くすらりとした指で梳く。
「別にいつも通りでいい」
「よくない……ああ、もうこんな不毛な言い合いしてる場合じゃない。ほらほらさっさと起きる!」
「嫌だ」
「駄目。起きないなら二度と起こしに来ない」
「…………はぁ」
深々と溜息を吐くとようやくラゼルはルカを解放した。溜息を吐きたいのはこっちのほうだ、と言いたくなる。抱きしめられるのは本当は好きなのに、こうして厳しく言って引き離さなくちゃならないのだ。ラゼルはベッドから身を起こすと、少し寝癖のついた髪でのろのろと動き出した。その様子を見ていると、微笑ましくて小さく笑ってしまう。その小さな笑い声が聞こえてしまったらしい。ラゼルはナイトウェアを緩慢な動作で脱ぎながら言う。
「何を笑っている」
「いや、ギャップがあるなって」
「……そんなに間抜けか?」
「ううん。可愛い」
「お前に言われたくない」
謎の切り返しをされてどう答えたものかと惑っていると、ラゼルの上半身が露わになる。細いが筋肉で引き締まった身体を前に、ルカは弾かれたように立ち上がった。そういえばいつもは起こして、すぐに立ち去っていたから、裸の姿なんて見たことがなかった。ルカは逃げるように部屋の扉へ向かう。
「失礼しました。それではまた後で」
「ルカ?」
心底不思議そうな顔をするラゼルを置いて、ルカは外へと出た。
あんな身体、しているんだ。肌とか滑らかで白いのに、ちゃんと男の人の身体だったな、なんて記憶を巻き戻して我に返る。何を考えているんだか! ルカは崩れた髪を戻すべく自室へ帰った。
部屋に戻るとドレッサーの前に腰掛けて、黒い髪をすっきり見えるよう結い直す。侍女のリューシカに頼んでも良いのだが、きっと国王殿下と会うと聞いたら気合い十分なヘアメイクをするだろう。それも悪くない。悪くないが、あんまりにも飾りすぎるのも自分らしくない気がして、自分でやってしまえと思ったのだ。国王陛下は確かにこの国を統べてる人だが、これからはルカの家族にもなる人だ。直球で自分を知ってもらいたい。
支度を済ませると、ルカはまず日課とも言える薬術部へと顔を出した。お邪魔すると薬術部長のリオンが柔らかな笑みを浮かべる。
「ルカ様。おはようございます。今日も朝から元気そうですねぇ」
「おはようリオン。まぁ朝に強いからねぇ」
「羨ましい限りです。僕なんかは低血圧のせいで、朝は結構しんどいんですよ」
「確かにリオンはそう見える。でもちゃんと一番に業務についているなんて凄いじゃん」
「一応、薬術部長ですからねぇ」
そう言うとリオンは、くわ、と欠伸をした。いかにも研究者という感じのリオンは華奢で、間違いなく戦闘などからは遠い人間だ。リオンは実験器具で紅茶を淹れると、ルカにも出した。実験器具で紅茶を入れるのは多分、リオンぐらいだ。ルカは「ありがとう」と言って紅茶を口にする。リオンもまた椅子に腰掛ける。
「それで今日も鎮静剤生成の進捗を?」
「うん。毎日聞きにきてごめんね」
「いえいえ。新薬の開発は研究者にとってご褒美のようなものですから」
そう言って紅茶を口にするとリオンはいつものように、気の抜けた表情で答えた。
「結果から申し上げれば、進捗は昨日と同じ。色々な角度から考えてみたんですが、強すぎると昏睡状態になる確率が非常に高いですね。あと、臓器への負担も気になります。ぎりぎり酷い眠気で、その代わりに臓器へのダメージ無しで収まればベストなんですが、既存の物質や薬剤ではどにも難しいですね。世界研究機構で熱心に研究しているソナタ原液に関しても難航しているようですし……つまり手段は二つ」
「二つ」
「はい。一つは今我々が行っている研究方法です。既存の物質の合成、又は採取できるが今まで日の目を見なかった物質を使うこと。二つ目は滅茶苦茶大変な場所まで行って、未知の物質が採取できるまで頑張る方法です。後者は間違いなく無理です」
「希望を断ち切るのが上手だね」
「ありがとうございます」
にこりと笑ってリオンはまた紅茶を飲んだ。そうだよなぁとルカは思った。落胆すべきなのだろうが、そもそも難しいことなのだ。それをお願いしている手前、がっかりするのは失礼だ。
「そう言えば今日、国王陛下とお会いするとか?」
「そうです。でもまだ時間があるので、いつも通り居座ってもいいですか?」
「勿論。今更でしょう?」
「あはは、確かに。とりあえず今日、薬剤の生成に必要ないとされてきた物質をリストアップして、後でひとつひとつ成分の見直しをしたいんだけど、いいかな?」
現在は効果がないとされている物質でも、成分を洗い出せば何か出てくるかもしれない。地道な作業だが、明晰な頭脳も鋭い感性もないルカにできることはそれくらいだ。
リオンはまた気の抜けたような笑顔を浮かべて言う。
「本当にルカ様はばかみたいに研究熱心ですねぇ。ルカ様が王立薬術学院へ進んでいたら、優秀な研究員になっていたでしょうに」
「私が行ったのは王立総合学院だったからなぁ。それに私はリオンみたいな才能もなければ、賢さもなかったから無理だよ。感性も人並みだしね。そういえばラゼルは王立特異合学院でしょ? 国内トップレベルの学院の首席とは、流石ラゼル……」
「その上、ラゼル様は飛び級もしてますからねぇ。歴代の国王たちの中でも、飛び抜けて優秀なんじゃないでしょうか」
ぶっ飛んでるなぁ、とルカが言えば、ぶっ飛んでますねぇ、とリオンの声が聞こえる。眉目秀麗、頭脳明晰。こんな言葉が霞むほどラゼルは凄い存在なんだなと改めて思った。本当に婚約者が自分でいいのか。不安が襲うが、もう後には退けない。精一杯、頑張ろう。凡人が背伸びするには努力が必要だ。ランケ家の娘として、そしてラゼルの婚約者として、恥ずかしくないよう国王に会おう。
そう気を引き締めて、ルカは謁見の時間まで研究に没頭した。
アクアフィール王国を統べるシュタルヒ・アクアフィールは病で床に伏せるまで、ラゼルのように国民の為の政策を施行し、次々それは功を奏してきたという。心優しく寛大なシュタルヒはまさに国民にとっては理想の王であった。その為に、病で倒れた時は国民たちは皆、哀しみと混乱の渦に飲み込まれたという。だがその混乱を収めたのが、当時たった18歳の王子、ラゼルだった。それから3年経った今、アクアフィールからは混乱が取り除かれ、平穏とした日常が送られている。考えてみれば、とてつもない偉業だ。今、ルカは18歳だがもし同じ状況に立たされたら、全く事態の収集がつかなかっただろう。
「どうした?」
急に話しかけられてどきりとするとラゼルが心配そうに見ていた。ルカは首を振って苦笑いする。
「ちょっと緊張してて……失礼なことをしたら斬首の刑になりそう」
「そんなこと俺がさせない」
「例えだよ」
「父上は寛大な方だ。それにお前には俺がいる。不安に思うことはない」
そう言うとラゼルは微笑みかける。ルカもまた微笑み返した。
「確かにね。そう考えたら気持ちが楽になってきた……って謁見の間じゃないんだ?」
謁見の間をスルーして歩き進めるラゼルに言えば、ラゼルは「ああ」と頷いた。
「父上は殆ど寝たきりだ。私室へ行く」
「ああ、そうだよね……」
「父上の私室はすぐそこだ」
そう言った先には、背筋がぴんと伸びた近衛兵が扉の前に構えていた。けれどラゼルを見ると、すぐさま扉の前から身を退く。重厚な扉の先に、ラゼルの父がいるのかと思うとルカの心臓が早くなる。けれど怯えてはならない。これから「家族」になる人なんだから。
「父上。私です。失礼します」
ラゼルがそう言ってから扉を開ける。ルカも後に続く。室内は広々としていたが、薄暗く、また薬の匂いが充満していた。王のシュタルヒの部屋の隅にいた宮廷専属医がラゼルに一礼してから、部屋の外へとそっと出る。背後で扉が閉まり、部屋の中はシュタルヒとラゼル、ルカの三人だけになった。
「……ラゼルか」
弱々しい声だった。ラゼルはルカと共にベッドの傍らに立つ。シュタルヒの青い瞳がラゼルからルカへとゆっくりと移る。その青い瞳はきっと病に蝕まれる前は澄んだ青だったのだろう。今は微かに暗い。ラゼルはシュタルヒへと言う。
「父上、ご報告が遅れましたが──」
「婚約者、だろう?」
まるで心を読んだかのようにシュタルヒは言うと優しい微笑みをルカへと向けた。ルカは慌ててお辞儀をする。
「ルカ・フォン・ランケと申します。ご挨拶が遅れたことをお許し下さい」
「そんなことで謝らなくていい。それよりラゼル……ちゃんと、愛する人を婚約者として連れてきてくれたな」
その言葉にルカとラゼルは顔を見合わせる。シュタルヒは幸せそうに目を細めた。
「嬉しい報せだ。亡くなったお前の母クメンティールも、きっと喜んでいるだろう……」
「……父上、まさかと思いますが『視て』いたのですか?」
視ていた? どういうことだろうとルカが不思議に思っていると、シュタルヒはまるで子どものように笑った。
「視ていた、というより時折、夢にのって流れ込んできた……といったほうが正しいだろうな……魔術のコントロールもろくにできなくなってしまったから、時折視てしまっていたんだろうな……」
「……そうですか。ならば、ルカがどのような女性がよくご存じでしょう?」
「ああ、よく分かっているよ……面白い子だ。視ていて飽きなかったな……」
一人話題に取り残されているルカはどうしたものかと思う。会話に入るべきなのか、大人しくしておくべきなのか。どちらが失礼にあたらないのだろうと。とりあえずラゼルに迷惑をかけないよう振る舞うことが大事だ。そんなことを考えているとシュタルヒが小さく声を上げて笑った。
「ほら、今もわたしやお前のことを考えて悩んでいる。豪胆に見えて繊細ないいお嬢さんだ……」
「へ、陛下……! わたくしは、そんな出来た人間ではありません」
「『わたくし』なんて言葉も遣わず、落ち着いて大丈夫だよ、ルカ」
何故それをと思っていると、ラゼルが小さく溜息をついて口を開く。
「ルカ。お前のことは大体、父上は把握している。魔術が誤作動を起こして、お前のことを時々視てしまったらしいからな」
「そ、それはつまり……」
「王宮での素のお前の振る舞いや考え方や、色々だろうな」
そう言われてルカは申し訳なさのあまり赤面する。こんな女がラゼルの婚約者だなんて、と落胆されていたらどうしようと思って、ルカは頭を下げた。
「申し訳ありません……! 生来このような性格で……ラゼル様にもご迷惑をかけぬよう振る舞ってはいたのですが……」
「謝る必要はない。わたしは、おまえのような子を好ましく思うよ。こんな素晴らしいお嬢さんを婚約者として迎え入れられて、ラゼル、おまえは幸せ者だな」
「はい……父上の仰る通りです。俺は……私は、幸せ者です」
そう言うとシュタルヒは微かに憂いを帯びた目で笑った。
「ラゼル。お前は随分、大人びた喋り方や振る舞い方をするようになったな……これも全て、わたしが倒れた所為か……」
「いいえ。いずれは父上の後を継いでこのアクアフィールを導く存在にならなければならなかったのです。その時期が少し早まっただけです」
「そうか……お前は本当に、昔から変わらずに優しい子だな……」
シュタルヒは懐かしそうに目を細める。その視線がゆっくりとルカへと向けられる。
「……ルカ。わたしの前でも、好きにふるまってくれ。言葉遣いも、行動も、すべて」
「陛下、そんなことは流石に」
「してほしいんだ……わたしは、自由なおまえが好きだ」
そうやって言うシュタルヒは心からそう願っているようだった。ルカは迷った。迷ったが、求めているならと開き直った。
「分かりました。流石に敬語は外しませんが、好き勝手喋ります。王様、と呼んでも?」
「ああ、かまわないよ」
「ありがとうございます。それで、早速質問なんですが……何故この部屋はこんなに暗いんですか? 窓も閉め切って」
「ああ……そういえばどうしてだっただろうな……眠る事が多いと、そんなこと、忘れてしまっていた……」
「お医者さんからは窓を閉め切って、とか指示はあったんですか?」
「特にはない……身体が冷えてはいけないとは言われてはいるが、そのくらいだな」
そこまで聞いてルカはふむと顎に手をやる。ラゼルが明らかに「何をするつもりだ」という目で見てくるが、ルカは気付かないふりをした、そして、ルカは窓辺に立つと、王様、と声をかけた。
「今日はすごく良い天気なんですよ。空は王様の瞳みたいに真っ青で、太陽の光で何もかもきらきら輝いて。風だって心地よくって、草木の香りを運んでくれるんです。だから、もし嫌じゃなければちょっとだけ、その感覚を取り戻してみませんか?」
その提案にシュタルヒは微かに目を見開いたあと、たのしげに笑って頷いた。それを見てルカも微笑むと、少しずつ分厚いカーテンを開いた。光が、零れだしていく。そして全て開いたあと見えたのは──澄んだ青。シュタルヒが守ってきた街。窓を開くと緑の匂いが乗った風が心地よく部屋に入り込んでくる。充満していて滞っていた部屋の空気が一気に外へと流れて消えていく。
半身を起こしたシュタルヒの青い瞳に光が映り、その目がじっとアクアフィールを見ていた。
「見て下さい、王様。これがあなたの守ってくれたアクアフィールです。こんなにも貴方の国は美しい」
そうルカが告げれば、微かに瞳を潤ませてシュタルヒは何度も頷いた。
「……ああ、わたしの、大事な国……空も海も、こんなにも美しかっただろうか……風の匂いの心地よさも、太陽の温かさもきらめきも、忘れきっていた……」
「王様。太陽の光って、人の心も体も元気にするんですよ。だからこうやって、たまには光を浴びてみるのもいいと思います。あ、それと」
ルカは窓辺からベッドの方に戻ると、痩せ細ったシュタルヒの手を両手で包んだ。シュタルヒの手は冷えてきたが、ルカの手の温度でじわじわと温かくなっていく。シュタルヒは、ルカ?、と不思議そうに尋ねてくる。ルカは笑顔で答えた。
「こうやって誰かのぬくもりを感じると、心の中にたまった不安や恐怖といったものがなくなるんです。だから心が暗がりに落ちてしまった時は、こうして誰かに手を握ってもらうのもいいと思います。これ、誰にもできて、でもちゃんと効く魔法なんですよ」
「魔法か……ルカ、おまえは面白いことを言うね」
くつくつとシュタルヒは笑う。そんな二人のやり取りを見ていたラゼルが、小さく溜息を吐き出す。
「……父上……ルカに感化されると、厄介なことになりまよ」
「そう言うお前はもう感化されているじゃないか……以前よりよく、笑うようになった」
「……そうでしょうか」
「ああ……わたしはそれが、嬉しい」
そう言うとシュタルヒは起こした身をまた横たえて、ルカから手を退き、穏やかに言った。
「さて……そろそろまた眠ろうかと思うよ……ルカ、お前が嫌じゃなければ、また遊びにおいで……」
「勿論! 王様が元気な日はまた遊びに来ます。ゆっくりまた休んで下さい。大切な国のことは安心してください。あなたの立派な子どもが、守りますから……微力ながら、私も彼を支えます。本当に微力ですけどね」
眉尻を下げて笑うルカの言葉に、シュタルヒは青い瞳は優しく目を細める。
「……ラゼル、本当に、お前は素晴らしい女性と出会えたな……大切にしなさい」
「勿論です、父上。……父上も、安心して身体を休めてください。アクアフィールは、必ず私が守り抜きます」
そう言うとシュタルヒは穏やかに微笑んで、ゆっくりと目を閉じた。ルカはそっと窓を閉め、少しだけ光がさすようカーテンを閉める。おやすみなさい、とルカは言うとラゼルと共にシュタルヒの私室から出た。入れ替わりで宮廷専属医が入っていった。
途端に、無意識的に張っていた緊張が解ける。
深呼吸をして記憶を遡って、ひやりと、背中に冷水が垂れたような心地がした。また、やってしまったような気がする。
ギギギ……と壊れた機械人形のようにルカはラゼルを見る。
ラゼルが歩き出す。それにつられてルカも歩き出す。廊下に二人分の足音が響く中、ルカはどうやってラゼルに謝ればいいものかと悩む。謝る部分が多すぎて、どこから謝ればいいか分からない。そんなふうにルカが困っていると、不意にラゼルが立ち止まった。
長い長い溜息が、その口から吐き出される。ルカは猛省しながら言う。
「申し訳ありませんでした……その、調子にのりすぎました……国王陛下にあんな不敬を働きまくって、ラゼルにまた迷惑をかけて」
「馬鹿か、お前は」
「はい、馬鹿でした。浅はかでした」
「そうじゃない。……あんな父上を見たのは久々だ。よっぽどお前のことを気に入ったんだろ。一国の王を前にして好き勝手振る舞う女なんて、お前くらいしかいないんじゃないか」
「ごめん。褒められているのか怒られているのか分からない」
「…………褒めている。と言うより……お前は………………医師にでもなったら良かったんじゃないか?」
「はい?」
予想外の言葉にルカは素っ頓狂な声を上げる。
「何でそうなるの」
「良いな。お前に診てもらい、看取られる。そういう人間は幸福だろうな」
「はぁ……でも私には無理かな。特に、誰かを看取るのは。あ、だからラゼル。私より先に死んだら絶対ダメだからね!」
そう言えばラゼルは困ったような表情を浮かべた。
「それは無理な相談だな」
「何で」
「俺もお前を看取るのが嫌だからだ」
「うーん、一緒のタイミングで死ねたらいいんだけどねぇ。でもやっぱりラゼルが先に死ぬのはダメ」
「何故だ」
「だってこの国を守らなくちゃ。私じゃ無理だよ。……あ、でも子どもを作れば安心か。私、子ども好きなんだよね。きっと家族が増えたら楽しいだろうなぁ。父親になったラゼルってどんな感じなんだろ」
「お前は変わらないだろうな」
「そうだね、多分」
ニシシと笑えばラゼルは呆れつつも笑う。幸せな家庭。ルカの夢だったもの。それが愛しいラゼルと共に築けたら、どんなに幸せなのだろう。ルカはラゼルを見上げながら、言う。
「この先、いっぱい大変な事もあるだろうけどさ。いずれは子どもを作って、今よりもっと幸せになろうね」
「……そうだな」
そう言ってラゼルはルカの額にキスを落とす。ルカは笑う。好きだよ、と言えばラゼルも好きだ、言う。
窓の外の青空を診れば、白い鳥が羽ばたいていく。どこまでも高く。
何気ない日常。それをきっと幸せと言うのだろう。
──ああ、本当に世界中の幸せを今、自分が独り占めにしてしまった気分だ。
今すぐ叫び出したい気分だ。
「私は幸せだ」って。
ここまでお読み下さってありがとうございました。
よければブクマ、高評価お願いします!
割と日常パートが続くかと思います。
Twitter→@matsuri_jiji




