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ハードワーカー


「祝霊祭?」


 そんな話題を持ち出したのは薬術部長のリオンだった。


「勿論、僕は行けないけどねぇ」

「あー……忘れてた。そういえば、今週末でしたっけ?」


 学院時代の友人と遊びに行って以来で、祝霊祭のことなんてすっかり記憶から抜け落ちていた。祝霊祭は毎年7月7日に催される祭だ。先祖の霊に感謝し、またこれからも見守り続けてくれることを願う祭とされている。が、そんなのは建前で実態は祝霊祭は国でドンチャン騒ぎするに過ぎない祭だ。それは幸福の象徴といえばそうなのだろうが、ルカはどうしたものかと思って腕組みする。


「ルカ様は祝霊祭に行かないんですか?」

「一緒に行く相手もいないしないなー。一人で行くのも楽しいんだろうけど、ほらまた私、勝手に一人で動いて迷惑かけたら嫌だし」

「殿下とは一緒に行かないんですか?」

「ラゼルは忙しいからね……悩みどころ」

「なるほど」


 リオンはそう言うと眉根を寄せて研究に戻った。それはそうだろう。ルカが求めたのだ。強い鎮静剤を。それも即効性があるものだと尚更いいと注文をつけられれば、リオンの研究心に火がつくのは当然の結果だった。ルカもまた薬術辞典を開いて、細かい文字に目を走らせる。

 この世界には薬術の成分になる物質が多い。けれどその一方で希少種もある。昨今ではその希少種の保護活動がなされているが、正直、今のルカにとっては喉から手が出るほど欲しい。

 例えば北のウィンガム山脈に自生する「ソナタ鉱石」の中核にあるソナタ原液には、稀な鎮静効果があると最近の研究では分かったらしい。稀、というのは既存の鎮静剤とは違い、強い鎮静効果に加え不安定な精神を安定させるという。それも副作用の負担が少ないことから、ソナタ原液の鎮静効果が期待されている。その為、ソナタ原液の培養に取りかかっているらしいが、原液は鉱石から取り出すと高確率で成分が壊れ、何の効力もなくなってしまうらしい。各国の有識者が集められた世界研究機関でも、ソナタ原液の研究には手こずっている。だから、この考えはパスだ。

 そもそも自生する草花や鉱石から取れる成分で、純粋にそれが鎮静効果に繋がるものは極めて少ない。大抵が、相性が良いと考え得る物質同士の結合だ。他の物質の成分と成分比率などを加味して合成し、研究者の「感性」によって合成したものを変質させ、ようやく薬は完成するのだ。言葉にすると簡単だが、血の滲む努力で薬は作成される。幼熱病の特効薬もその一種だ。鋭い感性の持ち主が、物質の波長を汲み取って合成し、薬を生む。その為にルカでも「感性」を用いて、これまでリオンの助言を元に、物質の波長から物質の結合し、幾つか薬を作れるようになっていた。

 だが、とルカは溜息が漏れそうになる。もっと自分に知識があれば、とか、新たな物質の発見だとか、リオンのように鋭い感性だとか。そういうものを持っていたらと夢想しては、「無理だ」という現実の壁にぶち当たる。


「ルカ様」


 不意にリオンに話しかけられる。その目は先程とは違い柔らかなものなっていた。


「お気持ちは分かりますが、ルカ様がそこまで根を詰めて例の鎮静剤について考える必要はありません。こう見えて僕は学院を首席で卒業し、世界研究機関にも一時だけですが身を置いた人間ですよ? 勿論ルカ様の助言は斬新で貴重ですが、僕たちのことを信頼してください」

「勿論信頼しているよ。というかリオン、そんな凄い機関にいたんだ。何で抜けたの?」

「祖国であるアクアフィールの民に貢献したかったんですよ。……というのは建前で、ああいう場所はどうにも堅苦しくて自由に研究できない。自由な場のほうが、僕は新しい発想ができるし感性を存分に発揮することができるんです」

「なるほど。リオンらしい」


 お互い笑い合えば、ちらりとリオンが時計を見た。


「ルカ様。ランチの時間ですよ?」

「あ、本当だ。お疲れ様。みんなもご飯食べてね」

「……なんだかルカ様、今までよりずっと柔らかくなれましたね。緊張していない、というか」


 リオンの言葉に、ルカはへにゃりと笑った。


「幸せだからね。多分今、私が世界で一番に幸せ」

「そうですか。それはよかった」


 それじゃあと言って薬術部をルカは後にする。一応、今日もラゼルと昼は一緒にするという約束をしていた。ルカは軽快な足取りで執務室まで来ると、扉をノックする。入れ、という声が聞こえてルカが立ち入れば──ラゼルの机には山積みの書類があった。その膨大な量に、ルカの目は点になる。

 ラゼルはその書類を前に流石に疲れたのだろう。その表情には明らかに疲労のオーラが滲んでいた。それでも勝手に仕事ができる悲しい身体になってしまったのだろう。書類にずっと目を通しては、作業を続けている。最早ロボットだ。

 ルカはその凄まじい姿にどうしたものかと棒立ちになっていると、ようやくラゼルは気付いたというように視線を上げた。


「ルカか。すまない、グラムあたりかと思って放置していた」

「放置は良くないと思うけど……これは、地獄だね……」

「次の世界首脳会議に向けて、各国からの報告に対する受容書を作成しなければならないからな……」

「アクアフィールは主要国だもんね……ラティア大陸にある小国からは全部、アクアフィールに報告書が来るわけだ……」


 ラティア大陸は広大な大陸だ。その中で最も大きく、また発展しているアクアフィール王国は世界主要国として任命されている。けれどその反面で、このラティア大陸には小国が多い。その為、ラゼルは各国の財政や政治的課題の報告書に目を通し、受容書を返信をしなければならないのである。

 だが──その報告書がこれまた凄まじく、分厚いのだ。

 しかもそれが一つではない。幾つもラゼルの机を占拠していた。


「……ええっと、いつも首脳会議の時はこれなの……?」

「そうだ。だが今年度は各国の都合上、会議が早まってな……この通り余裕がない訳だ」


 そうやって話している間もラゼルの手は止まらず、活字を追っている。仕事人間。最早ワーカホリックだ。だがここまで仕事ができるのは、ラゼルが元々人よりずば抜けて頭脳明晰で、いかに効率的に物事を片付けるかを無意識下で判断しているためだろう。

 不意に部屋にノックの音が聞こえた。入れ、と機械的にラゼルが言う。入ってきたのは法務部の人間だった。入ってきた法務官でさえ、このただならぬ状況に圧倒されたのだろう。けれど業務をしなければならない憐れな法務官は、心を鬼にして新たな書類をラゼルの机に置いた。


「殿下。先日起きたディーク家の刑罰に関する書類です」


 ディーク家、と聞いてルカはリリーのことを思い出す。あの騒動の後、ルカはリリーがどうなったのかを知らない。けれどこのタイミングでディーク家の処罰が決まったらしい。ラゼルはちらりとそちらを見て、一旦手を止めて法務官が差し出した書類を見る。それもまた、残酷なまでに厚い。ラゼルは信じられないスピードでそれを読み切ると、小さく息を吐き出して、法務官へと書類を戻した。そしてその目をまた各国からの報告書に目を通しながら言う。


「ディーク家の爵位を剥奪し、被告人リリー・ティア・ディークは懲役8年とあるが、ディーク家の爵位は公爵のままで構わない。ただしリリー・ティア・ディークの刑期は刑法第二百二条の暴力行為の輔助から10年以上の刑期とされている。加えて王族に関与する者に対する暴力行為輔助、情状酌量も鑑みて刑期は15年から17年にしておくのが妥当だろう。それから実際に暴力行為を行った二人は刑法第二百一条から刑期は懲役27年となるだろうな。陪審員によっては減刑を求めるかもしれないが、念の為、判決前に判決内容を私に報せてくれ」

「は、はい。そのように手配致します」

 

 逃げるようにその場から立ち去った法務官の気持ちも分かる。何なんだ、この人間は。本当に人間か? とルカが疑うくらいにラゼルの仕事はぶっ飛んでいた。マルチタスクをこなす人間はこれまで見てきたけれど、あんな小難しいことを他の報告書に目を通しながら言うラゼルの脳細胞は一体どうなっているのか。

 どうしようとルカが思っている内に、また人がやってきた。入れ、とラゼルは言うと現れたのはグラムだった。助けがきた。グラムの明るさなら、この尖った空気をどうにか緩めてくれるだろう。期待通り、グラムは「これはひどいなー」と苦笑していた。けれどラゼルはやっぱりグラムではなく報告書しか見ない。


「グラムか。先日の村への賊の襲撃か?」

「そう。その賊が何者で何処から侵入したのかという結果と、村の被害状況、それによる補塡を纏めたものを持ってきたから、まぁ後で目を通しておいてくれ」

 

 そう言ってグラムは机に書類を置く。再び置かれた書類にちらとラゼルは目を向けたあと、また報告書に目を戻して「分かった」と言う。どうしよう。このままだと、どんどんラゼルに書類がやってくる。普通の人間だったら今頃発狂していることだろう。

 グラムはやれやれといったように溜息を吐き出す。


「おいラゼル。忙しいのも分かるが、婚約者の可愛いルカちゃんが困ってるぜ。声をかけていいのか、それとも部屋を立ち去るべきなのか。大方、ランチの約束でもしていたんだろ? 放っておくのはどうかと思うぜ?」


 その言葉でようやくラゼルの意識が現実世界へと戻ったらしい。ラゼルは一呼吸と言わんばかりに溜息を吐いたあと、ルカを見た。


「……ルカ、すまない。今日は」

「いい。分かってる! とりあえず軽食だけ持ってくるから、ランチは今度にしよう! ほら、グラムも出て行こう。ラゼルの仕事の邪魔になる」

「へいへい、分かった分かった。ま、ラゼル。今日も頑張れよ~」


 明るく言うグラムと共にルカは部屋からようやく脱出した。正直手伝いたいが、残念ながらどう考えてもルカができそうなことは全くなかった。グラムはけらけらと他人事のように笑いながらルカを見た。


「本当にあいつぶっ壊れてるよな。普通だったらあんな量、発狂するか逃走するかするぜ?」

「正直分かる……よくあれで生きているなって思った……あんなの過労死間違いなしじゃん……」

「そうだな。でもあいつの仕事はまだまだこれからだぜ。環境部からは不法投棄の件が出るだろうし、財務部からこの前起きた大手銀行の経営破綻によって被害を被った町工場の財政状況と救済措置だろ? それと国内軍事部からは先日起きた強盗殺人に関して街の警備増強の相談が来るだろうし、唯一来ないのは薬術部くらいだろうな。今日は」

「えええ……」

 

 酷すぎる。ラゼルがこのままじゃ死ぬ。そんなルカの不安を打ち消すようにグラムが軽い口調で言った。

 

「でも多分、あいつ今日中には全部片付けると思うぜ」

「はい? 今日中に、あれを?」

「流石に首脳会議での各国の報告書は今日中には無理だけど、国内に関する事案は今日中に片付けるさ。また明日も色んな部署から報告なり相談なり来るだろうしなぁ」

「……聞いているだけで私は呼吸困難になりそう」

「まぁここのところ立て込んでいたのもあるけどな。でもルカちゃんのお陰で今は丸くなったほうだよ」 

「あれで丸くなるって……」

「前はもっと殺気立っていたからな。執務室に入る奴らは地獄にでもたち入るような顔で入っていたぜ。少しは余裕が出たんだろ」


 どこが余裕が出たというのだろう。明らかに余裕がある仕事量とは思えないのだが、ルカは口を噤むことにした。


「それじゃ、俺も仕事あるんでまたな」

「うん、グラムも無理はせず……」


 そう言って別れると、すぐにルカは厨房に向かって軽食を頼んだ。それから軽食を持ってすぐに薬術部に向かった。薬術部も流石に昼休憩に入っているらしく、入るなり薬術部長のリオンが「ルカ様?」と声をかけてくる。ルカはぜいぜいと息を切らしながら言った。


「すみません……今すぐ生成器財、借りていいですか?」


 余程鬼気迫った顔をしていたのだろう。リオンは困惑気味に頷く。ルカは一旦机に軽食を置いたあと、手袋をはめて薬量棚から瓶を五つほど取り出して、調合にかかった。これは39回リオンにダメ出しを食らったので、完璧に作れる。ルカは計測器を使いながら正しい成分比率で成分を合成させ、それを感性に合わせながら蒸留器にかけた。ぽた、ぽた、と少しずつ凝縮された雫が、透明な瓶に落ちていく。


「ルカ様……何でそれ、作ってるんですか? 相当疲れているんですか?」

「私は元気です。でも死にかけの人間がいます。多分その内死にます」

「はい? まぁ、その人が救われるなら良いでしょう。あ、薬効強めたらダメですよ」

「39回ダメだし食らったので、それくらい分かってますよー」

「……本当に妙なところ記憶力がいいですね……」


 ぽたり、と琥珀色の液体が瓶に落ちて蒸溜が終わる。瓶に満ちた薬剤と軽食を手に、ルカは「失礼しました!」と言って薬術部から出た。早足でルカは、先程までいた地獄のような執務室へ向かった。もうノックする余裕も無く、ルカは扉を開いた。いつも扉をノックされてから入室を許可するラゼルにとって、それは意表を突かれた心地だったのだろう。突然入ってきた婚約者であるルカは、減っているのか増えているのか分からない資料がある机の上に、軽食ともう一つ、先程作ったばかりの薬を置いた。

 そんなルカの鬼気迫った様子に流石のラゼルも無視できなかったのだろう。視線をルカへと向ける。


「ルカ、一体どうした」

「軽食と薬持ってきた」

「薬……?」

「滋養強壮の薬。このままだとラゼル、死ぬ。絶対死ぬ」

「……お前が作ったのか?」

「リオン部長のお墨付きだから安心して飲んでいいよ。というか、飲んで」

「そうか……お前が作ったのか……」


 妙な所で感動するラゼルに、ルカは言う。


「ほら、今のうちにご飯も済ませて薬も飲んで! また誰かが来る前に!」

「あ、ああ……」


 仕事モードから一気に引き戻されて狼狽えるラゼルに、まずは薬を差し出す。


「ほら飲んで、そうでないと死ぬ!」

「……俺はそう容易く死なないが……だが、そうだな。頂くとしよう」


 蓋をきゅぽんと抜いて、ラゼルはやや血の失せた唇に瓶を押しつけて飲む。こくり、こくり、と飲んで、ラゼルが飲みきったのを見届けるとようやく少しだけ安堵する。けれど食事。これも大事だ。軽食の中身はサンドウィッチで、はい、とルカは有無を言わせずラゼルに渡す。


「はい、食べて」

「お前は食べないのか?」


 指摘されてそういえばとルカは思う。ラゼルのことを考えていたばかりに、すっかり自分のことを忘れていた。だが、それどころではない。


「私はいいよ。後で食べる」

「いやだ」

「いやって何が」

「……お前も一緒に食べろ」


 その表情は少しだけ駄々をこねる子どもみたいで、あまりの可愛さにルカは笑って頷く。


「分かった。それじゃあ次の書類が来ちゃう前に食べちゃおうか」

「そうだな……しかし、お前がいると食事が美味しく感じる。不思議だ」


 もぐもぐと口を動かすラゼルに、ルカは笑う。


「そりゃあ好きな人と食べるご飯は幸せだからね」


 ルカがそう言えば、小さくラゼルは笑う。それからサンドウィッチを食べるルカに言う。


「ソースがついてる」

「え、ああ、ここか。ついちゃったとは思っていたけど」


 ソースを指で拭き取る。手を洗うべきかと思って立ち上がろうとすると、その手をラゼルが掴んで止める。ラゼルの赤い瞳と目が合い、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。そしてルカの手を引き寄せると、指についたソースを舌で舐めとった。ラゼルの赤い舌がまるで愛撫するように、爪先から根元まで舐り、その舌の動きと上目遣いでこちら見るラゼルの赤い瞳に、ルカは顔を真っ赤にして振り払う。


「ラゼル! なんというか、すごいエッチだから駄目!」

「そんなつもりはなかったんだがな」


 笑うラゼルは明らかに確信犯で、ルカは益々顔を赤くする。


「ラゼル……! 急に最近意地悪になったね」

「好きな子は苛めたいものだろう、とグラムが言っていた」


 内心、グラムめ……とルカは考える。そのグラムについてふと思ったことがあって、ラゼルに尋ねてみる。


「そういえばグラム、ラゼルの1日の日程を把握していたみたいだけど、普段からお手伝いしているの? 前もラゼルが出ている時に、グラムに王宮のことは一任するとか言っていたし……ん? でもグラムは軍事部の副司令官だしな……」

 

 疑問を口にしてみると、ラゼルはすっかり完食した軽食のナプキンで口や手を拭いながら答える。


「グラムは確かに副司令官だが、同時に宰相でもあるからな」

「へ? 宰相? グラムが?」

「ああ、そうだ。俺が信頼できるのはグラムくらいだからな」


 あのグラムが宰相? なんて信じられない。だってこんな量の仕事を急務の際はラゼルに代わってするということなのだ。正直、運動部系のノリのグラムだと思っていたので驚きを隠せない。そんなルカに気付いたのだろう。ラゼルは言葉を付け足す。


「ああ見えてグラムは非常に優秀だ。俺がいなければ学院首席はグラムだっただろう。王宮のことを軍事以外分かっていないフリをしているが、実際のところは違う。あいつは所謂、『能ある鷹は爪を隠す』タイプだ。財務部も法務部も分からないと言ってるが、実際は各部門の動きはちゃんと把握している」

「……ここにはハイスペックな人間しかいないのか……?」

「ここにいるだろう。ハイスペックじゃない人間が」

「私のことかしら?」


 挑戦状を叩きつけられたかと思って笑顔で問えば、赤い瞳が優しく細められる。


「ああ。だからこそ、愛らしい」

「…………ラゼルは狡い」

「? 狡い?」

「いや何でもない忘れて……」


 そんな会話を交わしている間に、地獄のコンコンというノック音が聞こえる。ルカは食べ終わったものと空になった薬瓶を回収する。ラゼルは小さく溜息を吐いたと「入れ」と言う。今度はグラムが予言したように環境部の人間が入ってきて、入れ替わるようにルカは部屋を出た。きっとまたラゼルは首脳会議の為の書類を読み進めながら、国内の報告を受けているのだろう。

 ルカは途中で出会ったメイドに持っていたゴミを「すみません、処分しておいて下さい……」と言って手渡すと、ふらふらとした足取りで薬術部に向かった。薬術部は昼休憩が終わったらしく、硝子製の生成器財からはこぽこぽと翠色の水が流れている。研究員達はそれぞれが研究室内で培養させた草花から成分を抽出し、慎重に成分調整をしていた。

 本日二度目の来訪に薬術部長リオンは首をかしげて、ルカを見る。ルカは椅子にぐだぁと力なく座った。リオンもまたその対面に座る。


「ルカ様。今度は何の薬を作りにきたんですか?」

「いや……作りたいものはないんですけど……ラゼルの仕事っぷりを見ていたら、自分が怠慢すぎるような気がして。かといって私はハイスペックな人間じゃないから、できることもないーって絶望してます」

「うーん、ルカ様は十分勤勉かと思いますが……殿下のお役に立ちたいんですよね?」

「はい」

「ラゼル様の首脳会議に向けての仕事はいつくらいに終わりそうですか?」

「皆目見当がつきませんが……」


 ルカは速読レベルで報告書に目を通し続けたラゼルと、国内での政務とのことを加味して答える。


「超優秀な誰かが手伝いをすれば、早くて今週末くらいには……って感じかなぁ……」

「その誰かにお願いすればいいのでは?」

「そんな人いるかなー…………………………あ、」


 いる。さっき聞いたばかりだ。灯台もと暗し。隠れ宰相のグラムが手伝ってくれれば何とかなりそうだ。

 でも仕事を終わらせるのと、ラゼルの役に立つこととが、何の関係があるのだろう? 

 そう思っているとリオンがにやりと笑った。


「殿下の役に立つこと。簡単なことです」


 それは、とリオンがきらりと眼鏡を輝かせた。


「殿下と今週末の7月7日。祝霊祭で『デート』するんですよ」




 

ここまでお読み下さってありがとうございました。

よければブクマ、高評価頂けるとうれしいです!

次はデートします。

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