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いつか見た夢

※暴力表現があります。ご注意下さい。



 ルカはリリーと共に、灯りと傘を持って城下町を歩き始めた。少しは落ち着いたのか。それでも涙声でリリーが声をかけてくる。


「ルカ様……本当にごめんなさい……ありがとうございます、このご恩は決して忘れません……」

「安心して下さい。きっと弟さんは見つかります。まずは弟さんが行きそうな場所を辿りましょうか」

「はい……本当にルカ様はお優しくて、わたくし恥ずかしいばかりですわ」

「自分を責めないで下さい。頑張りましょう」


 そう言ってルカはリリーと共に、リリーが先導する形で街を歩いた。すっかり辺りは暗くなって、街を照らすランプが頼りなく光を灯していた。リリーは弟の名前を必死に呼びながら、ルカと共に広い城下町を歩く。けれど弟が見つかる気配はない。リリーの弟の好きな店を辿ったりしてみたが、やはりその姿はなかった。まさか誘拐されたのでは、とルカは心配するが、ふとリリーが足を止めた。


「リリー? どうしたんですか?」

「こっち……よくキャンベルが入りたがっていた路地で……でも、わたくし、危ないから何度も入らないよう言い聞かせたのですが……」


 まさか、とリリーは青ざめる。そこはランプも灯っていない、全く人気の無い路地だった。何度撤去しても不法投棄される場所だとはラゼルから聞いている。ふと、何かに気付いたようにリリーが声を上げた。


「あれは、キャンベルの……!」


 口元を押さえ、驚愕で目を見開くリリーの視線の先には、子どもの靴が片方だけ落ちていた。ルカもそれを見てぞくりと怖気が立つ。誘拐か、それとも、と考えた時にはリリーは走り出していた。傘を落として走るリリーにつられ、ルカもまた傘を落として駆け寄った。

 靴を手にしたリリーはその場で立ち止まっていた。きっと恐怖でいっぱいなのだろう。

 リリーさん、とルカが手を伸ばしかけると。 


「ねぇ、ルカ様」


 急に。

 底冷えするような声でリリーが背を向けたまま、声をかけてきた。

 びくりと、ルカは伸ばしかけた手を止める。


「わたくし、あれから色々考えましたの」


 リリーは背を向けたままだ。声色も冷たいままだ。

 頭の中で警鐘が鳴る。リリーしかいないのに、ここから逃げなくていけない気がした。

 ルカは足を一歩後ろに退ける。だが、潜んでいた闇が突然動き出したように、背後にとんと何かがぶつかった。人間の気配に身体が硬直する。

 そんなルカに、リリーが振り返る。

 その顔は、とても完璧な、笑顔だった。


「ラゼル様に婚約者がいるというなら────婚約破棄させれば良いって」


 ぞっとした。ルカは咄嗟に逃げ出そうとする。

 だが気付いた瞬間には、両際から強く何者かがルカの腕を掴んで拘束した。振り返ると下卑た笑みを浮かべた男が二人立っていた。


 ──はめられた!


 ルカは瞬時に理解した。弟が迷子になったことも嘘、

 そもそも弟の存在すら嘘なのかもしれない。

 ただルカを婚約者の座から引きずり落とすために、ここまで誘導した。

 リリーは笑顔のまま、「さっさと押し込みなさい」と二人の男に命じる。悪あがきと言わんばかりにルカは逃げようと暴れたが、成人した男の力に叶わず、廃屋のような小屋に突き飛ばされた。すぐに立ち上がろうとしたが、その手は男達によって封じられた。ルカはぎりと奥歯を噛み締めてリリーを睨み付ける。リリーは笑っていた。極上の笑みを浮かべて、ルカへと語りかける。


「ねぇルカ様。貴女、まだ処女かしら?」

「っ、何を」

「……ああ、なるほど。その目と反応をみると分かるわ。そういう経験はないのね」

  

 良かった、と無邪気にリリーは笑う。

 ルカは睨みつけたまま、戸口に立つリリーへと問う。


「……何でそんなこと聞くの?」

「ふふ、そんなの簡単よ。純潔を失ってしまえばいいのよ」

「────! そんなことをして何が……!」

「意味はあるわ」


 冷ややかな瞳でリリーはルカを見る。


「純潔を失った女を、誰が愛せましょうか。未婚の女が男と交わるなど不潔ですわ。売女のようなものです。──ラゼル様もきっと婚約破棄するでしょう」


 まさか、とルカは悟る。リリーはこの男達にルカを、犯せ、と命じたのだ。ラゼルを奪う為に。

 けれどそれはラゼルに対する侮辱でもあった。ラゼルは、ルカがこんな形で処女を失おうと婚約破棄するような人じゃない。ラゼルは、馬鹿がつくほど優しい人だ。きっとルカが犯されれば、自分を責めるだろう。そんなことすら考えない利己的なリリーに憤りを感じた。

 怒りがわき上がり、震える。許せない。ここまでしてラゼルを手に入れようとする卑劣さが、許せなかった。


「卑怯者……! あんたは、最低最悪な女だ。虫唾が走る……ッ」

「そう強がっていられるのも今の内だわ。ほら、約束した通りお願いね」


 そう言うとリリーはにっこりと笑って扉を閉めた。ガチャリという鍵の音が響く。

 後に残されたのはルカと、二人の男だった。ルカは押さえつけられていた手を振り払って、扉へと向かおうとする。だがそれを男が背後から抱きしめるように止める。


「この女がラゼル様のご婚約者様か、へぇ、結構可愛いじゃん」

「殿下の婚約者、しかも処女! サイコーの物件だな」


 げらげらと笑う男達の声が耳障りで、ルカは力を振り絞って暴れる。それが益々男達を煽ったのだろう。再びルカを床に押しつけて、服に手をかける。


「っ、触れるな、やめろ!」


 必死にその手を払おうとするが、服は乱れていくばかりで、きつくルカは目の前の男を睨み付けた。けれどそれも何の力もなく、男は「おお怖い」とわざとらしく震えたあと、ルカの鎖骨に触れた。ぞわりと鳥肌が立って、ルカはその手に思い切り噛み付いた。男はその痛みに顔が歪める。


「いって……! テメェ、抵抗しねぇで大人しく犯されてりゃいいんだよッ!」


 言うなり男はルカの頬を殴る。口の中が切れて、血の味が広がる。もう一人の男が「おい、顔がボコボコになったらヤる気が失せるだろ~」と楽しそうに笑っている。うるせぇ、とルカを殴った男は言うと、乱暴な手つきで服を脱がしにかかった。ボタンが弾け飛び、服を裂かれる。男の興奮した瞳に、ルカはまだ負けてはならないと激しく抵抗する。けれど靴が脱げるほど足蹴にしても、腕を振り払おうとしても、無意味だった。圧倒的な力の差に、ルカは絶望した。


「嫌だッ、いや、やめて……っ!」

「へぇ、ちょっとは可愛くなってきたじゃねぇか」


 男の手がルカの素肌に触れる。かさついて、無骨な手が這う感覚に吐き気が出る。

 涙がにじむ。

 悔しい。

 嫌だ。

 怖い。

 助けて、誰か。


「もう、やめ、いやだ……ったすけて、助けて!」

「叫んでも無駄だぜ。こんな所、誰も来やしねぇからな」


 男の手がルカの肌に触れて、足首から太股へと手を滑らせていく。その動きに嘔吐きそうになる。嫌だ。嫌だ。嫌だ。その衝動に突き動かされるまま、ルカは必死に抵抗し、助けを呼ぶべく声が枯れるまで叫び続ける。けれどそれは虚しく静かな雨によって消えていく。助けて、と声を張り上げる度に殴られた唇が切れて更に血が出る。男達は酷く興奮した様子でルカを見下ろしていた。乱れた服を全て脱がしてしまおうと、男達が手をかける。

 嫌だ。

 涙が、零れそうになる。

 泣いてはいけないのに、もう、限界だった。



「っ、たすけ、て……助けて、ラゼル、やだ、いやだ────」



 刹那。

 酷い音が鳴った。木材が粉々になる、強い音だった。

 男二人がばっとルカから離れる。扉は粉々に砕け散り、跡形も無く壊れていた。ルカは涙で潤んだ視界で、そこに立っていた人を見る。


 赤い瞳。

 

「ラゼ、ル……?」


 ルカ、とラゼルが名前を呼ぶ。

 そしてその視線が、殴られたルカの頬や、乱れた服、露出した肌へと移った瞬間。

 一瞬で部屋の空気が重くなり、立っていた男達が叩きつけられるように床にへばりついた。

 室内の空気は膨張し、あちこちで電気が弾けたように青白く明滅する。

 男達は重い圧力をかけられているのか、骨が砕ける音がし、床に転がって苦悶の声を上げていた。その身体がやがて青白い火で燃え盛り、男達は尚一層痛みに叫びを上げるが、炎は消えず、延々と男達を殺すことなく地獄の炎で蝕んだ。


 ルカはラゼルの瞳を見る。


 普段は優しいその赤い瞳が──激しい怒りに満ちていて、ルカは呼吸を忘れる。その赤い瞳は爛々と、けれど昏く輝き、まるで別人のようだった。血のように赤い瞳には、誰も映っていない。感情が、明らかに魔力を暴走させていた。


 微かに、ラゼルが何か言葉を口にする。

 途端に大地が、ゆっくりと振動し始める。ミシミシと音を立てる小屋は木々が所々弾け、今にも崩れ落ちそうだった。

 ラゼルの魔力によって世界が──異変を起こし始める。

 静かだった雨は豪雨へと変わり、夜空には激しい稲妻が幾つも走り始めた。轟、と強い風が吹き外の木々が折れ、吹き飛ばされていく音が聞こえた。ラゼルの視線が男達へと移る。その赤い瞳は冷血で、明確な殺意が宿っていた。ラゼルは未だに青白い炎に包まれた男達へと向けてすっと手を上げた。ひゅん、と風を切る音がして一瞬で男達は見えない力で壁に磔にされた。かはっ、と男達の喉から息が漏れる。ラゼルはそんな男達を絞め殺すように拳をゆっくりと握っていく。蛙の潰れたような悲鳴が男達から上がり、じたばたと惨めにその足を動かしていた。その間も空は慟哭するように雷鳴を轟かせ、大地は遂にひび割れるほどに揺れ始めていた。

 まるで、世界の終わりのように。

 

 ──駄目だ。


 ルカは思う。

 このままじゃラゼルはまた、罪の意識を背負って、自責することになる。


『俺……俺は、俺が恐ろしい』


 そう言ったラゼルに、もう二度とあんな顔をさせたくない。

 魔力は感情と関連しているのだと、ラゼルは言っていた。

 今ラゼルは激しい怒りによって、強大な魔術を行使しようとしている。それでもきっと、まだ必死に暴れそうな魔力を押さえようとしているのだろう。そうでなければ一瞬で、この街は消し飛んでいるに違いない。

 だが、それも時間の問題だ。ラゼルの赤い瞳は深い怒りに塗れ、破壊の衝動に突き動かされている。


 止めなければならない。

 ラゼルが見続けてきた悪夢を、もう一度再現してはいけない。


 感情を動かす。

 

 それなら────。


 

 ルカの行動は早かった。

 ルカは裸足で駆け寄ると、ラゼルを襟元を掴んで引っ張り──その唇に、唇を重ねた。

 


 それは一瞬のことだった。


 それでもラゼルの感情を揺さぶるには十分だった。

 赤い瞳が怒りから驚愕に変わる。

 世界に起こっていた異変が鎮まり始め、死にかけていた男達も地面へと倒れる。青白く明滅していた光も弱まっていき、呆然とするラゼルに、ルカはその黒髪を梳きながら抱きしめ、安心させるように言った。


「大丈夫だよ、ラゼル。ちゃんと私、ここにいる。ここにいるから。何も恐がる必要ないよ。誰も死んでもいないから」


 だから安心して、と。

 そう言ってラゼルに笑顔を向ける。きちんと、笑えていただろうか。ラゼルは、未だに強大な魔力の余波が残っているのだろう。赤い瞳は揺らぎ、呼吸は浅く、また額には薄く汗をかいていた。余程強靱な理性で感情にストッパーをかけていたのだろう。その顔は疲弊し、また、酷く怯えていた。赤い瞳がようやく焦点を結び、ルカを見た。いつもの、ラゼルだった。


「ルカ、俺は……」

「何も言わなくていい。ラゼルは私を助けてくれた。その事実だけで十分だよ」

「それでも俺はまた、暴走した魔力をコントロールできなかった。お前が止めてくれなければ、俺は今頃きっとまた……」


 そんなラゼルに、ルカは困ったように眉尻を下げた。


「言いたいことは分かるけど、私にとっては今のラゼルは正義のヒーローだったよ。それに、もし今後もラゼルが暴走しそうになったらさ。そうしたらまた私が叩くなり、その……キスをするなりして混乱させて目を覚まさせるよ。それにラゼルのことだもん。いつかきっちりコントロールできるようになる」

「そう、か……」


 未だに動揺しているのだろう。明らかな疲労を滲ませるラゼルに、ルカは言う。


「戻ろう? そこの二人は後の人に任せてさ」

「……そうだな。すまない、この二人の処分は後々考える。捕らえておけ」


 そう命じれば従者は手際よく護送車の手配をして、気を失った男達を捕縛する。

 ルカとラゼルは、ラゼルが乗ってきた黒毛の馬に乗って王宮に戻ると、ルカはふうと息を吐き出した。何か言いたげにしていたラゼルに、ルカは笑顔を浮かべて「ごめん。ちょっと髪とか身体とか洗ってくる」と言った。少しでも早く、与えられた汚れを落としてしまいたかった。


「……ルカ。後で俺の部屋に来い」


 その言葉にびくりとしたが、ルカは笑顔を作ったまま頷いた。

 ルカは急ぎ足で廊下を歩き、部屋に戻るとすぐさま備え付けのバスルームに入った。そして湯が温まるのも待ちきれず、頭から水を被った。それから何度も何度も肌が赤くなるまで洗った。男達に触られた肌が、どんなに擦っても汚れている気がして、気持ち悪くて仕方なかった。思い出して嘔吐きそうになったが耐えて、殴られて腫れた頬を丹念に冷やした。それでも青痣になった箇所は消えず、ルカは長い間バスルームにこもって身体を清めたあと、漸く出た。


 後で来い、とラゼルに言われた。ルカは身支度をしながら、きっと怒られるのだろうなと苦笑した。

 馬鹿なことをした。リリーの言葉を鵜呑みにして外に出たことも、自分を捜索させたことも、突然キスをしたことも、全部きっとラゼルは腹を立てている。けれどその罰は受けるべきだろう。ルカは立ち上がって、未だに穢れている気がしてならない己を叱咤して、ラゼルの部屋に向かった。


 部屋の扉をノックすると、入れ、というラゼルの声が聞こえた。緊張しながらルカはラゼルの部屋に入る。

 ラゼルも身を清めたのか。黒いナイトウェアを纏っていた。黒い髪は少しだけ濡れて、赤い瞳はラゼルの前髪で隠れていた。その髪の隙間から、じっと赤い瞳がルカを見詰めて隣に座るよう促す。

 覚悟を決めて隣に座ると、ルカはぎゅっと白いドレスを握って、言った。


「ごめんなさい」


 ラゼルの顔を見ることができなかった。見てしまったらきっと、泣いてしまう。

 ルカは言葉を続けた。


「軽率だった。その所為でラゼルにも、色んな人にも迷惑をかけた。本当に、ごめんなさい」


 謝罪の後に訪れたのは静寂だった。

 その静寂を破るように、ラゼルが溜息を吐き出した。


「……俺は怒っている」


 そうだよね、と内の中でルカは泣きそうになる。

 ルカはもう一度、今度はラゼルの方を見てちゃんと謝罪しようと振り向いた。まるで示し合わせたかのように、赤い瞳と視線が合った。


「俺は、お前が笑っていることに対して、怒っている。謝ったことに対してもだ。それに……お前を守れなかった俺に対しても」

「え……」


 予想外の言葉に目を見開くと、ラゼルの手がルカの頬に触れる。その目は酷く傷ついていた。


「無理して笑っているお前を、見ていたくない。怖かった、と。そう言って欲しい。泣いたっていい。もう無理しなくていいんだ」

「…………っ」

「ルカ。お前は、悪くない。だから……自分を責めるな」

「それでも、私は」

「ルカ」


 そう言うラゼルの声があまりにも優しくて。

 ぽたり、と。気がついたら涙が溢れてしまった。あの時の恐怖が今になってこみ上げて、震えが止まらない。

 そんなルカをラゼルは抱きしめる。あたたかい。こわい。でも、助けにきてくれた。ルカは涙を流しながら、ラゼルにしがみつく。


「こわかった、怖かったよ……っ、ほんとうに、こわかった、ごめん、でもこわくて、ラゼルに迷惑かけて──」

「迷惑じゃない。守れなかった俺が、悪い。お前はただ……今は、俺の腕の中にいろ。もう安心していい。もう怖いものはない」


 優しい手付きでラゼルの手が、ルカの髪を撫でる。

 その手に、温度に、声に、ひどく安堵した。ラゼルが傍にいる。もうここは、安心できる場所だ。怖くない。大丈夫だ。


「……そっか、そう、か……ごめん、ありがとう……」


 零れる涙が止まらない。心の底に沈めていた恋心が顔を出す。でも、駄目だ。

 だって、ラゼルには。

 不意にラゼルがゆっくりと身体を離す。温もりが遠のいたことに怯えていると、ラゼルの赤い瞳が近くなる。ルカの大好きなラゼルの瞳。それを見て要ると、ああ、好きだな、という気持ちがわき上がって。


 でもそれを言えなかった唇に、ラゼルの唇が重なった。

 

 触れるほどの、優しい口づけ。

 その意味が分からなくてルカはラゼルを見る。

 ラゼルは真剣な、けれど優しい眼差しを向けて、言った。


「──ルカ。好きだ」


 聞こえてきた言葉が、まるで夢のようで。

 信じられなくて。


「好き、って……」

「お前が好きだ。……すまない。お前が弱っている所を付け入るような真似をして」


 深くラゼルは溜息を吐く。その赤い瞳は憂いを帯びていた。


「……お前が他に思いを寄せている人間がいることは分かっていた。だが、もう限界だった。俺は、俺以外の誰かと、お前が愛し合うことなんて許せそうにない。狭量な男だと笑ってもいい。今までお前の優しさに甘えて、言えなかった。……けれど、本当に、心の底からお前が好きなんだ。ルカ」


 そんな。

 こんな、あまりにも良い夢を見ていて、良いのだろうか。

 けれど赤い瞳は言葉よりも雄弁に、ルカへの愛を物語っていて。

 ルカはまた一筋、涙をこぼしてしまう。

 喉が震える。

 でも、言わなくちゃ。

 もう、言って良いのだから────。


「私も……ラゼルが、好き」


 赤い瞳が、見開かれる。

 堰を切ったように、溜め込んできた想いがルカの口から溢れ出す。


「私も、ラゼルのことが、好き。でも、ラゼルには好きな人がいるって聞いたから、諦めようとしていた。ただ、ラゼルが幸せであればいいと、そう思って……でも、そんな、ずるいよ。ラゼルは、私なんかでいいの? 好きだなんて本当に、信じていいの?」

「……俺が嘘を吐くような男に見えるか? 裏切るような男とも?」


 その問いにルカは首を振る。だって、ラゼルのことをずっとルカは、見てきたのだから。

 国の為に一生懸命なこと、その為だったら自分を磨り減らしちゃうところ、器用そうに見えて不器用で、でも時々見せる笑顔が好きで。

 ラゼルの強さも、弱さも、どちらもルカは好きで。愛していて。


「ラゼル……触れてもいい?」

「ああ」

「……ありがとう」


 ルカはそっと包み込むようにラゼルの頬に触れた。それからくしゃりと笑った。


「……こんな美青年が私の恋人になるのかぁ」

「恋人じゃなく、『婚約者』だろう?」


 婚約者、と。

 そう言ったラゼルの手が、ルカの手首に唇を落とす。恥ずかしいのに、嬉しい。

 ルカは涙を流しながら「そうだね」と笑う。 


「もう『仮の婚約者』じゃないんだもんね。……なんだか、恥ずかしいな。ラゼルのちゃんとした婚約者だなんて」

「今まで通りでいいさ。ただ、恋に思い悩む必要がないだけで」

「……そうだね。何か、幸せすぎて怖いや。さっきの怖さも吹き飛んじゃういくらいに」

「それは良かった」


 ラゼルはそう言うとルカをまた抱きしめて、額や頬にキスを落としていく。それが恥ずかしくて、ラゼル、と止めるような声を上げるがラゼルは止めてくれない。不意に見えたルカの肌が、洗い擦れて赤くなっていることに気付き、ラゼルの顔に憂いの色が落ちる。


「……本当に、すまなかった……何故、魔術には治癒の術はないんだろうな……頬だって、痛かっただろう」


 触れられ、ルカは首を振る。


「ラゼルが触ってくれるから、もう痛くないよ。……ねぇ知ってた? 私のお母さんが教えてくれた魔法が、たった一つだけあるの」

「魔法?」

「そう。痛かったり、怖かったりした時は、その人に温もりを与えるの。今ラゼルがこうして触れてくれているみたいに。だからもう、痛くないし、怖くないよ」


 前世で母が教えてくれた「魔法」を口にしてみる。するとラゼルは微かに笑って、それは良い魔法だな、と言う。ラゼルは優しい目でルカを見詰め、痣になった頬に唇を落とし、洗いすぎて赤くなった手足にも触れ、キスをした。そんなふうに、優しい愛撫を受けているうちに緊張が抜けたのか。緩やかな睡魔が襲ってくる。うつらうつらとしているルカに気付いたのだろう。ラゼルは苦笑すると、ルカをそっとベッドに寝かせた。ぼんやりとする中でルカが「ここ、ラゼルのベッド……」と言う。ラゼルはルカの頭を撫でなが言う。


「疲れただろう? 俺はソファで眠るから安心して寝ていろ」

「んー……やだ」

「部屋に戻るか?」

「そうじゃなくて……その、いっしょに寝たいな、と思って……」


 赤面してルカが言えば、くすりとラゼルは小さく笑ってベッドに入る。二人でも広すぎるくらいのベッドだ。ルカはもっと近くにラゼルの体温を感じたくて、おずおずと声を出す。


「ねぇ……ラゼル。手、握ってもいい? ラゼルの体温を感じていたいんだ」


 寂しい、なんて言う事はできなかったけれど、ラゼルには伝わってしまったらしい。


「手を握るよりも、こちらの方が良いだろう?」


 ぎゅっと抱きしめられる。一気に近づいた距離にどきりとするが、すぐにラゼルの体温を感じて安堵に包まれる。大好きな人の腕の中にいるのが、こんなにも幸せだっただろうか。与えられた恐怖も痛みも全部、ラゼルの温度が溶かして消してくれいく。

 おやすみ、ラゼル、と囁くようにルカが言えば、おやすみ、ルカ、と返ってくる。

 幸せを独り占めしているみたいで、ルカはラゼルの瞳を見てくすりと笑う。


「……何故笑っている」

「世界で今、一番幸せなのは私なんだろうな、と思ったら嬉しくて」

「お前は……だが、そうだな。俺も、同じ気持ちだ」

 

 お互い、あたたかいベッドのなかでくすくすと笑う。



 ああ、なんて幸せなんだろう。

 ラゼルを笑顔にしているのが自分なんて。


 ────なんて、幸せなんだろう。





ここまでお読み下さりありがとうございました。

良ければ高評価、ブックマークお願い致します!

書きすぎて尻が痛いですが、これからも頑張ります。

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