空想歌
1
凍えた吐息が空に揺れる。ゆらゆらと揺らめいて消えるその姿は儚いかげろうを思わせた。
川澄草太郎は感動のない眼差しでそれを眺める。吐息はまるで火葬場の煙のようだとも彼は思った。周囲に人家のない坂の上にある古い火葬場の煙突から煙が出ている。茜色の透明な空は煙が彼方まで溶けてひどく美しい。
これは十八歳の少女の火葬だと草太郎は彼の師から聞かされた。
でも、誰が死のうが彼にはどうでもいいことだ。
『そんなこと言ってはだめだよ』
こんなことを話したら、彼女はきっとたしなめるように困ったようにきちんと正しいことを言うのだろう。その姿が思い浮かんで思わず草太郎は苦笑する。
彼はすぐに興味をなくしたように火葬場に背を向けると本陣へと向かって歩き出した。
草太郎が葉山喜代子の事務所に足を運ぶと彼女は正午のニュースを見ながら煙草を吸っていた。
「今月に入って三人目か。都内で十八歳の少女が学校の屋上から落ちて自殺したらしい。三人の死に方に関連性はなし。高校も違うし、お互いに面識があったわけでもない。警察もそろそろ気づいていい頃なのにね。彼らには関係性があるって。ねえ、自殺した少女達はあんた達と同い年だけど、やっぱり累音とダブって胸が痛くなるもんなのかい?」
カクテルワインのブラウスに黒いスーツ。延び放題の白髪を適当に纏めただけだが、それが様になって見えるのは、彼女の年を刻んだ美貌のせいだろう。見た目は六十代前半の師はつまらなそうにそう問いかけた。彼女は時に無神経だ。いつか殺されるだろうなと草太郎は他人事のように思った。
「別に。」
草太郎の感情のない答えに、葉山喜代子は煙草を吹かしながら実に愉快そうに笑った。
「あんたのそういうとこ私は好きだね。」
勇太郎は彼女を冷めた眼差しで見下ろし、本題を促す。彼が呼ばれたということは、だいたい彼女にとって面倒な案件か分野が違うのだ。
やれやれと首を振って彼女は話を戻す。
「市内の火葬場でお前達と同い年の少女が火葬されるらしい。今回はその少女についてだが、実にお前の得意分野なんだ。」
「それと、三人の学生の自殺にどんな関係が?」
「まあ、お前なら実際に火葬される少女に会えば分かるだろうから今日にでも行ってきてくれ。」
彼女は昔から人使いが荒い。そして細かい説明を面倒くさがる傾向にある。
「その火葬される少女、家が火事になって死んだらしい。母親は軽傷ですんだらしいが、全く哀れなもんだね。子供に先立たれるなんて。遺体は性別も判別出来ないほど損傷していたそうだよ。」
そこまで言って、彼女は新しい煙草に火をつける。デスクの上の灰皿には今日吸った煙草が山積みになっていた。
「で、ここからが本題だ。
その遺体を調べてみたところ、少女は妊娠していた可能性があるらしい。母親は少女が幼い時に離婚しているんだが数年前までは交際相手がいたそうだ。でも、少女は交際相手にあまりなつかなかったらしくてね。って、そりゃ無理もない。思春期真っ只中のおじさんという生物を嫌う年頃だぞ。
それで、警察が諸々調べた結果、少女はその交際相手から日頃から暴行を受けていたらしくてね。でもまぁ、その交際相手は数年前に高層ビルから落ちて自殺していて、仮に少女が妊娠していたとしても交際相手が父親であることはあり得ないし、遺体が丸焦げで結局本当に妊娠しているのかもわからないって話になったらしい。」
「それ、本当は妊娠してないんだろうけど妊娠しているんだろうな。」
草太郎の全く矛盾した内容に喜代子は口元をあげる。
「そうそう、そういうことだ。お前は話が早くて助かるね。多分、まだ少女は自分の家にいるだろうから、行ってきな。教会はあんたへの報酬は大分奮発するってほざいてたけど、私にとっちゃぁ、みみっちいもんだね。」
そう言って、喜代子は草太郎に少女の家の住所が書かれた紙きれを渡した。教会に対して愚痴を言うときの彼女は決まって金欠だ。
草太郎は金さえあればどんな仕事も請け負う。それが例え人殺しだとしても彼はやるだろう。
彼は事務所にやってきた時と同じ調子でそこを出た。
いつもと変わらない薄暗い眼差しだけを残して。