第95話『アシュラ・スミス』
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「つまり、絶叫しなければ姉さんの勝ちです」
こう言い残してシルヴィアが去って行ったのは昨日のこと、いつものベッドで目を覚ましたファーは、自身の制服であるメイド服に着替え部屋をでると、いつもはファーよりも遅く起きるエルが鼻歌と軽やかなステップで朝食の用意を完了させていた。
「どうしたのよエル、朝からこんな贅沢な食事を用意して」
「だってワンちゃんの新しいマスターができたのよ、お祝いしないと」
前のマスターが亡くなって百年くらいしたころから、エルはファーに新しいマスターを探さないのかと言うようになった。主人に仕えてこその魔導人形、一人のマスターに終生尽くすなんて決まりはない、最初のマスターこそ創造主であるショウ・オオクラの趣味でダンジョンを初めて突破する者と決められていたが、それ以外は自由にしていいと設定されている。
ファーも別に次のマスターに仕えるのが嫌なわけではなく、マスターの残した家族が長寿種族だったためずっと一緒に生活していた。エルや子供たちを新しいマスターにと考えたこともあったけど、なんとなく従者では無く家族の一員として今日まできてしまった。
「ワンちゃん言うな、まだ新しいマスターに仕えるつもりは無いわ、賭けは私が勝つに決まっているんだから、あの変な魔道具技師に弾薬を作らせてやるわ」
「あら、勝つ自信があるのね?」
心底不思議そうな顔をするエル、どうやら彼女はファーが賭けに負けると思っていたようだ。
「あんな賭けで負けるわけないじゃない、私が絶叫しなければいいだけでしょ、簡単よ」
「昨日は散々シルヴィアちゃんに叫んでなかった」
いろいろと振り回された記憶がファーの脳裏に蘇る。出会って数日である末の妹との会話は必ず一度は叫んでいたかもしれない。
「シ、シルヴィアとの会話はノーカウントよ、賭けの対象は作られた魔導甲冑を私が装備して叫ぶかどうかなんだから」
「違いはあるの?」
「大有りよ、エルだって知っているでしょ魔道具製作がどれだけ大変か、時間をかければカズマなら立派な魔導甲冑を作るでしょうけど、一週間じゃ無理ね」
ファーはカズマの魔道具技師としての腕は認めていた。エルが長年かけて再現できなった銃弾を製作してのけたのだ。これを認めないほど偏屈な性格はしていない。だが、長年魔導銃製作を手伝ってきた経験から製作には膨大な時間がかかると知っている。
「材料を買ったのが昨日だから実質五日が製作期間、そんな短時間で作った代物で稼働歴三百年の経験を持つ高性能魔導人形の私を絶叫させるなんて不可能よ」
「それはどうでしょうか姉さん」
「うわーー!」
「あらあら、朝から大きな声をだすわね、これは絶叫じゃないかしら」
突然背後に現れたシルヴィアに仰天するファー、何が不可能なのであろうか。
「おはようございます姉さん、賭けは私の勝ちでいいですね」
「な、何言ってくれてるの、良くないわよ! 賭けの内容はカズマが作ったアクティブに私が絶叫するかどうかでしょ!!」
「ふっ」
「鼻で笑ったわねッ!!」
「エルさんもおはようございます」
「おはようシルヴィアちゃん、ちょっとドジな所があるけどファーちゃんのことよろしくね。実の子供は息子だけだから経験なかったけど、娘をお嫁に出すのってこんな感じなのかしら」
騒ぐファーをそっちのけで二人は穏やかに挨拶を交わす。
「お任せください、私が立派なメイドに育ててみせます」
「ちょっとーー!! なんでもう賭けに負けたことになってるのよ、だいたいシルヴィアは私の妹でメイド歴は私の方が何倍も長いんだから、教えるのは私よ!!」
「では教えてください姉さん、朝食をすませたら行きますよ」
「へ?」
こうしてファーは豪華な朝食を済ませた後、シルヴィアに引きずられ隣の新築工房へ向かっていった。
「――ありえないでしょーー!!」
それからしばらくして、壁を突き抜けファーの声が聞こえてくる。
「あらあら」
エルはニコニコしながらワインを二つのグラスに注ぎ、一つを亡き旦那が良く座っていた席の前に置く。
「ファーちゃんと新しいマスターに乾杯」
カキーンと朝から祝福の音が小さく鳴った。
シルヴィアに引きずられファーが工房にやってきた。
「おはようファー、どうした朝から不機嫌そうな顔で」
「ちょっと妹の性格を設定した創造主に呪詛を送っているからね」
「そ、そうなんだ」
きっとシルヴィアにからかわれたんだろうな、ここはサプライズプレゼントで機嫌を直してもらおう。
「そんなことより、あんたのその腕はいったい何?」
ファーは不機嫌な顔を引っ込め、会話中もずっと稼働していた俺の新しい六本の腕を指差した。
「気が付いたか」
「気が付かない方がおかしいでしょ」
「では説明しよう。これは念願の工房をゲットした俺、カズマ・ミョウギンが作業効率をアップさせるために製作した世界初の工作用アクティブ・アーマーである」
ちょっとテンションが高めになってしまった。最近新作を作ってもシルヴィアが驚いてくれなくなったからファーのストレートな質問が嬉しく、つい昔の某アニメ風に説明してしまった。
俺が今、装備しているのはフゥオリジンではなく、新たに製作したアクティブ。
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■製造番号AW-07・機体名『アシュラ・スミス』
◇軽量級工作型 ◇カラー「サンドイエロー」
◇素材 メゾフォルテ合金
◇機体構成
「コア(C)」上級魔結晶
「ヘッド(H)」サーチバイザー
「ボディ(B)」フォルテプレート
「ライトアーム(AR)」アルケミーアーム
「レフトアーム(AL)」アルケミーアーム
「レッグ(L)」ホバーブーツ(収納付き)
「バックパック(BP)」アシュラ6ハンド
◇武装
・メインウェポン(BP)……セブンツールアシュラハンド
・サブウェポン(L)……魔導つるはし
〃 (L)……魔導スコップ
〃 (B)……接着ガン
◇補足
カズマが異世界にて生み出した工作型アクティブアーマー。阿修羅をモチーフにしており背中のバックパックから7つツール(カッター・ニッパー・ドリル・ピンセット・ドライバー・レンチ・ハンマー)に変形する六本の腕が生えているのが最大の特徴、両足の収納には工房をリノベーションするときに役立った魔導式のつるはしとスコップが、ボディには接着剤入りガンが収まっている。
また全身に市場で見つけたこの世界特有の魔力を含んだ形状記憶合金、メゾフォルテ合金が採用されている。
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「使い勝手の良さを追求したらこの形に収まった。戦闘力は無いから完全な工作用だ」
「あんた、たった数日でこんなアクティブを作っていたの」
「まさか、そんなわけないじゃない」
「そ、そうよね、いくらカズマでも数日で魔導甲冑を作るなんて不可能よね、最初から持っていた機体だったんでしょ」
何かを必死で訴えているけど、とりあえず勘違いを訂正しておこう。
「いいや、製作した時間は数日じゃなくて二時間くらいだぞ、そうじゃなかったら二日で工房の改装なんてできるわけないじゃん」
「ハッ!? 二時間で製作したッ!!」
良く響くなファーの声は、シルヴィアも最初の頃、叫びはここまで大きくなかったけど似たような驚きをしてくれた。
「勝ちました」
何に勝ったんでしょうシルヴィアさん。
「ちょっと、今のは無しよ、賭けの対象は装備してからでしょ」
「もしかしてファーの専用機を作ったこと話したのか、サプライズにしようと思ってたのに」
「申し訳ありませんマスター、マスターに役立つと思い無断で情報を公開してしまいました。処罰は受けます」
「いや、処罰なんてしないぞ」
「流石ヘタレオーラマスター」
「何か言ったか」
「いいえ、独り言です」
「言ってんじゃん!」
最近シルヴィアにコントロールされている気がする。ここは話題を切り替えるのがベストだと学習した。
「ファー、こっちに来てくれ、君に見せたいモノがあるんだ」
「ちょっと、まさか、もう完成しているの?」
俺は布で隠している機体の前まで移動、この下には俺の最新作が眠っているのだ。
「シルヴィアから聞いたみたいだから、驚きは無いかもしれないけど」
「十分驚いてるわよ、だって素材を買ったのが昨日でしょ」
「そうだけど」
「あ、ありえない、そんなこと、だって魔導銃だって製作に一か月以上かかるのよ、あれ、でもさっきアシュラなんちゃらは二時間って」
これは絶対シルヴィアに何か吹き込まれたな。さっき賭けがどうのって言っていたし、シルヴィア相手に無謀なことしたな負け確定じゃないか。賭けの対象はいったいなんだ気になるけど、聞くのが怖いのでスルーしよう。
「まあ、頑張ってくれ、これは俺からの応援だファー専用に作ったアクティブを見て元気をだしてくれ」
「ちょっと待って、まだ心の準備が!」
何故か恐怖を感じたっぽい顔をしているけど、どうしてだろうか。
俺はアシュラハンドで布を勢い良く取り払った。




