第94話『賭けメイド』
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「あら、隣の建物が欲しいの、ん~もう半年も使ってないし、ただ税金を払ってるのも、もったいないわね、金貨3枚でどう?」
提示されたのは魔導銃の百分の一の価格だった。とても安く感じたけど魔導銃が高額なだけで土地代としては相場だとシルヴィアに後から聞いた。
「買わせていただきます」
「お買い上げありがとうございまーす」
こんなやり取りをしたのが二日前、ついでにボンズ魔導銃店とは反対も空き家だったので買い取って繋げた。補強して壁をブチ向き、工房スペースに居住スペースを作り、ついでに穴掘って地下にアクティブが三十機は収まる格納スペースを追加した。
「いやー本当に変形スキルは便利だな」
「廃墟だったとは思えないピッカピカなのね、はじめはボロボロの埃まみれだったから、カズマとの契約を切ろうかってちょっとだけ考えちゃったけど、踏みとどまってよかったのね、これなら快適なお昼寝ができるのね」
リノベーションが終わり嬉しそうに飛び回っていたノネだが、ひとしきり感想を言うと自分にあてがわれた精霊サイズの小さな部屋に入り出てこなくなった。おそらく昼寝をはじめたのだろう。
「マスター今日の予定はいかがしますか」
「問題になってた運搬手段の解決策とファー用の機体を作るつもり、シルヴィアは材料の買い出しをお願い」
「了解しました」
魔導工房シルバーファクトリーとカズマが命名した工房から買い出しにでたシルヴィアはまず隣のボンズ魔導銃専門店に訪れる。
「ごめんください」
「あらシルヴィアちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはエルさん、姉さんはいますか」
「ワンちゃんなら奥にいるわ、今呼ぶね。ワンちゃん、妹のシルヴィアちゃんが来たわよ」
エルが大声でファーを呼ぶとドスドスドスと怒りを感じさせる足音を鳴らしてファーが店の奥からやってきた。
「もうエル、ワンちゃんって呼ばないでって何度も何度も言ってるでしょ」
「ごめんなさいね」
謝りはするが直す気はなさそうだ。
「まったくエルは」
そのことをファーも長い付き合いで理解しているので一度は文句を言うが、それ以上は追求しない。
「二日ぶりねシルヴィア、隣だからわかるけど、改装の速度が異常じゃない、なんでたった二日で二軒の廃屋が一軒の立派な工房になってるの?」
「私のマスターはモノづくりが得意ですから」
姉にはない立派な胸を張りどこか自慢気なシルヴィア。
「はいはいごちそうさま、いいわねマスターのいる魔導人形は」
「あら新しいマスターが欲しいの、いいんじゃない、あの人が亡くなってからもう二百五十年も経つんだし、ファーも次のマスターを探してみれば」
「それなら私と一緒にマスターカズマのメイドになりませんか、マスターは楽しいので毎日が面白いですよ」
それはカズマとの生活が楽しいのか、マスターをからかって遊ぶ毎日が面白いのか、いろいろな解釈ができる言い回しであった。
「今はまだ新しいマスターを探すつもりはないわ」
「硬いわねいいじゃない別に、私も新しい恋人を探そうかな、孫もできたしそろそろ独り身でいるのが寂しくなってきてね」
長寿族であるエルフ特有の感覚なのだろうか。長い生涯、人族のように寿命が短い種族と結ばれたエルフの再婚率は高いとエルは言う。
「それなら私のマスターはどうでしょうか、マスターは楽しいので毎日がとても面白いですよ」
「あらあら、カズマくんはエルフに興味があるの」
「マスターはエルフに憧れがあるそうです。エルさんのことは出会ったエルフの中で一番の美人だと」
オタク趣味のある日本人男性のほとんどはエルフに興味を持っているとカズマは以前にシルヴィアに話したことがあり、出会ったエルフの中で一番の美人だとはカズマは言っていないが、出会ったことのあるエルフはエルだけなのでシルヴィアの言に嘘はなかった。
「あらあらあら、照れるわね」
「あらあらあらじゃない、あんたも自分の主人を安売りするな、売り込み文句がほぼ一緒じゃない!」
「しかたがありませんね、では賭けをしましょう」
「どのあたりがしかたないのよ!」
「忘れるところでしたが、私はマスターに買い物を頼まれている途中でした」
「高性能なメイド型魔導人形が主人の言いつけを忘れるな!」
「それは姉さんの反応が面白すぎるのがいけないのです」
「私のせいなの!?」
肩でぜぇぜぇと息をしながら全力でツッコミを続けるファー。
「どうして会話だけで、こんなに疲れないといけないのよ」
妹のボケに一々反応するからだとエルは気が付いていたが、見ていて面白いのでファーには伝えず観客になっている。
「話を戻します。私はマスターが新しいアクティブを作るための素材の買い出しを頼まれました」
「あの獣人族の子たちの機体用でしょ、一週間なんて約束していたけど本当に三機も作れるの」
ファーはアクティブの制作期間をしらない、だが魔導銃の制作期間は知っている。魔道具作りは手間暇がとてもかかるのだ。中身がどれだけ複雑化はしらないが一機だけに絞ったとしても一週間で完成するとはファーには信じられない。
「材料さえ揃えば問題ありません。マスターは必ず完成させます。ここに来たのは姉さんに材料が安く手に入るコネが無いかを聞きに着ました。SOネットの市場データは古いモノのようなので最新データの共有を願います」
SOネットの情報には古いモノが散見された。ボンズ魔導銃専門店が隣の小さな店舗に移った情報も載っていなかった。魔物データなどは数年ではそうそう変化しないが、市場は毎日変化している。
「コネを聞きにきたね、妹だからってタダで情報を聞けるとは思ってないでしょ、こっちだって商売してるんだから」
「当然です。最初は金銭をお支払いするつもりでしたが、気が変わりました。姉さん賭けをしましょう。私が勝った場合、姉さんにはマスターのメイドになってもらいます」
「面白いこと言ってくれるじゃない、何を対象に賭けをするの、そしてあなたが負けた場合はどうしてくれるのかしら」
「私が負けた場合、マスターを使って、この店の魔導銃全ての弾丸を1ダースずつ作ってもらいましょう」
「いいの、この店全てってことは陳列されている物だけじゃなく、奥にある在庫分も作ってもらうことになるわよ」
在庫管理をしているファーは店にいくつの魔導銃があるか知っている。その銃すべてに1ダースの弾丸を制作するのはかなりの重労働だ。
「構いません、いろいろな魔導銃をいじれると聞けばマスターはかならずノッてくるはずです。ノッてこなくてもマスターを誘導して作業をやらせるくらい雑作もありません」
「……あんた本当にカズマと主従契約結んでるの?」
「結んでいます。当たり前ですよ、これほど従順なメイドが他にいるとでも」
「たった今、主人の承諾もなしに重労働させるって言ったよね」
「賭けに勝つので問題ありません」
賭けに絶対の自信があるとシルヴィアは言い切った。
「ものすごい自信ね、なら聞かせてもらいましょうか、何を賭けの対象にするの、あなたに有利なモノじゃなければやってあげるわよ」
「お聞かせしましょう。マスターは獣人族のアクティブ以外に姉さん用の機体も用意するつもりのようです。姉さんがその機体を装備した時、絶叫する方に私は賭けます」
「は?」
何言ってるのこの子、って顔で間抜けな声をファーがこぼした。




