第86話『南門守備隊長』
「この大きさ間違いなく特殊個体、たった一撃で倒すなんて」
外傷は急所を撃ち抜いた穴が一つだけ、リンデは本当に倒したのかと剣でツンツンとつついている。
「この方法だと一撃で倒せるけど、魔結晶を破壊しちゃうからちょっともったいないかな、素材の価格だって下がるし」
「いやいや少佐級を超える魔物だよカズマくん、魔結晶が無くても報奨金がかけられているはず」
「そうなのか」
「運んでいければだけど、証拠にハサミの一つでも持っていけば大丈夫だと思うよ」
懸賞金だけでもそれなりの額にはなりそうだけど、これだけの大物だできれば全部持っていきたい。
「いや、全部運んでいこう。ダラスさん手伝ってもらっていいですか」
「俺たちはかまわないけどよ、担いでいくのか」
「いいえ、少し支えてくれるだけでいいです。シルヴィア」
「了解ですマスター」
時間はかけられないから手早く処理をしてしまおう。
サウスフロト王国南方にある城塞都市サウスナン。
人間領域と魔物領域の境界線にもっとも近い都市であり凶暴な魔物が多く生息するナナン樹海が近くにあるため魔物の討伐を生業にする多くの冒険者が活動の拠点にしている。そのため大量に持ち込まれる魔物素材から武具や魔道具が作られ、その生産力はサウスフロト王国内で一番高い。
城塞都市の名に恥じない堅牢な城壁に囲まれたサウスナンに入るには、東西南北にある四つの門のどれかを通らなければならない。
だが現在南門は閉じられていた。
完全武装した兵士の一団が決死の決意で閉じられた南門の守備につき、かたわらには攻城兵器にもなる設置型の大型弩バリスタが急ピッチで組み上げられている。
「バリスタは四基しか用意できなかったか」
「申し訳ありません。急ぎ城壁上のバリスタを解体して運ばせていますが、追加が来るのは早くとも明日になってしまいます」
「副長、他の守備隊からの増援は」
「それが、増援のための調整に手間取っていると、送られてくるかもまだわかりません」
南門守備隊長ベテルドは集まった戦力の低さに奥歯を噛みしめた。
「奴らはこの危機的状況が理解できないのか」
ことの起こりはナナン樹海で魔物討伐をしていた冒険者が、南門からほど近い樹海の中で特殊個体のスコーメタルを目撃したことから始まる。
通常で討伐レベル95のスコーメタルが特殊個体にまで成長すると討伐レベルは105まで上方修正される。
討伐レベル三桁の魔物など一個軍隊と同レベル。王城へと知らせを出し早急に軍の派遣を要請するレベルの話だ。それなのにサウスナン上層部は軍の派遣要請を見送り南門を閉じ守備隊で迎撃しろと指示を出したことが、ベテルドには信じられなかった。
軍が討伐すれば魔物素材は当然討伐した軍のモノになる。それを上層部はいやがった、スコーメタルはハサミから尾の先まで全てが素材になる。それも高級な素材、上層部連中はそれを独占したいと考えた。
「金の亡者どもめ」
特殊個体のスコーメタルなどサウスナンに三十年生活しているベテルドでも初めて聞く、素材の価値は想像もできない。懸賞金を出し冒険者ギルドに討伐依頼をしたようだが討伐レベル三桁の魔物、討伐されるまでにどれほどの犠牲がでるか分からない、もし討伐に失敗した冒険者を追いかけ、ここサウスナンにスコーメタルを誘き寄せてしまったら守備隊は全滅する。それどころか門は突破され住民に被害が及ぶ可能性だってある。
「せめてバリスタだけでも数を揃えたい」
「急がせます」
まだ犠牲者が出たと報告はないが時間の問題とベテルドは考えていた。
「隊長、スコーメタルです!!」
太陽の半分が山に隠れ薄暗く視界が悪くなっていく時間、城壁の上の見張りが叫んだ。恐れていた事態が起きた。
「矢の装填急げ、長槍構えろ!」
巨大な魔物用の長槍を使い守備兵たちは決死の覚悟で槍衾を作り上げる。
特殊個体のスコーメタルは毒液を飛ばしてくるらしい、一滴でも体内に入れてしまえば即死するほどの強力な猛毒、鉄をも溶かす酸も含んでいるので鎧も意味をなさない。槍衾など気休めにもならないだろう。しかし彼らの後ろには南門が存在する。
もしこの門を突破されたら何百人と被害者を出してしまうだろう。
生まれ育った故郷のため、そこに暮らす家族のため、彼らは命を懸ける。
「隊長、スコーメタルの周囲に人影が見えます」
「最悪だ、やはり冒険者どもが誘導してしまったか、どこの冒険者だスコーメタルをここまで誘導してきたバカどもは!!」
懸賞金に目が眩んだ自身の力量も計れない身勝手な冒険者など今すぐ首を切り落としたいと腹の底から怒りのマグマが噴火する隊長のベテルド。バリスタをスコーメタルもろとも冒険者どもに本気で打ち込みたくなる。
もう少しでバリスタの射程内。
「隊長! スコーメタルの動きが変です。射程外で速度を落としました」
「冒険者どもが何かしたのか!」
囮も務められないのかとベテルドが冒険者たちへの怒りをさらに募らせる。
「様子がおかしいです。スコーメタルを取り囲んでいるのですが、戦闘をしているようには見えません!」
見張りの報告が守備隊にわずかな混乱をもたらした。スコーメタルは近くに捕食できる存在がいて大人しくなる魔物ではない。
「捕縛スキルでも使っているのでしょうか」
ベテルドの隣にいる副隊長が自身の推測を口にするが、言った本人もあまり自信がなさそうな顔をしている。
「そんな高等なスキルを持った冒険者の話など聞いたことはないがチャンスだ、動きが遅いなら狙いが付けやすい、バリスタ良く狙え、射程内に入ったら冒険者に警告をしろ!」
闘技法には身体を強化する技が多く、一つに声帯を強化する技もある。副隊長が自分の声を強化して拡声器以上の声量で冒険者へ呼びかける。
「冒険者に告ぐ、直ちに避難しろ、繰り返す、直ちに避難しろ!!」
こちらの呼びかけは間違いなく聞こえているはずなのだが、冒険者たちはスコーメタルから離れなかった。
大きく舌打ちをしたベテルドは吐き捨てるように命令を発する。冒険者たちには悪いが、守備隊は都市を守る使命が第一なのだ。
「バリスタ撃って!!」
四基のバリスタから矢が放たれる。
大きな目標で動きが遅かったため狙いは簡単であった。すべての矢は狂いなくスコーメタル目掛け飛んでいく、ベテルドが命中を確信した瞬間――冒険者が小さな筒を打ち出した。数は矢と同じ四つ、筒は煙を引きながら矢に命中すると爆発。
「な、なんッ!」
ベテルドは意味のある単語で驚くことができなかった。
小さな筒が城門ですら破壊する巨大な矢を吹き飛ばした。
「爆裂魔法なのか?」
隊長の疑問に答えられる隊員はいなかった。
「隊長、冒険者たちがスコーメタルをひっくり返しました。もしかしたらすでに討伐していて、その死骸を持ってきたのでは」
「そんなわけあるか、相手は討伐レベル105の化け物だぞ、見る限り傷一つおっていないじゃないか!!」
討伐には一個軍隊が必要な強さを持つ魔物なんだ。
薄暗くまだ距離はあるが視力強化したベテルドにはスコーメタルは無傷に見えた。
「ですが、ひっくり返した腹の上に乗って、こちらに大きく手を振っていますよ」
「っ……――」
言葉すら出すことができなくなったベテルド隊長。
「あ、別の狼っぽい鎧の男が毒の尾を持ち上げて振り回してますね、もしスコーメタルが生きているなら間違いなく刺されてますよ」
「……ふざけるんじゃねぇ、俺たちの覚悟を返しやがれぇ」
全身の力が抜けその場にへたり込む南門守備隊長ベテルド30歳。これが、これから彼の人生を大きく振り回す冒険者たちとの邂逅であった。




