第72話『カズマ動けず誤解で祝福』
いやー困ったことになった。
リンデに父親の事を伝え、泣かれるまでは予想していたけど、まさかしがみ付かれ、そのまま眠ってしまうとは。
それも俺が押し倒されたような形になっているので動けないまま朝になってしまった。見張りはシルヴィアから事情を聴いたバァルボンさんが変わってくれたけど、これって俺とリンデが同衾したことになるのかな。
はたから見たら間違いなくそう見えるよな。
俺の理性よ、よく一晩耐えてくれた。
泣き疲れたのかリンデはテントを片づけ一行が出発する時間になっても目を覚まさなかった。リンデは護衛としても貴重な戦力である。ここは起こすべきなのだろうが、バァルボンさんにそのまま寝かせておいて欲しいと頼まれたので、馬車は俺たちを乗せたまま動き出した。
昨日まで一緒に乗っていた村人たちは歩けるまでに回復したそうで、今日は乗っていない。もしかしなくても気を使ってくれたのだろう。
俺とリンデの関係の誤解は瞬く間に開拓団一行全体に伝わり、先頭を護衛しているウルフクラウンのメンバーも交代でわざわざ最後尾まで覗きにきた。
「やったじゃねえか坊主、こんな上玉落としやがって、街に戻ったら逆玉だな」
ダラスさんがひとしきり俺をからかった後で、親指を立てて先頭に戻っていった。
「冷やかすためだけに、護衛を抜けてくるなよ」
「マスター、ウルフクラウンは護衛の依頼を受けているわけでは無く自主的に護衛をしてくれている形ですので、このくらいの融通は利くでしょう」
「ああ、そうなるのか」
その後も、話しを聞いたカリンとフットが様子を見にきて。
「おめでとうございますカズマさん」
フットくん、何がおめでとうなのかな、絶対に勘違いしてるよ。
「私も二人はお似合いだと思うよ、これからカズ兄って呼ばせてもらうね」
それはもしかしてリンデのことをリンデ姉と呼んでいるからか、その相手と思われている俺も義理の兄になるわけか、勘違いだけどな。
「フットもカズ兄を見習って頑張りなさいよ、三年も開拓村に閉じ込められて少しだけたくましくなったんだから」
「な、なんのことかな」
「とぼけなくても知ってるわよ、フットがミルフィのこと好きだったって」
「わッーーー! 姉さんどうして知ってるの!!」
弟のプライバシーを盛大に暴露する姉、姉弟には遠慮がないな、カリンはもうすぐ安全な村へ帰れるからかテンションが高い。
「みんな知ってるわよ」
「みんなってどこまでを指してるの!?」
もっともな疑問だフット、俺は知らない。
「聞いてよカズ兄、フットってね、これから行く村に好きな娘がいるんですよ、ミルフィっていう大人しい良い子でフットにはもったいない美人系なんです。それなのに向こうもフットのことを想っているみたいでね」
「えっ!? そうだったの」
「気がついてなかったの、あの子、フットが開拓村へ行くことが決まった時、泣いてたのに」
この二人の三年前ってまだ十歳にもなってなかったろ、フットくんはずいぶんとませていたんだな。
「でも、あれから三年もたってるんだよ」
「大丈夫、ミルフィならきっとフットを待っていてくれるわよ、あの子は一途だもん」
「そうかな」
「絶対にそうよ、だからほら、ちゃんとしなさい。それじゃカズ兄、私たちは戻るね、あんまり騒がしてもリンデ姉に悪いし」
もうすでに散々騒いでいたような気がするが。
「リンデ姉を大切にしてあげてね」
「お、おう」
「行くわよフット」
「待ってよ姉さん」
ダラスさんと同じように親指を立てて去っていく姉とそれを追いかけていった弟がいなくなると、急に辺りが静かになる。聞こえるのは馬車の音だけだ。
もうすぐ昼になろうとしているが、リンデは目覚める気配がない。
それから道中で二度ほど後ろから追いかっけて来た魔物がいたが、視界に入る前にシルヴィアがグライダーナイフを飛ばしてしとめている。
「カズマ殿、そろそろ村へ到着しますぞ」
「そうですか、リンデはどうします」
「さすがにそろそろ起こした方がよいでしょうな」
「ですよね」
さすがに、このまま村へ入るのは恥ずかしいし、リンデにとっても一生消えない思い出になりそうだ。
「リンデ、リンデ」
俺は彼女の名前を呼んで少しだけ肩をゆすってみた。
「ん、ん~」
ちょっとリンデさん、色っぽい声を出してさらに強く抱きしめないでください、これじゃ絶対に誤解される体勢ですよ。
「これはいけませんな、さすがに気が緩み過ぎですぞお嬢様」
バァルボンさんが、俺とは違い遠慮なくリンデの肩を揺らして、ようやくリンデが重たそうな目蓋を開けてくれた。
「お嬢様、お寝覚めですか」
「バァルボン?」
「もう村へ到着します」
「え、もう村に」
寝起きで現状が理解できないリンデが、眠る前に見張りをしていたことを思い出してバァルボンさんに謝罪する。まだ周りは見えていないようで、俺のことも気がついていないな。
「いいのです。理由はシルヴィア殿から聞いています。見張りには私が立っていましたから、それより。おめでとうございます」
「おめでとう?」
「私は反対しませんぞ、カズマ殿は優秀な魔導技師、もしお父上が存命であったとしても反対はなされなかったでしょう」
「え、カズマくん、反対って何に?」
「あ~、リンデ、その、おはよう」
もっと気の利いたことが言えないのか俺は、間抜けな挨拶にもほどがある。
「あ、あの、もしかして一晩中」
人間の顔って一瞬で色を変えられるんだな、色白だったリンデの顔がまばたきを一回する間に真っ赤に染まった。
「ちがうのバァルボン、私はまだなにも」
「あはは、よきことです」
「う~カズマくんもバァルボンに説明するの手伝ってよ」
どう手伝えと。
そんなかわいい顔でかつ上目使いでお願いされても困るんですけど、それにバァルボンさんだけに誤解だと理解させても、この一行全員に知れ渡っているので、誤解を解くにはもはや不可能に近い。
「マスター、今夜は赤飯ですか」
「こっちの世界にも、もち米はあるのか」
「無ければ作りましょう。それらしきモノを」
この世界にはないネタを振ってくる万能メイド様、本当にそれらしきモノをでっち上げそうだが、材料が不明なのが怖いので丁重にお断りした。
リンデの奮闘虚しく、バァルボンさんの誤解がとけないまま、村長さんたちがかつて暮らしていた村、ナナンの村へ一行は到着した。
俺は王国の最南端の村と聞いていたので、数軒の家があるだけの集落のようなモノを想像していたけど、太い丸太が並べられた頑丈な柵に、水はないけど深くて広い空堀まであり、村と言うよりちょっとした砦のような雰囲気、それがナナンの村であった。




