第70話『リンデの心情』
魔物の強さの表記をカテゴリーから討伐レベルに変更しました。
ここは人が足を踏み入れなくなって三年になる山、冬が近いので獣型の魔物は数を減らしているが、冬眠しない魔物もとうぜんいる。
先頭が魔物と遭遇したと連絡がきたので、私は足の骨を治したばかりのカズマくんを馬車に残して先頭に向かう。シルヴィアさんが残っているので後方の守りは問題ない。
アクセルグリープを起動させて一気に集団を追い抜いた。
先頭に到着してみれば、クモ型の魔物タイランチュウラが道に巨大な巣をこさえていた。タイランチュウラはクモ型の魔物の中では大型の部類で、足を広げれば五メートル以上の大きさになる。
討伐レベルは65とブラックボアと同じレベルであるが、それは単体での遭遇した場合であり、巣が作られ待ち構えられている場所に踏み込めばブラックボアなど比べ物にならないほど凶悪な相手となる。
巣を構えたタイランチュウラを相手にするくらいなら、ブラックボアを三匹同時に相手にする方がいいと、経験のある冒険者なら全員がそう答えると思う。
この魔物の吐く糸はまるで鋼鉄の糸のようで、もし絡みつかれれば振りほどくのは不可能に近い、そのはずなんだけど。
「捕まえたぞ」
「踏ん張れ、援護する」
ウルフクラウンのメンバーの一人が、わざと腕に糸を絡ませ力比べを仕掛けている。さすがに一人では力負けしていたが、二人ほどが糸の巻き付いた男の体を支えると、力が拮抗したようでタイランチュウラが動きをとめた。
どうやら最初から、糸をわざと絡ませ動きをとめる作戦だったようだ。
普通、糸を腕などに絡ませ抵抗などしようものなら、腕自体がボロボロになってしまうが、ウルフクラウンは全員カズマくんの製作したアクティブアーマー『スィンバンカー』を装備しているので、本来なら凶悪なタイランチュウラの糸が装甲に小さな傷をつける程度でしかなかった。
「テルザー」
「まかせろ」
そして本来は魔法で援護が主体の後方要員であるはずの魔槍士のテルザーさんが先頭でタイランチュウラに突撃をする。
テルザーさんのスィンバンカーは特別製で背中に突撃用ブースターを付けており、筋力はウルフクラウンの中で一番弱いにも関わらず、メンバー最強の打撃力を持っている。
魔槍をバンカーで撃ち出し。
「ウィンドカッター」
タイランチュウラの皮膚を貫いた魔槍の先端から、体内で風魔法を発動させる。
この一撃で内蔵をズタズタにされたのであろう。立っていることができずに巣から転がり落ちる。
「今だトドメを刺す」
「足は高値で売れる素材だ、できるだけ傷つけるな」
スィンバンカーを装備したウルフクラウンにとってもやはレベル65程度の魔物ではもう相手にならなくなっていた。彼らの冒険者ランクは下から二番目の十字線だそうだけど、私には二ランクほど上の一つ星と言われてもおかしくない実力に思える。
これもカズマくんの作ってくれたアクティブのおかげだ。
応援に駆け付けたけど、私に出番は回ってくることなく、待ち構えていた魔物は退治されてしまった。
「バンカーがもう少し残っていれば、もっと簡単に倒せたのにな」
スィンバンカーの主力武装であるパイルバンカーの杭は先日の悪魔像・少佐級との戦闘でほとんど折れてしまっていた。私のスィンバンカーも残っている杭はカズマくんが最後に渡してくれたミスリル製のが一本だけである。
「村についたら小僧に頼もうぜ」
「そうだな、正式にこの鎧を売ってもらおう」
ダラスさんとテルザーさんがそんな相談をしている。悪魔像を倒すために製作されたスィンバンカー、悪魔像を倒した後もそのまま使い続けていたけど、このアクティブの所有権が曖昧なことに今さらながら思い至る。
ウルフクラウンは買い取ってでも譲ってほしいと考えているようね。
私もこれだけの性能のアクティブを手放したくない、走力は四倍になるし、悪魔像・卵二等兵級なら一撃粉砕できる打撃力。悪魔像の脅威を知るモノなら誰もが欲しがるだろう。
それにカズマくんからは街に行ったら私の専用機を作らせて欲しいとお願いされていた。普通は私の方がお願いする立場だと思うけど、いいのだろうか、実際に着てみてその性能を肌で感じアクティブがとんでもない代物だと実感させられた。それも量産品でだ。
カズマくんが本気で製作した一品物は、いったいどんな性能になるのだろう。
すぐに最後尾に戻って彼と話したくなったが。
「嬢ちゃん、すまないが手伝ってくれ」
タイランチュウラは簡単に倒せたけど、山道を塞ぐかたちで張られた蜘蛛の巣を取り払わないと一行が先へ進めなくなっていた。
応援にきてくれたバァルボンとも一緒に巣を取り払ったけど討伐よりも何倍もの時間がかかってしまった。ようやく最後尾へ戻ってみれば、楽しそうなカズマくんの声が聞こえ、馬車の上を飛び回る鎧を着た小さい何かを目撃してしまった。
「なんだそれは!?」
驚いて叫んでしまったのはしょうがないよね。
それから光の精霊ノネを紹介され、なんやかんやで夜になり、見張り当番についている。カズマくんには休んでいいと伝えたけど、寝すぎて眠くないと言い出し私と一緒に見張りをしてくれている。従者のシルヴィアさんは少し離れた場所を担当するらしい。
「まったく君には驚かされてばかりだ」
いろいろと取り乱してしまったけど、説明を聞けばまた驚かされた。まさか伝説の光の精霊と契約を交わしてしまうなんて。
「たまたまだぞ、シルヴィアがノネの閉じ込められた繭を見つけたおかげだ、ほとんど偶然だよ」
「偶然でも、助け出したのがカズマ殿でなければ精霊ノネは契約を交わしていなかったと思うぞ、カズマ殿にはリードフェアリーになってもいいと思わせる魅力があったのではないか」
約束していた私よりも先に専用のアクティブを手に入れるなんて、いいなー。
「少し嫉妬してしまうな」
嫉妬って私は何を口にしているの、リードフェアリーは学院にいたころ欲しがる生徒は何人かいたけど。私が抱いた感情は別物である。
「リードフェアリーなど大金をつぎ込んでも、手に入れられるモノではないからな、正直羨ましいと思ってしまう」
ああ、また偉そうに話し始めてるよ私は、こんな時くらい普通に話せたらいいのに。
「大切にしてあげるといい、光の精霊はお伽噺になるほどの希少な存在だ、リードフェアリーを持つ者は王国にも何人かいるが、光の精霊と契約を交わしたのはカズマ殿一人だけだと思うぞ……まあ、忠告などしなくてもアクティブの専用機を作ってあげるほどだし、仲が良くて羨ましい」
普通に話したいと考えていたら、私はなんてことを口走ってるの。
「え?」
聞き返された!
「い、いや、なんでもない、独り言だ。気にしないでくれ」
セーフだよね。小声だったし聞こえてないよね。
「街についたら、材料を集めてリンデの専用機を製作するからな、ちゃんと装備してみせてくれよ」
「覚えている。約束は必ず守るとも、街へサウスナンへ戻り、家の状況を確認したら、必ず。例えどんなに時間をかけても、君から受けた恩は必ず返す」
すぐにでも作って欲しい気持ちは当然かるけど、ヴァルトワ家がどうなっているか。確認をしなければ。
「時間がかかるのか」
「家がどうなっているのか、わからないからな。父が健在ならば、それほど時間はかからないと思うが」
父上が無事ならば、カズマくんを紹介したい。私の恩人で将来有望な、いえ、もうすでに有望すぎる腕前を持っている魔導技師。由緒あるヴァルトワ家だけど、もし仮に私とカズマくんが付きあうことになっても、説得できる材料は揃っている。って私はなにをはしたないことを考えているの。
私はカズマくんを男性だと意識している自分に気がついてしまった。
今まで年上の騎士などには憧れることはあったけど、同年代の異性にこんな感情を抱くなんて初めてのことだ。
意識してしまうと緊張してきた。
だって、今は夜の見張り当番でカズマくんと二人きりなんだよ。
「リンデ!!」
「は、はい」
そして突然、強く私の名を呼ばれたので、うわずった声で返事をしてしまった。
次回で次に村に到着するはず。




