第69話『勇気の出し方』
「まったく君には驚かされてばかりだ」
現在リンデと一緒に夜の見張り中。
新しく俺の従者兼リードフェアリーになった光の精霊ノネは、太陽の光が無い夜は苦手らしく、電池の切れた人形のように眠りにつき、俺とシルヴィアが借りたテントの中でスヤスヤと眠っている。
ここは、山の中腹にある開けた場所で、昔は開拓村へと行き来する旅人たちの野営地として使われていた場所だそうだ。
開拓村の人たちも小さなテントを建てそれぞれ休んでいる。
俺は夜営するにあたり最初の見張り当番になったリンデに付き合い一緒に焚き火を囲っていた。病み上がりだから休んでいていいとリンデには言われたけど、俺にはどうしても彼女に伝えなければならないことがある。
一緒に見張り当番になったシルヴィアは気を利かせて少し離れた所で見張りに専念している。
でも、どう切り出していいのか悩み、なかなか話しだせないでいる。
「しかし、精霊とそれも光の精霊と契約を交わすとは」
「たまたまだぞ、シルヴィアがノネの閉じ込められた繭を見つけたおかげだ、ほとんど偶然だよ」
そうこうしていると、リンデの方から会話をはじめてくれた。それも自然な感じで繭の話題を口にできた。このまま、あのリンデと同じ紋章をもった鎧の騎士の話にもっていければ。
「偶然でも、助け出したのがカズマ殿でなければ精霊ノネは契約を交わしていなかったと思うぞ、カズマ殿にはリードフェアリーになってもいいと思わせる魅力があったのではないか」
俺に魅力があるだと、今までそんなこと一度も言われたことがないんですけど。
「少し嫉妬してしまうな」
嫉妬、俺がリンデに嫉妬される対象になっているのか、いったい何に、ノネと仲良く遊んでいたからか、まさかリンデも俺と一緒に遊びたかったとか。
「リードフェアリーなど大金をつぎ込んでも、手に入れられるモノではないからな、正直羨ましいと思ってしまう」
ああ、そっちですか、そうですよね。
変な期待をした自分が恥ずかしくなる。
「大切にしてあげるといい、光の精霊はお伽噺になるほどの希少な存在だ、リードフェアリーを持つ者は王国にも何人かいるが、光の精霊と契約を交わしたのはカズマ殿一人だけだと思うぞ」
そこまで、珍しい存在だったんですか。
「まあ、忠告などしなくてもアクティブの専用機を作ってあげるほどだし、仲が良くて羨ましい」
「え?」
最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかったけど、アクティブの専用機がどうしたって。
「い、いや、なんでもない、独り言だ。気にしないでくれ」
なんで慌てているんだ。
「街についたら、材料を集めてリンデの専用機を製作するからな、ちゃんと装備してみせてくれよ」
「覚えている。約束は必ず守るとも、街へサウスナンへ戻り、家の状況を確認したら、必ず」
SOネットから得た情報によるとサウスナンとはこのフロトライン王国の南端に位置する悪魔像の領域に一番近い都市で防衛都市とも呼ばれ、王国内でも首都サウスフロト、東の沿岸に築かれた交易都市サウストンに続く王国内でも三番目に大きな都市である。
もっとも今の集団が目指しているのは脱出した開拓村から一番近くの村であり、サウスナンに行くには、そこからさらに徒歩で五日ほど行かなければ到着しない。
村についてからも、休みや補給は必要だからサウスナンへの到着はいそいでも十日前後はかかるだろう。
「例えどんなに時間をかけても、君から受けた恩は必ず返す」
「時間がかかるのか」
「家がどうなっているのか、わからないからな」
防衛都市サウスナンについたらすぐに製作に取りかかるつもりだったので、けっこうショックなんですけど、けど考えてみれば、リンデは良い所のお嬢様みたいだから三年ぶりに帰ればしばらくは外出させてもらえないかもな。
「父が健在ならば、それほど時間はかからないと思うが」
「…………」
いかん、脳に悪魔が現れ伝えることに抵抗を覚えている俺に、別に伝えなくてもいいじゃん楽な方向へ逃げろとささやいてくる。
あの鎧の持ち主はおそらくリンデと同じ一族、話しを統合すると父親の可能性がもっとも高い。
ええい、いい加減勇気を出せ、妙銀一馬、一生で一番の勇気を振り絞るのは今だ。
「リンデ!!」
「は、はい」
力が入り過ぎて、怒鳴るように彼女の名前を呼んでしまった。勇気を出すのはいいが、よけいな力はいらないだろ。
「な、なにかな、あ、いや、なんだ」
焚き火に照らされているリンデの顔がさっきよりも赤くなった、素の喋りになって恥ずかしくなったか、もうリンデが無理やり騎士口調を使っているのは気がついてますよ。
「今は二人だけだから、無理に騎士風にしゃべらなくてもいいぞ」
「…………気がついてたの」
しばらくの沈黙のあと、観念したように素の口調で口をひらいた。
焚き火のせいではなく、明らかに顔を赤くし恥ずかしさのあまり背中を丸め縮こまる。スィンバンカーを装備したままなのに器用だな、いつもとのギャップでドキリと心臓が鼓動してしまう。
無理に騎士であろうとしていることは、たぶんウルフクラウンも全員気がついていたけど、それを伝えたらリンデの精神が限界突破しそうだから黙ってよう。
意外なことでリンデのかわいい仕草を見せられ、別の緊張も襲ってくる。だって考えてみれば、夜の山の中で美少女と焚き火を囲って二人きりだぜ意識すると緊張するだろ。
早くしないと、俺の精神の方が限界突破しそうだな。
これ以上時間を空けると本当に伝えられなくなりそうだ。
「リンデ、伝えたいことがある」
「は、はい、なにかな」
「ちょっと一緒に来てくれ」
「え、でも見張りが」
「シルヴィアが警戒しているから大丈夫」
シルヴィアの警戒をすり抜けてくる相手なら俺たちが見張っていても気がつかない。
「このタイミングを逃すと、もう言えなくなりそうだからな」
明日にはもう村に到着してしまう。リンデも急ぎでサウスナンへと帰りたがっているし、俺もこのままだとズルズルと言い出せなくなってしまいそう。
「もしかして一緒に見張りをするって言ってくれたのって」
「ああ、リンデにどうしても伝えたい事があったからだ」
俺はテントの裏に止めてある馬車の元へリンデを促した。まだ真相を伝えていないのに、リンデは表情を引き締め何かを覚悟するように、背筋を伸ばして付いてきてくれた。もしかしたら薄々、俺が伝えようとしている事に察しているのかもしれない。
「あ、あのカズマくん。私なんかでいいのかな」
「リンデ以外にいないだろ」
バァルボンさんに伝えて、それからリンデに伝えてもらうなんて無責任な気がするし。
「こっちだ」
俺が先に馬車にのり、リンデへと手を差し出す。
繭から出した亡骸は一体一体をシルヴィアが丁寧に袋に納めてくれている。さすがに狭い夜営テントには持ち込めないので馬車にのせたままになっていた。
「カズマくんって意外に強引なんだね」
「わるいな、でも今の俺は一生で一番勇気を出しているんだぜ」
「そ、そうなんだ」
俺はシルヴィアから聞いていた印の付いた袋を丁寧に持ち上げリンデの前へと置いた。
「これがリンデに見せたいモノだ」
「え? 見せたいモノ?」
あれ、なんでかリンデが少しがっかりしたような表情になってしまった。




