第59話『いざ少佐級へ』
スキャンでは繭の中はシルエットしかわからないが、シルエットだけでも立派な鎧だとわかってしまう。
「この人、けっこうなお偉いさんかもな」
『肯定、槍はミスリル製です。上級騎士だと思われます』
リンデと一緒にきた討伐の人かもしれないな。少佐級を倒したら繭から出して埋葬くらいはしてあげたい。
「なんでワタシが、そんなことしないといけないね!」
上級騎士に意識を向けていた間に、ネクロとダラスが言い合いになっていた。
「説明しただろ、俺たちは少佐級を倒しに行かなきゃならねえ、その間、そこの二人を見ていてくれって言ってるんだよ!」
「だからなんでワタシね、君たちの誰かがやればいいよ!」
「戦力に余裕がないんだよ、わかれよこの状況!!」
どうやらダラスさんが救出した村人ふたりを、少佐級を討伐に行ってる間ネクロにみていてくれと頼んだようだが、ネクロがそれを拒否した。
少佐級を見失ってから時間がたっていく、ダラスさんは聞き分けのないネクロ相手にイライラが溜まっていそうだ。
「そんな一フロトの得にもならないことは御免ね、それより私の護衛をするね。報酬は通常より多く出すことも考えるよ」
考えるだけなんだろ。ここで護衛を引き受けたところで相場よりも安く値切ってくるのはこの場の誰もが理解している。
「あいにくだったな、お前がすでにアナブロなのは知ってるんだよ」
「あなぶろ?」
『アナブロ。穴の開いた銭の袋の略語。この世界のスラングです。所持金を意図せずすべてを失った時などに使われます』
「い、いい加減なこと言うなね、ワタシはサウスナンでは指折りの商人よ!」
「村が襲われた時、テメェの全財産を預けたのはどこの誰だったか忘れたのか?」
「――ッ!?」
村が悪魔像の襲撃を受けた時、契約を盾に無理やり荷物を持たされたのはダラスさんたちだった。
「おまえ、私のお金を持ち逃げしたのか!」
「言いがかりはやめろよな、俺は契約にしたがって荷物を運んだだけだ。その途中で契約者が死亡、あるいは行方不明となった場合どうなるのかな」
「もちろん、持ち主を助けて、荷物を返すね、人は助け合う生き物よ」
契約に護衛が含まれていれば、ダラスたちウルフクラウンの契約失敗になったのだろうが、護衛は正式に破棄されていた。残っていたのは村での荷物運びだけ。この場合、契約を素直に読み取るなら、持ち物さえちゃんと運べば持ち主の安否まで責任を持たなくていいことになる。
代金を少しでも安くしようと護衛を解き荷物運びだけにしたネクロの失敗だ。
依頼主と冒険者の間に信頼関係ができていれば、契約になくても助けていたかもしれないが、あのネクロの契約の裏をついたようないやらしいやり方に、ウルフクラウンは誰一人として契約以外のアフターサービスはやろうとしなかった。
世界は変わっても人間関係は大切なんだな。
「うそつくなよ、テメェなら間違いなく全部ネコババするだろ、死んだ村人の荷物がいつの間にかお前の荷物に入ってたことを、荷運びしてた俺らが気が付かないとでも思ってたのか」
「うぐ……」
唸るネクロ。死んだ村人の荷物って、そんなことまでしてたのか。
「再利用ね、村の生活が良くなるように、ワタシが有効活用してたのよ、お前たちだってその恩恵受けてたよ」
「ああ、そうだな、それは認めるしかない、俺たちだって死にたくなかったからな」
いくらネクロが狡賢くても死人の荷物を勝手に盗むのは村人たちの怒りを買ったに違いない、ウルフクラウンが傍にいなければ袋叩きにあっていただろう。ダラスたちも良心を痛めながらも、生きるため仕方がなくネクロと行動していたってところか。
村会議での対立の根っこにあったのは、これかもしれないな。
そんな村にリンデはバァボンさんと二人だけでやってきて二年も生き抜いたのか、たくましいはずだ。
「取引しようぜ、テメェお得意の」
「どんな取引ね」
「お前の荷物のありかを教えてやるから、この二人の面倒を頼む、どうせ護身用の魔道具くらいは持ってるんだろ」
ネクロの荷物ってダラスさんたち、けっこう漁っていたような、俺もコーティング剤は使っちまったし、でもあれは村人に配る約束のモノだったから盗んでいたのはネクロの方だよな。
「わかったね、その条件引き受けるよ」
ほぼネクロには有利な条件のない交渉であったが、やけにあっさりと引き受けたな。裏がありそうだけど確認している暇はない。
繭を切り落として魔力の流れていたラインは消えてしまったが、その痕跡はサーチバイザーで記憶している。
「リンデ今度こそ決着だ」
「ああ、急ごう」
俺たちは魔力が流れていた管をたどり洞窟の奥を目指す。
奥へと続く道はデコボコの下り坂、ホバーの俺は速度を落とすことなく進めるが、リンデたちは足が速くなった分、転ばないように注意しなければならない。
完熟訓練などしていないからな、もう三日くらい、ならし運転ができていればもっと楽に走れるようになるだろうが、それは贅沢な望みだろう。
おそらくこの先が決戦場になる。
もし足場が悪かったら、思わぬ障害になるかもしれないなと、すこしだけ心配していたが。
『マスター、前方に魔力反応。少佐級です』
少佐級に近づくにつれ、足場が平らになっていった。
「いたぞ!」
三度目の対面。
少佐級がいたのは道の終わり洞窟の最深部だった。
繭があった広場のよりも若干狭いが、ここも開けた部屋になっている。違いがあるのは天井には繭がなく、壁から吸盤のような椅子が生えていることだ。壁自体が薄緑色に発光しており、部屋全体に魔力が充満している。
繭から吸収した魔力はすべてこの部屋に送りこまれていたのだろう。
少佐級は吸盤のような椅子に座り、膨大な魔力が体内へと送りこまれていた。魔力供給は止まったはずなのでこの部屋の魔力を使いきればもう充填はできないだろうが、少佐級の最高時の魔力の数倍は残っていそうだ。
だがまだ完全回復はできていない、魔力が補充されるにつれ、体のヒビがふさがっていくようだが、表面のヒビは減っても、もげた片腕や翼などは再生していない。
「もう逃げ場はないぞ!」
「これでトドメだ!」
「三年も閉じ込められた恨み!」
リンデがダラスがテルザーが、回復途中の少佐級へパイルバンカーを打ち込んだ。




