第58話『生体反応』
「本当に大丈夫なの、私の声聞こえる。目は見えてる!!」
ものすごい取り乱してる。
俺の頬の手をあててまじかで目を覗き込むの、できればやめてほしい、顔が近い、ちょっと顎を突き出せば唇がふれてしまいそうなほど接近しています。鼻息がリンデの顔にかかりそうで息をするのも難しいです。
「ああ、耳も聞こえるし、視力も問題ない」
冷静になれ、今は緊急時だ、理性を手放していい場面じゃないぞ。俺は戦闘とはまったく関係ない沸き上がるエネルギー、リビドーを消火する。
「よかった、でもどうやって」
それは俺も知りたいです。音波なんて目に見えないし、かけられていた事すら気が付かなかった。
『攻撃手段はわかっていたので、サーチバイザーのインカムを調整してレジストしました』
あ、シルヴィアのおかげだったのか。
シルヴィアの遠隔操作で外部スピーカーモードに切り替わり、シルヴィアの声はリンデにも届いている。彼女のアシストはアクティブに高度なAIが搭載されているかのようだ。俺が指示するよりも正確にサポートしてくれる。
「アクティブにはそんな能力もあったの」
『防げたのはマスターのフゥオリジンだからです。量産型のスィンバンカーではレジストは不可能、よってマスターが囮となったことは最良の選択と言えます』
「それでも、あんな無茶されたら心配に――」
「いやースゲーじゃないか、ジャンバットを少数で討伐なんて一つ星のパーティーだって難しい相手だぜ」
リンデの言葉を遮りダラスさんが会話に割り込んできた。助かったような、残念なような、冷静さを取り戻したリンデは、ぎこちない動作で離れて行ってしまった。
「ここを出て街に行けたら、正式に俺たちにも作ってくれよ、有り合わせじゃない最高品をよ!」
顧客ゲット、もちろん作ってあげますとも、リンデの専用機を作ったあとでね。
「ダラス、浮かれるのは後にしろ、ジャンバットが俺たちの討伐目標ではない」
「わかってるよテルザー」
そうだ、ジャンバットはいわば中ボス、まだこの洞窟のラスボスが残っている。
「ヤツはどこにいったんだ」
ジャンバットの戦闘のどさくさに紛れて少佐級は姿を消していた。
入ってきた道の他に、奥へと続く道は三本、この道のどれかに逃げたのは間違いないだろうが、誰もどの道に逃げ込んだか見てはいなかった。
「ダメだ、足跡は確認できない」
岩がむき出しの地面、騎士風の言葉使いに戻ったリンデが悔しそうにこぼした。
「シルヴィア、索敵はできるか」
『レーダー波のエリア内にはいません。しかし、生体反応のある繭から伸びる管から魔力が流れています。推測ですがその管をたどれば少佐級までたどり着けると思われます』
「なるほど、確かにその管の先にいる可能性は高いなって、繭にまだ生体反応! それってジャンバットみたいなのがまだ入ってるってことか!?」
俺の驚きの声に反応したみんなが、視線を繭へと向ける。
うっすらと魔力を発しているのは三つ、ジャンバットの入っていた繭より小さ目だが、そのすべてに生体反応がある。
「どうする。リボルバーで中身をしとめるか」
リボルバーが効く相手ならいいが、もし効かなかった場合、中の存在を怒らすだけの結果になるかもしれない。
『マスター、漏れ出す魔力パターンを分析、人間種に近いパターンです。65パーセントの確率で中には人が閉じ込められていると推測』
音声は外部スピーカーモードのままなので、シルヴィアの推測はこの場の全員に聞こえていた。
「中には人間だって」
この辺りには、人間の住んでいた村は一つしかない。リンデたちが暮らしていた開拓村だ。
そして先日の襲撃で村人が数名行方不明になっている。
俺もリンデもウルフクラウンも、一つの解答にたどり着いた。
「シルヴィア、もう一度確認だ。三つ全部、人の可能性が高いんだな!」
『肯定』
「切り落とす。受け止めてくれ」
回収していたグライダーナイフを再度発射。
リンデやダラスさんたちができる限り衝撃を与えないように受け止める。
「くそ、この繭の殻とんでもなく固いぞ」
ダラスが採取用のナイフを突き立てるがナイフの刃先の方が欠けてしまった。空気を取りこむためと思われる小さな穴があいているだけの繭、開封用の切れ目など入っていない。バンカーを使えば壊せそうだが、それでは中の人まで被害が出てしまいそうだ。
「俺がやる」
サーチバイザーで生体反応をスキャン。バイザーに映し出されたシルエットは確かに人の形をしていた。
俺は高速回転したグライダーナイフをゆっくりと動かし、人を傷つけないように外殻をくり抜いた。
「ひらいたぞ」
「中は、ホントに人間だ」
中に閉じ込められていたのは、思った通り村で行方不明になっていた村人だった。
繭から引きずりだしリンデが容体を確認、騎士学校に通っていたとき簡単な応急手当などは習っていたらしい。
「かなり魔力を失っているが、それ以外の外傷は見当たらない」
治療はまかせ、俺は二つ目、三つ目と繭を開けていくと、三つ目の中からは聞き覚えのある罵声が聞こえてきた。
「なんね、なんね、救援かね、遅すぎるよ! どこの救援隊ね、私が納めた税金いくらだと思ってる。もっと丁寧に助け出せ、キィーンって切断するなんて、ワタシを殺す気か、このボケども!!」
卵からかえった雛のかわいらしい鳴き声とは程遠い、聞いているだけで苛立ちを掻き立てる聞き覚えのある声。
助け出したのに感謝の言葉どころかボケだと。
「ああ、私のペンダントの魔力がこんなに減ってるね。隊長は誰か、弁償するね!」
この繭だけあけるんじゃなかったと本気で思ってしまった。村で行方不明になっていた、あくどい商人ネクロ。他の二人の村人は魔力を吸収され衰弱していたが、こいつは首から下げている高級そうなペンダントが吸収される魔力を肩代わりしていたようだ。
「あれ、ダラスたちね。なんねそのダサみょうな恰好は?」
ダサみょう。ダサくて奇妙なかっこうってことか。
やっぱりこいつだけ助けんじゃなかった。
「ネクロ殿、助けだされた事に文句があるなら、繭の中に戻ってもらってもいいが」
俺が怒ろうとしたのに、それよりも早くリンデ様がお怒りになってしまいました。
「じょ、冗談ね、救援隊と勘違いしたね。お前たちが金を持ってないことは知ってるから、弁償はあきらめるよ」
つくづく腹立つことしか言えないのかこいつは。
「シルヴィア、他の繭には生体反応はないんだな」
『はい、反応があったのはその三つだけです』
仕組みから考えると、魔力を供給するバッテリー用に使われていたのか。悪魔像も魔力で動いていた。おそらく活動エネルギーの充電などに使われていたのだろう。
俺は生体反応のないジャンバットの落とした繭を見つめた。
サーチバイザーでスキャンしてわかった。中には鎧をまとった人が閉じ込められていることが、あきらかに開拓村の住民ではない、きっと討伐隊に参加した騎士の一人なのだろう。握りしめた槍の穂先だけが繭の外まで突き出していた。




