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第39話『舞い降りるモノ』

本日4本目です。

魔物の強さ表記をカテゴリーから討伐レベルに変更しました。

 飛び散った火の粉が馬小屋に燃え移り、またたく間に炎上していくのをボンヤリと眺めている。


 頭を打ったかも、なんかボーっとする。


「あなたたち、だいじょうぶ?」


 いつものやさしいお母さんの声が耳元でした。そうだ、私は地面に倒れているんだった。


「私は大丈夫」

「僕も」


 フットも無事なようだ。お母さんのおかげだ、普段はゆっくりな人なのにあの瞬間はとても素早かった。

 近くで馬小屋が燃えている。このままここで寝てるのはあぶないので、お母さんにどいてもらおうとしたら、頬にあったかい水が垂れてきた。


 これはなに?


 炎に照らされたから水が赤く見える。いや違う。炎のせいで赤く見えるんじゃない、水そのものが赤いんだ。


「お母さん!!」


 これが血だと認識した瞬間、ボーっとしていた思考がはれた。


 お母さんが頭から血を流していたのだ、背中も馬小屋の破片でケガをしている。お母さんの下から必死ではい出して容体を確認するけど、医術の知識なんかないし、どうしたらいいのかわからない。


 ただお母さんと呼び続けることしかできなかった。


「…………姉さん」

 フットが私を呼んできた。フットは茫然として燃え盛る馬小屋を見つめていた。


「何してるのよフット、ここからお母さんを運ばないと!」


 動かない弟へ怒りを向けるが、それでもフットは動かない。


「姉さん、あれ」


 ゆっくりと指を持ち上げ、炎の中をさした。


 デジャブなのか、その動作はさっきのお母さんの行動を思い起こさせる。フットが指し示す先、炎の中に一つだけ燃えない物体が存在していた。


 それは空から飛来した存在、大人の胸ぐらいまでの高さがある不気味な紫色の卵であった。卵は炎に当てられても焼け跡すらついていない。



「なんなの、いったい」

 私の言葉に応えるように卵が脈打つと、殻を突き破り、鋭い爪を持つ紫色の足が二本生えてきた。地面を踏み立ち上がると、天辺から割れるように裂け大きな口となり、最後には赤い眼が出現する。


「が、悪魔像(ガーゴイル)


 卵のような体に目と口と二本脚だけの悪魔、リンデ姉から聞いた悪魔像・卵二等兵(ガーゴイル・エッグ)の特徴そのものだった。悪魔像の中では一番弱い最下級兵隊、討伐レベルは20。ブラックボアに比べたらはるかに格下のはずなのに、どうして足が震えて動かないの。このままじゃお母さんが大変なのにどうして、リンデ姉との特訓でレベル20程度なら倒せる実力は付いたはずなのに。


「悪魔像ッ! どうしてこんな所に」

「村は安全じゃなかったのか!?」


 瓦礫から這い出してきたダラスとネクロが悪魔像・卵二等兵に恐怖の悲鳴をあげた。

 ダラスは冒険者チームのリーダーだ。自分は十字線(クロスライン)だと以前に自慢していた。ダラスの実力なら卵二等兵級なら簡単に倒せるはずだ。それなのにダラスは恐怖で動けなくなっている。


「ダラス、冒険者なら闘うね!」

「な、テメェ!」


 ネクロがダラスを悪魔像へと押し出し、自分一人だけ逃げ出した。元から人の弱みを笑って突いてくるこの商人は好きではなかったが、今の行為で一番嫌いな人物へと格上げした。


「くるな、くるなッ!!」


 声に反応した卵二等兵級がのそのそとダラスの方へと向き直る。


「ひィ!」


 恐怖に震えるダラスに逃げ道はない、私もただ見ていることしかできなかった。


 もうどうしていいのかわからない。あんなに特訓したのに指一本動かない。さんざんダラスたちのことを臆病者だと罵っていたのに実際に対面してみて、ダラスたちが何に恐怖していたのかを思い知らされた。

 実力うんぬんではない、睨まれるだけで全身が重くなりまるで血が固まっているようだ。


 ダラスが襲われたら、次は私たちの番だ。


 山向こうの村に帰ることもできずに私たちはここで死ぬんだ。生まれ故郷である小さな村、裕福ではなかった。だから開拓村に家族で参加したんだ。でもこんなことになるなら、貧しくても悪魔像のいないあの村に残ればよかった。


 あの村には親友の子もいた。村を離れるときそれだけが唯一の心残りだった。そういえばフットはあの子のことが好きだったな、本人は隠しているつもりだったようだけど、私にもお母さんにもバレていた。もしかしてフットが山越え案に賛成していたのって、早く帰ってあの子に会いたかったからかも。


 恐怖で思考がおかしくなってきた気がする。どうしてこんな時に関係ないことを考えだしたのか自分でもわからない。


「ワシの家族になにするか!!」


 そんな時だ。悪魔像以外が停止していた世界に新たな人物が飛び込んできた。装備しているのは剣などの武器ではなく、畑仕事で使うクワ。


「お、おじいちゃん」

「どっせい!!」


 開拓で鍛えられたたくましい腕から繰り出されるクワの一振り、クワはへし折れるが卵二等兵級も吹き飛ばし、燃える馬小屋の中へと叩き込む。


「お前はそれでも冒険者か!」


 折れたクワを投げ捨てるとダラスにげんこつ一つをお見舞いして私とフットを抱え上げた。


「アンナを頼む」

「あ、ああ、わかった」


 まだ震えているが、ダラスはおじいちゃんに言われた通り倒れているアンナお母さんを抱え上げてくれた。自分だけで逃げることをしなかったダラス、わずかにでも冒険者としての意地が残っていたのかもしれない。


「逃げるぞ」


 おじいちゃんとダラスが走り出す。

 どこへ逃げるのか、この村が襲われるなんて予想もしていなかった。逃げ込む場所なんてない、いや一つあった。一人だけいた。この村がけっして安全地帯ではないと訴えていた人が。私が尊敬するリンデ姉だ。


「墜落船だ、墜落船まで走れ!!」


 おじいちゃんが大声で村の人たちに指示を飛ばす。


 あそこにはリンデ姉も、それにあいつもいる。この私が認めてあげた。あくまでも戦闘能力だけは認めてあげた変なメガネのあいつが。


 どうしてかあいつのことを考えたら、体に圧し掛かっていた重さが和らいだ気がする。


 おじいちゃんに抱えられたまま墜落船を目指す。村の人たちもおじいちゃんの後を追って墜落船を目指している。全員無事なのか確認している余裕もなかった。それでもみんなの無事を祈ることしか抱えられたままの私にはできなかった。


 瓦礫を押しのける音が聞こえる。

 あの化け物はまだ生きている。


 早くあの場所へ行きたい。いつも通っている場所なのに、今日はどうしてこんなにも遠くに感じてしまうのだろう。


 空からはまた風を切り裂く音が聞こえ、私たちの進行方向に落下した。

 地面をえぐり私たちの進路を塞いだのは紫色の卵、ひびが入り割れたのは落下の衝撃ではなく卵の形をした卵二等兵級が口を開いたからだ。そして――……。


「な、なんでねー!」


 先頭を逃げていた商人ネクロを一口で丸飲みにした。


「ぐぅ、あと少しのところで」


 おじいちゃんが悔しそうに唇を噛みしめる。

 前を塞がれた。後ろからも迫ってくる足音が聞こえる。


「おじいちゃん降ろして」


 もう体の硬直はなくなっているのだ、だったら戦える。私は悪魔像と戦うために特訓をしてきたんだ。武器はないけど、たかがレベル20程度、蹴り一発でぶっとばす。


 私はおじいちゃんの腕を振りほどいて卵二等兵級へ向かう。

「カリン!!」

「姉さん!!」

「たかが最下級に負けるかッ!!」


 卵二等兵級はその大きな口を開き、向かっていく私を食らいつこうとした。例え足が食われても、あんたの殻は蹴り割ってやる。


「いい覚悟だが、少しだけ無謀だぞ」


 卵二等兵級が私の足にかじりつくよりも早く、一刀のもと斬り伏せられた。


 日が沈んだ夜空に、漆黒の髪をなびかせたラフな服装の戦乙女が私の前に降り立つ。そして背後から迫る脅威を空飛ぶ盾に乗った銀色の騎士が爆音を響かせ殲滅した。


「ポーズコード01」


 無駄の一切ない洗練された動きで殲滅した後でも油断なく構え、残った悪魔像がいないか警戒する銀色の騎士。


 私は戦乙女だけでなく銀色の騎士までもがとてもかっこよく見えてしまった。


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