第36話『最上級回復薬』
本日1本目
「第三の選択、あの二つ以外にもっといい作戦があるのか」
回復薬の製作を続けながらリンデとの会話を続ける。鍋に魔力水を流し込み加熱、後は粉末を入れるタイミングが違うだけでコーティング剤と手順はほとんど同じだった。この程度のことが秘匿されたレシピなのだろうか。
「いい作戦ではないが、現状を考えるにもっとも生存確率が高いのではと思っている」
「ぜひ聞かせて欲しいな」
「基本は山越えの派生、いや前段作戦のようなモノだ」
「やっぱりリンデも越冬には反対か」
「反対もなにも越冬すれば春を待たずにこの村は全滅だ。カズマ殿のおかげでもしかしたら一人か二人は生き残るかもしれないが」
それは今日獲得した食糧を少数で独占すれば可能かもしれないが、残りの多数を見捨てることになり、誰が少数になるかで壮絶な戦いになるだろう。
「俺は、争いの火種を持ち込んだのか」
「そんなことは無い、村のみんなもカズマ殿には感謝しているはずだ」
今日のような獲物を毎日狩れれば冬は越せるだろうが、そんな幸運は無い、今日だってたまたまだ。俺だってブラックボアを狩ったのは一か月ぶり、そもそも食糧が無くなったからこの村にやってきた。
「山を越えるしか皆が生き残るすべはない」
「でも強行突破はリスクが大きすぎ、下手したらそこで全滅だってありえる。だからその前に動こうってわけか」
俺にもリンデの考えが見えてきた。ファンタジー系のゲームではよくありがちのアレだ、主人公たちメインメンバーが少数で突っ込むパターン。
「私の考えがわかったのか、鍛冶や錬金魔法だけでなくカズマ殿は戦術まで、その多彩さに感心させられる」
「書物で読んだことがあるだけだよ」
主にマンガやラノベですけどね。
「それだけでも心強い、私も騎士学校にいたころは戦術書や兵法書をいくつか読んでみたが難解で父やバァルボンに何度も解釈を頼んだものだ」
騎士学校にいたころって、それって、今から二年以上前ってことだよね、つまり十二、三歳ってことで、その年齢で兵法書を理解しようとするなんてどんだけ成熟してるんですかこの人は、それともこの世界ではそれが当たり前なのだろうか。
「カズマ殿が察した通り。戦闘能力の高い者だけでチームを組み、悪魔像への討伐に向かう。狙いは指揮をとっている悪魔像少佐だ」
「やっぱりトップを狙うわけだな」
ゲーム風に勝利条件を出すなら『敵首領を撃破しろ』ってやつだ。
「下級悪魔像たちは知能も高くないのに統率されていた、指揮系列がハッキリしている証拠だ。統率さえ崩せれば、殲滅戦も可能なはずだ」
「なるほど」
「私とバァルボンだけでは打撃力が不足していたので実行できなかった。なんとかダラスたちを説得できないかと思案していたのだが、カズマ殿たちのおかげでその心配はなくなった」
ダラスとはこの街唯一の六人組冒険者チームのリーダーのことだ。この村はリンデ、バァルボンに次ぐ実力者たちだが、彼らは冒険者だけに悪魔像の怖さを誰よりも知っており越冬を先頭に立って訴えている。
「戦力は俺とリンデ、シルヴィアにバァルボンさんだけか」
「ダメ元で村人に協力してくれないか聞いてみるつもりだが、最悪はそうなるだろう」
「カリンが真っ先に手をあげそうだな」
「それもあるから、なかなか私の案を言うことができなかった」
やる気をあってもまだカリンは子供すぎる。さすがに特攻部隊ともいえるチームには参加させられない。
「カリンの事だ、今日カズマ殿に負けたのが悔しくて明日また狩りにいくだろう。その隙に提案するつもりだ」
「わかりやすいからな」
俺も同じ予想だ。間違いなくカリンは明日も狩りに行く。
「バァルボンに一緒に行ってもらえるよう頼むから、今日のように魔物が出ても心配はないだろう」
「俺は話し合いでリンデ側に加わればいいんだな」
「そうして欲しい」
「了解、この回復薬も交渉の材料にできればいいんだけどな」
会話中に完成させた回復薬をもらってきた酒の空きビンに注ぎ込む。レシピに書かれていた作業時間より大幅に短い時間で完成したが、完成品の詳細と同じなので成功だ。材料からは想像もできなかったマリンブルーの液体が入ったビンは縁日のラムネを連想させられる。
「私の知っている回復薬とは少し違って見えるが」
「普通、町とかに出回っているのはどんな回復薬なんだ?」
「普及しているのはもっとドロッとしているな、色ももっとグリーンだ」
グリーンね、検索をかけてみると最下級回復薬はにごったグリーンで中級になれば透き通り、最上級になれば海のような青になるか。つまりこれは最上級の回復薬になる。もともとレシピが最上級のレシピだったので当たり前と言えば当たり前だが。
「グリーンの回復薬は効能の低いやつらしい、これは最上級の回復薬だ」
「最上級!?」
「そんなに驚くことか?」
最上級と聞いて大げさな反応をするリンデ、オーバーすぎないかと感じたが、レシピの下に小さく『製法がとても困難で市場には出回らない希少品であり取引を制限している国までもある』と記載されていた。
「いや、驚くことみたいだな」
「我が王国でもレシピは秘匿されていて、制作ができるのは一派閥だけだ、それも一部の上位者にしかレシピは伝えられていないと聞く、父上は討伐に持参したかったようだが一つも手に入れることができなかった」
数百人の討伐隊の指揮を任されたリンデの親父さんって相当な身分だよな、そんな人が望んでも手に入れられないレベルなの。ほんの十数分程度でできてしまったが。
これは間違いなくバレたら大騒ぎになる。
「できればこのことは内密にお願いします」
「いろいろと秘密が多いな君は」
「色つけて薄めたら、効能が下がってごまかせないかな」
「そんな勿体ないことはするな!」
リンデに思いっきり怒られました。
「いいか、私も話で聞いた程度の知識しかないが、最上級の回復薬は命の水とも呼ばれ死んでさえいなければどんな傷をも直すと言われている。交渉材料にはできないが、悪魔像との戦闘に絶対に役に立つ、お願いだから薄めないでくれ!!」
「お、おう、わかった」
大勢の仲間を失ったリンデにとって、当時この回復薬があればと考えたに違いない、リンデがこんなに饒舌になるなんて、ようやく俺にも最上級回復薬のありがたみが理解できてきた。
「確かに数が一つなのは心もとないが、薄めて数を増やすのはやめてくれ」
「え、材料があるからまだ作れるけど」
「は?」
意表を突かれリンデの表情筋からすべての力が抜け落ち、ぽかーんとした顔になる。今日はいろいろなリンデの表情が見られる日だな。
「まだ作れるのか?」
「ああ、あと五、六本なら、オニウゴキの葉はまだあるから、森でヒールダケを採取してくればもっと作れるぞ」
俺が考えるに、均等に魔力がいきわたった粉末を作るのがとても困難なのだろう。作業を省略するために
何となく作った魔導式自動ミキサーは錬金術を使う上でとても便利なアイテムであることが判明した。
「明日は会議の続きがあり採取には行けない、カリンたちに頼むか」
「それならシルヴィアにも頼むか、シルヴィアなら採取も得意だから」
「そうしてもらえるとありがたいな」
主砲の修理もだいたい終わったようだし手はあいているはずだ。
今日は連続投稿します。




