第34話『棚からボタッと素材』
魔物の強さ表記をカテゴリーから討伐レベルに変更しました。
ソリを牽引して安全運転、されど高速移動。
この矛盾する行動を可能にしているのがアクティブアーマー『フゥオリジン』の性能だ。
「は、はやいな」
リンデの全速力にはかなわない速度だが、ブラックボアとヘルダーティを運搬してこの速度ならこの世界で新記録かもしれない。
遠回りしても速度を殺さない道を選び、人の足とは比べ物にならない速さで村へと戻ってきた。村の入り口には連絡を入れていたシルヴィアとバァルボンさんが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「これは、最近ではとんとお目にかからなかった、いや、悪食熊など私でも実物を見るのは生涯で三度目です。よく倒せましたな」
「マスターの攻撃力を防ぐ皮膚を持たない限り、どんな相手でも対して変わりありません」
この二頭は図体がデカいので比較的簡単な部類に入る。的の小さいゴブリンの方が外す確率が高くなり難しいくらいだ。
ソリを引いて村の中へ入れば、他の開拓民たちも狩られた獲物に気が付き続々と集まってきて、三〇分もすれば住民全員がソリの置かれた中央広場に集まっていた。
カリンとフットの双子はフットの服がボロボロになっているのを母親に見つかったようで、危険な行為をしたことがバレてお説教を受けている。
「これは、すごい魔物を」
白髪マッチョの村長も悪食熊には口をあんぐりと開けて驚いていた。
「討伐者特典として最初にブラックボアの肉の良いところを貰うぜ、あとは村の人たちで好きに分けてくれ」
「いいのか」
「村の現状を聞いて食料を独占する気はないよ」
「助かる」
開拓民たちから歓声があがった。
今朝の会議までは、あからさまに邪魔なよそ者という目で見られていたが、はっきりとした功績を上げたことで、笑顔になった村人たちから口々にお礼を言われた。現金だとは思わなくもないが、村長に言ったように現状は把握しているので文句はない。
開拓民たちは二頭の魔物の肉が腐る前に加工しようと、総がかりで解体作業へと取りかかっていった。対立していた冒険者たちも一緒だ。
悪食熊肉はまずいらしいが、食えるだけでありがたいのだろう。会議の結果はどうなったのかわからないが、もしかすれば越冬組の意見が見直されるかもしれない。
こうしてシルヴィアに一番おいしい所の肉を切り取ってもらい、寝床になっているヒートレオンへと帰宅した。
部屋に戻りアクティブを外して一息。
サーチバイザーに表示された時間は午後三時半、今夜の夕食は手に入れたブラックボアの肉をシルヴィアが調理してくれている。久しぶりにあのジューシーな食感が楽しめそうだ。
さっくとリンデと約束していた剣の修復を終わらすと、夕食まで時間が微妙にあいてしまったので、昨日採取したヒールダケを使い回復薬を作ることにした。薬を作るだけなら大きな鍋釜は必要なく材料を入れられるだけの鍋があれば十分、作り方を検索したら上級回復薬は材料が足らず無理そうだけど、中級くらいなら二、三時間でできそうなので丁度いい。
リンデに剣を返すついでに鍋を借りようと食堂に訪れたら、料理場からシルヴィアとリンデの話声が聞こえてきた。
「見事な手際だな」
「リンデ様も慣れればこのくらいできるようになりますよ」
「そうか、ヴァルトワ家の料理人よりも手際がいいようだが」
シルヴィアの指導を受けてリンデも一緒に料理をしていた。リンデも料理はできるようだがシルヴィアと比べてしまうと一流シェフとバイト料理人くらいの開きがあるようだ。
「カズマ殿か」
「剣を修復しておいたぞ」
「さっそくやってくれたのか、助かる」
一撃で折れたことが逆によかった。先日修復した時には剣全体が傷んでいたが今回は折れた個所を繋ぎ、研ぐだけで元通りになった。
剣を受け取り刃を確認をする。
「みごとな仕事だ、どこが折れたのかすらわからないとは」
「その辺りは得意分野だからな」
プラモ制作では繋ぎ目を消すのは入門分野であり、それでいてきれいに仕上げるにはある程度の経験が必要になってくる。何十体もプラモを作り『変形』を手に入れた俺には繋ぎ目消しはまさに得意技と言ってもいいだろう。
「それにしても、すごいなシルヴィア殿の腕は、昨日ご馳走になり知っていたが、共に調理をするとそのすごさを実感させられる」
「シルヴィアはプロ以上だからな、シルヴィアがいなかったら俺は生き残っていなかったよ」
実際にシルバーメイズで出会っていなければ最初の森で死んでいた。
「おほめに預り光栄です。ところでマスターは何かご用ですか?」
「あまってる鍋があれば貸してくれないか、時間が余ったんで回復薬でも作ろうと思って」
「回復薬まで作れるのか!?」
「マスターは錬金魔法も習得していますので、そのくらい簡単にこなせます」
表情の乏しいシルヴィアだが、微かに頬笑み自慢するように胸を張る。
「自己流だから、まだまだ作れる種類は少ないけどな、知り合いにちょっとレシピ教わっただけだ」
「いや、錬金魔法のレシピはそれぞれの派閥で秘匿されている。回復薬レシピは大手派閥が独占していて個人ではなかなか手に入らない筈だ」
「え?」
錬金魔法士には派閥なんてあったの。
普通にSOネットで検索かけたらヒットしましたけど、それも数百個単位で、SOネットの性質上カブっているのも多そうだけど、これって広まると間違いなく厄介事になるよな。
「あー、この事はご内密に願います」
自分でも間抜けだと思いながら、お間抜けなお願いをしたらリンデに笑われてしまった。
「面白いなカズマ殿は、わかった内密にしよう。同じ討伐隊の仲間だ、その変わりと言うわけではないが、錬金魔法を見学させてもらっていいか」
「それくらいなら、お安いごようだ」
「マスター、こちらの鍋でよろしいでしょうか」
「十分だ」
シルヴィアから鍋を受け取り、リンデの担当していた調理が終わるのを待って一緒に調理場を後にする。
「それで何をこさえるのだ?」
「素材が少ないからな、今のところ作れそうなのは回復薬だけだ」
「もっと素材があればいろいろと作れるのか?」
「素材にもよるけど、作れると思う」
「私やバァルボンが討伐した魔物の素材がある。食料にならない部位も取ってはあるのだが、使い道がなく死蔵している。使えるか」
おっと、これは嬉しい提案だ。
「素材にもよるけど、多分使える」
リンデとバァルボンの腕なら、珍しい魔物を討伐している可能性がある。ワクワク感がわいてくるぜ。
「ぜひ見せてくれ」
断る理由など無い、方向を俺の部屋から調理室の隣にある食料庫へと変えた。
食糧庫は食糧が無くなってからは素材の保管場所として使われているそうだ。墜落の衝撃だろう扉が半壊していた。
「床板が割れているから気をつけてくれ」
中へ入るとすぐに割れた床板が突き出している箇所があったが、先はケガをしないように削り落とされていた。こんなところが生き残ったリンデとバァルボンさんの優しさを感じられる。
保管室の作りは廃材で組まれた棚が並べられ、種類ごとにいろいろな魔物素材が納められていた。
主に骨や牙などが多いが、植物の種や爬虫類の鱗のようなモノまである。毛皮関係は見当たらないので衣服などに加工したのだろう。
「ここに置かれているのは、私たちには使い道のなかったモノだ。使えるなら使ってくれ」
「いいのか!」
なんと甘美なお言葉、在庫一斉セールで昔に買い逃して絶版になった品物を発見した時のような興奮が体を駆け巡る。
サーチバイザーで魔力反応の高い素材を探してみる。
ブラックボアの骨は良く知っている。これはアクティブの構成素材にもなっていて、いろいろな使い道があるから、あればあるだけ大助かりだ。
他にはオニウゴキの葉。牛の角のように見える葉っぱは討伐レベル13の植物系の魔物の葉っぱだった。これは乾燥させ粉末にすると混ぜた回復薬の効能がアップするらしい。おいおい、これとヒールダケと合わせれば上級回復薬ができるぞ。
他には、ほかには、やべ興奮がとまらん。
半分くらいは遭遇した事のある魔物の素材だったが残りの半分はいままで御目にかかれなかった魔物素材だった。低級素材が多いが中には高レベルのモノもある。討伐レベル70発炎蜥蜴スパークリザード、背中の棘をロケット弾のように飛ばす魔物、直撃すれば鋼鉄の盾すら破壊するらしい。その発射される前の棘がある。
やばいぞー、ここは宝の山だ、予想以上の品揃いだ。
「この箱は?」
棚の横に置かれた木箱、頑丈な作りで人が座っても壊れそうにない。おそらくビンの酒などを詰めていたモノだろう。今は何が入っているのだろうか、フタは固定されていなかったのであけてみた。
「わ~お、こりゃすげー」
「街で売れば一年くらい遊んでくらせるだろ、ここでは意味の無い代物だが」
箱の中にはギッシリと魔結晶が納められていた。
ほとんどが下級の混濁級だが中には中級の半透明級まである。それもかなりの大きさだ。これはブラックボア以上の魔物のモノだろう。
ここまでの種類は見たことがない。俺が使うのは殆どが鉱脈の皮袋から出てくる上級魔結晶だからな、少し魔結晶の情報を整理してみよう。
魔結晶のランクは主に二つの要素から判別される。
一つ目は大きさ、魔結晶は大きければ大きいほど内包する魔力は大きくなる。
基本は大中小の三段階で区分されるが、細かい専門機関になると五段階で区分する場合もあるらしい。
二つ目は色、色が透明に近いほど魔力の純度が良くなり、さまざまに魔導具の核として使えるようになる。そして階級付けもその色によって判別される。
下級魔結晶。透明度のない濁り石。混濁級。
中級魔結晶。半透明な石。水晶級。
上級魔結晶。透明な石。宝石級。
鉱脈の皮袋から出てくるのは宝石級であり、ブラックボアから取れる魔結晶は大き目の混濁級か小さい水晶級のどちらかである。また、どんなに大きくとも濁りがあれば下級魔結晶として扱われる。
「この魔結晶も使っていいのか」
「ああ、戦力の強化につながるなら遠慮はいらない、加工できなければただの石と変わらないからな」
「かならず強化してみせるぜ」
素材が足らずに保留した装備が作れる。それに新しい武装のアイディアも沸いてきた。
ここは楽園なのか。
まだお宝が眠ってはいないかと棚の影を覗きこむと、隠すように置かれていた別の木箱を見つけた。
「こっちの箱は?」
「ああそれか……それは、素材じゃないんだ」
どこか言いにくそうなリンデ。
よく観察すると箱の下部には乾いた血のような染みができていた。




