第33話『ホバー・ソリ』
「リンデ姉が未熟なわけないじゃないですか、ブラックボアだって一撃で倒してます!!」
「だが、ヘルダーティには歯が立たなかった」
悔しいのだろう。強く柄だけの剣を握りしめている。
ここで話し上手なヤツなら慰めに言葉をかけそうだけど、俺に落ち込んだ女性を慰めるテクニックは無い。折れた剣先があればまた修復できるんだけど、ヘルダーティを斬りつけて折れたんならまだ刺さってるかな。
剣を修復すれば少しは気持ちも落ち着くだろう。
「近くで見ると本当に熊じゃなくてふくよかな豚だな、大きさはブラックボアの三倍くらいか」
しゃがみ込んで首筋を調べるとすぐに折れた剣を見つけることができた。剣の殆どが食い込んでいたのに骨まで届いて無いよ、とんでもない肉厚だな。
「シルヴィア、こいつ一頭でかなりの食料になるんじゃないか」
『確かに肉は多いですが半分近くが脂肪です。お世辞にもおいしいとは言えないようですね。その味は味覚に鈍感な家畜でも避けるそうです』
ちょっとわかりづらい例えだけど、生臭いザンパンを食べる雑食動物でも食べないってことか、歯ごたえも悪そうだな、凝縮された脂肪の圧力で剣を折るなんてどんだけだよ。
「食ったら腹でも壊すのか」
『毒性はないので食することは出来ます』
「食料にはなるのか」
まあとりあえず剣先は回収できた。コーティング剤では修復は無理だが俺には『変形』がある。
「リンデ、剣はまた直してやるから今はこいつを持ちかえる準備をしようぜ」
「すまない世話をかける」
「持ちかえるってどうするのよ、向こうにはブラックボアもあるのよ」
「姉さん、どうしてケンカ腰になってるの」
「うっさい!」
もうカリンの態度には慣れてきたのでこれくらいでは腹はたたなくなった。それよりも俺のアクティブアーマーの機能を見せて度肝を抜かしてやろう。シルバーメイズで生活をしていた頃はブラックボアを三頭しとめて同時に運んだこともあるんだ。
「獲物を乗せるソリを作る。三人は適当に材木を集めてきてくれ、こいつらがなぎ倒した木がそこら中にあるだろ」
「わかった、大きさはどのくらいが良い」
「とくに無い、適当でいいぞ加工は俺がするから」
なんとか立ち直ってくれたリンデが進んで手伝ってくれるのでカリンも仕方が無くフットと一緒になぎ倒された木を拾いに行った。
「シルヴィアもサンキュー、助かったよ」
『周辺検索で脅威になる魔物の反応は検知できませんでした。しばらくはその場に留まっても安全でしょう。私は魔導砲の修理に戻ってもよろしいですか』
「見張りは?」
『代わりの者がきてくれました』
会議が終わったのか、結果がどうなったのか気になったけど、それは帰ってから聞けばいいか。
「魔導砲は修理できそうなのか?」
『はい可能です。故障原因が推測の通りエネルギーラインの損傷だけでしたので、マスターたちが村へ戻られる頃には完了できるかと』
「そいつは重畳、余裕があったら受け入れ準備もしてくれ」
『了解しました。お帰りをお待ちしています』
シルヴィアとの通信を終えるとリンデたちがヘルダーティになぎ倒された大木を担いできた。女性一人と子供二人で担げる大きさには見えないが、リンデが闘技法で身体能力を強化して持ち上げてそれを二人が支えている。
「一番大きいのを持ってきたが、まだ必要か?」
「いや、これだけあれば十分だ。あんがとな」
またカリンから文句が出る前にちゃっちゃとやろう。
「これをどうするのだ」
「運搬用のソリを作るのさ」
「ソリ!? バッカじゃないの、この大きさの魔物をソリで運べるわけないでしょ」
「それが運べちゃうんだな、リンデ悪いけど黒大猪と悪食熊を魔力化しないように処理だけしてもらえるか」
「わかった。カリンもフットも手伝ってくれ」
俺の意図を察してくれたリンデが二人を引き離してくれた。やっぱり製作作業中は一人で集中してやりたいからね。
「グライダーナイフ射出」
高速回転させ電動カッターのように大木を切断して材木へと加工していく、ついでにレーダーとして使用していたグライダーナイフも呼び戻して、俺が操れる最大の数である二つを使いせっせとソリを作っていく。
均等に加工した木材をアクティブアーマーのパワーで持ち上げ乱れなく並べ、スキル『変形』を使い接触面に爪を作り釘も使わずに繋ぎ合せて行く、今の俺のスキルとアクティブアーマーがあればソリを作ることなんて、割り箸と輪ゴムで輪ゴム銃を作る程度の難易度だ。
前方部分に反りを作ればソリの形は完成だ。最後にバックパックのコンテナを外してスキルの『変形』ではなくあらかじめ搭載していた変形機能を使い板状にしてソリの下に差し込んで底に張り付けた。
「よし、完成だ」
木材が十分あったので大型の魔物を乗せても大丈夫なスペースはある。
作業自体は簡単だったけど、大きさがあったのでそれなりに時間がかかってしまった。
「ホントに大丈夫なの、こんなソリに二匹も乗せたら動かなくなるんじゃない」
「大丈夫だ、のせればわかるぞ」
予想通りにカリンが噛みついてきた。ここは口で言うよりも実際に見せて驚かせてやろう。身体強化したリンデがブラックボアを俺がヘルダーティを持ち上げる。
「なんで、そんな細腕でヘルダーティが持ち上がるのッ!!」
ナイスリアクション、期待通りの反応だよありがとう。仕掛けが成功したのでホクホク気分でソリにのせると、ソリは重さで地面に食い込んだ。
「これ、動くようには見えませんけど」
フットまでもが疑ってきた。まあそれはしかたがないことだろう。
「そうよ、動かないならソリの意味ないわ。力があるならあんたが村まで担いでいきなさいよ!」
「カリン、大丈夫だ。カズマ殿の魔道具は高い性能を持っている」
「その通り、論議より現物、刮目せよ。ホバー機動だ」
俺の命令に従い、空気を吸い込む音と共にふわりとソリがゆっくりと浮かび上がった。
「浮いた?」
「嘘、どうして!?」
「これはすごいな」
双子だけでなくリンデまでもが驚きの声を上げてくれた。自分の仕掛けたギミックで目にした人の感情が動く瞬間は何とも言えない感覚だ。小学校の図工の時間に作った粘土細工が学年代表で展覧会に出展され賞賛されたような感じ。あの頃は純粋に人からの賞賛を受けることができた。
就職してからは、あのセクハラ上司に褒められると「すばらしい、これだけのことができる君だ、この仕事も簡単に片づけられるだろ」と、よけいに仕事を押し付けられるようになり、条件反射で警戒するようになっていたからな。
「いったいどうなってるの?」
「ソリの下の板が魔道具なのだろうが、こんなことのできる魔道具は見たことがない」
「すごいですね」
三人が興味津津でソリの下を覗き込む。
「それでは説明しよう」
くぅ~~、このセリフはいつか使ってみたかった。まさか口にできる日が訪れるとは。
「ソリの下に差し込んだ変形コンテナには、このスラスターブーツと同じホバー機能が搭載されているのだ」
以前にブラックボアを三匹同時に狩ったときにひらめいた機能。
「ホバーリング中ならこのように、片手で軽く押すだけで移動させられるのだ」
ドヤ。
「その顔、何かムカつく」
「カズマ殿、そのような表情はせっかくの高評価を下げることもあるから、あまりしない方がいいと思うぞ」
「そ、そうか」
俺もドヤ顔で自慢話されるのはあまり好きではなかったので以後気をつけよう。頬を指で押してドヤ顔を修正する。
「それじゃ村に戻るか」
準備のいい弟フットが持っていたロープを腰に括りつけてソリへと繋ぎ牽引していく。
「三人とも、ソリのスペースにまだ余裕があるから乗っていいぞ」
カリンとフットはついでだがリンデにはアクティブアーマーの性能をアピールするチャンスだからな。
「いいのか?」
「どんとこい」
俺はドヤ顔を作らないように気をつけながらこの力強さをアピールする。




