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第31話『カリンとフット』

「姉さん!!」


 動けなくなったカリンを助けるためフットが勇気を振り絞って槍を突き出す。狙いは姉と同じくケガをしている前足、しかしフットの槍も即席で作った粗悪品。結果はカリンと同じように固い体毛に弾かれて折れる。


 しかしフットはその結果を予想していたので動揺はしなかった。


「こっちだ、こっちにこい!」

「フット逃げなさい!!」

「いいからじっとしてて」


 ブラックボアの怒りの矛先がカリンからフットへと変わる。フットは急いで距離をとりカリンから引き離すように挑発をした。


 怒りが痛みを凌駕したのだろう、傷付いた足を踏みしめフットへと突進してきた。

 突撃癖のある姉の後始末をするのはいつも弟の役目、今回もそれは変わらない。毎回とんでもない目に会うけど、自分の持っていない行動力に実の姉ながら憧れを抱いている。そんな姉のピンチに弟は小さな勇気だけを武器に立ち向かう。


 迫る黒い塊、チャンスは一瞬だ、怒るブラックボアを落とし穴へと誘導する。それがフットの考えた作戦であった。幸いこのブラックボアは小柄な個体、あの落とし穴でも何とか落とせる体格だった。


 フットは落とし穴の前にたちギリギリまで引きつけて、突進をかわそうとする。足をケガしていたおかげでフットの身体能力でもなんとか交わすことができたが、すれ違った風圧だけで幼い体は吹き飛ばされた。


「フット!!」


 カリンがフットへと駆けよる。腹這いに叩きつけられたフットは激しくせき込んでいた。下が柔らかい土であったため幸い骨に異常はなさそうだ。


「姉さん、あいつは」

「穴に落ちたわよ」

「えへへ、うまくいったね」

「何がうまくいったねよ、普段は臆病なくせに変たところで無謀なことするんだから」

「あ~あ、ダメになちゃった」


 フットの服がボロボロになっていた。


「まったく、でもブラックボアの毛皮が手に入ったのよ、服だけじゃなく皮装備も作れるわ」

「あはは、一流の冒険者みたいだね」


 ブラックボアを倒せたら一人前。冒険者の間ではよく言われる基準であり、そのためブラックボアの素材で作られた装備を身につけることが駆け出し冒険者の憧れになっている。


「立てる、痛いとこない?」

「大丈夫だよ姉さん」


 二人は自分たちの戦果を確認するために穴に近づくと、落ち切らなかった後ろ足が引っ掛かり、もぞもぞと動いていた。


「ウソ、死んでない」

「やっぱり、あの罠じゃね」


 フットにとっては予想通りの結果、罠にはまり逃げるだけの時間が稼げればいい、それがフットの考えた作戦である。


「クゥー、逃げるわよ」


 倒せなかったことをコンマ数秒だけ悔しがり、今度こそ逃走を選択したカリン。


「さすが姉さん、その切り替えの速さは尊敬するよ」

「変なこと言ってないで、腹に力入れなさい!」


 ありったけの気力で俊足の法を発動させるとフットの腕を掴み全力で村への道を走りだす。俊足の法を使えないフットは引きずられるように必死で足を動かした。


 穴の底から爆破でもあったかのように土砂と仕掛けていた棘が噴き出し、ブラックボアが土砂の雨の中から這い出してくる。仕掛けられていた棘はブラックボアの体毛を貫通することなくへし折れていた。


「もう出てきた」


 二人はまだそれほど離れていない。


 穴へ落としたことも結果はただ怒らせただけ、カリンとフットはブラックボアが新人殺しと呼ばれている理由を嫌と言うほど痛感した。例え手負いだったとしても駆け出しにもなっていない子供が手を出して良い相手ではなかった。


 いや手負いだったからこそ手を出してはいけなかったのだ。


 余裕の無い魔物はほんのちょっとの刺激だけでがむしゃらに襲いかかってくる。

 木々をなぎ倒しどんどんと迫ってくる。


「姉さん!」

「口閉じなさい!!」


 大人の胴回りほどある太い木の根をフットを引っ張りながら飛び越える。


 とても村まで逃げ切れそうもない。カリンが飛び越えた根を粉砕しながら追いかけくる怒る獣。村までいければレオリンデがいるのに、もう振り向かなくてもなぎ倒される音ですぐ後ろまで迫っていることがわかってしまう。


「クッ、あいつの靴があれば逃げれたのに!」


 こんな時にカリンの脳裏に浮かんだのは昨日競争で負けた一馬のことであった。あの風を吹き出し浮かび上がる靴さえあればこの状況でも切り抜けられるのにと。


「うあ!」

「フット!?」


 ついにフットが速さにたえられずつまずいてしまった。とっさに振り返ればそこにはもう黒い殺気が。

 もうだめだ。


 カリンがあきらめかけた瞬間、救いの女神が飛び込んできた。


 フットの前へ割り込むと気合いの一撃。


 ブラックボアの体毛とは比べものにならない美しい光沢を放つ長い黒髪をゆらし、カリンたちでは傷すら付けられなかったブラックボアの首を一刀で斬り落とす。


 鏡のように磨き上げられた一馬が修復した剣は刃こぼれすらできていない。


「…………リンデ姉」


 間違えるはずがない彼女はカリンの憧れの存在、でも今は村で会議をしているはずの女性だ。それがどうしてこの場所にいるのか。


「大丈夫か?」

「は、はい、だいじょうぶです」

「ぼくも、だいじょぶかな」


 転んでヒザやヒジをすりむいたが、フットも大きなケガはない。


「危機一髪だったな、カズマ殿が察知してくれなければ間に合わないところだった」

「カズマって、あいつが?」

「万が一のために、狩り場に魔道具を仕込んでいてくれた。それが二人の危機を知らせてくれたんだ」

「ヘンテコメガネの分際で」


 カリンにとっては気に食わない名前の登場。まさか昨日に続いて今日も一馬に負けるなんてイライラする。


「姉さん、助けてもらったんだからちゃんとお礼は言ってよ」

「…………」

「姉さん!」

「わ、わかったわよ」


 助けてもらったのは事実なのでお礼を言うのは礼儀だ。わかっている。わかっているがどうしてあんな弱そうな奴がリンデに認められ活躍できるのかがカリンには不思議でしょうがなかった。


「お礼は言うわよ、それでいいでしょ、それでそのカズマ様はどこにいるのこのブラックボアを運ぶのを手伝ってもらわないと私たちだけじゃ村へ運べないわ」

「姉さん、お礼を言う態度じゃないよ」

「うッさい!」

「カズマ殿はもうすぐここへ来るが、私たちがこの場から移動した方がよさそうだ」

「どうして、ですか!」


 せっかく久しぶりに手に入れた肉、これを置いていくなんて、リンデに対してさえ敬語を忘れかけた。だがリンデはカリンの抗議を受け流し周囲へ意識を向けていた。

 緊張を高め、鞘へと収めた剣を再び抜き放つ。


「いいから早く!」

「わ、わかりました!!」


 いつもやさしいリンデが珍しく声を張り上げた。双子は反射的に背筋を伸ばし了承した。


 カリンたちは気が付いていなかったが、ブラックボアを傷つけた存在がすぐ近くまでやってきていたのだ。

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