第30話『迫るもの』
魔物の強さ表記をカテゴリーから討伐レベルに変更しました。
「本当にブラックボアなのか!?」
「間違いない、もう何度も相手してるんだ!」
昨日と同じ獣道を疾走する俺とリンデ。
サーチバイザーには人だろうが魔物だろうが、一度遭遇した相手の魔力パターンが登録されている。そして設置したグライダーナイフセンサーに引っかかった反応は間違いなくブラックボアのモノだ。
会議を飛び出した俺をリンデだけが追いかけてきた。止まっている余裕はないので走りながら簡単に説明した。
この世界の人間からしたらどうやって離れた場所の魔物の存在を気が付いたのかとか、どうして魔物種類判別できるのかとか、魔道具だからの一言では納得できないだろうが、その辺りの詳細な説明を求めることなくリンデは俺の言い分を信じてくれた。
「昨日しかけた罠か」
魔力気化させない処理をして罠に使った一角兎の血、まさか本当に魔物がそれも最近姿を見かけなくなったブラックボアが引き寄せられるとは。
「備えていてよかったよ」
討伐レベル65の魔物、黒大猪ブラックボア。俺にとってはもはや美味しい獲物でしかないが、新人殺しの異名を持つ大猪。いくらリンデから訓練を受けていてもカリンたちではかなわない。
レーダー情報ではまだ接触していないことを喜ぶべきだが、どうもブラックボアの動きがおかしい、いつもなら大猪らしく、木々があろうがなぎ倒しながら直進するのがヤツの特徴だ、なのに蛇行している。
まるで何かから逃げるように、突然に進路を変えたりしている。
「いやな予感がするな」
「どうかしたのか?」
「ブラックボアの動きが変だ」
まだセンサーに捕捉されてはいないがブラックボア以上の存在がいるかもしれない。
「勘違いならいいんだけど」
「カズマ殿、私が先行する」
「わかった、気をつけろ!」
魔力を爆発させロケットダッシュをするようにリンデはカリン達の元へ向かっていった。こっちも全力を出して追いかけるが、とても追い付けなかった。
障害物の無い平地ならトップスピードはそれほど変わらないと思うが、木々を交わしながら進む障害物レースになると障害を交わす時のタイムロスが大きく影響する。あまり速度に差はないと思っていたのに、これはけっこう悔しいぞ。
昨日はもっと速度を出してもいいと余裕をこいていたのに、リンデが体力を気にせず全力を出したらこのざまだ。
「この獣道がもう少し広ければ!」
アクティブアーマーはホバー移動、障害があると減速してから避ける動作をしてまた進路に戻る動作をする。最低でも三工程必要なのに対して、リンデの俊足の法は自身の脚力を魔力で強化している。障害があっても体を捻って交わしたり、一歩踏み出す足の場所を修正するだけで減速も無しにクリアしていく。
「もう少し細かく動作できるように改造しないと、それにもっとうまく操縦できるようにならないと、高性能の機体を作っても使いこなせなければ意味がない」
これはアクティブが闘技法に負けたわけではない、リンデの身体能力に俺の操縦技術が負けただけだ。
俺はどんどんと小さくなっていくリンデの背中を見ながら歯を噛みしめた。
村で会議が白熱している同時刻の狩り場。
「姉さん、これ酷いよ」
「うるさいわねフットの分際で」
カリンとフットの姉弟が覗き込んでいるのは、昨日カリンが仕掛けた魔物用の落とし穴。魔物用と言っても、大人がギリギリ入れるくらいの大きさで、そこには木の枝を削った棘が仕込まれている程度で、蓋などもされていない。
フットは思った。これではゴブリン相手でも相当運がよくなければ引っかからないと、念のために武装していたが、使う場面はなさそうだ。
もっとも武装といっても木の棒にナイフを括りつけただけの即席の槍である。
周囲にただよう一晩経っても消えない、一角兎の血の匂いが異臭となっていてとても虚しい。
「どうして獲物がかかってないのよ」
「これにかかる獲物って、どんな相手を想定していたの? 覗けば血の匂いだけで肉が無いことわかるよね、例え近づいてきても落ちないと思うよ」
「うっるさい! 魔物の中にもお間抜けがいるかもしれないでしょ」
「せめて穴を隠す努力をしようよ」
「フタをしろってこと、フタなんてしたら匂いが届かなくなっちゃうじゃない!」
「匂いをフタの上に付ければ問題なかったんじゃない」
「…………う、うるさいフットの分際で!」
まったく思いつきもしなかったらしい。
「きっと近くまで獲物はきているはずよ、こうなったら見つけ出して直接狩るわ!」
「そんな無茶苦茶だよ」
バキバキバキと樹木が何かに折られたかのように倒れ、そして魔物の唸り声が聞こえた。
「ほら見なさい近くにいたじゃない」
「いたじゃないって、姉さんこれは!!」
姿が見えなくても震えるような空気に、フットの本能が恐怖を訴える。
「なにしてるの、早く隠れるわよ」
すでにカリンは木の影に身を隠そうとしていた。
「今日の夕食は豪勢になるわ」
「そのまえに僕たちが夕食になったりしないよね」
二人は罠を挟んで反対側に隠れた。樹木をなぎ倒した相手はゆっくりとだが確実に近づいてきている。
「ほら見なさい、きたじゃない大物が」
「これからどうするの?」
「獲物が穴に落ちるのを待つわ」
「落ちなかったら」
「そのときはあきらめるわよ、威圧感からして私たちじゃ討伐無理そうだから」
「え?」
フットが驚く、まさかカリンからあきらめと言う単語を口にするとは。
「なによその顔、あんたまさか私が考えもなく突っ込むと思ってたの」
鋭くなった眼がフットを射抜く。
「い、いや、そんなことはないよ、ただ最近リンデさんから闘技法を習っていたから、よけいに乱暴、じゃなくて、浮かれてたから、なんにでも突っかかりそうだったな~とか」
「同じ意味じゃない、私だって考えてるわよ。自分の力を過信するな相手の力量を侮るなっていつも言われてるんだから」
闘技法を習うにあたってカリンはリンデから何度も聞かされていた。
カリンは確かに才能がある。闘技法など十才の子供が覚えられるモノではない、それが出来てしまっている。冒険者になれば将来トップクラスに食い込むほどの才覚。
だが将来はトップクラスになるとしても今の実力は一般的な冒険者よりも下である。木を薙ぎ倒すような魔物の相手などできない。
視認できなくてもわかる。魔物はもうカリンとフットのすぐそばまで迫っていた。
また一本の木が倒れた。その向こうに黒い魔物の姿をカリンたちはとらえた。影で黒くなっているわけではない、体毛そのものが黒いのだ。
「ブラックボアだ」
フットがカラカラになった声でつぶやく。
以前にリンデがしとめてきた事があるので知っていたが、二人にとって生きているブラックボアとの遭遇はこれが初めてである。
血の匂いが強いため、まだカリンとフットの存在は気が付かれていない。
「逃げよう姉さん」
「ちょっと待って」
「どうしたんだよ、僕たちのかなう相手じゃないよ」
まだこちらには気が付いていない、逃げるなら今しかない。さっきは無理なら逃げるって言っていたじゃないかとフットが抗議するが、カリンはブラックボアを食い入るように凝視したまま動かない。
「あれは手負いよ」
「え?」
「深手を負っているわ」
ブラックボアの顔には深い爪跡が付いており、片目が潰れ前足も傷ついているようで体が傾いている。
「アレなら私たちでもしとめられるわ」
「嘘でしょ!?」
暴勇としか表現できないだろう。カリンは隠れるのをやめブラックボアへと攻撃をした。
即席の槍を構え俊足の法を発動。最大速度からの渾身の一撃。狙いは傷ついている前足だ、突撃が特徴であるブラックボアが足をケガしている。なら負ける要素はない、怖がる必要はない。そうカリンは判断した。
ブラックボアもカリンの存在に気が付いたがカリンの方が早かった。ケガを追っている足へ槍を叩きこんだ。
悲鳴を上げる黒い大猪、だがそれだけだった、負傷はしていてもカリンの力ではブラックボアの足をへし折ることはできなかった。変わりにカリンの槍の方が折れてしまう。
「硬いッ!?」
岩を突いたような手応えに体制を崩したカリンが倒れ込む。
「姉さんッ!!」
倒れたカリンの体を黒い影が覆う。顔をあげたカリンが目にしたのは、足を引きずった手負いのブラックボアの怒りに燃える単眼であった。




