第24話『想定外だ』
「なんじゃありゃ」
剣の稽古と聞いて剣道の部活程度を想像していたが、そんなもんじゃない、なんだこの剣戟のスピードは、目にもとまらないほどじゃないが、オリンピック選手なんて比較にならないぞ。
「デリャー!」
カリンが気合いの掛け声でリンデに斬りかかる。そこまではいいが、なんで一足飛びで数メートルほど地面を滑空したり。
ガキンと、稽古のため木剣どうしのぶつかり合いなのに金属がぶつかったような音が響きわたるんだ。ここが異世界だと理解していたが、たかが十才の少女がこんな超人バトルするなんて想像していなかった。
「……勝負しなくてよかった」
徹夜の眠気がきれいさっぱり吹き飛んだ。
アクティブを装着しなきゃ勝てないよ、生身でカリンの攻撃を受けたら体がバラバラになりそうだ。
「それにしてもあの動きは、いったいなんなんだ」
百メートルを三秒ぐらいで走れそうな速度だぞ。
交錯する二人の少女、激しい剣の応酬、リンデはまだまだ余裕がありそうだが、それでもホバーの全力移動とそう変わらない速度が出ている。
リンデはカリンの一撃を受け流して、まとめられた黒髪をゆらしながら岩をもくり抜けそうな強烈な突きを放つ。それをギリギリでしのいだカリンが隙をついて反撃、いやわざと隙をみせて誘い込んだのだろう。余裕であしらうリンデ。
「かすかに魔力が出てるから、魔力を使った接近戦用の技なのか?」
「おや、カズマ殿は知らないのですか、あれらは初歩的な闘技法ですが」
「闘技法ですか」
稽古をはじめてから少しして飛行艦から出てきたバァルボンさんが技法の名前を教えてくれた。言い回しから一般的な技のようだ。
検索をかけてみたがSOネットにはこの単語でヒットする項目はなかった。なのでサーチバイザーに組み込んだ機能、視線入力でメールを打ちシルヴィアに訪ねてみる。
『シルヴィア、闘技法って知ってるか?』
『いえ、その名は存じませんが、言葉の響きから戦闘系の技でしょうか?』
『ああ、なんか身体能力が格段に上昇して、木の剣が鉄のように硬くなったりしてる』
『ずいぶんと応用の広い技ですね、それに似た記事が確か『魔法職ではない戦士系の超絶戦闘技発見』の項目に記載されていたと記憶しています』
長いタイトルだな、検索をかけてみると、こちらはすぐに見つかった。なになに――――この超絶技法は魔法を使用しない、あるいは使用できない戦士系の者が使用する技である。魔力や精神力を体や武器に宿し身体能力や攻撃力、防御力など様々なモノを上昇させる。技の呼び方が分からないのでバトルスキルと名付けておこう―――だと、勝手に名前付けるなよ。
バトルスキルで検索してみれば関連項目がいくつも出てきた。魔法と同様に発見順にアップされているので、奥義から初歩技までがランダムで並んでいる。これだけ情報集められるなら途中で絶対に闘技法の名前も知りえただろうに過去の記事を書きなおすのが面倒くさくなってバトルスキルで統一したな。
ちなみに動きを加速させる技を『俊足の法』といい、木剣を鉄のように固くする技を『硬化の法』と言うらしい。どうやらこちらは正式名のようだ。バァルボンさんに確認もとったから間違いない。
技の名前を知って技法名を知らないなんてありえないだろ、このSOネットの投稿者がとても自由人だとわかった。
「どうかしましたかな」
「いえ、なんでもないです」
がっくりとうなだれた俺に不思議そうなバァルボンさん。
俺が落ち込んでいる間に、カリンの木剣が弾かれ二人の動きがとまった。
「……まいりました」
木剣を喉元に突き付けられたカリンが降参する。
「闘技法ってあんな小さい子でも習得できるんですね」
「いやいや、カリン殿はなかなかの才能を持っておりますから、普通十年は修行して習得する技法ですぞ」
「リンデも」
「お穣様の場合は騎士の家の生まれですので、お父上や私などから幼いころより指導を受けてきました」
「なるほど」
エリートだったわけだ。討伐隊の隊長を務めたというリンデの父親、騎士の中でも位が高かったんだろう。
「それだけじゃないわよ、リンデ姉はグリグリフ戦術総合学園で主席なんだから!!」
カリンが自分のことのようにまだ発育していない胸を突き出し自慢してくる。戦術総合学園っていかにも異世界ファンタジー的な学園だな、魔法とかも教えてくれるのかな。
「主席といっても中等部のころの話しだ、もう二年も出席していない私の席は残っていないだろう」
「え~そんな~」
腕をぶんぶんと振って抗議してるけど、それをリンデに言ってもしょうがないだろ。
「みなさん、朝食の用意ができました」
稽古が終わるのを待っていたシルヴィアがタイミングをはかって声をかけてくる。
「徹夜明けで腹がへったんだ」
「それじゃ、わたしは帰ります。リンデ姉ありがとう」
「朝食をご一緒なさいませんか、一人分くらいなら余裕がありますが」
一人帰ろうとするカリンをシルヴィアが呼びとめる。
「この村で食事に余裕があるとは贅沢な話しですな」
「とっても魅力的な話しだけど家には弟が待ってるんだ、私だけ食べられないよ」
小生意気な幼女だと思ったが弟想いのしっかりとした小さいレディじゃないか。
「だから持ちかえるように包んでもらっていいですか」
「わかりました」
「できれば母の分も入れて三人分もらえたらとても嬉しいです」
撤回だ。小生意気じゃなく生意気な幼女だ。しっかりと母と弟がいることをアピールしてから三人分要求してきやがった。
「この村は食料不足ですからな、余裕を見せればたかられますのでご注意を」
「よくわかったよ、おい幼女、他に話したら代金を要求するからな」
「なによケチ、あんたが作った料理じゃないでしょ」
「あいにくだが、食材は俺がしとめたモノが使われてるんだ」
シルヴィアが狩った状態の良い食材を売ったので、残っているのは俺が狩った状態の少し悪いヤツだけ、つまり食材は俺が獲得したモノで間違いない。
「弱そうなあんたが、信じられない」
「俺の実力がわからないとは、どうやらレベルに差がありすぎるようだ」
「レベルってなによ!」
「戦闘能力のことだ、お前より全てにおいて俺の方が上なのだ」
「なによ、じゃあホントに勝負する!」
「ふん、幼女相手に攻撃はできないと言っただろ」
「幼女言うな!!」
やばい、精神年齢の低下で性格がここまで幼稚になっているとは、まさか十才の子供相手に同レベルで口ケンカしている。抑えたくても感情が上手く制御できない。
そういえば俺は十五才の頃、若干の中二病を発症させていた。まさかまさか、その時の精神まで取り戻していたりしないよな。
冬空の下、たらりと冷たい汗が背中を流れ落ちていった。




