第125話『行動力』
悪魔像・特佐級に襲撃されたオークション翌日。
「おはようございます。ご主人様」
「おはようリンデ、昨日も言ったけどお願いだからご主人様はやめて、あと敬語も、背中がむず痒くなるから」
昨日、再会したリンデが奴隷になっていて驚かされたけど、今は妹と一緒にシルバーファクトリーにいる。
どうしてリンデ姉妹がシルバーファクトリーにいるのか、その理由は昨日の悪魔像・特佐級を倒した直後まで時は遡る。
奴隷の首輪を付けたリンデをオークションスタッフが迎えにきて連れて行ってしまった後、俺は近くに落ちていたカタログを拾い奴隷の項目を確認する。そこには認めたくない事実、リンデが奴隷として出品されていた。それも姉妹セットで。
見た目が美しい騎士家系の姉妹、オークションの目玉としてカタログにも他とは違い紹介スペースが大きく取られていた。
なにがどうなっているんだ。
「マスター、混乱しても事態は変わりません。ここは冷静な判断を下して迅速な行動をするべきです」
横からカタログをのぞき込んだシルヴィアが助言をしてくれた。
そうだ、俺がパニックになってどうなる。考えろ。リンデは奴隷としてオークションに出されていた。でも、悪魔像の襲撃でオークションは再開できそうにない、会場だってかなり壊れている。
「ファー、財布は無事か」
「もちろん、セカンドマスターのお金はしっかりと守り切ったわ」
流石メイド長女、だったら行動だ。
「交渉にいくぞ」
俺はシルヴィアを連れてテント裏、ノミリック商会の方々が集まっている場所へ。
目的の人物はすぐに見つかった。これだけの惨事に頭を抱えブツブツ呟いて人、ノミリック商会の会頭、ノミニック・プルトニルその人だ。
集音性能があるサーチバイザーがノミリックの声を勝手に拾ってしまった。
「――、どうすればいいんだ、このテントが無ければもう大規模なオークションは開けない、まだ、さばいていない商品だって沢山あるのに、悪魔像の被害は食い止められなかった守備隊の責任にできるが、このままでは我が商会始まって以来の大赤字に――」
どうやら魔導テントは完全に壊れてしまったようでオークションの再開は不可能だと頭を抱えている様子。
小さい規模のオークションなら別の建物でも実施できるだろうけど、数百人も集めた巨大なオークションはあの魔導テント、正式名『どこでも競売お助けサーカステント』がないとかかる費用の桁が段違い。
テントの正式名がわかったのは、ショウ・オオクラの作品で取扱説明書までSOネットに残っていた。ノミリックさんが修理不能とつぶやいていらっしゃるのは当たり前、今のこの世界の技術では再現不能のダンジョン発見アイテムになってりるから、きっとどこかのシルバーシリーズダンジョンにあったのだろう。
だが俺にとっては好都合。
修理できるスキルを持っているのだから。
「お久しぶりですノミリック殿、この度は大変でしたね、取り急ぎ交渉したいことがありまして――」
悪いけど全力だ。俺は会社で培った交渉術をぶち込んだ。
打ちひしがれるノミリックさんに畳み掛けた結果、テントを修理と引き換えに、奴隷主仮契約でリンデとその妹の二人を引き取ることに成功した。
もっとも、まだ正式に譲り受けたわけではないので、姉妹の首には奴隷の証が残ったまま、テントの修理期限は三カ月。三か月後にテントが修理できていなかった場合、リンデたちは再びノミリックさんの奴隷に戻り、俺は罰金として金貨千枚を払わないといけない。ここまでの条件を出してようやく姉妹を引き取れた。
まあノミリックさんは俺がテントを修理できるなんて話を信じていなかった。リンデたちには首輪が付いているし、三カ月待てば返還され追加で金貨千枚が手に入るからと応じてくれたに過ぎない。しょせん俺の交渉術なんてこんなもの。
修理に成功すればオークションテントでまた金儲けができる。失敗しても奴隷は手元に戻り金貨も手に入る。どっちに転んでもノミリックさんには有益な取り引きだったからの成功。
こんな感じで、リンデと妹のクレハ・フジ・ヴァルトワいや、姉妹は奴隷に落とされたときヴァルトワの性は剥奪されたとのことで、今はレオリンデ・フジとクレハ・フジになるのか、二人は昨日からシルバーファクトリーで生活している。俺が修理に失敗すれば奴隷生活に逆戻りだけど。
「まあ、失敗するつもりはまったくないけどね」
「おはようございます。お姉様、お兄様、お呼びとのことですが」
「おはようクレハ、カズマくんがクレハを呼んでたの」
「ああ、ちょっとしたプレゼントをしようと思って」
朝の工房、昨日のことを思いだしているとクレハがファーに車椅子を押してもらいやってきた。容姿は姉妹だけにリンデに似ており、体つきはリンデより一回り小さく同年代のカリンと比べて細い印象を受ける。もう二年間も車椅子生活をしていたらしいので仕方のないことかもしれないが。
クレハは二年程前、落馬をして足が不自由になったとのこと。
リンデと父親が行方不明となり、突然に家の主になってしまったクレハは勉学や剣術などを必死に学び頑張っていたらしい。そんなさなかの馬術の練習中、不自然に馬が暴れ振り落とされてしまったそうだ。
そして足の不自由なクレハでは騎士の家は守れないと親戚の男性に家を乗っ取られたと。この話は昨夜に奴隷となった経緯を尋ねたら悔しさに震えながら教えてくれた。
リンデも悪魔像討伐の手柄を使い何とか家を取り戻そうと動いたそうだけど、時はすでに遅く、お家内部の権力は親戚の男に掌握されてしまっていて、悪魔像討伐のためにした借金返済の名目で姉妹揃って奴隷に落とされ、悪魔像討伐の手柄も販売金額を釣り上げる効果しか生まなかった。足の不自由なクレハも見た目が可憐で、姉に対しての手綱にできるとのセット販売。
聞いただけでもムカムカが止まらない話だったので、これからはクレハに少しで楽しく過ごしてもらおうと、プレゼントを用意してみた。
「早速だけどこれを試してくれないか」
「お兄様、これは何ですか」
リンデが俺をクレハに紹介してから、何故かクレハはお兄様と呼んでくる。けっしてそう呼んでくれと頼んだわけではない。
「これはクレハの新しい足、魔導式車椅子だ」
この世界の道は殆どが舗装されていない。なので屋内ならともかく、野外では車椅子はまるで使い物にならない、そんな悪路でも簡単に電動ならぬ魔導力で走破できる車椅子を作ってみた。
「お、お兄様、これはすごすぎです!」
車輪の動力に加え、ホバー機能にワイヤーアンカーも内臓しておいたから、森や砂漠だって走破できるし川だって横断できる使用になっている。
「セカンドマスター、これはやりすぎじゃない」
「俺も今はそう思う」
車椅子係から解放されたファーがツッコミを入れてくる。
階段上から助走を付けて飛び降り、ホバーを使ってふわりと着地を決めるクレハ、流石はリンデの妹、順応性が姉そっくり。
俺が設計したのだが、実際に目で見ると移動力が予想以上に高い。この車椅子に装甲と上半身を取り付ければそのままアクティブアーマーになりそうだ。
「カズマくん、変なこと考えてないよね」
「変なことなんて考えてないぞ、変なことは」
今度時間ができたら車椅子アクティブアーマーを真面目に考えてみようかな。