第121話『嫌な予感が』
「お見事、リンデ」
「ありがとう、カズマくんのアクティブのおかげだよ、ごめん壊しちゃって」
再会したリンデの口調は騎士ではなく年相応の少女、素のリンデだった。
「そのくらい、いくらでも修理するよ、それにリンデ専用機がようやく完成させられそうなんだ、楽しみにしていてくれ」
「そ、そうなんだ」
あれ、専用機が完成しそうと伝えたらリンデの表情がわずかに曇ったような。
「そこのお二人様、自分たちの世界を作るのは敵を完全に倒してからにしてください、ガーキマイラの反応はまだ消えていません」
いつになく棘のある感じでやってきたシルヴィアに怒られた。毒はいつものことだけど刺々しいのは珍しい。指摘の通り確認すればバイザーのレーダーにはガーキマイラの魔力反応が小さくだが点灯している。
弱体の状態であれだけバンカーを食らったのに、奴はまだ生きていた。
「カズマくん離れて」
リンデがチェイスを動かそうとしたが、固い風船が割れるような音がしてチェイスが膝をつく。
「なんで」
「核破損だ、降りてリンデそのままじゃ動かない、修理する」
「できるの」
幸いガーキマイラはリンデから受けたダメージでしばらくは動けない、崩壊した右腕は無理でもコアの応急処置くらいなら。
リンデが降りたチェイスを確認すると予想通り、アクティブを動かすための心臓、コアが破損していた。これはパワーの勝る相手と接戦をした結果、強大なエネルギーのぶつかり合いにコアが耐えきれなかったのだ。
でもこれくらいなら、コアさえ交換すれば動かせる。魔法の袋から魔結晶を取り出そうとしたら利き腕に何本もの針が刺さったような激痛が駆け回った。
「ウギッ」
口からカエルのつぶれたような声が漏れた。そうだった利き腕が折れたんだった。リンデとの再会が嬉しくてケガの事が頭から抜け落ちてた。
「カズマくん!?」
あまりの痛みでうずくまった俺にリンデが駆け寄ってくる。
「その腕、動かさないで、何か手当てするモノは」
「こちらをお使いくださいリンデ様」
「シルヴィア殿、相変わらずの素早い対応ですね」
「マスターの筆頭メイドシルヴィアはいつでもマスターのお傍に控え完璧なサポートをこなします」
筆頭メイドなんて役職初めて聞いたんだけど、今は痛みで突っ込む気力がない。そんなシルヴィアは自分のメイド服のスカートを破いて包帯を作ってくれていた。
「ちょっと、痛いけど我慢してね」
包帯を受け取ったリンデは、ケガをした俺の腕を持つ、それだけでとてつもなく痛いんですけど、自分の腕なのに怖くて直視できないほど腫れあがっていた。
「もやしマスター、怖いなら目を閉じてください。すぐに終わりますよ」
背後に回り込んだシルヴィアが細くキレイな手で俺の両目を塞いだ。
そして、腕から刺さったままになっている破片が引き抜かれた。なんかものすごく腕が熱をもちはじめている。熱さと痛みで絶叫しそうだった。傍にリンデとシルヴィアがいたので、なけなしの男の意地で悲鳴だけは奇跡的に我慢できたけど、次があったら間違いなく絶叫してたね。
残骸の中にあった添え木にちょうどいい物を拾ったリンデは俺の腕を慣れた手つきで固定してくれた。
「回復薬を一つ残らず売ってしまうからです。念の為に数本残すように進言したのですが、この、もやしマスターは」
「ごめんなさい」
ミスリルの鎧を買うために、少しでも多く資金を確保しておきたかったんだ。でもシルヴィアの言う通り数本を残しておけば良かったと思うけど、今更だ。とにかく早くチェイスを動けるようにしてガーキマイラにトドメを刺してもらわないと。
リンデ、シルヴィアに手伝ってもらいながらコアを取り外して交換する。いつもなら簡単にできる作業なのに利き腕が動かないから時間がかかる。変形のスキルも痛みでイメージが邪魔され予想以上に扱い辛く、思った通りの形になかなかさだまらない。
「おい、怪物こっちだ、今度こそ俺が倒してみせる!!」
修理に苦戦していると、いつの間にか姿を消していたチョイ乗り青年が白銀の鎧を装備して戻ってきた。
「おい、あれって」
「マスターが落札したミスリルの鎧ですね、手に持っている剣も別の方が落札された剣です」
「あのヤロー、保管庫から装備を勝手に持ち出したのか」
青年以外にも戦士の男と魔法使い女性も先ほどとは別の装備を持っている。唯一さっきのままなのは回復士だけ。
「おい、もう瀕死じゃないか」
戦士がガーキマイラの状態に仰天している。どうやらリンデが奮戦している間ずっと保管庫をあさっていたようだ。
「てこずらされたが、まだ、生きている。ならば俺たちが決着を付けるしかない!!」
かっこよさげなセリフを吐いているけど、キル泥棒にしか見えませんよ。君たちが追い込んだわけじゃないでしょ。
「こっちにこい、今度こそ決着をつける。これが最後の勝負だ!!」
まるで自分たちがガーキマイラを追い詰めたかのような口上をのべ、装飾が施された豪華な剣を翳すが、あれって見た目重視の観賞用の剣だぞ、それに集魔の水晶も持っていた。あれでガーキマイラを正面に誘き寄せるつもりなのか。
動けなくなっていたガーキマイラが集魔の水晶に反応した。
まずい、なんか嫌な予感がする。
まだ修理には時間がかかってしまう。
「リンデ」
「カズマくん、ボーガンのロックを外して」
連射型魔導ボーガン。チェイスだけでなくウルフバンカーにも装備されている飛び道具だけど何故か不人気でほとんど使われない武装、機体が壊れてもこれだけはキレイな状態で残っていた。
機体は動かせないけど、遠隔操作で固定具のロックぐらいなら解除できる。
リンデは生身でボーガンを持ちガーキマイラを狙う。パイルバンカーより威力は数段落ちるのでトドメは刺せないが、手ぶらよりは良い。
連続で発射されたボーガンの矢がガーキマイラに刺さるが、パワー不足だった。瀕死でもトドメを刺せない。
それでも少しは動きを阻害することはできた、だけどガーキマイラは動かなくなった体を斬り捨て、マーダータイガーの首だけを飛ばしてチョイ乗り青年に襲い掛かる。
「なんだと!!」
あまりの行動に青年は反応できず、ガーキマイラの首は大口を開き、集魔の水晶を丸飲みにした。
「お、おのれ」
ようやく動けた青年が装飾剣を叩きつけるが、溢れだす魔力に弾かれ刃が折れてしまう。
「おいおいおい、本格的に嫌な予感がしてきたぞ」
「マスター、チェイスはまだですか」
「まだだ」
利き腕が動かせれば、もう終わっていたのに。
ガーキマイラの首は変異を始め、次第に膨張していき、サーチバイザーには元のガーキマイラとは比べ物にならないほどの魔力が計測された。
ガーキマイラがこのオークション会場を狙ったのは、あの集魔の水晶を取り込むためだったのか、これは明らかに進化する兆しだろう。
外に逃げ出したいけど、近場しか映し出していないレーダーにも魔物の反応が出ているので退路もない。
なすすべ無し、そう思った時だった。
ガーキマイラの空けた穴からリンデに続き、第二の助っ人が登場した。
「マスター生きてる!!」
「カズマさん、救援にきました」
チェイスよりも高性能なアクティブ、レオライラック・ウォーリアを装備したムギと、その腕に抱えられたMMライフルを構えるファー、俺の目には二人の姿が天使に見えた。
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