第118話『ミスリルの鎧と』
『出品番号三十八番。ダンジョンで発見された魔導の靴ウィングスターシューズ、自身の脚力を大幅に強化し、使いこなせれば、まるで空を飛ぶように大地を駆け抜けられるそうです。金貨60枚からスタート』
聖剣や魔剣よりも高い金額でスタートした。でも隠語が出なかったので最低落札価格は無いってことだな。
「61枚」
「63枚」
「64枚――」
場の雰囲気があったまってきたように感じる。初参加で入札を控えていた人たちも声を出すようになってきた。
『112枚、他にいませんか、いませんね。金貨112枚で落札』
値段の上がるスピードも早くなり落札金額も比例して高くなっている。金貨百枚を超えてきた。
『出品番号三十九番。聖なる青空を思わせる蒼き名槍シャハンボルグ。使いこなせば天候をも操れると噂されている槍です。金貨120枚からスタート』
聖なる青空ってなんだよ、隠語が出なかったから最低落札価格は無いようだけど、スタート価格が百枚以上になった。
「121枚!!」
そして案の定、一人の青年が食いついた。
「150枚」
「151枚!!」
最低価格もないのに、おそらくノミリック商会のサクラと思われる人物が値段を吊り上げた。これまでの入札の仕方で完全にカモられてないか。
「160枚」
「161枚!!」
「あの青年、完全に狙われていますね」
進行役が釣り針となる単語を織り交ぜ、サクラが値段を吊り上げている。
「致し方ないでしょう。考え無しの後乗りは場の雰囲気を壊しますからな、運営側からしても迷惑な客です。早めに有り金を吐き出させ黙らせる気でしょう」
「後乗り?」
「彼のように、考えて入札した者の後に考え無しで低額を後出しする者のことです。チョイ乗りとも言われていますな、ルール違反ではないですが、あんな買い方に負けると気分が悪くなるので、商人からは嫌われます」
ネットオークションやゲームなんかだと良く使われる手法だけど、ここはリアルで人の感情がある。
どうやらあの青年は運営サイドだけでなく、このオークションに参加している商人たちからも、すでに嫌われ始めている。コルネさんも説明しながら嫌悪の視線を送っているし、今後、あの青年がオークション参加者の店に行っても絶対に値引きなどのサービスは受けられそうにない。
『171枚、他にいませんか、いませんね。金貨171枚で落札』
結局、あの青年が後乗りで落札した。それにしても結構な資金力を持っているんだな、これまでの落札ですでに金貨五百枚は使っているんじゃないか。金貨五百枚を使って嫌われるなんて相当だけど、一時の利益よりもこれから先の運営、顧客の気持ち、将来の利益を考えれば、やっぱりありがたくはないのだろう。
『出品番号四十番――』
俺としては怖い競合相手になるかもしれない存在が資金を減らしてくれたことを、有難いと思っておこう。
「いよいよお目当ての品ですな」
「はい、必ず落札します」
『伝説の英雄が愛用していたと伝わっている。希少金属ミスリルで作られた聖なるフルプレートメイル。本日の目玉商品の一つであり我が商会自慢の一品、この鎧には魔力を増幅する機能があり、身体強化との相性は抜群で――』
我が商会自慢、隠語が入った。つまり最低でもスタート価格の倍の値段になる。
『――金貨200枚からスタートです』
「201枚!!」
「250枚」
「251枚!!」
「270枚」
「271枚!!」
伝説も聖なるって単語も入っていたので、案の定、後乗り青年が声を出してきた。だがここは譲れないな、俺は一気に最低落札価格で入札した。
「400枚」
『400枚、他にいませんか』
「401枚!!」
うん、見ている分には何とも思わなかったけど、自分の時にチョイ乗りされると、確かに気分の良いモノじゃない。このまま10枚や20枚を上乗せしてもチョイ乗りされそうだし、一気に行くか。
「500枚」
『500枚、500枚が出ました。他にいませんか』
「くー、501枚!!」
まだ乗っかってくるのかよ、だったら。
「700枚」
「な、なんだと、それなら、701ま――」
チョイ乗り青年が七〇一枚と宣言しそうになった口を、周囲の仲間が総出で塞いだ。どうやら残金が足りなかったらしい。他の買い物をしていなかったら千枚以上の競り合いになっていたかも。
『700枚、他にいませんか、いませんね。金貨700枚で落札。おめでとうございます』
進行役が拍手するとつられるように会場から拍手が起きた。
「これは、いったい」
「高額落札があると、たまにあるのですよ」
応えた方がいい気がしたので俺は立ち上がり、拍手に対して一礼した。それはどうやら正解だったようで、拍手がさらに大きくなった。
「これで、あなたの顔が広くサウスナンに知れ渡りましたね。私もあなたの顔はバッチリ覚えましたよカズマさん。あらためて居住地区で貿易商をしているコルネ・コルスターです。輸入したい品があればご贔屓に」
「居住地区で魔導工房シルバーファクトリーをやっているカズマ・ミョウギンです。こちらこそよろしくお願いします」
拍手が収まり席に座り直すと、あらためてコルネさんに自己紹介された、一人前と認めてくれたようで嬉しくなる。ただチョイ乗り青年だけが俺を睨んでいたけど、それはスルーするしかない。
「おめでとうございますマスター」
「ありがとうシルヴィア、保管庫が覗けるんだったよな、一応鎧の監視しておいてくれるか」
「それは、やめておくのでは」
「買った後だからギリギリセーフで、高額の買い物したんだからこれくらいは許してもらわないとね」
「了解ですマスター」
何回も開催されているオークションだから大丈夫だと思うけど、絶対に手に入れたい鎧のなので心配なのだ。シルヴィアに見張ってもらえれば安心できる。
それからのオークションは楽しいモノだった。
目的であったミスリルの鎧をゲットできたので気持ちも晴れやか、用意した資金も千三百枚残っているので、気になる出品物を無理せず入札、金貨八十枚ほどで数点の品物を落札できた。
『次が前半最後の品となります。出品番号五百番。ダンジョンより発見されたばかりの魔導具、集魔の水晶。これは魔力を流すと紫色に発光、魔物を誘き寄せる効果があります。英雄ダンバはダンジョン内でこの水晶を使い鍛錬を積んだと伝説にあります』
運営スタッフの女性が少しだけ魔力を流すと水晶は紫色に輝いた。
「おいおい、魔物を誘い寄せるんだろ魔力流して大丈夫なのかよ」
「あの程度の魔力なら心配いりません、一流の魔法使いが全力で魔力を流さない限り、城壁の外まで効力は届かないようです」
シルヴィアが流暢に説明できるってことは、やっぱりSOネットに情報が載っていた。集魔の水晶、ショウ・オオクラがレアな魔物素材を大量ゲットするために製作した魔道具。数個しか作っていないので今では相当な値打ちモノになる。
『金貨200枚からスタートです』
隠語が使われなかったから、倍までは行かなくてもスタートが二百枚と高額だ。
チョイ乗り青年の欲しそうな顔が見えたが、出品番号百番くらいで資金の底が突いたのか、声を出さなくなっている。
『298枚、他にいませんか、いませんね。298枚で落札。これで前半の部が終了となります。休憩を挟み後半戦になります。この後も我が商会が自信をもって紹介できる品々が登場しますので、お楽しみに』
早朝からスタートしたオークション前半戦は、お昼を少し過ぎた時間に終了した。後半は魔物や奴隷と言った生きた商品となる。俺にとっては必要性を感じないのでこのまま切り上げよう。早く帰ってミスリルの鎧もいじりたい。
「後半戦はどうしますか」
「興味がないから帰ろう。出口が空いたら」
会場の出口は、休憩となり一斉に立ち上がったお客で混雑している。急ぐ理由もないのでゆっくりと座席で待つ。
「マスター、問題が発生かもしれません」
「どうかしたのか」
同じようにのんびりと待っていたシルヴィアがいきなり緊張した声を出す。
「先程の集魔の水晶ですが、ミスリルの鎧の傍に置かれました」
シルヴィアから保管庫のライブ映像が送られてくる。保管庫の中ではいくつか区切りがされていて、高額落札品は一番厳重な最奥にまとめられていた。そのため偶然にも四十番のミスリルの鎧の隣に集魔の水晶が置かれた。
「あー確か、ミスリルの鎧って魔力を増幅するんだっけ」
説明の時に流された魔力がわずかにだが、水晶に残っていた。その魔力が強化増幅され輝きを増していく。
「効果範囲を計測、範囲拡大、五百メートル、一キロ、二キロ、なおも拡大」
さすがショウ・オオクラ製の魔道具、性能が半端じゃない。
「ファー聞こえるか、問題発生」
『二代目マスターどうかしたの、大金を持っているのが知られてハニートラップにでもあった』
「そんなんじゃない、魔物の襲撃があるかもしれないから、できれば武器を――」
「レーダーに反応、一直線にこちらに向かってきます。行動経路から飛行型と推測、魔力パターン検索」
「前言撤回、襲撃が確定したから最大警戒で、至急武器を届けてくれ!」
俺のバイザーのレーダーにもはっきりと魔物の反応が現れた。それも一匹や二匹じゃない、大きな反応は一つだけど、それに率いられた群れが帯同している。
それも、もうすぐそこ、西門近くまできている。
ここは西門近くの広場、なぜか南門と違い西門守備隊は高価な武具を装備して強そうに見えていたけど、空を飛んで門を飛び越える魔物の対処ってできるのかな。城壁には結界があり並大抵の魔物は突破できないそうだけど。
「魔力パターンに該当なし、このことから推測しますと」
「最悪だ」
魔力パターンに該当なし、最近よく聞くセリフだな、そのため相手が想像できちゃったよ。
会場テントの天上が切り裂かれ、一匹の魔物が姿を現した。
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