第117話『オークション開始』
『皆々様、ノミリック商会主催のオークションにおいでいただき、主に代わり感謝を述べさせていただきます。私は今回の進行役を務める――』
ステージ中央に現れた老人の声が魔導具で増幅され会場中にいきわたる。
『――本日は我が商会が自信をもって仕入れた至高の品々が出品されます。過去最高の品も登場しますので、お楽しみに』
「ほう、過去最高の品ですか、なんですかね」
データによると過去最高の品は勇者が使用した伝説の聖剣で落札額は金貨六百八十枚だったらしい。それを超える品物か、もしミスリルの鎧のことだったら嫌だけど、買えないことはないと思う。
進行役の挨拶が終わり、装飾された台車に一番目のオークション品が運ばれてくる。
『出品番号一番。王都最大の名工と呼ばれるラドボルクスの工房から仕入れた我が商会自慢の一品、聖剣ラドボルクス。名工と同じ名を付けられたことからも、その完成度に疑う余地なし、完成したばかりなので伝説などはありませんが、もしかしたら皆様の中にこの聖剣で伝説を作るお方がいるかもしれませんね』
長い説明だな親切だけど、サーチバイザーで出品された剣をサーチっと、説明の通り製作されたばかりなのかSOネットには剣の情報は無かったけど、ラドボルクス工房の情報はあった。三百年以上続く老舗で、初代ラドボルクスがダンジョンで発見した魔剣の複製に成功したことで国から表彰され、現在でも魔剣製作で国のトップを走っていると。
「魔剣を作る工房で聖剣って」
「おお、お若いのに勉強熱心ですな、王都のラドボルクスをお知りですか」
SOネットで調べただけなんだけど、隣のコルネさんに褒められてしまって、ちょっとだけ居た堪れない。
「え、いや、たまたまです」
「聖剣や魔剣の分類は、曖昧なんです。作った者が勝手に名付けますからな、昔『聖剣ユージスの魔剣』なんて代物もありました」
それは聖剣なのか魔剣なのか、さっぱりわからん。
「まあ、長い説明はオークションを盛り上げるためです。場の空気で説明は短くも長くもなりますよ、お客を飽きさせないように進行するのが進行役の腕の見せ所ですな、あの老人はもう十年も別の者に進行役を譲ったことのないベテランです。うまいですよ」
『金貨20枚からスタートです』
「20枚!!」
「22枚」
「24枚」
「25枚!!」
「30枚」
入札の声も座席に付けられている魔道具で増幅されているようで、怒鳴っていないのに、声が会場中に聞こえる。入札が入ると出品物の上に金額と座席番号が表示されていく。
「お金をかけている会場ですね」
「実は、このテント自体がダンジョンで見つかった魔道具らしいですぞ、ノミリック初代会長が、このテントをオークションに使うことを思い付き一代で財産を気づきあげたそうです」
「へー」
ダンジョンで見つかった魔道具ね、これだけ大掛かりな魔道具って、もしかして。
「創造主ショウ・オオクラの作品ですね、試してみたらテントにアクセスできました。出品物保管庫の映像も見ることができますよ」
シルヴィアが俺にだけ聞こえる声でささやく、いやシステムを覗くのは禁止されていないから不正じゃないけど、運営スタッフの声まで拾えるのは完全にマナー違反で、ルールを根本からブレイクしそうだから。
「やめてくれ」
「了解です」
『金貨42枚、他にいませんか、いませんね。金貨42枚で落札』
進行役の老人が、ハンマーを取り出して台を叩くと落札が確定された。
『出品番号二番。同じくラドボルクス製の聖剣、さきほどの聖剣と遜色無し我が商会自慢の品です。金貨20枚からスタートです』
「21枚!!」
「35枚」
「36枚!!」
「38枚」
「40枚」
先程とほとんど同じ聖剣、スタートも同じ金貨20枚だったけど、さっきは42枚で落札されたので、金額の吊り上がるスピードが早い。
「42枚」
『42枚、他にいませんか、いませんね。金貨42枚で落札』
結局同じ金額で落札された。
『出品番号三番。こちらはダンジョンの宝箱より発見されたカイトシールド、鑑定士によると何かの魔法が付加されているそうです。金貨10枚からスタートです』
「10枚」
「11枚」
サーチバイザーで拡大して見ると、確かに盾中心に魔結晶が埋め込まれていて、魔法が付加されている。手に取ればわかるかもしれないけど、この距離だと難しいな、カタログにも魔法付加の可能性がある盾としか書かれていない。
「14枚」
カタログを眺めていたら、隣のコルネさんが入札をした。
『14枚、他にいませんか、いませんね、金貨14枚で落札』
「おめでとうございます」
「ありがとう、今日は幸先がいいですな」
「今のが裏話に関係あるんですか」
「ええ、そんな所です」
コルネさんが商人らしい笑みを浮かべて頷いた。
『出品番号四番。古代魔法帝国が生んだとされる魔剣グーズー。王国でも数本しか存在しない我が商会自慢の品です。金貨35枚からスタートです』
「36枚」
「50枚」
「51枚」
「70枚」
「74枚」
『74枚、他にいませんか、いませんね、金貨74枚で落札』
けっこう値段が高くなったな。こっちも何かの魔法が付加されているみたいだけど、シールドの時とは偉い違いだ。
『出品番号五番。魔通信の鏡セット、この二枚の鏡は離れていても互いに絵姿を送り合い通信ができる優れもの。状態も完璧といっていいほど傷一つありません。金貨15枚からスタートです』
「16枚」
「20枚」
「21枚」
「23枚」
『23枚、他にいませんか、いませんね、金貨23枚で落札』
魔通信か守備隊でも使っていたけど、サーチバイザーがあるから俺はいらないな。
それからいくつか欲しい物や気になる物はあったけど、ミスリルの鎧を落札するために我慢した。
『出品番号三十番。こちらは魔導ギルドより委託出品、証明書付きの能力増幅薬詰め合わせ、伝説の勇者も常備していたと噂される増幅薬、保存状態も徹底管理した我が商会自慢の品です。金貨15枚からスタート』
「15枚!!」
「20枚」
「21枚!!」
「25枚」
「26枚ッ!!」
一人だけやたら大きな声で入札している奴がいる。ピカピカの銀色鎧を着た青年だ、怒鳴らなくてもいいのに、わざわざ最大ボリュームの声で入札している。隣の席の人が迷惑そうな顔をしているぞ。
「30枚」
「くっ31枚ッ!!」
『31枚、他にいませんか、いませんね、金貨31枚で落札』
思い返すとあの青年は、伝説とか聖なるって名前の付くものにはみんな声を出していたな、今回は能力増幅薬だったけど。
「よっしゃー」
『静粛に願います』
「す、すみません」
落札に喜んで叫んだ青年は進行役に怒られた。
「マスター、今の商品おかしいです」
「どこか変な物だった、保証書付きって言っていたし、バイザーで見てもおかしな所なかったけど」
「品物ではありません、説明です。魔導ギルドが依託した出品物なのに、どうしてノミリック自慢の商品になるのでしょうか」
「そう言えば」
確かにカタログにはいくつかの委託品があると書いてあった。一番後ろのページには次回オークションの委託受付先まで載ってるし、出品の何割かは委託品なのは確定だ。
「今のはわかりやすかったですね、お気づきになりましたか」
「もしかして、これが裏話ですか」
「ええ、このノミリック主催のオークションには隠れたルールがあるんですよ」
『出品番号三十一番。シャルジャバンのネックレス。ダンジョンからの戦利品、聖なる加護を施したようなデザインの美しい品です。金貨20枚からスタートです』
「21枚!!」
また元気すぎる青年が大声で入札する。本当に聖なるとか伝説って言葉が付くと全て食らいついていくな。進行役も当然わかっているようで、説明に聖なるとか伝説って単語をお織り交ぜだしている。
「25枚」
「26枚!!」
しかし、なんだかみみっちい食らいつき方で、必ず金貨一枚単位でしか値段を上げない。損得とか計算しないで、とにかく前の人より一枚多く宣言するしか考えていなそう。
何回か、周囲の仲間が止めていなかったら前半だけで破産してそうだな。
『26枚、他にいませんか、いませんね、金貨26枚で落札』
「わかりましたマスター。「我が商会自慢」と言うセリフが隠語なのですねコルネ様」
「隠語?」
シルヴィアがバイザーにこれまでの落札金額のまとめを送ってくれた。そのまとめを見て気が付いた。
「我が商会自慢って言った商品は全部、スタート価格の倍以上になってる」
「お見事です。案外気が付かないモノでしょ。いくつかの商品には最低落札価格が設定されているんですよ、その合図が我が商会自慢。公表されてはいませんが、常連ならほとんど知っている裏話ですな」
「それがスタート価格の倍の値段、どうして最初から最低価格でスタートしないんですか?」
「最低価格が決まっている物は大抵高額品なので、高値でスタートすると場が盛り下がり買い渋りが起きるかもしれませんからね」
「なるほど」
確かに、いきなり高い金額を言うよりも声は出しやすいか、それでも必ず最低落札を超えるには。
「囮、サクラがお客の中にいるんですね」
「その通り、客席のいくつかにはノミリックの部下がいます」
「サクラが落札した場合はどうなるんですか」
「最低落札価格に届かなかったと言うことになりますかから、次のオークションに回されます」
「なるほど」
『出品番号三十五番――我が商会自慢の――』
おっと隠語が登場したぞ、つまり価格は最低でもスタート価格の倍。
『金貨35枚でスタートです』
「70枚」
『70枚が出ました。他にいませんね。70枚で落札』
コルネさんが三十五番の商品を一発で落札した。開始早々、倍の値段を宣言され他の人は追走できなかった。
「このルールを知っていれば、本当の最低価格で入札できるんですよ、倍を超えればサクラも声を出さないので」
下手に少しずつ吊り上げていけば、場の空気で八十枚、九十枚になった可能性もあるのか。
「勉強になります」
「もっとも、このルールを知っている者同士が競合すれば吊り上ってしまいますけどね」
「ですよね」
「多分、会場の三割くらいは知っていると思います。本当のオークションはそんな連中と競合した時に、予算内でセリ落とす事。それこそが醍醐味ですよ」
大人しそうな人かと思ったけど、けっこう熱い人だった。
でも本当に勉強になった。目的の四十番まであと少し、必ず落としてみせる。
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裏話、隠語はあくまでも、このオークション限定の裏話です。念のために。