第111話『依頼と情報』
翌日、シルバーファクトリー魔導工房は早朝から従業員総出でせわしく動き回っていた。昨夜は共同討伐でさすがに疲れたのでぐっすりと眠ったけど日の出と一緒に働き始めていた。ガーキマイラの討伐が曖昧になってしまったからだ。もし生き残っていたら再びここサウスナンを襲撃してくる可能性がある。
だから損傷したウルフバンカーを急ピッチで修理していた。貴重な盾役の前衛要因だから動けないのは困る。
「オーナー、ダラス機の損傷が一番激しいです。これは中破ではなく大破ですね」
元奴隷七人のまとめ役になったマルセルさんがダラス機の詳細を持ってきてくれた。三十代の男性で細顔が特徴のマルセルさんはやや細身ではあるけど、助けた恩義を感じ一生懸命働いてくれていて物覚えも良い、アクティブの清掃から機体チェックのやり方まで数日で覚えてしまった。ファーは仕込めば一流の執事にもなれると言っていたな。
「ありがとうマルセルさん」
「オーナー、マルセルと呼び捨てにしてください。私に敬語など不要です」
「あはは、慣れたら呼び捨てにするよ、さてどんな感じなのかな」
年上を呼び捨てにするのはまだ慣れていない、笑ってごまかしダラス機の詳細に目を通すと、ちょっとした衝撃を受けた。ライトアームの欠損は見えていたからわかったけど、背部インナー構造損傷、脚部伝達系断裂、腰部バランサー破損、突撃用ブースター消失ってなんじゃこりゃ、表面装甲にキズが少ないからだまされた。人間で言うなら、右腕が無くなり、背骨に無数のヒビが入り、両足が骨折で、腰骨が粉砕骨折しているようなもんだぞ、よくこれで動いていたな。
「どうだ坊主、どのくらいで修理できる」
ウルフクラウンのみなさんは昨夜アクティブの修理にこの工房に立ち寄って、宿に戻るのも面倒だと部屋もあまったので工房に泊まっていた。そして寝癖のまま薄着でハンガーにやってきたダラスさんはとても元気である。
「…………なんで無事なの?」
機体がこれだけダメージを受けてどうして中にいたダラスさんは無傷でピンピンしてるんだ。
「無事ってなんだよ、俺は一度も攻撃を受けなかったから無事で当然だろ、それよりこの機体だぜ、攻撃受けてないのにあっちこっち警告が出てよ、最後にバンカーを撃ち込んだら腕ごと粉々になっちまったんだぜ、もう少し頑丈に作れないか」
まあ外傷がないから薄々そうじゃないかって思ったけど、まさかダラスさんの動きに機体が付いていけなかったなんて、この人どんな身体能力してるんだ。
「頑丈に作るどころか、これだけの損傷だと新しく作り直した方が早いかも」
修理箇所を点検して見つけ出し交換部品を作って組み立てるより、新しく部品を作って組み立てる方が点検がない分、早い気がしてくる。
「マジかよ、こいつは気に入ってるんだ、できれば修理で頼むぜ」
「愛着を持ってくれて嬉しいです。わかりました、こいつは修理の方向で、ただ強化となると、上質な素材が欲しいな」
「具体的には」
「ミスリルを内部構造とバンカーに使えれば、強度もパワーも各段に上がるんだけど」
「おいおい、ミスリルってそう簡単に手に入らないぞ」
そうなんだよな、お金で解決できるならいいけど、希少金属であるミスリルは市場にあまり出回らない、いくらお金があっても売っていないものは買えないのだ。
サウスナンの西に銀鉱山があり、そこなら運次第でミスリルが手に入るらしいけど、今は行けないよな、なんとか今手に入る素材で強化できないか。
「マスター、お客様です」
ウルフバンカーの強化案を考えていると、シルヴィアが来客を連れてやってきた。
「ベテルドさん、おはようございます。こんな朝早くにどうしました」
「相談したいことがあってな」
やってきたのは南門守備隊長のベテルドさんだった、昨日の疲れも残っているんだろう、目の下には薄いクマをこさえている。
「すごい設備だな、俺の記憶ではここは寂れた商店街だったのだが」
「その記憶間違いないわよ、これができてまだ二週間もたっていないから」
何か話があるのだろうと、ハンガーの隣に併設して作った来客用の部屋へとお通しした。そこにお茶を持ってきたファーがベテルドさんの記憶を肯定する。
「たった数日で、この巨大工房を作り上げたのよ、我がマスターながら信じられない作業スピードよ」
「どれだけの金と人を使ったんだ」
「殆ど俺一人で、お金もそんなに使ってないな、建材とかも解体した廃材を使ったから」
「…………」
あれ、ベテルドさんが黙り込んじゃったよ、こっちの世界では廃材を再利用とかしないのかな、日本にいたころにテレビで見た廃材を使ってリフォームする番組が好きだったから、やってみただけなんだけど。
「ベテルド様。マスターを理解しないままに、活動内容を聞くと混乱してしまいますので、ここは聞き流すのが精神的に安全を保てます」
「そこのシルヴィアさん。精神の安全ってなんですか人を危険物扱いしないで欲しい」
「廃墟を数日で巨大工房に作り変えた、これが非常識だと自覚がない時点で危険物です」
「そうね、まったくもってその通りよ」
この姉妹メイド、遠慮が無さすぎるだろ。
椅子に腰を下ろした俺の後ろに従者として控える二人だけど、口はまったく控えていない。反論したいけど口では勝てないので、強引に話を変えた。
「ベテルドさん相談があるんでしたね、聞かせてください」
「あ、ああ、そうだった。相談、いや依頼になるか」
なんだか言いにくそうだな、無茶な依頼でも持ってきたのか。
ベテルドさんは熟考した後、意を決したように重たい口を開いた。
「おまえは、討伐の時に言ってたよな、魔導甲冑が欲しければ注文してほしいと」
お、これはもしかしてアクティブの製作依頼か。
「アクティブアーマーの注文ですか、それなら喜んでお受けしますよ」
「受けてくれるのは有難いのだが、その、あれだ」
どれだ。
なんてとぼけはしない、わかりますよベテルドさん。あなたの今の態度は、お金を使いすぎた勤め時代の先輩がお金を借りに来る時の態度そっくりですから。
「予算は勉強させてもらいますよ、希望を聞かせてください」
「すまん、守備隊の予算が少なくてな、必死にかき集めてきたんだが金貨三枚しかないんだ」
「金貨三枚ですか、守備隊用ってことは一機とかではないですよね」
「ああ、無理な注文だとはわかっているが、前回のような群れの襲撃を受けると守備隊では対処できないんだ」
ベテルドさんもガーキマイラ案件がまだ片付いていないと考えている。だから無茶だとわかっていても依頼にきた。
魔導銃で金貨三百枚、魔導甲冑になるとSOネットの情報だと最低でも金貨五百枚はするらしい、高性能になると天上しらず。オークションにかけられると金貨千枚を超えたこともあるらしい。それを金貨三枚で注文するとはベテルドさんけっこう追い詰められてない、いつもの威厳はまったくなく肩身がせまそうだ。
ガーキマイラの襲撃はそれだけショックだったのだろう。
「南門守備隊の構成人数ってどんな感じなんですか?」
「構成は十二人の小隊が四つで編成されている一個中隊だ、他にも雑用係や見習いはいるが基本は四個小隊になる」
全部で四十八機のアクティブが欲しいってわけか、予備機も含めると五十機は用意したいよね。それが金貨三枚か、ベルノヴァの三人に機体をプレゼントするのとはわけが違う。これからはこれが俺の本業となるのだから、利益度外視の契約はできない。
守備隊は街に必要な存在だからそこまで利益を求めなくてもいいけど、最低でも赤字は出さないようにしないと、追加予算を求めても有り金を全部持ってきた感じだし、金銭が無理なら現物はどうだ。
「さすがに金貨三枚だと、製作は難しいですね」
「やはりそうだろうな」
「ですので、他に現物でもいいですよ、倉庫なんかにいらない素材とか余っていませんか」
「いや、そのいらない素材を換金してもってきたんだ。残っているのは換金できなかった下位魔結晶の中でも粗悪な物とか折れ曲がったゴブリンの剣などしか残っていないぞ」
守備隊の倉庫には現金で通行税が払えない旅人や駆け出し冒険者がガラクタ同然の現物で納めることがあるらしく、そんな品物があふれている。一個では価格が付けられないがまとまれば買い取ってくれる業者もいる。
残っているのは、まとめても買い取り屋に拒否された粗悪品の中でも粗悪品のゴミだけ。でも俺なら再利用ができる。
「それでいいですよ、あるだけ持ってきてください。アクティブの材料に使うので使用した分だけ代金から引かせていただきます」
「本当にそんなのでいいのか」
「はい、それと情報も欲しいです。南門の守備隊長なら街に入ってくる品物の噂にも詳しいでしょ」
話しをていて思いつきたことがある。取り扱う品物は何も現物だけに拘ることはない、情報だって立派な商品になる。SOネットの情報は更新しない限り古いまま、最新の情報はやっぱり現場で働いている人に聞くのが一番だ。
「ミスリルが欲しいんですけど、入手ルートとかしりませんか、街に持ち込まれたかどうかだけでも教えて欲しいんですが」
「ミスリルか、あれはめったに手に入らないが」
腕を組みベテルドさんは自身の記憶から情報を探す。
「インゴットがいいのか」
「いえ、ミスリル製なら剣でも鎧でもいいですよ」
どうせ鋳潰すから。
「それなら、お前たちが助けたノミリック商会が開くオークションにミスリルの鎧が出品されると聞いたぞ、ガーキマイラに襲われた時の馬車に載せられていた」
ミスリルの鎧、もし全身鎧ならアクティブ一機分のミスリルが手に入るかもしれない。この情報は俺にとって金貨百枚以上の値打ちがある。
「素晴らしい情報ですベテルドさん、わかりました守備隊のアクティブ製作をお受けしましょう」
「本当か、できるだけ多い方がいいが、無理は言わない可能な限りでお願いする」
「わかっています。全力で製作する事をお約束します」
俺はベテルドさんの手を取り力強く握手した。
「シルヴィア、二代目マスターの全力って大丈夫かしら」
「サウスナンに衝撃が走るかもしれませんね姉さん」
メイド従者二人が何やら会話しているが、今はなんとも感じない、それだけ俺のテンションは上がっていた。これでウルフバンカーの強化はもちろん、リンデとの約束の機体が完成させられるかもしれないのだから。
評価やブックマークありがとうございます。