第100話『ノミリック』
「誰かいないか、助けてくれー」
ガーキマイラが去ると先頭の崩れた馬車の下から喉太い男の助けを求める声が聞こえてきた。奴隷商一行の中で唯一檻ではなく少し豪華な馬車、推理するまでもなく奴隷商が乗っていた。
「ダラスさん、テルザーさん、ここは任せます」
「おう、任せておけ」
俺は倒れた馬車を起こすのをウルフクラウンにお願いしてシルヴィアと一緒に壊れた馬車へ。シルヴィアは壊れたスカイシールドを回収してきたけど、嵌め込んでいた魔結晶が完全に熔解していたので、浮遊機能は失われていた。
「カズマ、ここの下から聞こえるのね」
「そこに誰かいるのか、助けてくれ礼は弾むぞ」
ノネが見つけたのは破壊された馬車の下、元気そうな声だ余裕があるように聞こえるので、重症だったり馬車の残骸に挟まったりはしていなそうだ。
俺は残骸に手をかけると軽く持ち上げる。重さは百キロ以上ありそうだったけどアクティブのパワーアシストがあればこれくらい簡単な作業。
「た、助かった」
出てきたのは豪華な服を着た恰幅の良い五十代くらいの男だった。男は服の土ぼこりをはたきながら立ち上がり、一歩進もうとして転んだ。どうやら足をケガしているようだ。
骨は折れていなさそうだな、一度は立てているし変に曲がったりはしていないから捻挫程度かな。
「いたい、足が痛い、回復薬をもっていないか、相場より高く買うぞ」
「いや、回復薬は持ってないけど、シルヴィア」
「了解ですマスター」
最近は負傷していなかったので忘れかけていたけど、シルヴィアのヴィアイギスは回廊魔法が使えるのを思い出した。
いい年のおっさんが捻挫程度で涙目だ。シルヴィアがスパイラルアームを使いおっさんの足を回復させる。
「まさか回廊魔法なのか、すばらしい人材じゃないか、それにとても美しい、奴隷としてオークションに出したら金貨二百枚の値は付くぞ」
あ、俺、このおっさん嫌いだわ。
シルヴィアをいやらしい目つきで舐めまわすな。
初対面、それもケガの手当てをしている相手に奴隷としての値踏みをするなんて、人として嫌悪する。俺がもっとも嫌いなあのセクハラ上司と同じタイプの人間だ。
イライラするな、俺はMMライフルを安全装置でロックして背中のバックパックにホールドする。手に持っていると引き金を引きたくなりそうだった。
「いやー助かったぞ、よくやってくれたな、ワシはサウスナン随一の奴隷商をやっているノミリックだ」
「どうも、冒険者をやっているカズマです」
感情は表に出さず平静を装って挨拶、これくらいは会社員時代からできる。ただ魔道具技師と名乗るのが何かいやだったので、はじめて冒険者と名乗った。
「珍しい鎧を着ているが」
「よく言われます」
自分が作ったなんて教えない、もし万が一、それが接点となって再会などしたくもない。
「彼女は君の従者なのかな」
「そうです」
「そうか従者か。さてお礼の件だが、もし彼女を売ってくれるなら買い取り金額に上乗せすると言うのはどうかね」
「遠慮しておきます。彼女は大切な存在ですから」
やっぱり目を付けてきたか、だからシルヴィアのことは紹介しなかったんだ。お礼なんていらないから早くこのおっさんと、さよならしたい。
どう切り抜けようかと考えていたら、最初に壊された馬車の奴隷たちを連れてファーが合流した。
「こっちも退けたみたいね。レーダーに情報もない魔物の反応が出た時は心配したわ」
「後で話すよ、そっちも無事でよかった」
「全員は助けられなかったけどね」
俺たちが助けに入る前に襲われていた人たちは助からなかったらしい、馬車には十二人が乗っていて、ファーが連れてきたのは七人だった。
「彼女も君の従者かね」
「はいそうです。彼女も売ることはできませんよ」
「そうか、それは残念だ」
このおっさんは、人を商品としてしかみられないのか。
「しかし、あの状況で奴隷を助けるとは酔狂な者たちだな」
おっさんの馬車だけ見捨てればよかったと考えてしまう。
「そうだ、お礼なのだが、君たちが助け出したその七人をあげよう。どうやらケガもしているみたいだし、治療にはお金がかかる。その代金と差引すれば奴隷七人分、助けてもらった謝礼にはちょうどいい」
MMライフルをロックしておいてよかった。
いったい何が丁度いいのか、俺には理解できない。どうするお礼なんていらないと突き返したいけど、彼らの乗っていた馬車はもうない、もしいらないと断ったら。
「いや、これでお互い助かりましたな、馬車がたりなくて残りは捨てるところだったぞ」
やっぱりか。
ノミリックは七人の証文を俺に渡すと、ウルフクラウンが起こした檻の馬車の御者台に乗り、良い取引をしたと笑顔でサウスナンの方角に走り去っていった。
「あの男、多分ノミニック商会の会長ね」
「ファーは知ってたのか」
「顔は見たことなかったけど、ノミリック・プルトニル。サウスナンの裏の顔役の一人よ奴隷オークションを指揮っているって噂ね」
裏の顔役、つまりはマフィアボスみたいなモノか。
「それで、どうするのこの七人」
「どうするって? 解放とかできない」
「できるけど、あまりオススメしないわよ、彼らは一文無しだし働き先もすぐには見つからないと思うわ」
ここにある証文を破棄すれば奴隷の立場からは解放される。しかし、身分証もないのでサウスナンに入るにも借金して通行税を払わなければならない、それが返済できなければまた奴隷に逆戻りだ。
「あ、あの、精いっぱい働きますので、我々に仕事をいただけませんか」
一人の男性が勇気を振り絞って俺に懇願してきた。これは後から聞いた話だけど、七人、もっと言えば馬車に乗っていた十二人は同じ村の出身者だった。悪魔像の影響で景気が低迷、村の作物も売れなくなり、口減らしも兼ねて全員が借金奴隷としてノミリックに買われたそうだ。
ここで見捨てられるほど俺の精神は強靭ではない、見捨てたらきっと後悔の念に苛まれ夜も眠れなくなりそうだ。
だったらしかたがない、せっかくストレスの感じない上司のいない世界にやってきたんだ。後悔のしない生き方を選ぼう。
「わかった、ウチで全員面倒をみましょう」
七人から安堵が伝わってくる。
日本にいたころと違い、俺の懐には大量のお金があるんだ。七人の面倒くらいみられる。
「それじゃ、自己紹介から――」
こうして七人の男女。男性四人に女性三人が魔導工房シルバーファクトリーの新たな仲間として加わった。




