ある■■の話
「どうしましょうか」
男とも女ともつかぬ声でそんな事を告げられる。
どうやら■■は死んだらしい。
なるほどそれで、別の世界で生きてみないかなんて言う。
死んだ理由はともかくとして。
「貴方は何になりたいですか」
次の世界で好きにしろという。
そういうものか。
ではこうしたい、と告げると驚かれてしまう。
「地位や名誉は欲しくないと」
勇者がやってくるのを待つ世界なんてものはいくらでもあるという。
才能さえあれば地位も名誉も金さえも思いのままだ、生きていくならいくらあっても困るまい。
しかし、■■はそんなものはいらないと思った。
「左様ですか、ではその分をお好きなように」
祝福あれと言われたものの、どうも不快感しかなかったのは気のせいだろうか。
どこの誰だったかもわからぬまま、とりあえず。
赤ん坊にしては泣かず、騒がず。
子供にしては妙に静かで薄気味悪く。
泰然自若でひたすら獲物を狩り続け。
剣と魔法とファンタジーに溢れる世界とやらに生れ落ちること十年いくつ。
今日も私は刀を振る。
こういう武器を作ってほしいとお願いして鍛冶に訝しまれ。
魔法が当たれば役に立たん盾などいらんと勧めを断り。
ひらり、と漠然と記憶にあった『キモノ』というのが一番動きやすいと身にまとう。
猪を狩るのも一刀、熊を仕留めるのも刹那。
魔物は二振り、化生は三振り。
龍は挑めば十も数えぬうちに物言わず。
なんとなくで思い出せるものを使いこなして、生きていくにはそれで十分。
気味悪がっていた親も騎士学校に行けばそれらしくなるだろうと私を放り出したが。
鎧の隙間に刀を通せば口出しするのは立場が上の数名のみ。
騎士学校のはみだしものと烙印を受けてさらに数年。
「君は強い」
そう言って近寄ってくる、明らかに他と違う者。
ああそうか、それはそうだと思いなおす。
最初に神も言っていたではないか。
「僕と君のそれは違う強さだ」
本気でやってもオマエのほうが若干強いのではないか。
よく見て、遣う者だと感想を告げればそう返される。
「僕は人々の助けになりたい」
立派な考えだ、出来るだけの腕があるならそうすればいい。
止める理由も力も私にない。
何度見ても、百度に一度勝ちが拾えるか。
ソイツの力は私より高みにある。
「君がいてくれたら心強い」
そうだろうか、とさえ思わなかった。
何度も食い下がられたが、断った。
理由は話さなかった。
さらに数年したら、騎士学校が鉄火場になった。
街も人も火の手が上がり、地獄絵図。
城も王様も大変だという。
誰がこんな事をしたのか。
個人に興味はなかったが、思想に興味があった。
「私が王になるはずだったのだ」
神に選ばれたのは私のはずだと王弟はいう。
そんなにいいものでもないぞと告げて、首を刎ねた。
やがてあの男が玉座に駆け上がってきて、何故だと私を糾弾する。
「わかりあえたかもしれないだろう」
街や人から嘆きや恨みつらみの怨嗟が上がる前ならばそうだったろう。
ソレが人を救う者ならば、同時に悪を裁く者でなければならない。
この男にはその覚悟がなかった。
だから嫌だと断った。
力ゆえにこそ、遣い方を過たず。
誰の教えか、思い出せない。
さっさと救えと尻を蹴飛ばす。
ソレの仲間が恨みがましそうに私を睨め付けていくが、喝を入れて締め出した。
それからしばらくのこと。
やがて火は止み、悲鳴が消え去り、恨みつらみもやがて薄れる。
それからしばらく、街も城も元通り。
いつもの光景が戻る中でも、ソレは再三請うてくる。
それでもやっぱり断った。
鯉口をきれば、それより早く魔法が飛んでくる。
切ったところで、僧侶に癒される。
一度逃せば、後ろの狩人に外から討たれて死ぬだろう。
もとより居場所があるとは思っていない。
別れを惜しむソレを見送り、これでいいかと内心告げる。
返事がないのを確認したら、やっと刀を放り出す。
さて、私は何をしようとしたモノか。
異世界転移って、何なのでしょうね。