「第三十七章」「そして日菜乃と叶恋(4)」
日菜乃はゆっくりと目を覚ました。
薄暗い夕闇のなかの天井。
ぼんやりとした意識。
此処は何処なのだろう。
そう思って左右に視線を送ると、うっすらと人影が見えた。
人影と言っても、ベッドで寝かされているであろう自分の真横で、此方を見ている人間のアウトラインだった。
誰だろう。
そう思って薄目だった瞼をはっきりと開いた。
その途端、その影は反応した。
「日菜乃!」
その声は、杏樹のものだった。
「え? 杏樹?」
最も意外な人物が隣にいた。
「あ、貴方、ふざけるんじゃないわよ。疲れてるならそう言いなさいよ。」
杏樹は、かなり戸惑ったように怒っていた。
「貴方にまで何かあったらどうするのよ。貴方まで居なくなれたら、私は」
そこまで言って、杏樹は黙ってしまった。
本気で心配されていた。
まだ、数回しか会ったことのないこの人に。
それは意外でもあり、何故か少し不思議な感覚だった。
「ごめん。」
素直に日菜乃は、そう言った。
「意識のない間に悪いけど、お医者様には来てもらったから。」
「うん。」
「過労と心労が貯まったんだろうってことだったわ。」
「そう。」
「状況からして、わかるけど、どれだけ無理してたのよ。」
少しためらってから、それでもしっかりとした瞳で、日菜乃は杏樹を見た。
「私、大型二輪は夏休みが開けてからゆっくり取ることにするわ。」
「え?」
「無理はしないことにしたの。焦って何も良いことはないと思う。」
「突然どうしたの?」
何時もの不安げな日菜乃と違い、はっきりとした言葉だった。
「夏休みの課題も半分も終わってないの。アールさんに乗りたいという気持ちは全然変わってない。ただ、他の事を犠牲にしてまでアールさんに乗っても、きっと叶恋は喜ばない。」
日菜乃は、まっすぐに杏樹を見た。
「やるべき事をやってから、免許とアールさんに向き合いたいの。」
日菜乃の態度の変化に、少しだけ杏樹は戸惑ったが、大きく頷いた。
「わかりました。日菜乃がそうしたいたら、こちらはそのように出来るようにサポートするだけよ。」
「貴方も、あまり無理はしないでね。杏樹にも、自分の事でやらなけれはならない事は沢山あるはずよ。」
日菜乃の、初めて杏樹を気にかけた言葉だった。
「大丈夫。私は今、一番やりたくて、やらないといけない事をやってるのだから。」
少し微笑んで杏樹は答えた。




