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「第五章」「今日はバイクを洗いたい(1)」



「今日は最高の洗車日和や!」

工場かガソリンスタンドでしか見かけないような作業ツナギを着た、叶恋が、空に向かって背伸びをした。


「え・・・こんなどんよりの天気が?」

日菜乃が、今一つ感たっぷりに呟いた。

季節柄、暑くも寒くもなくて風も穏やかだが、どんよりとした空模様だった。


「それがええんやないか!」

叶恋が言い切った。


「てっきりお日様ガンガンで、洗ってもすぐに乾くような日がいいんじゃないの。洗濯みたいに。」


叶恋は右手の人差指をたてて、チッチッと左右に振った。

「洗車は炎天下であんまり早く乾いても困るねん。水滴はレンズみたいなもんやから塗装も痛めるし、ワックスやコーテイングも日陰のほうがいいんや。」


「でも前にちらっと見たバイクアニメだと、女の子が炎天下の中、水着とかタンクトップで洗車してたよ。」


その言葉にげんなりした顔の叶恋が言った。


「女二人しかおらんのにそんな男子に媚びるような格好してなんになるねん。オイルとか洗剤とかワックスとか、肌に悪いようなもんしか使わんのに、肌晒してるとか阿呆かと思うわ。よっぽど男に媚び売りたい奴しかそんな格好で洗車せんで。」

「そうなんだ・・・・」


「日菜乃にも上下のジャージ貸したるわ。ワックスとか拭き取る時に微粒子化して舞うから、肌にワックス塗るみたいなことになるで。」


(え?肌にワックス・・・・)

「か・・・貸して!」


「そやろ。」

ニヤニヤして、縁側に置いてあったジャージを、白いワンピースというオシャレな格好の日菜乃に手渡した。




叶恋の家は、古い木造の賃貸の家で、昔ながらのちょっとした洗濯物を干せる庭と、縁側、2階建ての建物、外付けの金属製の物置と、あとから取って付けたようなコンクリートの敷かれた車の駐車場があった。

そこが、アールさんの駐車スペースになっている。


日菜乃が、ジャージに着替えている間に、叶恋は2重にかけてあるカバーを外し、バイクの前輪と後輪別々に駐車場の柱に絡ませてある太いチェーンを外した。


前に聞いたが、こういう絶対に動かせないものにバイクを固定することを「地球ロック」とか言うらしく、日菜乃はその「地球にロックする」という壮大なネーミングに笑ってしまったものだ。


叶恋は、さらにピーピー音のするものや、前輪だけを固定するようなものを、2~3個外した。



「そういう防犯アイテム、何個付けてるの?」


「ん~5、6個かな。」


「そんなに?毎回外すの手間じゃないの?」

見ている限り、慣れた手付きで外しているが、カバーとロック外すだけで、15分はかかっている気がした。


「愛があれば当たり前や。ここなんか外からバイクが結構見えてるし、バイク盗むやつなんかなんぼでもおるで。自分のバイクは大丈夫とか思った時が盗まれる時やで。」


「でもそういうのも高いんじゃないの?」

「ん~総額4~5万かな。」

「うひゃ・・・。」


「付け外しの手間もお金もそうやけど、金銭的にも精神的にも、その人が納得行くなら、自由にしていんちゃうかと思ってる。」

「どういうこと?」


「たまーに、カバーもかけずに丸見えで雨ざらし、防犯用品も自転車用みたいなしょぼいワイヤーひとつだけ。とかで家の前に止めてる奴おるけど、そういう奴は、それで盗まれても「しゃーないか。」で済む人なんやないか。たぶんそれ以上の金も手間もかけるなら、盗まれたほうがマシ。という心の持ち主なんやと思うで。」


「さすがに、そんな風には思わないと思うよ。」

何十万もするバイクである。流石に盗られていい人は居ないだろうと日菜乃は思った。


「結果的には同じことや。ウチなら愛車盗まれるとか死んでも嫌や。だからそのためになら、手間も金も納得行くレベルでかける。それだけのことや。手間暇かけずに盗まれて文句言うのは筋違いもええとこやしな。」


なかなかの正論で日菜乃は驚いた。

「クールだね。」


「そんなんやない。例えば、ペット飼うには餌も場所も必要で、世話もせんといかんし、フンの始末や散歩もあるし、たまには洗ってやらんといかんやろ。具合悪くなったら病院にも連れて行かなあかん。お金も時間もかかる。ちょっと興味があるとか、かわいいだけで、それをサボる人間はペットなんか飼ったらあかんねん。それと同じことや。」


叶恋は掃除用具や山のようなスプレー缶を並べながら、続けた。

「バイク買うなら、防犯グッズや洗車道具や、ちゃんとした任意保険やガソリン代にメンテナンス。ごっつうお金かかるけど、それは最初から調べればわかることや。それが面倒で手間で、出来ない人間はバイクを買ったらいかんねん。」


「バイクは買う金だけあったらええんと違う。バイクは生き物と同じなんや。生活に絶対必要なもんやない。それをわかった上で愛情を注げないなら、はじめから乗らんほうがええ。」


すごい決め台詞がきました。と日菜乃は思った。


さすがは小学性の時から、バイクを乗ることを夢見ていた人間の言うことは違う。

日菜乃は少し感心した。言ってることはただのバイク馬鹿には違いないのだけど。


それにしても、バイクのことにはここまで饒舌で雄弁なのに、どうして現国も殆ど赤点なのだろうという謎は深まるばかりだ。



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