「第三十五章」「日菜乃と杏樹とアールさん(2)」
露草は時間はかかったが、丁寧に各部をチェックしおえた。
日菜乃は道具を運び終えて、露草がどのように各部をチェックしているかを、慎重に眺めていた。
その視線に、露草は後ろを振り替えって苦笑した。
「まるで、叶恋ちゃんみたいな視線を感じるね。」
その突然の言葉に日菜乃はドキッとした。
まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったからだ。
こういう作業を眺める人は多い。
作業待ちの暇潰しや、自分のバイクがどんなことをされているのか心配で見る人。
その手のほとんどの人間は、眺めていても数分で、他をうろうろするものだ。
だが、自分のバイクをこれからは自分で、整備やメンテナンスをしていかなければ。という決意のある人間の視線はまるで違うものだ。
真剣で、何一つとして見落とさない様にしようとする熱意がある。
その日菜乃の視線が、出会った頃の叶恋の視線とあまりにも似ていたので、露草は思わずそう言ってしまった。
その露草の言葉に、日菜乃は答えた。
「これから、覚えないといけない事だらけですから。」
「頑張りなさい。」
露草はそう告げると再び作業に戻った。
しばらくの後、露草は作業を終えて、大きくうなずいてから、場所を二人に譲った。
杏樹がそそくさと全てのキーシリンダーと、マフラーに養生テープを張り付け、日菜乃はシャワーで水をかけ始めた。
3ヶ月前・・・・
自然と日菜乃にはその事が思い出された。
今は杏樹と共にアールさんを洗っている。
あの時はこんな運命と未来が待ち受けているなど想像もしていなかった。
何もかもが大きく変わってしまった。
ただ、同じなのはその中心にアールさんがいるということ。
バイクという媒体を通して叶恋が作った関係が、日菜乃に受け継がれていく。
バイクは走るだけの道具ではない。
叶恋を通してそれはわかっていたはずだったが、改めてそのことを目の当たりにすると、不思議な感覚だった。




