「第四章」「雨の日もバイクで走りたい??(3)」
幸いにも下校が始まった時には、少しの晴れ間が見えるようになっていた。
「うわああああああ~~。気持ち悪い~~~。」
半乾きで、生乾きのバイクウェアーを再び着た叶恋が、死にかけのゾンビ?のような顔で駐輪用に現れた。
「なんでまたそれ着るかな~。制服のままで乗ればいいじゃない。」
日菜乃は少し呆れ顔だ。
「そないなアニメ女子みたいな格好で走れるかいな。乾いたパンツ大サービスしてどうすんねん。それにな、ライダーは一歩走り出したら危険だらけなんや。プロテクターも付けずに走れるかいな。」
叶恋は生乾きのウエアーの胸を張って、気持ち悪そうにドヤ顔した。
「ライダーって、馬鹿な上に、大変なんだね・・・・・」
同情を通り越して、せつなそうな顔で日菜乃は叶恋を見た。
「なんにしてもこんだけ濡れたら、ちゃんと洗車して、ワックスもかけんとな~。」
「絶対に錆びたりしないようにしてよね・・・・・」
なんとなくそう言った日菜乃の目が怖い目をしていたような気がして、叶恋はビクッとした。
「わ・・・わかってまんがな、日菜乃さん・・・あはははは・・・・」
そう言いながらバイクに跨った叶恋は、座ったおしりのパンツ部分が、ニチュとか音をたてて押し付けられたせいか、また変な声を上げて、全身をゾワゾワしていた。
「ほんと馬鹿ね・・・・・・」
エンジンを掛けてから10分程度のエンジンを温める暖機。
叶恋はこれを欠かしたことがない。本人談では「これがバイクに対する愛情や」とのことだった。
ソワゾワしながらエンジンオイルが温まるのを待っている叶恋の周りを、くるくる回ってアールさんを日菜乃は眺めた。
「あ~これか~。バイト代をはたいて買ったおニューのタイヤは。ほんと新しくて綺麗だね。」
日菜乃は少し前かがみ気味に、真新しいタイヤに顔を近づけた。
「タイヤは交換の工賃だけでもかなりするからな~。ほんまタイヤだけは貧乏人泣かせやで。」
「でもいいタイヤなら雨の日でも滑らなくて良いね。」
「あ・・・・いや・・・・それがそうでもないと言うか、なんというか・・・・」
日菜乃は目を見開いた。
「え?高いタイヤなのに滑りやすいの?コケたら危ないじゃない。」
「それはな~話せば長いんやけど・・・・・簡単に言うと晴れの日に滑りにくくていいタイヤは、雨の日はチョッとだけ苦手で、しばらく走ってタイヤ暖めないと、逆に滑りやすいのとかも多いんや~~。」
「雨の日も晴れの日も、滑らないタイヤってないの?」
「それやとウチには中途半端なんよな~。それでも最新のタイヤは雨でも結構滑らんのやで。」
「高いタイヤなのにね・・・・雨には弱いんだ・・・・」
やっぱりバイクの事は謎だらけで、理解しようとしないほうが良いものだ。と日菜乃は思った。
「大事にしなさいよ。お金かかってるんだから。」
「ま~すぐにダメになるんやけどな・・・・・。」
もう諦めてます。という顔で叶恋は泣き真似をした。
「一体どんな運転してるのよ。全く・・・・。」
そこまで言って日菜乃は何か釈然としないものを感じた。
路上では常に安全運転。飛ばしているところなんて見たこともない。
無茶もしそうにない。
では、一体どこでそんなにタイヤを叶恋は駄目にしてしまうというんだろう・・・・・・。
それを考え始めた時に、叶恋が話をふってきた。
「そや・・・日菜乃。明日は晴れてるそうやからアールさんキッチリ洗車するで。」
「え?うん。頑張って・・・・・・」
「何言うてんねん。錆びないように監視と手伝いでアンタは家に来るんやで。」
「え?」
「ほな、明日のお昼すぎくらいに待っとるで~~。ほなな~。」
エンジンの回転を確かめるために、軽く2回アクセルをふかして、それが落ち着いてから叶恋は走り出した。
「ちょっと、そんなこと突然言われても・・・・・」
その声はエンジン音にかき消され、叶恋は走り去っていった・・・・・・・・・・・
(洗車?なんでわたしが?)
日菜乃は軽いため息をついた。
スマホで断りのメッセージを入れればそれまでなのだが、別段明日の予定が合ったわけでもなく、久しぶりに叶恋の家にお邪魔するのもいいかな。と思った。
明日は叶恋の家にお呼ばれか。
なんだかんだで働かされるのは目に見えているが、なんとなく日菜乃の心は楽しそうに躍っていた。